ブドウ糖を入れる前にビタミンB1―「糖の燃料に火をつける補酵素」を忘れない輸液の鉄則
第120回医師国家試験 F問題 第43問
国試問題にチャレンジ
83歳の女性。食欲不振と全身倦怠感を主訴に来院した。両下肢のしびれと筋けいれんがある。検査の結果,胃癌と診断され,入院となった。入院後も食事をほとんど摂れず,輸液療法でグルコースを中心に必要なエネルギーを補充する方針とした。 輸液に添加するビタミンで優先度が高いのはどれか。
- a.ビタミンA
- b.ビタミンB1
- c.ビタミンB12
- d.ビタミンD
- e.ビタミンK
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ビタミンB1(チアミン)は活性型のチアミン二リン酸として、ピルビン酸脱水素酵素などブドウ糖代謝に必須の酵素の補酵素となり、体内の貯蔵量が少ないため低栄養が続くと数週間で欠乏します。B1が不足した患者にブドウ糖中心の輸液を行うと残りのB1が急速に消費され、乳酸アシドーシス、Wernicke脳症、衝心脚気といった重篤な合併症を起こし得るため、輸液開始前または同時に補充し、欠乏が疑われれば血中濃度を待たずに投与します。ビタミンB12は肝臓に数年分の蓄えがあり、ビタミンA・Dも欠乏は緩徐で、いずれもブドウ糖投与で急に悪化することはありません。ビタミンKは長期の絶食や抗菌薬使用で欠乏し得るため長期輸液では補充が必要ですが、糖代謝とは関係しません。リフィーディング症候群の予防を含め、「栄養を入れる前にB1」という原則は、内科・外科・精神科を問わず日常診療で患者を守る基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・83歳の高齢女性。食欲不振と全身倦怠感が続いており、胃癌と診断された。腫瘍による通過障害、癌に伴う食欲低下、高齢であることが重なり、以前から食事量が少なく、低栄養状態にあったと考えられる。 ・両下肢のしびれと筋けいれん(こむら返り)がある。下肢から始まる左右対称のしびれは、多発ニューロパチー(末梢神経障害)を示す所見である。低栄養の患者では、ビタミンB1欠乏による末梢神経障害(脚気ニューロパチー)をまず考える。筋けいれんは、脱水や電解質異常(低マグネシウム血症、低カリウム血症など)でも起こり得る。 ・入院後も食事がほとんど摂れず、輸液でグルコース(ブドウ糖)を中心にエネルギーを補う方針になった。
考え方
ビタミンB1(チアミン)は、体内で活性型のチアミン二リン酸(TPP)になる。TPPは、ブドウ糖を代謝してエネルギーをつくる過程で働く次の酵素の補酵素である。 ・ピルビン酸脱水素酵素:解糖系とTCA回路(クエン酸回路)をつなぐ。 ・α-ケトグルタル酸脱水素酵素:TCA回路の中で働く。 ・トランスケトラーゼ:ペントースリン酸経路で働く。 ビタミンB1は水溶性で、体内の蓄えが少ない(数十mg程度)。摂取が途絶えると数週間で欠乏する。そのうえ、ブドウ糖を多く与えるほど消費量が増える。 もともとビタミンB1が不足している低栄養患者に、ビタミンB1を補わずにブドウ糖中心の輸液を行うと、残っていたビタミンB1が急に使い果たされる。その結果、ピルビン酸がTCA回路に入れずに乳酸へ変わって重い乳酸アシドーシスを起こしたり、Wernicke(ウェルニッケ)脳症(意識障害、眼球運動障害、運動失調)や心不全(衝心脚気)を起こしたりする。本例ではすでに下肢のしびれという欠乏を疑わせる症状もある。 したがって、ブドウ糖を中心とした輸液を始めるときに最も優先して加えるべきビタミンは、ビタミンB1である。
選択肢考察
- ×a. ビタミンA
ビタミンA(レチノール)は脂溶性ビタミンで、網膜で光を感じる物質(ロドプシン)の材料になるほか、皮膚や粘膜の上皮を正常に保つ働きがある。欠乏すると夜盲症、眼球乾燥症、角膜軟化症などが起こる。肝臓に多く蓄えられており、短期間の絶食では欠乏しにくい。ブドウ糖の代謝にも関わらないため、糖を与えても消費が増えることはない。本例の症状とも関係がなく、優先度は低い。
- ○b. ビタミンB1
ビタミンB1はTPPとして、ピルビン酸脱水素酵素などのブドウ糖代謝の酵素に欠かせない補酵素である。体内の蓄えが少なく、低栄養が続くと欠乏しやすい。本例は胃癌による長期の低栄養があり、両下肢のしびれという末梢神経障害の症状もあるため、すでに欠乏している可能性が高い。この状態でブドウ糖中心の輸液を行うとビタミンB1の消費がさらに進み、乳酸アシドーシス、Wernicke脳症、心不全(衝心脚気)を引き起こす危険がある。このため輸液を始める前、あるいは同時に補充する。欠乏が疑われるときは、血中濃度の結果を待たずに投与を始めてよい。
- ×c. ビタミンB12
ビタミンB12(コバラミン)はDNA合成と髄鞘の維持に必要で、欠乏すると巨赤芽球性貧血、亜急性連合性脊髄変性症(深部感覚障害を中心とする脊髄の障害)、末梢神経障害を起こす。胃の壁細胞から出る内因子と結合して回腸で吸収されるため、胃全摘後や萎縮性胃炎では欠乏が問題になる。ただし、肝臓に数年分の蓄えがあり、数週間程度の摂取不足では欠乏しない。またブドウ糖の代謝には直接関わらず、糖を与えて急に欠乏することはない。このため、輸液開始時の優先度はビタミンB1より低い。
- ×d. ビタミンD
ビタミンDは脂溶性ビタミンで、腸からのカルシウムとリンの吸収を促し、骨の石灰化を助ける。欠乏すると、成人では骨軟化症、小児ではくる病を起こす。皮膚でも紫外線の働きによって合成される。欠乏症は長い時間をかけて進むもので、ブドウ糖の代謝にも関わらない。急性期の輸液で最優先にするものではない。
- ×e. ビタミンK
ビタミンKは脂溶性ビタミンで、肝臓で凝固因子(第Ⅱ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ因子)がつくられるのに必要である。欠乏するとプロトロンビン時間が延びて出血しやすくなる。食事が摂れず抗菌薬を使っているときなどには欠乏することがあり、長期の輸液では補充が必要になる。しかし、ブドウ糖の代謝には関わらず、糖を与えて急に悪化するものではない。本例では出血傾向もなく、ビタミンB1より優先度は低い。
ビタミンB1欠乏症
・原因:摂取不足(低栄養、偏った食事、アルコール依存症)、吸収障害、需要の増加(ブドウ糖の大量投与、甲状腺機能亢進症、妊娠、発熱)、尿中への排泄の増加(利尿薬)など。 ・脚気(かっけ) 乾性脚気:多発ニューロパチーが主体である。下肢のしびれ、筋力低下、腱反射の低下・消失がみられる。 湿性脚気:高拍出性心不全が主体である。浮腫、頻脈、心拡大がみられる。末梢の血管が広がるため、心拍出量は増える。 衝心脚気:急速に悪化する心不全で、ショックになることがある。 ・Wernicke脳症:意識障害、眼球運動障害(眼振、外眼筋麻痺)、失調性歩行が三徴である。乳頭体、第三脳室・中脳水道の周り、視床内側などに病変ができる。治療が遅れると、Korsakoff症候群(新しいことを覚えられない記憶障害、作話)が残る。 ・乳酸アシドーシス:ピルビン酸がTCA回路に入れず乳酸になるため起こる。ビタミンB1を入れずに高カロリー輸液を行い、重い乳酸アシドーシスが起きた事例が報告され、高カロリー輸液では必ずビタミンB1を加えるよう注意喚起されている。
リフィーディング症候群
・長く飢餓状態にあった人に急に栄養を与えると、インスリンの分泌が増え、リン、カリウム、マグネシウムが細胞の中へ移動する。その結果、低リン血症、低カリウム血症、低マグネシウム血症が起こり、不整脈、心不全、呼吸不全、意識障害などにつながる。 ・ビタミンB1の急な欠乏もその一部である。 ・予防として、エネルギー投与を少量から始めて段階的に増やす。開始前と開始後に電解質を確認して補正し、ビタミンB1を栄養開始前から補充する。
水溶性ビタミンと脂溶性ビタミンの違い
・水溶性ビタミン(B群、C):体内の蓄えが少なく、余った分は尿に出る。摂取が途絶えると比較的早く欠乏する(ビタミンB12は例外で、蓄えが多い)。 ・脂溶性ビタミン(A、D、E、K):肝臓や脂肪組織に蓄えられる。とりすぎると過剰症を起こし得る。
POINT
・低栄養患者にブドウ糖中心の輸液を行うときは、ビタミンB1を必ず補充する。 ・ビタミンB1(TPP)はピルビン酸脱水素酵素などの補酵素であり、ブドウ糖を与えると消費が増える。 ・補充しないと、乳酸アシドーシス、Wernicke脳症、脚気心(衝心脚気)を起こす。 ・乾性脚気は多発ニューロパチー、湿性脚気は高拍出性心不全が主体である。 ・Wernicke脳症の三徴は、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行である。 ・ビタミンB12は肝臓に数年分蓄えられており、短期間の絶食では欠乏しない。
