食べられなかった体に、いきなり栄養を入れてはいけない―幽門狭窄の高齢者とリフィーディング症候群
第120回医師国家試験 D問題 第53問
国試問題にチャレンジ
88歳の女性。呼吸困難を主訴に救急車で搬入された。3か月前から心窩部痛があり,2か月前には悪心で食事が摂れなくなり,3週間前から嘔吐を繰り返すようになった。睡眠中に嘔吐し,呼吸困難が出現したため家族が救急車を要請した。喫煙歴と飲酒歴はない。意識は清明。身長148cm,体重36kg。1か月で6kg体重が減少した。体温36.2℃。心拍数108/分,整。血圧98/48mmHg。呼吸数12/分。SpO2 94%(マスク5L/分酸素投与下)。呼吸音は前胸部右側で減弱し,coarse cracklesを聴取する。腹部は膨隆し,圧痛を認める。尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体2+,潜血(-)。血液所見:赤血球418万,Hb 11.9 g/dL,Ht 38%,白血球5,500,血小板30万。血液生化学所見:総蛋白6.4g/dL,アルブミン2.8g/dL,総ビリルビン0.5mg/dL,AST 26U/L,ALT 18U/L,LD 202U/L(基準124~222),ALP 110U/L(基準38~113),尿素窒素28mg/dL,クレアチニン1.4mg/dL,血糖88mg/dL,Na 132mEq/L,K 4.6mEq/L,Cl 98mEq/L,Ca 8.8mg/dL,P 2.7mg/dL,CEA 18.6ng/mL(基準5以下),CA19-9 36U/mL(基準37以下)。CRP 3.0mg/dL。腹部単純CT(A,B)を下に示す。気管内吸引で食物残渣を多量に認め,その後低酸素血症は改善した。2週間後に開腹手術を行うことにした。低栄養に対して,栄養サポートチーム〈NST〉に介入依頼をした。 まず行うべき対応はどれか。

- a.経口摂取を続ける。
- b.制吐薬を投与する。
- c.末梢静脈輸液を行う。
- d.高カロリー輸液を行う。
- e.アルブミン製剤を投与する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者で心窩部痛から悪心・嘔吐へと段階的に進み、体重減少・CEA高値・CTで幽門前庭部の壁肥厚と胃拡張を認めれば、胃癌による幽門狭窄を考えます。消化管が使えない状況では絶食・胃内減圧のうえ静脈から栄養を補いますが、高度のやせや急激な体重減少、長期の摂取不良がある患者ではリフィーディング症候群の危険が高く、いきなり高カロリー輸液を行うのではなく、末梢静脈輸液で脱水を補正しつつ低エネルギーから開始し、ビタミンB1補充とリン・カリウム・マグネシウム・血糖の監視を行いながら漸増します。器質的閉塞による嘔吐に制吐薬は無効で、アルブミン製剤は栄養補給の目的では使いません。術前に1〜2週間の栄養療法で状態を整えることは術後合併症の軽減につながり、「腸が使えるか」「今ある異常は何か」「再栄養のリスクはどうか」という順序立てた考え方は、NSTを含むあらゆる栄養管理の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・88歳女性。3か月前から心窩部痛、2か月前から悪心で食事が摂れず、3週間前から嘔吐を反復:心窩部の症状が段階的に悪化し、最終的に通過障害による嘔吐に至った経過であり、上部消化管(特に胃の出口である幽門部)の慢性進行性の狭窄・閉塞を考える。 ・睡眠中に嘔吐した後の呼吸困難、右前胸部の呼吸音減弱とcoarse crackles(水泡音)、気管内吸引で多量の食物残渣:嘔吐物を誤嚥し、右側の気道に貯留した状態(誤嚥・誤嚥性肺炎)である。右主気管支は左より太く垂直に近いため、誤嚥物は右側に入りやすい。吸引後に低酸素血症は改善している。 ・身長148cm、体重36kg(BMI 約16.4)、1か月で6kg減少(元の体重の約14%):高度のやせと急激な体重減少である。 ・腹部膨隆と圧痛:拡張した胃などを示唆する。 ・心拍数108/分、血圧98/48mmHg、尿素窒素28mg/dL・クレアチニン1.4mg/dL(尿素窒素/クレアチニン比は20前後と高め)、Na 132mEq/L:反復嘔吐と経口摂取不良による脱水・循環血液量減少と、それに伴う腎前性腎障害が考えられる。 ・尿ケトン体2+:飢餓状態で脂肪がエネルギー源として分解されていることを示す。 ・総蛋白6.4g/dL、アルブミン2.8g/dL:低栄養を示唆する(ただし急性期には炎症の影響も受ける)。 ・CEA 18.6ng/mL高値:消化器癌を疑う。 ・腹部単純CT:胃幽門前庭部の全周性壁肥厚と、それより口側の胃の著明な拡張(内容物の貯留)を認める。
診断
幽門前庭部の進行胃癌による幽門狭窄(胃出口部閉塞)と、それに伴う反復嘔吐・吐物誤嚥、脱水、高度の低栄養と考えられる。2週間後に開腹手術が予定されている。
設問の考え方
問われているのは、手術までの期間に低栄養に対して「まず行うべき対応」である。ポイントは3つある。 1.消化管が使えるか:幽門狭窄で経口摂取は嘔吐・再誤嚥を招くため使えない。したがって静脈からの投与が必要になる。 2.今ある異常の是正:頻脈・血圧低値・腎前性腎障害から脱水があり、まず細胞外液を補い循環を安定させる必要がある。 3.リフィーディング症候群の予防:長期間ほとんど食べられず高度にやせた患者に、いきなり十分量のエネルギー(特にブドウ糖)を投与すると、重篤な電解質・代謝異常を起こす危険がある。本例はBMI 18.5未満、短期間での10%以上の体重減少、長期の摂取不良が重なり高リスクである。 これらから、末梢静脈からの輸液で脱水を補正しつつ、低いエネルギー量から栄養投与を開始し、電解質や血糖をみながら段階的に増量していくのが最初の対応となる。
選択肢考察
- ×a. 経口摂取を続ける。
本例は幽門狭窄によって胃内容が十二指腸へ流れず、嘔吐を繰り返したうえに、吐物の誤嚥で呼吸不全を来している。経口摂取を続ければ胃内の貯留が増え、嘔吐と再誤嚥を招くだけで栄養改善も期待できない。まずは絶食とし、必要に応じて経鼻胃管で胃内を減圧すべきである。
- ×b. 制吐薬を投与する。
制吐薬は嘔吐中枢や消化管の受容体(ドパミンD2受容体、セロトニン5-HT3受容体など)に作用して悪心・嘔吐を抑える対症療法である。本例の嘔吐は腫瘍による機械的な通過障害が原因であり、制吐薬では胃の内容が先へ流れるようにはならないため効果は乏しい。また、消化管運動促進作用をもつ薬剤(メトクロプラミドなど)は器質的閉塞では内圧を高めるおそれがある。低栄養への対応にもならず、優先される対応ではない。
- ○c. 末梢静脈輸液を行う。
消化管が使えないため、栄養・水分は静脈から補う必要がある。本例は頻脈・血圧低値・尿素窒素/クレアチニン上昇から脱水があり、まず末梢静脈輸液で細胞外液を補って循環と腎機能を立て直すことが先決である。さらに、リフィーディング症候群の高リスク例であるため、栄養投与は末梢静脈から投与できる程度の低いエネルギー量で開始し、ビタミンB1(チアミン)を補充しつつ、血清P・K・Mg・血糖を頻回に確認しながら数日かけて段階的に増量する。これがNST介入後に最初に行うべき対応である。
- ×d. 高カロリー輸液を行う。
高カロリー輸液(中心静脈栄養、TPN)は高濃度のブドウ糖を含み、消化管が長期間使えない場合に必要エネルギーを満たす方法である。手術までの2週間に最終的には必要になりうるが、高度の飢餓状態の患者に最初から十分量の糖を投与すると、インスリン分泌が急増してP・K・Mgが細胞内へ移動し、低P血症などを中心とするリフィーディング症候群(心不全、不整脈、呼吸不全、意識障害など)を引き起こす危険がある。また、中心静脈カテーテル挿入には感染などの合併症もある。最初に行う対応としては不適切である。
- ×e. アルブミン製剤を投与する。
投与されたアルブミンはアミノ酸に分解されて体蛋白の合成に再利用される割合が小さく、蛋白質源としての栄養効果は乏しい。そのため、低栄養に伴う低アルブミン血症の補正を目的としたアルブミン製剤の投与は適応外とされる。アルブミン製剤は、出血性ショックなどでの循環血漿量の確保や、重度の低アルブミン血症による難治性の浮腫・腹水・肺水腫など限られた状況で用いる血液製剤である。低栄養の改善はエネルギーとアミノ酸の適切な投与によって行う。
栄養投与経路の選択
・原則は「腸が使えるなら腸を使う」。経口摂取が不十分でも消化管が機能していれば経腸栄養(経鼻胃管・経鼻十二指腸管、胃瘻など)を優先する。 ・消化管閉塞、重度の嘔吐などで消化管が使えない場合に静脈栄養を行う。 ・末梢静脈栄養(PPN):浸透圧の制約から投与できるエネルギーには上限がある(1日1,000kcal前後程度)。短期間(おおむね2週間以内)の栄養管理に向く。 ・中心静脈栄養(TPN):高濃度ブドウ糖液を投与でき、必要エネルギーを満たせる。長期間(おおむね2週間以上)の静脈栄養が必要な場合に選択する。
リフィーディング症候群
慢性的な飢餓状態では、体はエネルギー源を脂肪・蛋白質に切り替え、細胞内のP・K・Mgやビタミン B1も枯渇している(血清値は正常に見えることもある)。そこに急に糖を投与するとインスリン分泌が増え、ブドウ糖とともにP・K・Mgが細胞内へ急速に取り込まれ、血清濃度が急低下する。特に低P血症ではATP産生が障害され、心不全、不整脈、呼吸筋力低下、溶血、意識障害、けいれんなどを起こし、死に至ることもある。ビタミンB1欠乏によるWernicke脳症や乳酸アシドーシス、ナトリウム・水貯留による浮腫・心不全も生じうる。 高リスクの目安(英国NICEの基準):BMI 16未満、3〜6か月で15%超の体重減少、10日以上ほとんど摂取なし、栄養開始前から低K・低P・低Mgのいずれか1つ。あるいはBMI 18.5未満、3〜6か月で10%超の体重減少、5日以上ほとんど摂取なし、アルコール多飲や特定薬剤の使用歴のうち2つ以上。 予防:低エネルギー(例:10kcal/kg/日程度、超高リスクではさらに少量)から開始し、栄養開始前からビタミンB1を投与し、P・K・Mg・血糖を頻回に測定・補充しながら数日〜1週間程度かけて目標量へ増やす。
術前栄養療法
高度の低栄養がある患者では、大手術前に7〜14日程度の栄養療法を行うことで術後合併症の減少が期待できる。本例のように手術まで2週間の猶予を設けるのはこのためである。
胃出口部閉塞(幽門狭窄)への初期対応
絶食、経鼻胃管による胃内減圧(再誤嚥の予防にもなる)、輸液による脱水・電解質異常の補正を行う。持続的な嘔吐では胃液(HCl)の喪失により低Cl性代謝性アルカローシスや低K血症を来しやすい。
POINT
・高齢者の段階的に進む心窩部痛→悪心→嘔吐、体重減少、CEA高値、CTで幽門前庭部の壁肥厚と胃拡張 → 胃癌による幽門狭窄。 ・嘔吐後の呼吸困難と右肺のcrackles → 吐物誤嚥(右側に起こりやすい)。 ・消化管が使えない低栄養 → 静脈栄養。 ・高度のやせ・急な体重減少・長期の摂取不良はリフィーディング症候群の高リスク → 末梢静脈輸液で低エネルギーから開始し、ビタミンB1補充とP・K・Mg・血糖の監視をしながら漸増する。いきなり高カロリー輸液はしない。 ・アルブミン製剤は栄養補給の目的では使わない。 ・器質的な通過障害による嘔吐に制吐薬は無効。
