小腸を失った後に何が起こるか―上腸間膜動脈閉塞症の術後に待つ短腸症候群
第120回医師国家試験 D問題 第47問
国試問題にチャレンジ
83歳の男性。腹痛を主訴に来院した。昨日昼過ぎから腹部膨満感が出現し,次第に腹部全体が痛みはじめ,今朝には激しい痛みとなったため受診した。意識は清明。体温37.8℃。脈拍140/分,整。血圧110/74mmHg。眼瞼結膜に貧血を認めない。腹部全体に筋性防御を認める。腹部超音波検査で,腸管の拡張を認めた。腹部造影CTで上腸間膜動脈閉塞症の診断となり,緊急手術が行われた。腸管の壊死は,空腸・回腸の広範囲にわたり,回盲弁から10cm口側まで及んでいた。この壊死部分を切除し,血流の確認できた腸管同士を吻合した。 この患者に予想される合併症で考えにくいのはどれか。
- a.下痢
- b.脱水
- c.肝障害
- d.腎結石
- e.甲状腺機能低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
上腸間膜動脈閉塞症で空腸・回腸を広範囲に切除すると、吸収面積の大幅な減少によって短腸症候群が生じます。代表的な合併症は、下痢、脱水・電解質異常、栄養障害、中心静脈栄養や腸肝循環の破綻に伴う肝障害や胆石、そして脂肪酸がカルシウムを奪うことで遊離シュウ酸が大腸から吸収されて生じるシュウ酸カルシウム結石です。回腸切除では胆汁酸とビタミンB12の吸収が障害され、脂肪便、脂溶性ビタミン欠乏、巨赤芽球性貧血にもつながります。一方、甲状腺機能低下症は短腸症候群の病態と直接結びつかず、典型的な合併症ではありません。残った腸の部位と長さから失われた機能を推論する考え方は、消化管手術後の管理全般に通じる基本になります。
解答・解説
正解はeです
経過の整理
・83歳男性。前日から腹部膨満感があり、腹痛が腹部全体に広がって増強した。体温37.8℃、脈拍140/分の頻脈がある。腹部全体の筋性防御は、腹膜に炎症が広がった汎発性腹膜炎を示す。 ・腹部超音波で腸管が拡張しており、虚血によって腸の動きが止まった状態(麻痺性イレウス)と考えられる。造影CTで上腸間膜動脈(superior mesenteric artery:SMA)閉塞症と診断され、緊急手術となった。SMA閉塞症は、心房細動などで生じた血栓が流れて詰まる塞栓症と、動脈硬化部に血栓ができる血栓症に大別される。 ・SMAは十二指腸の遠位部から空腸・回腸の全長、さらに右側結腸から横行結腸の口側2/3までを栄養する。本例では空腸・回腸の広範囲が壊死していたため、その部分が切除された。回盲弁から口側10cmの回腸末端は温存されている。回盲弁と大腸は残っていると読み取れる。
術後に起こる病態
小腸を広範囲に失ったことで、栄養素・水分・電解質を吸収する面積が大きく減少する。その結果、短腸症候群(short bowel syndrome)を生じることが予想される。短腸症候群とは、小腸の大量切除によって吸収障害が起こり、通常の経口摂取では栄養と水分を維持できなくなった状態である。 さらに本例では回腸の大部分も切除されている。回腸は、胆汁酸とビタミンB12を特異的に吸収する部位である。回腸を失うと胆汁酸の再吸収(腸肝循環)が途絶え、脂肪の消化・吸収が障害される(脂肪便)。それに伴って脂溶性ビタミン(A・D・E・K)も欠乏する。ビタミンB12の吸収障害は、長期的に巨赤芽球性貧血を起こす。
設問の考え方
短腸症候群とその治療(中心静脈栄養など)から、どのような合併症が生じるかを考える。下痢・脱水・電解質異常は吸収面積の減少の直接の結果である。肝障害は長期の静脈栄養や腸管機能不全に伴って起こる。腎結石は脂肪吸収障害に伴う高シュウ酸尿で起こる。いずれも短腸症候群の代表的な合併症である。一方、甲状腺機能低下症は短腸症候群の病態と直接結びつかない。本問は「考えにくいもの」を選ぶ形式である。
選択肢考察
- ×a. 下痢
下痢は短腸症候群の最も基本的な症状であり、予想される合併症である。下痢が起こる機序は複数ある。(1) 吸収面積が減り、水分と電解質を十分に回収できない。(2) 吸収されなかった糖質などが腸管内に残り、浸透圧で水を腸管内へ引き込む(浸透圧性下痢)。(3) 回腸切除で吸収されなかった胆汁酸が大腸に流れ込み、大腸粘膜からの水分分泌を促す(胆汁酸性下痢)。(4) 吸収されなかった脂肪によって脂肪便となる。(5) 腸管通過時間が短縮する。術後早期は特に大量の下痢がみられ、時間をかけて残存腸管が適応(腸管順応)すると徐々に軽減していく。
- ×b. 脱水
脱水は予想される合併症である。大量の下痢によって水分とナトリウムが失われ、吸収も追いつかないため、容易に脱水に陥る。カリウム、マグネシウム、亜鉛なども失われ、低カリウム血症や低マグネシウム血症などの電解質異常を合併しやすい。高度の脱水は腎前性腎不全の原因となる。そのため術後は、尿量や体重、電解質を見ながら輸液で補う必要がある。特に高齢者は口渇を自覚しにくく、腎機能の予備力も小さいため注意が必要である。
- ×c. 肝障害
肝障害は予想される合併症である。短腸症候群では、腸管不全関連肝障害(intestinal failure-associated liver disease:IFALD)と呼ばれる肝障害を合併することがある。主な原因は次のとおりである。(1) 長期間の中心静脈栄養で、ブドウ糖や脂肪乳剤を過剰に投与すると脂肪肝が起こる。(2) 経口摂取がないと消化管ホルモンによる胆汁排出の刺激がなく、胆汁うっ滞が起こる。(3) 回腸切除により胆汁酸の腸肝循環が破綻する。(4) 腸内細菌が異常に増殖し、細菌由来の毒素が肝臓へ流入する。病態は脂肪肝から胆汁うっ滞、さらに肝線維化・肝硬変へ進行しうる。また同じ機序で胆石(胆泥)もできやすくなる。
- ×d. 腎結石
腎結石(シュウ酸カルシウム結石)は予想される合併症である。通常、食物中のシュウ酸は腸管内でカルシウムと結合して不溶性になり、便中に排泄される。しかし回腸切除で胆汁酸が不足すると脂肪が吸収されずに残り、その脂肪酸がカルシウムと結合してしまう。その結果、カルシウムと結合できなかった遊離のシュウ酸が増える。遊離シュウ酸は大腸から過剰に吸収され、尿中シュウ酸が増えて(腸管性高シュウ酸尿症)結石ができる。吸収されなかった胆汁酸や脂肪酸が大腸粘膜の透過性を高めることも、シュウ酸吸収を促進する。この機序は大腸が残っていることが前提であり、回盲弁と大腸が温存された本例はまさに該当する。脱水による尿量減少や、代謝性アシドーシスに伴う尿中クエン酸の減少も結石形成を助長する。
- ○e. 甲状腺機能低下
甲状腺機能低下症は短腸症候群の合併症としては考えにくく、本問の正解である。甲状腺ホルモンの産生に必要なヨウ素は、主に胃と小腸上部で効率よく吸収される。また和食中心の日本人は通常ヨウ素を十分に摂取しており、小腸切除によって甲状腺機能低下が起こることは一般的ではない。短腸症候群で問題となる欠乏症は主に、脂溶性ビタミン(A・D・E・K)、ビタミンB12、亜鉛・セレンなどの微量元素、マグネシウムなどである。ただし、すでに甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシン)を内服している患者では、吸収が低下して投与量の調整が必要になることがある。
上腸間膜動脈閉塞症
・高齢者、心房細動、動脈硬化、心不全などが危険因子である。塞栓症では、SMA起始部から少し離れた中結腸動脈分岐部付近で閉塞しやすい。 ・初期には「激しい腹痛のわりに腹部所見が乏しい」ことが特徴である。腸管壊死が進行すると腹膜刺激症状、代謝性アシドーシス、乳酸・CK・LDHの上昇、ショックを呈する。 ・造影CTで診断し、壊死腸管があれば緊急開腹して切除する。可能であれば血栓除去や血行再建を行う。腸管の生存が疑わしい場合は、24〜48時間後に再開腹して確認すること(second look operation)もある。
短腸症候群
・定義:小腸の広範囲切除により吸収不良をきたした状態。成人ではおおむね残存小腸が150〜200cm以下になると起こりやすいとされる。小腸の正常長は約6〜7mである。 ・重症度を左右する因子:残存小腸の長さ、回腸末端と回盲弁の有無、大腸の有無、残存腸管の機能。大腸が残っていれば水分・ナトリウムの吸収や短鎖脂肪酸によるエネルギー回収が期待でき、病態は比較的軽くなる。回盲弁は小腸への細菌の逆流を防ぎ、内容物の通過時間を延ばす。 ・経過:(1) 術直後の急性期(大量の下痢、脱水、電解質異常)。(2) 腸管順応期(数か月〜1〜2年かけて残存腸管の絨毛が伸び吸収能が改善)。(3) 安定期。 ・主な合併症 水分・電解質:下痢、脱水、低Na・K・Mg血症、代謝性アシドーシス 栄養:体重減少、低アルブミン血症、脂溶性ビタミン欠乏(夜盲症、骨軟化症、出血傾向など)、ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血、亜鉛欠乏による皮膚炎・味覚障害 消化管:胃酸分泌過多(消化管ホルモンによる抑制が減るため)、小腸内細菌異常増殖、D-乳酸アシドーシス(大腸が残っている場合に、吸収されなかった糖質を腸内細菌が発酵させて生じる。意識障害などをきたす) 肝胆道系:IFALD(脂肪肝、胆汁うっ滞、肝硬変)、胆石症 腎:シュウ酸カルシウム結石(大腸が残存する場合) 静脈栄養関連:カテーテル関連血流感染症、静脈血栓症 ・治療:急性期は中心静脈栄養で水分・電解質・栄養を管理する。腸管順応を促すため、可能な範囲で早期から経腸・経口栄養を併用する。止痢薬、プロトンポンプ阻害薬、胆汁酸吸着薬などを用いる。高シュウ酸尿症に対しては、低脂肪・低シュウ酸食とカルシウム補給を行う。近年はGLP-2アナログ(テデュグルチド)が腸管順応を促進する薬剤として用いられる。重症例では在宅中心静脈栄養や小腸移植も検討される。
POINT
・上腸間膜動脈閉塞症で空腸・回腸を広範囲に切除すると、短腸症候群となる。 ・短腸症候群の代表的合併症は、下痢、脱水・電解質異常、栄養障害、肝障害(IFALD)、胆石、腎結石である。 ・回腸切除では胆汁酸とビタミンB12の吸収が障害され、脂肪便、脂溶性ビタミン欠乏、巨赤芽球性貧血が起こる。 ・脂肪酸がカルシウムと結合し、遊離シュウ酸が大腸から吸収されることで、シュウ酸カルシウム結石が起こる(大腸残存が前提)。 ・甲状腺機能低下症は短腸症候群の典型的合併症ではない。
