「ものが2つに見える」は飲酒歴を聞くサイン―Wernicke脳症と複視
第120回医師国家試験 A問題 第7問
国試問題にチャレンジ
アルコール多飲に伴う神経障害の訴えで特徴的なのはどれか。
- a.「顔が痛い」
- b.「飲み込みづらい」
- c.「目が閉じにくい」
- d.「耳が聞こえづらい」
- e.「ものが2つに見える」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
アルコール多飲者は食事の偏りや吸収低下などでビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすく、乳頭体や視床内側、中脳水道周囲が障害されるWernicke脳症を起こします。三徴は意識障害、眼球運動障害、小脳性運動失調で、外転神経麻痺や注視麻痺による両眼性複視、つまり「ものが2つに見える」という訴えが特徴的です。顔面痛は三叉神経、嚥下困難は下部脳神経や延髄、閉眼困難は顔面神経、難聴は内耳神経の障害を示唆し、いずれもアルコール多飲に特徴的とはいえません。Wernicke脳症を疑ったら三徴がそろうのを待たずにビタミンB1を速やかに静注し、ブドウ糖だけを先に投与するのは避けます。治療が遅れるとKorsakoff症候群が残りうるため、飲酒歴と複視を結びつけて考えることは救急診療でも重要です。
解答・解説
正解はeです
問われていること
慢性的な大量飲酒(アルコール多飲)に関連して起こる神経障害のうち、患者の訴え(自覚症状)として特徴的なものを選ぶ問題である。選択肢はいずれも脳神経領域の症状であり、それぞれがどの脳神経・どの疾患を示唆するかを考え、アルコールとの関連が強いものを選ぶ。
考え方
アルコール多飲者は、食事摂取の偏り、消化管からの吸収低下、肝臓での貯蔵低下、アルコール代謝による消費増大などによりビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすい。チアミンはピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素などの補酵素であり、欠乏するとエネルギー需要の高い脳の特定部位(乳頭体、視床内側、中脳水道周囲灰白質、第三・第四脳室周囲)が障害される。これがWernicke(ウェルニッケ)脳症である。 Wernicke脳症の古典的三徴は、①意識障害(せん妄・注意障害などの精神症状)、②眼球運動障害、③小脳性運動失調(失調性歩行)である。眼球運動障害は外転神経麻痺(両側性のことが多い)、注視麻痺、眼振などとして現れ、両眼の視軸がずれるために患者は「ものが2つに見える」(複視)と訴える。したがって、アルコール多飲に伴う神経障害の訴えとして最も特徴的なのは複視である。 その他の選択肢(顔面痛、嚥下困難、閉眼困難、難聴)は、三叉神経・下部脳神経・顔面神経・内耳神経などの障害を示唆するが、いずれもアルコール多飲に特徴的な神経障害の症状とはいえない。
選択肢考察
- ×a. 「顔が痛い」
顔面の痛みは三叉神経領域の症状であり、三叉神経痛(血管による神経根の圧迫が多い)、帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛、副鼻腔炎、歯科疾患、心理的要因による疼痛などが原因となる。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的な訴えではない。
- ×b. 「飲み込みづらい」
嚥下困難は、舌咽神経・迷走神経・舌下神経などの下部脳神経や延髄の障害による球麻痺、両側の皮質延髄路障害による偽性球麻痺、脳血管障害、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、重症筋無力症などで起こる。また、器質的異常がないのに咽頭のつかえ感を訴える心因性のもの(いわゆるヒステリー球)もある。アルコール多飲に特徴的な訴えではない(低ナトリウム血症の急速補正による浸透圧性脱髄症候群で偽性球麻痺を生じることはあるが、これはアルコールそのものによる典型的な神経障害とはいえない)。
- ×c. 「目が閉じにくい」
閉眼は顔面神経支配の眼輪筋が担うため、閉眼困難(兎眼)は顔面神経麻痺(Bell麻痺、Ramsay Hunt症候群など)を示唆する。重症筋無力症でも眼輪筋の筋力低下がみられる。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的ではなく、酩酊時にはむしろ眼瞼が下がって目を開けにくくなる。
- ×d. 「耳が聞こえづらい」
難聴は内耳神経(蝸牛神経)や内耳の障害による。原因としてMénière病、突発性難聴、聴神経腫瘍、加齢性難聴、騒音性難聴、薬剤性難聴(アミノグリコシド系抗菌薬など)、心因性難聴などがある。アルコール多飲に伴う神経障害として特徴的ではない。
- ○e. 「ものが2つに見える」
両眼で見たときにものが2つに見える両眼性複視は、眼球運動障害により左右の視軸がずれることで生じる。アルコール多飲者ではビタミンB1欠乏によるWernicke脳症が起こりやすく、外転神経麻痺や注視麻痺、眼振などの眼球運動障害を三徴の一つとする。そのため複視はアルコール多飲に伴う神経障害の特徴的な訴えである。Wernicke脳症を疑えば、ブドウ糖投与より先に(あるいは同時に)ビタミンB1を十分量静注することが重要である。
アルコール多飲に関連する主な神経障害
・Wernicke脳症:ビタミンB1欠乏。意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調が三徴(三徴すべてがそろうのは一部のみ)。MRIで乳頭体、視床内側、中脳水道周囲に病変。ビタミンB1の静注で治療し、ブドウ糖のみを先に投与すると増悪しうる。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症の後遺症として起こる健忘症候群。前向性健忘、逆向性健忘、見当識障害、作話が特徴。 ・アルコール性多発ニューロパチー:ビタミンB1などの栄養障害とアルコールの直接毒性による。両下肢遠位優位の手袋靴下型の感覚障害(しびれ、灼熱痛)、アキレス腱反射低下。 ・アルコール性小脳変性症:小脳虫部上部の萎縮により、体幹失調・失調性歩行が目立つ。 ・Marchiafava-Bignami病:脳梁の脱髄・壊死。意識障害、認知機能障害など。 ・浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症を含む):低ナトリウム血症の急速補正で起こる。アルコール多飲者・低栄養者がリスク群。四肢麻痺、構音障害・嚥下障害(偽性球麻痺)など。 ・ペラグラ(ナイアシン欠乏):皮膚炎、下痢、認知症。 ・アルコール離脱症候群:振戦、発汗、けいれん発作、振戦せん妄(幻視、自律神経症状)。 ・その他:圧迫性橈骨神経麻痺(泥酔して上腕を圧迫したまま眠ることで起こる下垂手、いわゆるSaturday night palsy)、アルコール性ミオパチー、肝性脳症(肝硬変に伴う)。
複視の考え方
片眼を覆うと消える複視は両眼性で、眼球運動障害(動眼・滑車・外転神経麻痺、重症筋無力症、甲状腺眼症、眼窩病変、脳幹病変など)を考える。片眼でも見える単眼性複視は乱視・白内障など眼球自体の問題である。
POINT
・アルコール多飲 → ビタミンB1欠乏 → Wernicke脳症(意識障害・眼球運動障害・小脳性運動失調の三徴)。 ・眼球運動障害(外転神経麻痺、注視麻痺、眼振)により「ものが2つに見える(複視)」と訴える。 ・治療はビタミンB1の速やかな静注。ブドウ糖単独の先行投与は避ける。 ・後遺症のKorsakoff症候群(健忘・作話)、手袋靴下型の多発ニューロパチー、小脳変性症もアルコール関連神経障害として重要。
