「昨日までは普通だったのに」―急性発症・日内変動・可逆性で見抜くせん妄
第117回医師国家試験 F問題 第5問
国試問題にチャレンジ
せん妄について正しいのはどれか。3つ選べ。
- a.脱水は発症要因となる。
- b.治療によらず改善は見込めない。
- c.数時間から数日で急速に発症する。
- d.身体疾患を背景に持つことが必須である。
- e.日内変動がありしばしば夜間に増悪する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
せん妄は、身体疾患や薬物などにより脳機能が急性に障害されて生じる軽度~中等度の意識障害で、注意障害を中核に見当識障害、幻視、興奮、睡眠覚醒リズムの乱れなどを伴います。数時間~数日で急速に発症し、日内変動があって夜間に悪化しやすいことが、緩徐に進行する認知症との重要な鑑別点です。原因は身体疾患に限らず、薬物の中毒やアルコールの離脱も含まれ、脱水・疼痛・便秘・環境変化などが発症を促します。原則として原因を除けば改善しうる可逆的な病態ですが、高齢者では機能低下や予後悪化につながるため、低活動型の見逃しに注意しつつ、原因の除去と非薬物的介入を中心に早期に対応することが求められます。
解答・解説
正解はa, c, eです
せん妄(delirium)は、身体疾患や薬物などによって脳の機能が急性に障害されて生じる、軽度~中等度の意識障害(意識の混濁)を基盤とした症候群である。注意の障害(ひとつのことに注意を向け続けられない、注意をうまく切り替えられない)と、周囲の状況を正しく把握する力の低下が中核症状で、これに見当識障害、記憶障害、錯覚・幻視、興奮、睡眠覚醒リズムの乱れなどが加わる。 米国精神医学会の診断基準(DSM-5)に沿うと、せん妄の特徴は次のように整理できる。 1. 注意と意識(周囲への気づき)の障害がある。 2. 短期間(通常は数時間~数日)のうちに出現し、1日のうちでも重症度が変動する。 3. 記憶・見当識・言語・知覚などの認知機能の障害を伴う。 4. 既存の認知症では説明できず、昏睡のような高度の覚醒低下の状態で起こっているものではない。 5. 身体疾患、物質(薬物・アルコールなど)の中毒や離脱、毒物への曝露、あるいはそれらの複数の要因による直接の結果であることが示される。 したがって、せん妄を考える際は「急性発症」「日内変動(夜間に悪化しやすい)」「原因が存在し、原因を除けば回復しうる」という3点を押さえておけばよい。原因は身体疾患に限らず、薬物・アルコールなども含まれる点にも注意する。本問は、これらの特徴に合う記述を選ぶ問題である。
選択肢考察
- ○a. 脱水は発症要因となる。
脱水は、電解質異常(特に高ナトリウム血症)や脳血流の低下をもたらし、せん妄の代表的な発症要因となる。特に高齢者は口渇を感じにくく脱水に陥りやすいため、入院時や術後のせん妄の原因として頻度が高い。脱水を補正することはせん妄の予防・治療の基本でもある。このほか便秘、尿閉、疼痛、発熱、低酸素血症、感染症なども発症の引き金となる。
- ×b. 治療によらず改善は見込めない。
せん妄は原則として可逆的な病態であり、原因となっている身体疾患の治療、原因薬剤の中止・変更、脱水や電解質の補正、環境調整などによって改善が見込める。原因が自然に解消すれば治療をしなくても軽快することもある。「改善が見込めない」とする記述は誤りである。ただし高齢者では回復に時間がかかったり、せん妄を契機に認知機能や日常生活動作が低下したまま残ったりすることがあり、せん妄自体が死亡率や入院期間の延長と関係するため、早期発見・早期対応が重要である。
- ○c. 数時間から数日で急速に発症する。
せん妄は数時間~数日の短期間に急速に発症するのが特徴で、DSM-5の診断基準にも含まれている。月~年単位で徐々に進行する認知症との重要な鑑別点であり、「昨日まではしっかりしていたのに急におかしくなった」という病歴はせん妄を強く疑わせる。
- ×d. 身体疾患を背景に持つことが必須である。
せん妄の多くは感染症、脳血管障害、心不全、代謝異常などの身体疾患を背景に起こるが、それは必須ではない。薬物(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン作用をもつ薬、オピオイド、ステロイドなど)や毒物による中毒、アルコールや鎮静薬の離脱(例:アルコール離脱せん妄〈振戦せん妄〉)など、身体疾患がなくても物質の影響でせん妄は生じうる。DSM-5でも原因として身体疾患のほか、物質の中毒・離脱、毒物への曝露が並列に挙げられている。
- ○e. 日内変動がありしばしば夜間に増悪する。
せん妄の症状は1日のうちで変動し(意識が比較的はっきりしている時間と混乱している時間が入れ替わる)、夕方から夜間にかけて悪化しやすい。夜間は覚醒水準がもともと下がるうえ、暗く静かで周囲からの刺激や手がかりが少なくなり、見当識を保ちにくくなるためと考えられている。昼間は落ち着いているのに夜になると興奮・不穏・幻視が出る、という経過は典型的である。昼夜逆転などの睡眠覚醒リズムの障害もよく伴う。
せん妄の発症要因(Lipowskiの3因子)
・準備因子:せん妄を起こしやすい素因。高齢、認知症、脳血管障害の既往、アルコール多飲歴、せん妄の既往など。 ・直接因子:単独でもせん妄を起こしうる原因。身体疾患(感染症、脳血管障害、心不全、呼吸不全、肝・腎不全、電解質異常、低血糖など)、手術、薬物(ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、オピオイド、ステロイド、H2受容体拮抗薬など)、アルコール・薬物の離脱。 ・促進因子:発症を後押しする要因。脱水、疼痛、便秘、尿閉、不眠、身体拘束、ICUなどの慣れない環境、視覚・聴覚障害、感覚遮断や過剰な刺激、心理的ストレス。
臨床像の分類
・過活動型:興奮、不穏、幻覚が目立つ。気付かれやすい。 ・低活動型:無気力、傾眠、反応の乏しさが目立つ。うつ病と誤認されやすく見逃されやすい。高齢者に多い。 ・混合型:両者が入れ替わって出現する。
認知症との違い
発症:せん妄は急性(数時間~数日)、認知症は緩徐(月~年)。 経過:せん妄は日内変動が大きく一過性、認知症は持続的・進行性。 意識:せん妄では意識混濁あり、認知症では通常清明。 注意:せん妄では著しく障害される。 可逆性:せん妄は原因除去で改善しうる。 なお、認知症はせん妄の強い準備因子であり、両者はしばしば併存する。
対応の原則
1. 原因の検索と除去(身体疾患の治療、原因薬剤の中止・変更、脱水・電解質の補正) 2. 非薬物的介入(昼夜のリズムを整える、時計やカレンダーで見当識を補う、眼鏡・補聴器の使用、家族の付き添い、早期離床、身体拘束を避ける) 3. 必要に応じて抗精神病薬などを少量・短期間で使用する。ベンゾジアゼピン系薬はせん妄を悪化させうるため原則避ける(ただしアルコール離脱せん妄では治療薬として用いる)。
POINT
・せん妄=急性に生じる軽度~中等度の意識障害で、注意障害が中核。 ・数時間~数日で急速に発症し、日内変動があって夜間に悪化しやすい。 ・原因を取り除けば改善しうる(可逆的)。 ・原因は身体疾患だけでなく、薬物・アルコールの中毒や離脱も含まれる。 ・脱水、便秘、疼痛、環境変化などは発症を促す要因となる。 ・認知症との鑑別:発症の速さ、日内変動、意識障害・注意障害の有無。
