しびれ・眼振・心不全―大量飲酒者の3つの症状をつなぐ「ひとつのビタミン」
第115回医師国家試験 B問題 第32問
国試問題にチャレンジ
A 60-year-old man presented with sensory disturbance of his fingers and toes. He lived alone and drank alcohol every day. The amount of his alcohol intake was over 60g/day. He had muscle weakness and burning sensation of his extremities. Examinations showed nystagmus and heart failure. Which one of the following vitamins is related to his symptoms?
- a.Vitamin A
- b.Vitamin B1
- c.Vitamin B6
- d.Vitamin C
- e.Vitamin D
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
大量飲酒者に手袋靴下型の感覚運動性多発ニューロパチー、眼振、心不全がそろえば、ビタミンB1(チアミン)欠乏を考えます。B1は糖代謝の補酵素であり、欠乏すると神経と心筋が障害され、乾性脚気(多発ニューロパチー)、湿性脚気(高拍出性心不全)、Wernicke脳症を生じ、後遺症としてKorsakoff症候群が残ることがあります。B6欠乏も末梢神経障害を起こしますが、眼振や脚気心までは説明できず、A・C・Dの欠乏症はそれぞれ夜盲・眼球乾燥、壊血病、くる病・骨軟化症が代表的です。臨床では、ブドウ糖単独の投与がWernicke脳症を悪化させうるため、B1を先行または同時に投与することが鉄則です。複数臓器の症状を一つの病態で説明する考え方は、栄養障害に限らず診断推論全般に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
問題文の要旨
60歳の男性。手指と足趾の感覚障害を訴えて受診した。独居で毎日飲酒しており、アルコール摂取量は1日60gを超える。四肢の筋力低下と灼熱感があり、診察では眼振と心不全を認めた。症状に関係するビタミンを問う英語の臨床問題である。
所見の整理
・手指・足趾という四肢遠位の感覚障害:左右対称に末端から障害される「手袋靴下型」の分布であり、多発ニューロパチー(多発性末梢神経障害)を示す。 ・四肢の筋力低下と灼熱感:感覚神経だけでなく運動神経も障害されていること、灼熱感(burning sensation)は細い感覚線維の障害による異常感覚・神経障害性疼痛であることを示す。 ・独居・連日の飲酒・1日60g超:純アルコール60g/日超は健康日本21でいう「多量飲酒」に当たる(生活習慣病リスクを高める量は男性40g/日以上、節度ある適度な飲酒は約20g/日程度)。独居の大量飲酒者は食事が偏りやすく、アルコールによる吸収障害・肝での貯蔵低下・需要増大も加わって、ビタミンB1(チアミン)が欠乏しやすい。 ・眼振:脳幹・小脳の障害を示し、Wernicke脳症の眼症状(眼振、外眼筋麻痺)に一致する。 ・心不全:ビタミンB1欠乏による心障害(脚気心)が考えられる。末梢血管の拡張により高拍出性心不全を呈するのが典型である。
診断へのプロセス
大量飲酒者に、①手袋靴下型の感覚運動性多発ニューロパチー(乾性脚気・アルコール性ニューロパチーの要素)、②眼振(Wernicke脳症)、③心不全(湿性脚気・脚気心)がそろっている。これら3つを一元的に説明できるのはビタミンB1欠乏である。 末梢神経障害と眼球運動障害を同時にきたす疾患としてはFisher症候群(Guillain-Barré症候群の亜型で、外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失を三徴とする)も挙がるが、先行感染後に急性発症する自己免疫性疾患であり、飲酒とは関係せず、心不全も通常伴わない。
設問の考え方
「アルコール多飲+末梢神経障害+眼振(Wernicke脳症)+心不全(脚気心)」という組合せから、ビタミンB1を選べばよい。他の選択肢は、それぞれのビタミン欠乏の代表的症状を思い出し、本例の症状と一致しないことを確認する。
選択肢考察
- ×a. Vitamin A
ビタミンAは網膜の視物質ロドプシンの構成成分であり、上皮組織の維持にも必要である。欠乏すると夜盲症、眼球乾燥症(結膜・角膜の乾燥、Bitot斑)、角膜軟化症、皮膚の角化異常、易感染性などをきたす。末梢神経障害・眼振・心不全の組合せは説明できない。
- ○b. Vitamin B1
ビタミンB1(チアミン)は、活性型のチアミン二リン酸としてピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素となり、糖代謝によるエネルギー産生に不可欠である。欠乏するとエネルギー需要の大きい神経・心筋が障害され、手袋靴下型の感覚運動性多発ニューロパチー(乾性脚気)、高拍出性心不全・浮腫(湿性脚気、脚気心)、意識障害・眼球運動障害(眼振・外眼筋麻痺)・失調性歩行を呈するWernicke脳症を生じる。大量飲酒者は摂取不足・吸収障害・利用障害のため欠乏しやすく、本例の症状はすべてビタミンB1欠乏で説明できる。
- ×c. Vitamin B6
ビタミンB6(ピリドキシン)はアミノ酸代謝やヘム合成の補酵素である。欠乏すると口内炎・口角炎・舌炎、脂漏性皮膚炎、末梢神経障害、けいれん(特に乳児)、小球性低色素性貧血(鉄芽球性貧血)、高ホモシステイン血症などをきたす。イソニアジド(抗結核薬)服用時の末梢神経炎の予防に投与されることでも知られる。末梢神経障害は起こりうるが、眼振(Wernicke脳症)や脚気心は説明できない。
- ×d. Vitamin C
ビタミンC(アスコルビン酸)はコラーゲン合成(プロリン・リシンの水酸化)に必要である。欠乏すると壊血病となり、歯肉の腫脹・出血、皮下出血・毛包周囲出血、創傷治癒遅延、関節内出血などの結合組織の脆弱化による症状が出る。本例の症状とは一致しない。
- ×e. Vitamin D
ビタミンDは腸管からのカルシウム・リン吸収を促し、骨の石灰化を維持する。欠乏すると小児ではくる病、成人では骨軟化症をきたし、骨痛や近位筋優位の筋力低下、低カルシウム血症によるテタニーなどがみられる。手袋靴下型の感覚障害・眼振・心不全の組合せは説明できない。
ビタミンB1欠乏症の病型
・乾性脚気:左右対称性・遠位優位の感覚運動性多発ニューロパチー。しびれ、灼熱感、筋力低下、腱反射低下・消失(特にアキレス腱反射、膝蓋腱反射)。 ・湿性脚気(脚気心):末梢血管拡張による高拍出性心不全、頻脈、浮腫。急激に進行する劇症型はショック・乳酸アシドーシスを伴い衝心脚気とよばれる。 ・Wernicke脳症:意識障害、眼球運動障害(眼振、外眼筋麻痺)、失調性歩行が古典的三徴であるが、三徴がすべてそろう例は少ない。MRIでは乳頭体、第三脳室周囲・中脳水道周囲、視床内側などにT2強調像・FLAIR像の高信号を認める。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症の後遺症などとして残る健忘症候群で、前向性健忘・逆向性健忘、見当識障害、作話を特徴とする。両者を連続した病態としてWernicke-Korsakoff症候群とよぶ。
リスク因子
慢性アルコール多飲のほか、高度の偏食・低栄養、妊娠悪阻などの持続的な嘔吐、胃切除後・肥満手術後、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液、透析、利尿薬の長期使用など。
治療上の注意
ビタミンB1は糖代謝の補酵素であるため、欠乏状態でブドウ糖のみを投与すると需要が急増し、Wernicke脳症を誘発・悪化させることがある。アルコール多飲者や低栄養者の意識障害では、低血糖の補正が必要な場合もビタミンB1の投与を先行または同時に行う。診断を待たずに十分量のチアミンを静注することが重要である。
アルコール性ニューロパチーとの関係
大量飲酒者の多発ニューロパチーは、アルコールそのものの神経毒性とビタミンB1をはじめとする栄養欠乏が合わさって起こると考えられている。痛み・灼熱感などの感覚優位の症状がゆっくり進行するのが典型的である。
POINT
・アルコール多飲+手袋靴下型の末梢神経障害+眼振+心不全 → ビタミンB1欠乏(脚気・Wernicke脳症)。 ・ビタミンB1欠乏:乾性脚気(多発ニューロパチー)、湿性脚気(高拍出性心不全)、Wernicke脳症(意識障害・眼球運動障害・失調性歩行)、後遺症としてKorsakoff症候群。 ・ブドウ糖単独の投与はWernicke脳症を悪化させうるため、ビタミンB1を先行・併用投与する。 ・他のビタミン欠乏:A=夜盲・眼球乾燥症、B6=口角炎・脂漏性皮膚炎・末梢神経障害・小球性貧血、C=壊血病、D=くる病・骨軟化症。
