根拠法・適応・同意・件数―人工妊娠中絶を「母体保護法」から整理する
第120回医師国家試験 F問題 第6問
国試問題にチャレンジ
我が国の人工妊娠中絶で正しいのはどれか。
- a.母子保健法に基づく。
- b.胎児異常も中絶の適応である。
- c.年間10万件以上実施されている。
- d.本人の同意のみで実施可能である。
- e.経口中絶薬はすべての医師が処方できる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
日本の人工妊娠中絶は母子保健法ではなく母体保護法に基づき、都道府県医師会が指定する母体保護法指定医師のみが実施できます。適応は「身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある場合」と「暴行・脅迫による妊娠」の2つに限られ、胎児異常を理由とする規定はなく、原則として本人と配偶者の同意が必要です。2023年に承認された経口中絶薬も母体保護法の枠内で指定医師のみが扱い、指定医でなくても処方できる緊急避妊薬とは区別されます。件数は1950年代の年間100万件超から減少したものの、近年も年間12万件台と10万件を上回っており、実施時期は妊娠満22週未満です。法的枠組みを正確に理解することは、試験対策だけでなく、望まない妊娠に悩む患者へ適切な情報と支援を届けるうえでも欠かせません。
解答・解説
正解はcです
本問は、日本における人工妊娠中絶の法的な枠組み(根拠法、適応、同意要件、実施できる医師)と、実施件数の規模を問う問題である。 人工妊娠中絶の根拠法は母体保護法である。同法は1996年に優生保護法から優生思想に基づく規定を削除して改正・改称されたもので、人工妊娠中絶を行えるのは都道府県医師会が指定する「母体保護法指定医師(指定医)」に限られる。中絶が認められるのは、①妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある場合、②暴行・脅迫などにより抵抗・拒絶できない間に性交されて妊娠した場合、の2つであり、胎児の異常を理由とする規定(いわゆる胎児条項)は存在しない。実施には原則として本人と配偶者の同意が必要である。実施可能な時期は「胎児が母体外で生命を保続できない時期」とされ、現在の通知では妊娠満22週未満である。 件数については、1950年代には年間100万件を超えていたが、その後長期的に減少し続け、近年は年間12万件台で推移している。したがって「年間10万件以上」は現状に合致する。2023年には経口中絶薬が承認されたが、これも母体保護法の枠組みの中で指定医が扱うものである。
選択肢考察
- ×a. 母子保健法に基づく。
人工妊娠中絶と不妊手術を規定しているのは母体保護法である。母子保健法は、母子健康手帳の交付、妊婦健康診査、乳幼児健康診査、保健指導、低出生体重児の届出、未熟児養育医療など、妊娠・出産・育児期の母子の健康の保持増進を目的とした法律であり、人工妊娠中絶の要件は定めていない。名称が似ているので混同に注意する。
- ×b. 胎児異常も中絶の適応である。
母体保護法第14条が定める適応は、身体的または経済的理由により妊娠の継続・分娩が母体の健康を著しく害するおそれがある場合と、暴行・脅迫などによる妊娠の場合の2つのみである。胎児に異常があることを理由に中絶を認める規定(胎児条項)は設けられていない。出生前診断の普及に伴い議論はあるが、法律上の適応としては存在しない。
- ○c. 年間10万件以上実施されている。
衛生行政報告例によると、人工妊娠中絶件数は1950年代のピーク(年間100万件超)から長期的に減少してきたが、近年も年間おおむね12万件台で推移しており、10万件を上回っている。年齢階級別の実施率(女子人口千対)は20歳代で高い。
- ×d. 本人の同意のみで実施可能である。
母体保護法では、本人および配偶者(婚姻届を出していない事実婚の相手も含む)の同意を得て行うことが原則である。ただし、配偶者が知れないとき、意思を表示できないとき、妊娠後に配偶者が亡くなったときは本人の同意だけで行うことができる。未婚で配偶者がいない場合も本人の同意で足りる。原則として配偶者同意を要する点については、女性の自己決定権の観点から見直しを求める意見がある。
- ×e. 経口中絶薬はすべての医師が処方できる。
日本では2023年に経口中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストールの組み合わせ製剤)が承認されたが、薬による中絶も母体保護法上の人工妊娠中絶にあたるため、処方・投与できるのは母体保護法指定医師に限られる。対象は妊娠9週0日(63日)以下の子宮内妊娠で、出血や不全流産などの合併症に対応できる体制を備えた医療機関で用いる。なお、性交後に妊娠を防ぐ緊急避妊薬(レボノルゲストレル)は避妊を目的とする薬であって中絶薬ではなく、指定医である必要はない。
母体保護法による人工妊娠中絶の要点
・定義:胎児が母体外で生命を保続することのできない時期に、人工的に胎児とその附属物を母体外に排出すること。時期は通知により妊娠満22週未満とされている。 ・実施者:都道府県医師会が指定する母体保護法指定医師 ・適応:①身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある場合、②暴行・脅迫などによる妊娠 ・同意:本人と配偶者(事実婚を含む)。配偶者が知れない、意思表示できない、死亡した場合は本人のみでよい。 ・届出:指定医師は実施した月の翌月10日までに都道府県知事へ届け出る。 ・胎児異常を理由とする規定はない。
経口中絶薬
・ミフェプリストン(プロゲステロン受容体拮抗薬で妊娠の維持を止める)を内服し、36〜48時間後にミソプロストール(プロスタグランジンE1誘導体で子宮を収縮させる)を投与して胎嚢の排出を促す。 ・妊娠63日(9週0日)以下が対象で、異所性妊娠を除外したうえで用いる。 ・保険適用はない(人工妊娠中絶自体が自由診療)。
件数の推移
戦後の1955年前後に年間約117万件のピークがあり、避妊の普及などに伴い減少を続け、近年は年間12万件台である。
関連法の区別
母体保護法:不妊手術、人工妊娠中絶、受胎調節実地指導 母子保健法:母子健康手帳、妊婦・乳幼児健診、保健指導、低出生体重児の届出、未熟児養育医療
POINT
・人工妊娠中絶の根拠法は母体保護法(母子保健法ではない)。 ・適応は「身体的・経済的理由で母体の健康を著しく害するおそれ」と「暴行・脅迫による妊娠」の2つのみで、胎児異常は適応にない。 ・原則として本人と配偶者の同意が必要。 ・実施できるのは母体保護法指定医師のみで、経口中絶薬も同様。 ・実施は妊娠満22週未満。件数は近年年間12万件台。
