「歩けるから大丈夫」は本当か―レントゲンに写らない大腿骨頸部骨折を見抜く
第99回医師国家試験 A問題 第47問
国試問題にチャレンジ
88歳の女性。右大腿部の疼痛を主訴に家族に伴われて来院した。2日前,自宅の玄関で履物を脱いでいるとき転倒した。直後は痛かったが,その後歩けるようになった。しかし,歩行時の痛みは軽快しない。右股関節に軽度の運動痛はあるが可動域はほぼ正常である。右股関節エックス線単純写真で明らかな骨折はみられない。 対応として適切なのはどれか。
- a.心配ないので歩行訓練を行うよう説明する。
- b.痛みが取れるまで安静臥床を保つよう説明する。
- c.確定診断のためにMRIが必要と説明する。
- d.骨折している可能性があるのでギプス固定が必要と説明する。
- e.骨折している可能性があるので内固定術が必要と説明する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者が転倒後に荷重時痛を訴え続ける場合、歩行可能で可動域が保たれ、単純エックス線写真で骨折が見えなくても、転位のない大腿骨頸部骨折(不顕性骨折)を疑う必要があります。Garden分類stage I・IIのような非転位型では歩けることがあり、骨粗鬆症も重なって単純写真では見逃されやすいためです。次に行うべきはMRIで、T1強調像の低信号やSTIR像の高信号として骨折を早期から高感度に検出できます。診断前に歩行を許可すれば転位型へ進行して骨頭壊死や偽関節の危険が増し、漫然とした安静臥床やギプス固定は高齢者の廃用症候群を招き、手術の決定は確定診断の後に行うべきものです。「写真が正常でも臨床で疑えば次の検査へ」という姿勢は、高齢者外傷の見逃しを防ぐ基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・88歳の女性で、自宅の玄関で履物を脱ぐ際に転倒した(立った高さからの軽微な外傷)。 ・受傷直後は痛みが強かったが、その後は歩けるようになった。 ・しかし2日経っても歩行時の痛み(荷重時痛)が続いている。 ・右股関節の運動時に軽い痛みはあるが、可動域はほぼ保たれている。 ・右股関節のエックス線単純写真では明らかな骨折線がみられない。
診断へのプロセス
高齢女性は骨粗鬆症を背景にもつことが多く、立った高さからの転倒のような軽い外力でも大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部骨折・転子部骨折)を起こしやすい。典型例では受傷後に起立・歩行が不能となり、患肢の短縮と外旋がみられるが、それは骨折部がずれた(転位した)場合の所見である。骨折部がずれていない不全骨折や、骨片同士がかみ込んだ嵌入骨折(Garden分類のstage Iなど)では、受傷後も歩行が可能で、股関節の可動域も比較的保たれることがある。したがって「歩ける」「可動域が保たれている」ことは骨折を否定する根拠にならない。 さらに、転位のない骨折は骨折線が細く、骨粗鬆症で骨の濃淡のコントラストも低下しているため、受傷早期のエックス線単純写真では見逃されやすい。このように、臨床的には骨折が疑われるのに単純写真では描出されない骨折を不顕性骨折(occult fracture)とよぶ。本症例は「高齢者の転倒」「持続する荷重時痛」という点から、不顕性の大腿骨頸部骨折を最も警戒すべき状況である。鑑別としては恥骨・坐骨の骨折や仙骨の脆弱性骨折、単なる打撲・筋挫傷などが挙がるが、これらを区別するためにも追加の画像検査が必要である。
設問の考え方
問われているのは「現時点で骨折の有無が確定していない患者に対して、次に何をすべきか」である。骨折が確定していない段階で、骨折がないと決めつけて歩行を勧めることも、骨折があると決めつけて固定や手術を説明することも適切ではない。まず不顕性骨折の検出に最も優れたMRI(磁気共鳴画像)で確定診断をつけ、その結果に基づいて治療方針を決めるのが正しい手順である。
選択肢考察
- ×a. 心配ないので歩行訓練を行うよう説明する。
エックス線単純写真で骨折がみえないことは骨折がないことを意味しない。転位のない大腿骨頸部骨折を見逃したまま荷重歩行を続けると、骨折部がずれて転位型骨折に進行するおそれがある。転位型になると骨頭への血流が途絶えやすく、偽関節や大腿骨頭壊死の危険が高まり、骨接合術ではなく人工骨頭置換術などのより大きな手術が必要になりうる。骨折の有無が確定していない段階で「心配ない」と説明するのは誤りである。
- ×b. 痛みが取れるまで安静臥床を保つよう説明する。
骨折が確定していないまま、終わりの見えない安静臥床を指示するのは不適切である。88歳という高齢者では、臥床が長引くと筋力低下・関節拘縮などの廃用症候群、褥瘡、肺炎、深部静脈血栓症、認知機能低下(せん妄)などを招きやすく、寝たきりにつながる。また安静にしても骨折の有無はわからず、診断の確定という最も重要な課題が先送りになる。
- ○c. 確定診断のためにMRIが必要と説明する。
臨床的に大腿骨頸部骨折が疑われるのに単純写真で骨折が確認できない場合、次に行うべき検査はMRIである。MRIでは骨折部の骨髄浮腫や出血がT1強調像で低信号、STIR像(脂肪抑制像)で高信号として描出され、受傷直後からでも不顕性骨折を高い感度・特異度で検出できる。骨折線の走行や範囲もわかり、治療方針の決定に直結する。骨折が確認されれば早期に手術を検討し、否定されれば安心して歩行を再開できるため、本症例で最も適切な対応である。
- ×d. 骨折している可能性があるのでギプス固定が必要と説明する。
そもそも骨折の有無がまだ確定していない。さらに、大腿骨頸部は股関節の深部にあり、ギプスで骨折部を確実に固定することは困難である。高齢者で下肢から体幹にかけての広範なギプス固定を行えば、長期臥床と同様に廃用症候群や褥瘡などの合併症を招く。大腿骨近位部骨折の治療としてギプス固定は一般に選択されない。
- ×e. 骨折している可能性があるので内固定術が必要と説明する。
転位のない大腿骨頸部骨折が確定すれば、転位を防ぎ早期離床を図るためにスクリューなどによる内固定術(骨接合術)が選択されることが多い。しかし現時点では骨折の有無が確認されておらず、「可能性がある」という段階で侵襲的な手術を勧めるのは順序が誤っている。手術適応の判断は、MRIなどで骨折を確定したうえで行う。
大腿骨近位部骨折の概要
大腿骨近位部骨折は骨粗鬆症を背景とする代表的な脆弱性骨折で、高齢女性に多く、多くは立った高さからの転倒で生じる。骨折部位により、関節包の内側で起こる大腿骨頸部骨折(かつては「内側骨折」とよばれた)と、関節包の外側で起こる大腿骨転子部骨折(かつての「外側骨折」)に分けられる。
大腿骨頸部骨折の特徴
・頸部は関節包内にあり骨膜の骨形成能が乏しく、骨頭への血流が損なわれやすいため、骨癒合が得にくく、偽関節や大腿骨頭壊死を生じやすい。 ・転位の程度はGarden分類で評価する。stage I:不完全骨折(外反位の嵌入骨折を含む)、stage II:転位のない完全骨折、stage III:部分的に転位した完全骨折、stage IV:完全に転位した完全骨折。臨床的にはI・IIを非転位型、III・IVを転位型としてまとめることが多い。 ・治療の原則は手術である。非転位型では主にスクリューやピンなどによる骨接合術(内固定)、高齢者の転位型では人工骨頭置換術が選ばれることが多い。早期手術・早期離床が合併症を減らし、生命予後や機能予後の改善につながる。
不顕性骨折(occult fracture)の画像診断
・単純写真では、正面像に加えて側面像を撮影し、骨梁の途絶や頸部の皮質の不整に注意して読影する。 ・単純写真で骨折が不明でも臨床的に疑わしい場合は、MRIが第一選択の追加検査である。受傷早期から感度・特異度ともに高く、骨折以外の病変(筋損傷、恥骨・坐骨骨折、仙骨脆弱性骨折など)も評価できる。 ・MRIが撮れない場合(ペースメーカー装着、体動が激しいなど)はCTが代替となるが、転位のない骨折ではMRIより感度が劣る。骨シンチグラフィも用いられることがあるが、高齢者では受傷後数日経たないと陽性にならないことがある。 ・画像検査ができない場合は、荷重を控えさせたうえで1〜2週間後に単純写真を再検し、骨吸収による骨折線の明瞭化や転位の出現を確認する方法もある。
高齢者の安静・固定の弊害
高齢者では短期間の臥床でも筋萎縮、関節拘縮、褥瘡、肺炎、深部静脈血栓症・肺塞栓症、せん妄などを起こしやすい。「骨折かもしれないから長く寝かせる」「念のためギプス」という対応は避け、速やかに診断を確定して必要なら早期手術・早期離床を目指す。
POINT
・高齢者の転倒後に荷重時痛が続く場合、単純写真で異常がなくても大腿骨頸部骨折(不顕性骨折)を疑う。 ・転位のない頸部骨折(Garden stage I・IIなど)では歩行可能で、可動域も保たれることがある。 ・単純写真で診断できない骨折の検出にはMRIが最も有用(T1強調像で低信号の骨折線・骨髄浮腫)。 ・非転位型を見逃して荷重を続けると転位型へ進行し、骨頭壊死・偽関節のリスクが増す。 ・骨折確定前に歩行許可、長期安静、ギプス固定、手術決定を行うのは不適切。高齢者の長期臥床は廃用症候群を招く。
