細長い手足と行ったり来たりする雑音―Marfan症候群が招く大動脈弁閉鎖不全症
第99回医師国家試験 A問題 第21問
国試問題にチャレンジ
34歳の男性。労作時の息切れを主訴に来院した。意識は清明。身長185cm,体重58kg。脈拍92/分,整。血圧162/48mmHg。四肢は細長く,口蓋は高い。胸骨左縁第4肋間に3/6度の収縮期・拡張期〈to and fro〉雑音)を聴取する。 診断はどれか。
- a.僧帽弁狭窄症
- b.僧帽弁閉鎖不全症
- c.大動脈弁閉鎖不全症
- d.大動脈弁狭窄症
- e.三尖弁閉鎖不全症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高身長・細長い四肢・高口蓋といった骨格所見はMarfan症候群を示唆し、FBN1遺伝子異常による大動脈基部の拡張から大動脈弁閉鎖不全症や大動脈解離をきたします。大動脈弁閉鎖不全症では拡張期の逆流で拡張期血圧が下がり、増大した一回拍出量で収縮期血圧が上がるため脈圧が著明に開大します。聴診では胸骨左縁第3〜4肋間の高調・漸減性拡張期雑音に、相対的狭窄による駆出性収縮期雑音が加わり、II音を境に往復する往復雑音(to and fro murmur)となります。大動脈弁狭窄症や僧帽弁・三尖弁の弁膜症は一方の相の雑音が主体で脈圧開大も説明できず、Marfan症候群では僧帽弁逸脱の合併もありうる点に注意が必要です。体型・血圧・雑音を統合して病態を推論する力は、身体診察の基本であり、致死的な大動脈解離を予防するための早期発見にもつながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・34歳男性、労作時の息切れ(心不全を思わせる症状) ・身長185cm、体重58kg:BMIは約16.9と著しいやせ型の高身長 ・四肢が細長い(クモ状指・クモ状肢 arachnodactyly を思わせる)、高口蓋 ・血圧162/48mmHg:収縮期血圧が高く拡張期血圧が低い。脈圧は114mmHgと著明に開大している ・胸骨左縁第4肋間に3/6度の収縮期・拡張期の往復雑音(to and fro murmur)
背景疾患の推定
高身長・細長い四肢・高口蓋という骨格所見の組み合わせは、Marfan症候群を強く示唆する。Marfan症候群はフィブリリン1(FBN1)遺伝子の異常による常染色体顕性(優性)遺伝の結合組織疾患で、心血管系では大動脈基部(Valsalva洞)の拡張、それに伴う大動脈弁閉鎖不全症(AR)、大動脈解離、僧帽弁逸脱症が問題となる。
心雑音と血圧からの弁膜症の推定
拡張期血圧の低下と脈圧の開大は、拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流して大動脈圧が急速に下がること、そして逆流分を上乗せした大きな一回拍出量が収縮期に駆出されることを反映しており、ARの典型的な血行動態である。 聴診では、ARの逆流による拡張期雑音(高調で漸減性の灌水様雑音)が胸骨左縁第3〜4肋間で最もよく聴かれる。さらに一回拍出量の増大により大動脈弁口を通る血流が増えるため、相対的狭窄による駆出性収縮期雑音も生じる。この収縮期雑音と拡張期雑音がII音を境に「行ったり来たり」するように続けて聴こえるのが往復雑音(to and fro murmur)である。
設問への考え方
選択肢の中で「収縮期と拡張期の両方に雑音が生じ、脈圧が大きく開く」という条件を満たし、かつMarfan症候群の代表的合併症でもあるのは大動脈弁閉鎖不全症である。一方の相(収縮期のみ、あるいは拡張期のみ)にしか雑音を生じない弁膜症は、往復雑音の説明として不十分である。
選択肢考察
- ×a. 僧帽弁狭窄症
僧帽弁狭窄症(MS)では、I音の亢進、僧帽弁開放音(opening snap)、それに続く心尖部の低調な拡張中期ランブル(輪転様雑音)と前収縮期雑音が特徴である。雑音は拡張期に限られ、本症例のような収縮期成分を伴う往復雑音にはならない。また、原因の大半はリウマチ熱の後遺症であり、脈圧の開大やMarfan症候群とも結びつかない。
- ×b. 僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁閉鎖不全症(MR)の主体は心尖部の汎収縮期逆流性雑音である。高度のMRでは左房から左室への拡張期流入が増え、III音に続く短い拡張中期ランブル(相対的僧帽弁狭窄による雑音)を聴くことがあるが、これは往復雑音とは呼ばない。往復雑音は収縮期と拡張期で最強点・音質が異なり、II音を境に雑音の性状が切り替わるものを指すが、MRの両雑音はいずれも心尖部が最強点である。また、MRでは脈圧の著明な開大や拡張期血圧の低下は典型的ではない。なお、Marfan症候群では僧帽弁逸脱症とそれによるMRをしばしば合併するため「Marfan症候群ではMRは起こらない」わけではないが、本症例の胸骨左縁第4肋間の往復雑音と脈圧開大はARを示している。
- ○c. 大動脈弁閉鎖不全症
Marfan症候群では大動脈基部(大動脈弁輪〜Valsalva洞)が拡張し(大動脈弁輪拡張症 annuloaortic ectasia)、弁尖の接合が悪くなって大動脈弁閉鎖不全症(AR)が生じる。ARでは胸骨左縁第3〜4肋間(Erb領域)を最強点とする高調・漸減性の拡張期逆流性雑音を聴取し、逆流で増えた一回拍出量が大動脈弁口を通るため駆出性収縮期雑音も加わり、往復雑音となる。拡張期血圧の低下と脈圧の開大(本症例は162/48mmHg)もARを裏づける所見であり、診断として最も適切である。
- ×d. 大動脈弁狭窄症
大動脈弁狭窄症(AS)では、胸骨右縁第2肋間を最強点とし頸部に放散する漸増漸減型(ダイヤモンド型)の駆出性収縮期雑音を聴取する。純粋なASでは拡張期雑音は生じず、往復雑音にはならない。また、ASでは左室からの駆出が妨げられるため脈は小さく立ち上がりの遅い遅脈・小脈となり、脈圧はむしろ狭くなる傾向があり、本症例の脈圧開大とは逆である。
- ×e. 三尖弁閉鎖不全症
三尖弁閉鎖不全症(TR)では胸骨左縁下部に汎収縮期逆流性雑音を聴取し、吸気で静脈還流が増えると雑音が増強する(Rivero-Carvallo徴候)。頸静脈の収縮期拍動(v波の増高)や肝腫大・肝拍動などの右心系の所見を伴う。拡張期雑音は生じないため往復雑音とはならず、脈圧開大とも関係しない。
Marfan症候群の概要
・原因:15番染色体上のフィブリリン1(FBN1)遺伝子変異。常染色体顕性(優性)遺伝だが、約25%は新規変異による孤発例である。 ・骨格系:高身長、長く細い四肢(指極長が身長を上回る)、クモ状指、高口蓋、漏斗胸・鳩胸、側弯症、関節の過伸展。手首徴候(Walker-Murdoch徴候)や母指徴候(Steinberg徴候)が知られる。 ・眼:水晶体偏位(亜脱臼、多くは上方)、強度近視、網膜剝離。 ・心血管系:大動脈基部拡張(大動脈弁輪拡張症)、大動脈弁閉鎖不全症、大動脈解離(主な死因)、僧帽弁逸脱症と僧帽弁閉鎖不全症。 ・その他:自然気胸、硬膜拡張(dural ectasia)、皮膚線条。 ・診断:改訂Ghent基準では、大動脈基部拡張(Zスコア2以上)と水晶体偏位を特に重視し、家族歴、FBN1変異、全身所見スコアを組み合わせて診断する。 ・管理:β遮断薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)で大動脈拡張の進行抑制を図り、心エコー・CT・MRIで大動脈径を定期的に評価する。大動脈基部径が一定の閾値(成人ではおおむね50mm前後、解離の家族歴や急速な拡大があればより早期)に達すれば予防的な大動脈基部置換術(弁温存手術やBentall手術)を検討する。激しい等尺性運動や接触型スポーツは避ける。
大動脈弁閉鎖不全症の身体所見
・脈:速脈・大脈(Corrigan脈、水槌脈)、脈圧開大、拡張期血圧低下。 ・末梢所見:de Musset徴候(拍動に一致した頭部の上下動)、Quincke徴候(爪床の毛細血管拍動)、Duroziez徴候(大腿動脈を圧迫したときの往復雑音)、Hill徴候(下肢の収縮期血圧が上肢より著明に高い)。 ・聴診:胸骨左縁第3〜4肋間の高調・漸減性拡張期雑音(坐位前傾・呼気止めでよく聴こえる)、相対的ASによる駆出性収縮期雑音、心尖部のAustin Flint雑音(逆流ジェットが僧帽弁前尖の開放を妨げて生じる拡張期ランブル)。
往復雑音(to and fro murmur)を生じる代表的な病態
・大動脈弁閉鎖不全症(大動脈弁狭窄兼閉鎖不全症を含む) ・心室中隔欠損症に大動脈弁逆流を合併したもの ・心膜摩擦音(収縮期・拡張期の成分をもつ) なお、動脈管開存症などでみられる連続性雑音は、II音をまたいで途切れずに続く点で往復雑音と区別される。
POINT
・高身長・細長い四肢・高口蓋 → Marfan症候群を想起する。 ・Marfan症候群の心血管合併症:大動脈基部拡張、大動脈弁閉鎖不全症、大動脈解離、僧帽弁逸脱症。 ・拡張期血圧の低下と脈圧の開大 → 大動脈弁閉鎖不全症を示唆する。 ・大動脈弁閉鎖不全症の雑音:胸骨左縁第3〜4肋間の拡張期逆流性雑音+相対的ASによる駆出性収縮期雑音 → 往復雑音(to and fro)。 ・往復雑音は収縮期と拡張期で雑音の性状がII音を境に切り替わるもので、途切れずに続く連続性雑音(動脈管開存症など)とは異なる。
