「悪魔め」と叫ぶ夜―術後・化学療法中の急な興奮はせん妄を疑え
第100回医師国家試験 C問題 第28問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,28~30の問いに答えよ。 56歳の女性。右乳癌の治療のため外科病棟に入院していたが,夜間急に興奮状態となった。 現病歴:3週前に右乳房切除術を受け,続いて抗癌化学療法を開始した。次第に上腹部不快感,抑うつ気分および不眠が強まった。「私はこのまま死んでいきたい。もう治療は受けたくない」と訴え,食事をとらなくなった。夜になって急に言動に脈絡がなくなり,点滴を自ら外そうとした。それを止めようとした看護師に物を投げつけ,「悪魔め,私の子供を殺すな」などと激しくののしった。 既往歴:特記すべきことはない。 家族歴:特記すべきことはない。 現症:かけつけた当直医が話しかけても,うわの空だったり,興奮したりする。ここが病院であることを理解していない様子である。
この状態はどれか。
- a.せん妄
- b.誇大妄想
- c.被害妄想
- d.心因反応
- e.もうろう状態
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
医学生
ドクターまとめ
身体疾患の治療中に急性に生じ、夜間に増悪し、注意障害・見当識障害・錯覚や幻覚を伴う興奮を示す状態は、意識変容の代表であるせん妄と考えます。手術侵襲、抗癌薬、摂食不良による脱水や電解質異常、不眠などはせん妄の代表的な要因であり、担癌患者では高カルシウム血症や脳転移、薬剤なども含めた身体的原因の検索が欠かせません。誇大妄想は躁病、被害妄想は統合失調症などで意識清明下にみられ、もうろう状態はてんかんや病的酩酊などでみられる意識狭窄、心因反応は心理的ストレスによる反応であり、いずれも本例の意識障害を中心とした病像とは異なります。低活動型せん妄はうつ病と誤認されやすい点にも注意が必要です。精神症状をみたらまず意識障害の有無を確認するという原則は、あらゆる診療科で役立つ臨床判断の基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・56歳女性。右乳癌に対し3週前に乳房切除術を受け、引き続き抗癌化学療法を受けている入院患者である。 ・化学療法開始後から上腹部不快感、抑うつ気分、不眠が徐々に強まり、「このまま死んでいきたい」「もう治療は受けたくない」と希死念慮・治療拒否を口にし、食事もとらなくなった(抑うつ状態+摂食不良による脱水・栄養障害の可能性)。 ・ある夜、急に言動がまとまらなくなり(思考の脈絡の喪失)、点滴を自己抜去しようとし、制止した看護師を「悪魔」と取り違えて「私の子供を殺すな」とののしった(錯覚・幻覚・妄想様の体験と精神運動興奮)。 ・当直医の呼びかけに対して上の空であったり興奮したりし、注意が保てない。病院にいることが分かっていない(場所の失見当識)。
診断へのプロセス
鍵となるのは「急性の発症」「夜間に出現」「注意・意識の障害(上の空、呼びかけに対する反応が一定しない)」「見当識障害」「錯覚・幻覚を伴う興奮」という組み合わせである。これは軽度から中等度の意識混濁を基盤に、活発な精神症状が加わった意識変容、すなわちせん妄の典型像である。 さらに背景には、手術侵襲、抗癌薬の投与、摂食不良による脱水や電解質異常の可能性、高齢に近い年齢、不眠、抑うつといったせん妄の準備因子・直接因子・誘発因子が重なっている。担癌患者では、これに加えて高カルシウム血症、低ナトリウム血症、脳転移、オピオイドや副腎皮質ステロイド・制吐薬などの薬剤、感染症なども原因となりうるため、身体的原因の検索が不可欠である。 一方、既往歴・家族歴に精神疾患はなく、56歳という年齢で統合失調症や躁病が初発する可能性は低い。また症状が意識障害を基盤とする点で、意識清明下に生じる妄想性障害や心因反応とは区別される。
設問の考え方
「この状態」、すなわち今夜出現した急性の精神状態を問うている。意識障害の有無を最初に見極めることが精神症状の鑑別の出発点であり、意識障害があれば器質性(症状性)の病態としてせん妄を第一に考える。
選択肢考察
- ○a. せん妄
せん妄は、身体疾患・薬剤・手術などを背景に急性に発症する意識障害の一型で、軽度の意識混濁に注意障害、見当識障害、錯覚や幻覚、精神運動興奮(あるいは低活動)、睡眠覚醒リズムの乱れを伴う。数時間から数日の単位で出現し、症状が1日の中で変動し、夕方から夜間に悪化しやすい(夜間せん妄)。本例は、夜間の急な発症、呼びかけに対して上の空である注意障害、場所の失見当識、看護師を「悪魔」と誤認する錯覚・幻覚様体験、点滴の自己抜去や攻撃的な興奮といった過活動型せん妄の特徴をすべて備えている。手術・化学療法・摂食不良など原因となる身体的要因も揃っており、せん妄と判断できる。原因を除去すれば回復しうる可逆的な状態である点も重要である。
- ×b. 誇大妄想
誇大妄想は、自分の能力・地位・財産などを過大に評価する妄想で、躁病(双極性障害の躁状態)でよくみられ、爽快気分や観念奔逸、多弁・多動を伴う。統合失調症や進行麻痺(神経梅毒)でもみられることがある。本例には自己を過大評価する内容の発言はなく、気分はむしろ抑うつ的である。また、病像の中心は妄想ではなく意識障害であり、該当しない。
- ×c. 被害妄想
被害妄想は「誰かに危害を加えられる」「狙われている」と確信する妄想で、統合失調症をはじめ妄想性障害などで意識清明下に持続的にみられる。本例の「私の子供を殺すな」という発言は被害的な内容を含むが、これは意識混濁の中で看護師を悪魔と誤認した錯覚・幻覚に基づく一過性の体験であり、見当識障害や注意障害を伴っている。精神疾患の既往がなく、56歳での統合失調症の初発も考えにくい。意識障害を伴う状態を単なる被害妄想と表現するのは不適切である。
- ×d. 心因反応
心因反応は、強い心理的ストレス(本例では癌の告知や乳房喪失、つらい化学療法など)に対する心理的な反応として生じる精神症状を指す。本例でも抑うつ気分や治療拒否の背景には心理的要因が関与していると考えられ、鑑別として念頭に置く必要はある。しかし、今夜の症状は急激に出現した注意障害・失見当識・錯覚といった意識障害の徴候を中心としており、心理的要因だけでは説明できない。身体的要因による意識障害、すなわちせん妄と考えるのが妥当である。
- ×e. もうろう状態
もうろう状態は、意識の広がりが狭くなる(意識野の狭窄)ことを特徴とする意識変容で、軽い意識混濁を伴い、狭い範囲ではまとまった行動をとれるが周囲全体を把握できない。てんかん発作(特に焦点意識減損発作の後など)、病的酩酊、頭部外傷、解離性障害などでみられ、多くは突然始まり突然終わって健忘を残す。本例にはてんかんの既往や頭部外傷、飲酒歴などの誘因はなく、56歳で器質的病変なしにてんかんが初発することもまれである。手術・化学療法を背景に夜間に生じた注意障害と錯覚・幻覚を伴う興奮であり、せん妄と考えるのが適切である。
意識障害の分類
・意識混濁(単純な意識障害): 意識の清明度が低下した状態。軽いものから順に、明識困難状態、昏蒙、傾眠、嗜眠、昏睡などと表現される。 ・意識変容: 軽度から中等度の意識混濁に、錯覚・幻覚・興奮などの精神症状が加わった状態。代表がせん妄である。 ・意識狭窄: 意識の範囲が狭くなった状態。もうろう状態がこれに当たる。
せん妄の概要
・定義: 身体疾患や薬物などにより急性に生じる、注意と意識の障害を中心とした認知機能の障害。DSM-5では、注意・意識の障害が短期間(通常は数時間から数日)で出現し、1日の経過で変動すること、記憶・見当識・言語・知覚などの認知障害を伴うこと、他の神経認知障害では説明できないこと、身体疾患・物質中毒/離脱・薬剤などの直接的な生理学的結果である証拠があることが求められる。 ・病型: 過活動型(興奮・徘徊・点滴抜去など。本例)、低活動型(ぼんやり・無表情・傾眠。うつ病と誤認されやすい)、混合型。 ・要因: 準備因子(高齢、認知症、脳血管障害の既往、アルコール多飲など)、直接因子(手術、感染症、脱水・電解質異常、低酸素、肝・腎障害、高カルシウム血症、脳転移、薬剤=ベンゾジアゼピン系薬・抗コリン薬・オピオイド・ステロイドなど)、誘発因子(不眠、疼痛、身体拘束、入院などの環境変化、感覚遮断)。 ・経過: 原因の除去で多くは数日から数週で改善する。回復後、せん妄中の出来事は部分的あるいは完全に健忘されることが多い。 ・予後: せん妄の発症は入院期間の延長、合併症の増加、死亡率の上昇と関連するため、早期発見と予防が重要である。
がん患者と精神症状
がん患者では、適応障害やうつ病、せん妄が高頻度にみられる。抑うつ状態や不眠はせん妄の誘発因子となり、低活動型せん妄はうつ病と見誤られやすい。がん医療では精神腫瘍科やリエゾン精神医学(身体科に入院中の患者の精神的問題に精神科医が関わる診療)との連携が勧められる。
POINT
・急性発症、夜間の増悪、注意障害(上の空)、見当識障害、錯覚・幻覚を伴う興奮 → せん妄。 ・精神症状をみたら、まず意識障害の有無を確認する。意識障害があれば器質性・症状性の病態を考え、身体的原因を検索する。 ・手術後、化学療法中、脱水・電解質異常、薬剤はせん妄の代表的な原因である。 ・もうろう状態は意識狭窄(てんかん、病的酩酊、解離など)、誇大妄想は躁病、被害妄想は統合失調症で典型的にみられる。
