StudyMed医師国家試験

ブドウ糖の点滴が引き金に―妊娠悪阻のあとに現れた「三徴」とWernicke脳症

第99回医師国家試験 A問題 第51問

国試問題にチャレンジ

第99回 A問題 第51問

25歳の女性。反復する嘔吐と著しい体重減少とを主訴に来院した。重症妊娠悪阻の診断で緊急入院となった。絶食とし,糖質と電解質との輸液によって悪阻は軽減した。入院後3週目ころから急に,歩行がふらつき,物が二重に見えるようになり,会話内容も支離滅裂になった。意識は軽度混濁,見当識障害を認める。身長156cm,体重39kg。体温36.5℃。呼吸数18/分。脈拍88/分,整。血圧120/70mmHg。皮膚色は正常。貧血と黄疸とを認めない。胸部にラ音を聴取しない。腹部は平坦で,肝・脾を触知しない。下腿に浮腫はない。眼振,眼球運動制限および歩行失調を認める。四肢麻痺,けいれん及び項部硬直はない。 最も考えられるのはどれか。

  1. a.子癇
  2. b.多発性硬化症
  3. c.重症筋無力症
  4. d.Wernicke脳症
  5. e.Guillain-Barré症候群

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠悪阻で入院中の若い女性に、数週間たってから急に出てきた神経症状の原因を考える問題だ。ポイントは2つ。新しく出た症状をどう「まとめる」か、そして入院中にどんな治療を受けていたかという背景だ。まず、出てきた症状を整理してみよう。
医学生医学生
ふらつき、複視、支離滅裂な会話、それに意識混濁と見当識障害ですね。症状がばらばらで、どこが悪いのか迷います。
ドクタードクター
ばらばらに見えるけれど、3つのグループに分けてみるといい。意識障害や見当識障害といった精神症状、眼振や眼球運動制限による複視、そして歩行失調。この3つの組み合わせに見覚えはないかな。
医学生医学生
あ、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行……Wernicke脳症の三徴ですか。神経内科の講義で語呂合わせで覚えました。
ドクタードクター
その通り。では、なぜこの患者さんに起きたのかを考えよう。原因はビタミンB1、つまりチアミンの欠乏だ。妊娠悪阻で長く食べられなかったうえに、入院後は絶食で糖質と電解質の輸液だけ。ビタミンの補充がされていないことに気づいたかな。
医学生医学生
食べていないからB1が足りないのはわかりますが、ブドウ糖を入れたことが悪かったんですか。
ドクタードクター
そこが一番大事なところだ。ビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素などの補酵素として、糖代謝に欠かせない。ブドウ糖を大量に入れると、その代謝のためにB1がどんどん消費されて、もともと少なかった貯蔵が一気に尽きてしまう。体内の貯蔵量は少なく、摂取が途絶えると数週間で枯渇するとされるから、入院後3週目という発症時期もぴったり合う。
医学生医学生
栄養を入れたつもりが、かえって欠乏を顕在化させてしまったということですね。生化学で習ったTCA回路の補酵素がこんなところで出てくるとは思いませんでした。
ドクタードクター
基礎医学がそのまま臨床につながる好例だね。糖をエネルギー源とする神経細胞が障害され、第三脳室や中脳水道の周囲、乳頭体、視床内側といった部位がやられる。眼球運動の神経核や小脳系の経路が近くにあるので、三徴が説明できるんだ。では、ほかの選択肢も見ていこう。妊婦さんの意識障害というと、子癇はどうかな。
医学生医学生
産婦人科の実習で、子癇は妊娠高血圧症候群を背景にけいれんを起こすと教わりました。今回は血圧も正常で、けいれんもないですね。
ドクタードクター
そう。子癇は妊娠20週以降に初めてけいれんを起こすもので、頭痛や視覚異常などの前駆症状に続いて強直性・間代性のけいれんに移る。妊娠悪阻は通常妊娠初期の病態だし、血圧正常でけいれんもないこの例とは合わない。次に多発性硬化症。
医学生医学生
若い女性に多くて、複視や小脳失調も起こるので、ちょっと迷いました。
ドクタードクター
迷うのは自然だね。ただ多発性硬化症は、時間的・空間的に多発する炎症性脱髄疾患で、発症早期に意識障害や見当識障害を伴うことはまれだ。何より今回は、栄養障害とブドウ糖輸液という明確な誘因がある。この状況で第一に考える疾患ではないよ。
医学生医学生
重症筋無力症も複視で始まることが多いですよね。
ドクタードクター
その通り。眼瞼下垂や複視で発症し、繰り返すと悪化して休むと良くなる易疲労性が特徴だ。でも障害されるのは神経筋接合部、つまり筋力の問題だから、意識障害や眼振、小脳性の失調は起こらない。最後にGuillain-Barré症候群はどうかな。
医学生医学生
末梢神経の病気なので意識障害は起こらないはずです。四肢麻痺もないですし。でも、Fisher症候群なら眼球運動障害と失調が出ますよね。
ドクタードクター
鋭いね。Fisher症候群は外眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失が三徴で、症状の一部が重なる。けれども、やはり意識障害は伴わない。意識障害があるかどうかが、中枢の病気と末梢の病気を分ける大事な手がかりになるんだ。
医学生医学生
三徴に加えて、意識障害があることと、B1欠乏の背景があることでWernicke脳症に絞れるわけですね。
ドクタードクター
そうだ。最後に臨床での注意点。治療はビタミンB1の大量静注で、疑った時点で検査結果を待たずにすぐ始める。MRIではFLAIRやT2強調像で乳頭体や視床内側、中脳水道周囲に左右対称性の高信号がみられることがあるが、画像を待つ必要はない。治療が遅れると、記銘力障害や作話を主体とするKorsakoff症候群が後遺症として残りやすいんだ。
医学生医学生
三徴が全部そろわなくても疑うべきでしょうか。
ドクタードクター
大事な質問だ。三徴がすべてそろう例は一部にとどまるから、アルコール多飲、摂食障害、胃切除後、長期絶食、そして重症妊娠悪阻のような危険因子がある人では、一つでもあれば疑うべきだ。そして何より予防。低栄養の人にブドウ糖を入れるときは、ビタミンB1を先に、あるいは同時に入れる。これを習慣にしておけば防げる病気なんだよ。
医学生医学生
研修医になったら、点滴をオーダーするときにビタミンB1が入っているか必ず確認します。

まとめ

重症妊娠悪阻などで長期に摂食不良が続いた患者に、ビタミンB1を含まない糖質輸液を行うと、糖代謝の補酵素であるビタミンB1が急速に消費されてWernicke脳症を発症することがあります。意識障害(見当識障害)、眼球運動障害(眼振・外眼筋麻痺)、失調性歩行の三徴が典型で、乳頭体や視床内側、中脳水道周囲が障害されます。子癇は高血圧とけいれん、多発性硬化症は時間的・空間的多発、重症筋無力症は易疲労性、Guillain-Barré症候群やFisher症候群は末梢神経障害が特徴で、いずれも意識障害を伴いにくい点で区別できます。治療は疑った時点でのビタミンB1大量静注で、遅れるとKorsakoff症候群が残りやすいため、低栄養患者へのブドウ糖投与時にはビタミンB1を先行または同時に補うことが重要です。基礎医学の代謝の知識が日常の輸液管理に直結することを実感できる、臨床的に重要なテーマです。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・25歳女性。反復する嘔吐と著しい体重減少で重症妊娠悪阻と診断され入院 ・絶食のうえ、糖質と電解質を中心とした輸液で管理(ビタミンの補充についての記載はない) ・入院3週目ころから急に、歩行のふらつき、複視、支離滅裂な会話が出現 ・軽度の意識混濁と見当識障害 ・眼振、眼球運動制限、歩行失調 ・体重39 kg(身長156 cm、BMI約16)と低栄養 ・血圧120/70 mmHgと正常、けいれん・四肢麻痺・項部硬直はない

診断に至るプロセス

新たに出現した神経症状は、(1)意識障害・見当識障害などの精神症状、(2)眼振・眼球運動制限(外眼筋麻痺)とそれによる複視、(3)歩行失調、の三つにまとめられる。これはWernicke脳症の古典的三徴(意識障害、眼球運動障害、失調性歩行)そのものである。 背景をみると、妊娠悪阻による長期間の経口摂取不良で、もともとビタミンB1(チアミン)の摂取が不足していた。そこへビタミンB1を含まない糖質主体の輸液が続けられたことが重要である。ビタミンB1は糖代謝の補酵素として消費されるため、ビタミンB1を補わずにブドウ糖を大量に投与すると欠乏が一気に顕在化する。体内のビタミンB1の貯蔵量は少なく、摂取が途絶えると数週間で枯渇するとされ、入院後3週目という発症時期もこれに合致する。 一方、血圧は正常でけいれんもなく子癇は考えにくい。意識障害を伴う点、三徴が急にそろって出現した点、および明らかな誘因(ビタミンB1欠乏)がある点から、他の神経疾患よりもWernicke脳症が最も考えられる。

選択肢考察

  1. ×a.  子癇

    考えにくい。子癇は妊娠20週以降に初めてけいれん発作を起こし、てんかんなど他の原因で説明できないものをいい、多くは妊娠高血圧症候群を背景に発症する。前駆症状(頭痛、視覚異常、上腹部痛など)に続き、強直性けいれん・間代性けいれん・昏睡へと移行する典型的な発作経過をとる。本例は血圧が120/70 mmHgと正常でけいれんもなく、また妊娠悪阻は通常妊娠初期にみられる病態であり、子癇の像とは合わない。

  2. ×b.  多発性硬化症

    考えにくい。多発性硬化症は中枢神経の炎症性脱髄疾患で、若年女性に多く、視神経炎による視力低下、感覚障害、運動麻痺、複視、小脳失調などが、時間的・空間的に多発(再発と寛解を繰り返し、病変が複数の部位に生じる)するのが特徴である。本例の症状を単独の病巣で説明することはできないわけではないが、発症早期に意識障害・見当識障害を伴うことはまれであり、栄養障害とブドウ糖輸液という明確な誘因がある状況では第一に考える疾患ではない。

  3. ×c.  重症筋無力症

    考えにくい。重症筋無力症は、神経筋接合部のアセチルコリン受容体などに対する自己抗体によって神経筋伝達が障害される疾患である。眼瞼下垂や眼球運動障害による複視で発症することが多く、症状は反復運動で増悪し休息で改善する(易疲労性、日内変動)。しかし障害されるのは筋力であって、意識障害や見当識障害、小脳性の失調、眼振は生じないため、本例の症状とは合わない。

  4. ○d.  Wernicke脳症

    最も考えられる(正解)。ビタミンB1欠乏により、第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体、視床内側などが障害される急性の脳症である。意識障害(精神症状)、眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、失調性歩行の三徴を示し、本例ではこれらがすべてそろっている。重症妊娠悪阻による摂取不良と、ビタミンB1を含まない糖質輸液という典型的な発症背景もある。治療はビタミンB1の速やかな大量静注であり、疑った時点で検査結果を待たずに投与する。治療が遅れると、記銘力障害や作話を主体とするKorsakoff症候群が後遺症として残りやすい。

  5. ×e.  Guillain-Barré症候群

    考えにくい。Guillain-Barré症候群は、先行感染(上気道炎や下痢など)の1〜3週後に発症する急性の免疫性多発ニューロパチー(末梢神経障害)である。多くは下肢から上行する左右対称性の弛緩性筋力低下と腱反射の低下・消失で始まり、脳神経麻痺や呼吸筋麻痺をきたすこともある。本例には四肢麻痺がなく、また末梢神経の病気であるため意識障害や見当識障害は生じない。なお亜型のFisher症候群は外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失を三徴とし、本例と一部の症状が重なるが、やはり意識障害は伴わない点で区別できる。

Wernicke脳症の概要

ビタミンB1(チアミン)欠乏による急性脳症である。ビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素として糖代謝に必須であり、欠乏すると糖をエネルギー源とする神経細胞が障害される。

主な原因

・アルコール多飲(最多) ・重症妊娠悪阻、神経性やせ症などの摂食障害 ・胃切除後、減量手術後、悪性腫瘍、長期の絶食 ・ビタミンB1を含まない高カロリー輸液・糖質輸液

症状

・三徴:意識障害(無関心、見当識障害、傾眠など)、眼球運動障害(外転神経麻痺、注視麻痺、眼振)、失調性歩行 ・三徴がすべてそろう例は一部にとどまるため、危険因子がある患者では一つでもあれば疑う

検査

・血中ビタミンB1低値 ・頭部MRI(T2強調像・FLAIR像)で乳頭体、視床内側、中脳水道周囲、第三脳室周囲に左右対称性の高信号

治療と予後

・ビタミンB1の大量静注を直ちに行う。診断を確定する前に投与を開始する ・低栄養患者やアルコール多飲者にブドウ糖を投与する際は、ビタミンB1を先行または同時に投与する ・治療が遅れると死亡したり、Korsakoff症候群(前向性健忘・逆向性健忘、作話、見当識障害)を残したりする

妊娠悪阻との関係

重症妊娠悪阻では長期の嘔吐・摂食不良に加え、補液が糖質中心になりやすいため、Wernicke脳症の予防としてビタミンB1を輸液に加えることが重要である。

POINT

・Wernicke脳症の三徴:意識障害、眼球運動障害(眼振・外眼筋麻痺)、失調性歩行。 ・原因はビタミンB1欠乏。アルコール多飲、重症妊娠悪阻、長期絶食、ビタミンB1を含まない糖質輸液が誘因となる。 ・ビタミンB1を補わずにブドウ糖を投与すると発症・増悪する。 ・治療はビタミンB1の大量静注。遅れるとKorsakoff症候群が残る。 ・意識障害を伴う点で、重症筋無力症やGuillain-Barré症候群(Fisher症候群を含む)と区別できる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。