分娩室で起きた「助産師の手」―陣痛中の過換気症候群をどう見極め、どう対応するか
第99回医師国家試験 C問題 第22問
国試問題にチャレンジ
24歳の初産婦。妊娠39週2日に陣痛が発来し入院した。陣痛開始後10時間の時点で子宮口開大8 cm,展退度80%,先進部は児頭でSP+2 cm。陣痛周期3分,発作50秒。このころから産婦の呼吸数が1分間に約60となり,手足のしびれと息苦しさとを訴え,指関節の伸展と母指の内転とがみられた。脈拍100/分,整。血圧122/78 mmHg。胎児心拍数陣痛図では異常を認めない。 行うべき処置はどれか。
- a.呼気吸入
- b.左側臥位
- c.子宮収縮促進薬投与
- d.気管(内)挿管
- e.帝王切開術
対話形式の解説
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ドクターまとめ
分娩中の産婦に頻呼吸、手足のしびれ、助産師の手と呼ばれるテタニー肢位がみられ、血圧や胎児心拍数陣痛図が正常であれば、陣痛の痛みや不安を誘因とする過換気症候群を考えます。過換気によりPaCO2が低下して呼吸性アルカローシスとなり、イオン化カルシウムが減少してテタニーが生じます。分娩経過と胎児が正常なら陣痛促進や帝王切開、気管挿管は不要で、左側臥位は仰臥位低血圧症候群への対処です。出題当時は呼気再吸入(ペーパーバッグ法)が正解とされましたが、現在は低酸素血症の危険と根拠不足から推奨されず、安心させてゆっくり呼吸させることが基本です。妊産婦では子癇や羊水塞栓症、肺血栓塞栓症などの除外を常に意識することが、安全な周産期診療につながります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
24歳の初産婦で、妊娠39週2日(正期産)に陣痛が始まり入院した。陣痛開始から10時間の時点で子宮口8 cm開大、展退80%、児頭の下降度SP+2 cm、陣痛周期3分・発作50秒であり、分娩第1期の活動期として順調に進行している。初産婦の分娩第1期は10〜12時間程度が目安であり、分娩経過に異常はない。胎児心拍数陣痛図(CTG:胎児心拍と子宮収縮を同時に記録する検査)にも異常はなく、胎児の状態は良好(胎児機能不全はない)と判断できる。 この時点で産婦の呼吸数が約60/分と著明に増加し、手足のしびれ・息苦しさを訴え、指関節の伸展と母指の内転がみられた。この手の形は「助産師の手(main d'accoucheur)」と呼ばれるテタニー特有の肢位である。脈拍100/分とやや速いが、血圧は122/78 mmHgと正常で、高血圧も低血圧もない。
診断へのプロセス
呼吸が速く深くなりすぎると、二酸化炭素が過剰に排出されて動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が低下し、呼吸性アルカローシスとなる。アルカローシスではアルブミンに結合するカルシウムが増えて血中のイオン化カルシウムが低下するため、神経・筋の興奮性が高まり、口周囲や手足のしびれ、テタニー(助産師の手など)が出現する。また、低二酸化炭素血症は脳血管を収縮させ、めまいや意識の遠のく感じを生じる。 陣痛による強い痛み・不安・緊張は過換気の代表的な誘因であり、分娩中の産婦に起こる過換気症候群は日常的にみられる。鑑別として、子癇(妊娠高血圧症候群に伴うけいれん)、羊水塞栓症、肺血栓塞栓症、心疾患、仰臥位低血圧症候群などを考えるが、血圧は正常で、けいれんは全身性強直間代性ではなく手指のテタニーにとどまり、ショックや低血圧もない。したがって器質的疾患を示唆する所見は乏しく、陣痛を誘因とする過換気症候群と診断できる。
設問の考え方
母体の過換気が主体で、分娩経過も胎児の状態も正常であるから、産科的な介入(陣痛促進や急速遂娩)は不要である。行うべきは過換気そのものへの対処であり、出題当時は呼気を再吸入させてPaCO2を上昇させる方法(ペーパーバッグ法)が標準的な処置とされていた。ただし現在では、この方法は推奨されていない点に注意が必要である(choicesおよびsupplement参照)。
選択肢考察
- ○a. 呼気吸入
紙袋などで自分の呼気を再び吸わせると、吸入気の二酸化炭素濃度が上がりPaCO2の低下が是正されるため、呼吸性アルカローシスとそれに伴うしびれ・テタニーが改善すると考えられ、出題当時は過換気症候群に対する第一選択の処置とされていた。そのため本問の正解となっている。 ただし現在では、回復を早めるという根拠が乏しいこと、また袋の中で酸素濃度が低下して低酸素血症を招く危険があること(とくに肺塞栓や心疾患など器質的疾患が見逃されていた場合に危険)から、ペーパーバッグ法は推奨されていない。現在の対応の中心は、安心感を与えて落ち着かせ、ゆっくりした呼吸(呼気を長くする呼吸)を促すことである。分娩中であれば、ラマーズ法などの呼吸法をあらためて誘導し、陣痛の痛みを和らげることも有効である。
- ×b. 左側臥位
左側臥位は、仰臥位で妊娠子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、血圧低下・頻脈・悪心などを起こす仰臥位低血圧症候群に対する処置である。また胎児心拍の異常時に子宮胎盤血流を改善する目的でも行われる。本例は血圧122/78 mmHgと低下しておらず、CTGも正常であるため、症状の原因への対処にはならない。
- ×c. 子宮収縮促進薬投与
子宮収縮促進薬(オキシトシンなど)は、微弱陣痛で分娩が停滞している場合などに用いる。本例は陣痛周期3分・発作50秒と有効な陣痛があり、子宮口8 cmまで順調に進行しているので陣痛を強める必要はない。むしろ過換気の誘因は陣痛の痛みと不安であり、陣痛を強めれば症状を悪化させるうえ、過強陣痛による胎児機能不全や子宮破裂の危険を招くおそれがあるため不適切である。
- ×d. 気管(内)挿管
気管挿管は、意識障害で気道が保てない場合や、呼吸不全で人工呼吸が必要な場合に行う。過換気症候群は換気が過剰な状態であり、呼吸不全ではない。意識も保たれ、ガス交換も障害されていないため適応がなく、侵襲的な処置で気道刺激や不安をかえって強めるだけである。
- ×e. 帝王切開術
帝王切開術は、胎児機能不全、分娩停止、児頭骨盤不均衡、母体の重篤な合併症などで経腟分娩の継続が困難または危険な場合に選択される。本例は分娩が正常に進行し、CTGにも異常がなく、母体の症状も一過性の機能的なものであるから、帝王切開の適応はない。
過換気症候群の病態
不安・緊張・痛みなどを契機に過剰な換気が起こり、PaCO2低下と呼吸性アルカローシスを生じる病態である。若年女性に多い。主な症状は以下のとおりである。 ・呼吸器症状:呼吸困難感(空気が足りない感じ)、胸部圧迫感 ・神経・筋症状:口周囲や四肢末端のしびれ、テタニー(助産師の手、手足の硬直) ・脳血管収縮による症状:めまい、ふらつき、意識が遠のく感じ ・循環器症状:動悸、頻脈 症状は激しく見えるが、発作が治まれば異常所見に乏しいのが特徴である。
テタニーが起こる理由
アルカローシスになるとアルブミンの陰性荷電が増えてカルシウムと結合しやすくなり、総カルシウム値は変わらなくてもイオン化カルシウムが減少する。イオン化カルシウムの低下は神経細胞膜の興奮性を高め、しびれやテタニーを引き起こす。
診断の注意点
過換気は、肺血栓塞栓症、気胸、気管支喘息、心不全、代謝性アシドーシス(糖尿病ケトアシドーシスなど)に対する代償としても起こる。過換気症候群と診断するには、これらの器質的疾患を除外することが大切である。動脈血ガス分析では、PaCO2低下・pH上昇に加え、PaO2は正常〜上昇していることが多く、PaO2が低い場合は器質的疾患を疑う。妊産婦では、子癇、羊水塞栓症、肺血栓塞栓症、周産期心筋症なども念頭に置く。
治療の変遷
かつてはペーパーバッグ法(呼気再吸入)が広く行われたが、有効性の根拠が乏しく低酸素血症の危険があることから、現在は推奨されない。現在は、症状が生命に関わらないことを説明して安心させ、ゆっくりした呼吸を促すことが基本である。不安が強い場合は抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)を用いることもある。分娩中では、呼吸法の誘導、付き添いによる精神的支援、適切な鎮痛(硬膜外麻酔など)が誘因の軽減に役立つ。
POINT
・分娩中の産婦に頻呼吸・手足のしびれ・助産師の手(指関節伸展・母指内転)がみられ、血圧正常・CTG正常なら過換気症候群を考える。 ・機序:過換気 → PaCO2低下 → 呼吸性アルカローシス → イオン化カルシウム低下 → テタニー。 ・分娩経過・胎児が正常なら、陣痛促進や帝王切開などの産科的介入は不要である。 ・出題当時の正解は呼気吸入(ペーパーバッグ法)だが、現在は低酸素血症の危険と根拠不足から推奨されず、安心させて呼吸をゆっくりさせることが基本である。 ・左側臥位は仰臥位低血圧症候群への対処であり区別する。
