下痢で失われるのは水だけじゃない―便に溶けて消える「重炭酸イオン」を見抜け
第99回医師国家試験 H問題 第18問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。3日前から発熱と1日10回以上の水様性下痢とが持続している。全身の脱力感と立ちくらみとがあり,歩行が困難となったため来院した。 低下していると考えられる血液検査所見はどれか。
- a.ヘマトクリット
- b.尿酸
- c.尿素窒素
- d.重炭酸イオン
- e.カルシウム
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
大量の水様性下痢では、重炭酸イオンを豊富に含む膵液・胆汁・腸液が便として失われるため、血中重炭酸イオンが低下し、アニオンギャップ正常の高Cl性代謝性アシドーシスとなります。同時に脱水による血液濃縮でヘマトクリットやアルブミンは上昇し、GFR低下による腎前性腎障害で尿素窒素(BUN/Cr比>20)や尿酸も上昇するため、「低下する」検査値ではありません。下痢便はカリウムも多く含み、アルドステロン作用も加わって低カリウム血症を起こし、脱力の一因となります。一方、嘔吐では胃液中の水素イオンと塩化物イオンを失って代謝性アルカローシスとなるため、失った消化液の組成から酸塩基異常を導く考え方が重要です。この整理は、輸液・電解質補正を行う救急・内科診療の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・3日前から発熱と、1日10回以上の水様性下痢が続いている(感染性腸炎が疑われる経過)。 ・全身の脱力感、立ちくらみ、歩行困難がある。
病態の考え方
大量の水様性下痢では、水分とともに腸液に含まれる電解質が失われる。起こる変化は大きく次の3つに整理できる。 1)細胞外液量の減少(脱水):循環血漿量が減り、立ちくらみ(起立性低血圧)や頻脈をきたす。血液は濃縮され、腎血流量と糸球体濾過量(GFR)が低下して腎前性の腎機能障害を生じる。 2)低カリウム血症:下痢便にはカリウムが多く含まれるうえ、循環血漿量減少によりアルドステロンが分泌され、腎からのカリウム排泄も増える。低カリウム血症は筋力低下・脱力の原因となる。 3)代謝性アシドーシス:膵液・胆汁・腸液は重炭酸イオン(HCO3−)を豊富に含むアルカリ性の液である。通常は大腸で大部分が再吸収されるが、大量の下痢ではそれが便として失われるため、血中HCO3− が低下する。塩化物(Cl−)の相対的な増加を伴う、アニオンギャップ正常の高Cl性代謝性アシドーシスとなるのが典型である(循環不全が高度になれば乳酸アシドーシスが加わりうる)。 本例の脱力感は脱水に加えて低カリウム血症によるもの、立ちくらみは脱水による起立性低血圧によるものと考えられる。
設問の考え方
「低下している」検査値を選ぶ。血液濃縮で上がるもの(ヘマトクリット、カルシウムなど)、GFR低下で上がるもの(尿素窒素、尿酸、クレアチニン)を除外すると、下痢で直接失われる重炭酸イオンが残る。なお、嘔吐では逆に胃酸(H+、Cl−)を失うため代謝性アルカローシスとなる点を対比して覚えるとよい。
選択肢考察
- ×a. ヘマトクリット
低下しない。ヘマトクリットは血液中の赤血球の容積比率である。下痢による脱水で血漿成分(水分)が減少しても赤血球の量は変わらないため、血液が濃縮されてヘマトクリットは上昇する。同様にヘモグロビン、血清総蛋白、アルブミンも見かけ上高値となる。
- ×b. 尿酸
低下しない。脱水で循環血漿量が減るとGFR が低下し、尿酸の尿中排泄が減る。さらに近位尿細管では体液量減少に伴うナトリウム再吸収の亢進に連動して尿酸の再吸収も増える。これらにより血清尿酸値はむしろ上昇することが多い。
- ×c. 尿素窒素
低下しない。脱水により腎血流量とGFR が低下する腎前性腎障害の状態となり、尿素窒素(BUN)の排泄が減って血中濃度は上昇する。腎前性では尿細管での尿素再吸収も増えるため、BUN の上昇がクレアチニンの上昇より目立ち、BUN/クレアチニン比が20以上に開大するのが特徴である。
- ○d. 重炭酸イオン
低下している。膵液・胆汁・小腸液などの消化液は、胃から流れてくる胃酸を中和し消化酵素が働く環境を保つため、重炭酸イオン(HCO3−)を多く含む。健常時には腸管内で大部分が再吸収されるが、1日10回以上の水様性下痢では再吸収されないまま便中に失われる。その結果、血中HCO3− が低下し代謝性アシドーシスとなる。失われたHCO3− の代わりにCl− が保持されるため、アニオンギャップ正常の高Cl性代謝性アシドーシスとなるのが典型である。
- ×e. カルシウム
低下するとは考えにくい。血清カルシウムの約40%はアルブミンと結合しているため、脱水による血液濃縮でアルブミンが見かけ上高値になると総カルシウム値も軽度上昇しうる。短期間の急性下痢で血清カルシウムが明らかに低下することは通常ない。
消化液の組成と喪失による酸塩基平衡異常
・胃液:H+ と Cl− が多い酸性液。嘔吐や胃管による大量排液ではH+ とCl− を失い、低Cl性代謝性アルカローシスとなる。脱水によるアルドステロン分泌のため低カリウム血症も合併する。 ・膵液・胆汁・腸液:HCO3− が多いアルカリ性液。下痢、膵液瘻、胆汁ドレナージ、尿管S状結腸吻合などではHCO3− を失い、アニオンギャップ正常の代謝性アシドーシスとなる。 ・下痢便はカリウムも多く含むため、下痢でも低カリウム血症をきたす。
アニオンギャップ(AG)
AG=Na+ −(Cl− + HCO3−)で、基準は約12±2mEq/L。 ・AG増加型代謝性アシドーシス:乳酸アシドーシス、糖尿病ケトアシドーシス、腎不全、サリチル酸・メタノール中毒など(測定されない陰イオンが増える)。 ・AG正常(高Cl性)代謝性アシドーシス:下痢、尿細管性アシドーシス、炭酸脱水酵素阻害薬など(HCO3− 喪失をCl− が補う)。
脱水時の検査所見
・血液濃縮:ヘマトクリット、ヘモグロビン、総蛋白、アルブミンの上昇 ・腎前性腎障害:BUN、クレアチニン、尿酸の上昇(BUN/Cr比 >20)、尿は濃縮され尿中Na 低値(<20mEq/L)、ナトリウム排泄分画(FENa)<1% ・血清Na は喪失する水と塩分の比率により高値・正常・低値のいずれにもなりうる
治療の要点
細胞外液補充液(生理食塩液、乳酸リンゲル液など)で循環血漿量を回復させ、低カリウム血症があれば、腎機能障害の有無を確認しつつカリウムを補充する。軽症例では経口補水液(ORS)が有効である。
POINT
・大量の下痢:HCO3− を失い、AG正常の高Cl性代謝性アシドーシス+低カリウム血症となる。 ・嘔吐:H+・Cl− を失い、代謝性アルカローシス+低カリウム血症となる。 ・脱水では血液濃縮によりヘマトクリットが上昇し、GFR 低下によりBUN(BUN/Cr比 >20)と尿酸が上昇する。
