眼底に燃え広がる火炎状出血―網膜中心静脈閉塞症と「血管の病気ではないもの」を見抜く
第99回医師国家試験 C問題 第21問
国試問題にチャレンジ
55歳の女性。右眼の急激な視力障害を訴えて来院した。視力は右0.01(矯正不能),左1.2(矯正不能)。眼圧は右13mmHg,左12mmHg。右の眼底写真を別に示す。 原因とならないのはどれか。

- a.糖尿病
- b.高血圧症
- c.脂質異常症〈高脂血症〉
- d.骨粗鬆症
- e.動脈硬化症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
中高年の片眼に急激な無痛性の視力低下が起こり、眼底で視神経乳頭から全周に広がる火炎状出血と静脈の拡張・蛇行を認めれば、網膜中心静脈閉塞症を考えます。篩状板付近で中心動脈と中心静脈が共通の外膜に包まれているため、硬化した動脈が静脈を圧迫して血栓が生じることが基本的な機序で、動脈硬化症、高血圧症、糖尿病、脂質異常症はいずれも原因となりますが、骨代謝疾患である骨粗鬆症は血管閉塞とは無関係です。白濁とcherry-red spotなら動脈閉塞、扇形の限局出血なら分枝静脈閉塞と鑑別します。合併症として黄斑浮腫には抗VEGF薬、虚血型で生じる血管新生緑内障には汎網膜光凝固が行われ、全身の危険因子の管理も重要です。病態の仕組みから危険因子を理解しておくことは、眼科にとどまらず動脈硬化性疾患全般の診療に役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・55歳女性、右眼の急激な視力障害である。 ・視力は右0.01(矯正不能)と高度に低下しているが、左は1.2と正常である。片眼性で、屈折異常では説明できない。 ・眼圧は右13mmHg、左12mmHgで、いずれも正常範囲(10〜21mmHg程度)にある。急性緑内障発作のような眼圧上昇による視力障害ではない。 ・右眼底写真では、視神経乳頭を中心に網膜全体にわたって火炎状(刷毛状)の出血が放射状に広がり、静脈の拡張・蛇行を伴う像を示す。
診断へのプロセス
中高年の片眼に急激な無痛性の視力低下が起こり、眼底の4象限すべてに出血が広がっている。これは網膜中心静脈閉塞症(central retinal vein occlusion:CRVO)の典型像である。 網膜中心動脈閉塞症との鑑別では、動脈閉塞は網膜の白濁と黄斑部のさくらんぼ赤色斑(cherry-red spot)が特徴で、出血は目立たない。また、網膜静脈分枝閉塞症では、動静脈交叉部より末梢の一象限に限局して扇形に出血が広がる。本例のように出血が乳頭から全周に広がる場合は中心静脈の閉塞と判断できる。
設問の考え方
網膜静脈閉塞症の最大の背景は動脈硬化である。網膜中心動脈と中心静脈は、視神経内の篩状板(視神経が眼球を出る部分のふるい状の結合組織)付近で共通の外膜に包まれて並走している。そのため、動脈が硬化して太く硬くなると、隣の静脈が圧迫されて血流が乱れ、血栓が形成される。したがって、動脈硬化とその危険因子(高血圧、糖尿病、脂質異常症)はいずれも原因となる。一方、骨の代謝疾患である骨粗鬆症は、血管の閉塞とは結びつかない。
選択肢考察
- ×a. 糖尿病
糖尿病は網膜静脈閉塞症の危険因子である。高血糖が続くと血管内皮障害や動脈硬化が進み、さらに血小板凝集能の亢進や血液粘稠度の上昇によって血栓が形成されやすくなる。中心静脈閉塞の原因になりうるため、「原因とならない」には当たらない。なお、糖尿病網膜症も眼底出血をきたすが、通常は両眼性で点状・しみ状出血や硬性白斑が主体であり、本例のような片眼の急激な全周性火炎状出血とは異なる。
- ×b. 高血圧症
高血圧は網膜静脈閉塞症の最も重要な危険因子の一つである。高血圧により網膜動脈の硬化が進むと、篩状板部(中心静脈閉塞)や動静脈交叉部(分枝静脈閉塞)で静脈が圧迫され、血流のうっ滞や乱流が生じて血栓ができる。したがって原因となる。
- ×c. 脂質異常症〈高脂血症〉
脂質異常症は動脈硬化を促進する主要な危険因子であり、また血液粘稠度の上昇にも関与する。動脈硬化した動脈による静脈の圧迫や、静脈内の血流停滞を通じて静脈閉塞を起こしうるため、原因となる。
- ○d. 骨粗鬆症
骨粗鬆症は骨量の減少と骨の微細構造の劣化により骨折しやすくなる骨代謝疾患である。血管壁の変化や血液凝固能・粘稠度の異常をもたらす病態ではなく、網膜静脈閉塞症の原因とはならない。55歳女性という年齢・性別から閉経後骨粗鬆症を連想させる選択肢であるが、血管閉塞とは関係がない。したがって本問の正解である。
- ×e. 動脈硬化症
動脈硬化は網膜静脈閉塞症の最も基本的な背景病態である。中心静脈閉塞では、篩状板付近で共通の外膜に包まれた中心動脈が硬化して中心静脈を圧迫し、分枝静脈閉塞では動静脈交叉部で硬化した動脈が静脈を圧迫して、いずれも血栓形成につながる。したがって原因となる。
網膜静脈閉塞症の分類
・網膜中心静脈閉塞症(CRVO): 篩状板付近で中心静脈が閉塞し、眼底全体に火炎状出血、静脈の拡張・蛇行、視神経乳頭の腫脹、綿花様白斑(網膜の虚血による神経線維層の浮腫で、白くふわっとした斑点)がみられる。 ・網膜静脈分枝閉塞症(BRVO): 動静脈交叉部で分枝静脈が閉塞し、その末梢領域に扇形の出血が出る。耳側上方の分枝に多い。頻度はCRVOより高い。黄斑が障害されなければ視力低下は軽い。
危険因子
・全身因子: 高血圧、動脈硬化、糖尿病、脂質異常症、加齢、喫煙など。まれに多血症などの過粘稠状態、血栓性素因、血管炎も原因となる。 ・眼局所因子: 緑内障(高眼圧)はCRVOの危険因子として知られる。
CRVOの病型と合併症
・非虚血型(軽症型): 網膜の血流が比較的保たれ、視力予後は比較的よい。 ・虚血型: 蛍光眼底造影で広い無灌流領域を認める。虚血網膜から血管内皮増殖因子(VEGF)が産生され、虹彩や隅角に新生血管が生じて血管新生緑内障をきたす(発症から数か月で起こりやすく、「100日緑内障」と呼ばれる)。 ・黄斑浮腫: 視力低下の主な原因となる。
治療
・黄斑浮腫: 抗VEGF薬の硝子体内注射が第一選択である。ステロイドの局所投与も用いられる。 ・虚血型・新生血管: 汎網膜光凝固術(網膜の広い範囲にレーザーを照射して虚血網膜の酸素需要を減らす治療)を行う。 ・基礎疾患(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)の管理も重要である。
網膜中心動脈閉塞症との比較
動脈閉塞は突然の高度な視力低下をきたし、眼底では網膜の白濁と黄斑部のさくらんぼ赤色斑を示す。数時間以内の対応が必要な眼科救急である。
POINT
・中高年の片眼の急激な視力低下+眼底全体の火炎状出血・静脈の拡張蛇行 → 網膜中心静脈閉塞症 ・背景は動脈硬化で、篩状板付近で硬化した中心動脈が中心静脈を圧迫する(分枝閉塞は動静脈交叉部) ・危険因子: 高血圧、糖尿病、脂質異常症、動脈硬化、加齢、緑内障 ・骨粗鬆症は血管閉塞と無関係 ・合併症: 黄斑浮腫(抗VEGF薬)、虚血型での血管新生緑内障(汎網膜光凝固)
