叱るより「一つずつ」―ADHDの子と悩む母に医師が伝えるべきこと
第120回医師国家試験 D問題 第48問
国試問題にチャレンジ
9歳の男児。落ち着きのなさを心配した母親に連れられて来院した。周産期の異常なく,在胎40週,体重3,015gで仮死なく出生した。活発で外遊びを好み,自由遊びが多い幼稚園では楽しく過ごしていたが,小学校入学後から落ち着きのなさに気付かれるようになった。授業中着席していることが難しく,外の物音に気を取られてすぐに教室を飛び出してしまう。学校からのプリントは持ち帰ってきたことがなく,教科書や筆記用具などをなくすことが多いという。本人に聞くと「学校は大好き,楽しい,算数と体育が好き」と話し,褒めると満面の笑みをみせる。脳神経,四肢の運動と感覚に異常を認めない。母親は不安のあまり毎日叱り続けているという。 母への説明で適切なのはどれか。
- a.「お母さんのしつけの問題です」
- b.「指示は一つずつ伝えましょう」
- c.「自分で気付くまで放っておきましょう」
- d.「忘れ物をした時は好きな体育を禁止にしましょう」
- e.「もっときつく叱らないとこの子にはわかりませんよ」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
学童期に着席困難や教室からの飛び出しといった多動性・衝動性と、忘れ物・紛失・注意の逸れやすさといった不注意がそろえば、注意欠如多動症(ADHD)を考えます。ADHDは脳機能の発達の偏りによる神経発達症であり、親のしつけが原因ではないため、まず家族の自責感を和らげることが支援の出発点になります。対応の基本は、指示を短く具体的に一つずつ伝え、できたらすぐ褒めるといった特性に合わせた工夫と環境調整であり、叱責・罰・放置は自己評価の低下や反抗挑発症・抑うつなどの二次障害を招きます。心理社会的な支援で不十分な場合には薬物療法を併用します。診断にとどまらず、家族にどう伝え、どう支えるかまで考えられることが、発達障害の診療に携わる医師に求められる力です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・9歳男児。周産期・出生時に異常はなく、神経学的所見(脳神経、四肢の運動・感覚)も正常である。器質的な脳障害を示唆する所見はない。 ・自由度の高い幼稚園では問題が目立たなかったが、決まりや着席が求められる小学校に入ってから困難が表面化した。発達特性は、環境から求められる水準が上がった時点で顕在化しやすい。 ・授業中に座っていられない、教室を飛び出す:多動性・衝動性。 ・外の物音にすぐ気を取られる(注意が逸れやすい)、プリントを持ち帰らない、教科書や文具をよくなくす:不注意。 ・「学校は大好き、算数と体育が好き」と話し、褒められると満面の笑みを見せる:対人交流や情緒的反応は良好で、学習面の大きなつまずきも語られていない。 ・母親は不安から毎日叱責を続けている。
診断に至る考え方
落ち着きのなさを主訴とする学童で考えるべきものは、注意欠如多動症(ADHD:attention-deficit/hyperactivity disorder)、自閉スペクトラム症(ASD)、知的発達症(知的障害)、さらに虐待や不安・抑うつなど環境・心理的要因による行動変化である。本例は、幼稚園で友達と楽しく過ごし、対人的なやりとりや感情表出が自然であることからASDを積極的に疑う所見に乏しい。好きな教科を挙げて学校生活を楽しんでいる様子からは、明らかな知的発達の遅れもうかがえない。12歳以前から、不注意と多動性・衝動性の両方が学校という場で生活に支障をきたしており、混合して存在するADHDと考えるのが最も妥当である(DSM-5-TRでは家庭と学校など2つ以上の場面で症状がみられることが要件となるため、実際の診断では家庭での様子も確認する)。
設問の考え方
問われているのは、母親に対してどのような説明・助言をするかである。ADHDは脳機能の発達の偏りによる神経発達症であり、親の育て方が原因ではない。対応の基本は、(1) 疾患の理解を促し親の自責感・不安を和らげること、(2) 本人の特性に合わせて環境を調整すること、(3) 望ましい行動を具体的に褒めて増やすこと(ペアレント・トレーニングの考え方)である。叱責や罰を繰り返すと、本人の自己評価が下がり、反抗挑発症や抑うつなどの二次障害を招く。本例でも母親が毎日叱り続けていることが問題点として提示されており、これを修正する助言が求められている。この観点に合うのは、不注意の特性に合わせて「指示を一つずつ伝える」という具体的な工夫である。
選択肢考察
- ×a. 「お母さんのしつけの問題です」
ADHDは生まれつきの脳機能の特性に基づく神経発達症であり、遺伝的要因の関与が大きいことが知られている。親のしつけや養育態度が原因ではない。このような説明は事実として誤りであるうえ、すでに不安を抱えている母親の自責感を強め、親子関係をさらに悪化させるおそれがある。むしろ「育て方のせいではない」と伝えることが支援の出発点となる。
- ○b. 「指示は一つずつ伝えましょう」
ADHDの子どもは注意を保つことや、複数の情報を一時的に覚えておく働き(ワーキングメモリ)が苦手で、「着替えて、歯を磨いて、ランドセルを用意して」のように続けて言われると途中で抜け落ちてしまう。指示は短く、具体的に、一度に一つずつ伝え、できたらすぐに褒める、という方法は環境調整・ペアレント・トレーニングで推奨される基本的な関わり方である。本人の成功体験を増やし、叱られる場面を減らすことにもつながるため、母親への説明として適切である。
- ×c. 「自分で気付くまで放っておきましょう」
不注意や衝動性は本人の努力不足や気の緩みによるものではなく、本人が自分で気付いて修正することは難しい。放置すれば失敗体験や周囲からの叱責が重なり、学業不振や自己評価の低下につながる。環境調整、行動療法的な関わり、必要に応じた薬物療法など有効な支援があるので、早期に介入すべきである。
- ×d. 「忘れ物をした時は好きな体育を禁止にしましょう」
忘れ物は不注意という特性によるもので、罰を与えても改善は期待しにくい。しかも、本人が楽しみにしている体育を奪えば、意欲や学校への肯定的な気持ちを損ない、自己評価の低下という二次障害を招く。好きな活動はむしろ強みとして伸ばし、持ち物チェックリストや連絡帳の確認など、忘れ物を防ぐ仕組みづくりで対応するのが望ましい。
- ×e. 「もっときつく叱らないとこの子にはわかりませんよ」
強い叱責は症状を改善しないだけでなく、「自分はだめな子だ」という否定的な自己像を生み、反抗挑発症、抑うつ、不安などの二次障害や、虐待的な関係へ発展するリスクを高める。本例では母親がすでに毎日叱り続けており、医師が伝えるべきなのは逆の方向、すなわち望ましい行動に注目して褒める関わりへの転換である。
ADHDの概要
・不注意、多動性、衝動性を中核症状とする神経発達症である。学童期の有病率はおよそ5%前後とされ、男児に多い。 ・DSM-5-TRでは、不注意症状9項目、多動性・衝動性症状9項目のそれぞれについて、6項目以上(17歳以上では5項目以上)が6か月以上持続すること、いくつかの症状が12歳以前から存在すること、2つ以上の場面(家庭、学校など)でみられること、社会的・学業的機能を損なっていることなどが要件となる。表れ方により、不注意優勢型、多動・衝動優勢型、混合型に分けられる。 ・ASDとの併存は少なくなく、DSM-5以降は併存診断が認められている。学習障害(限局性学習症)、チック、発達性協調運動症なども併存しやすい。
二次障害
周囲から叱責や否定を受け続けることで自己評価が低下し、反抗挑発症、素行症、抑うつ、不安症、不登校などに至ることがある。二次障害を防ぐことが支援の大きな目標の一つである。
治療・支援
・心理社会的治療が第一である。親に対するペアレント・トレーニング(望ましい行動を具体的に褒める、指示の出し方を工夫する、好ましくない行動には過剰に反応しない等)、学校での環境調整(刺激の少ない前方の席、課題を小分けにする、視覚的な手がかりの活用等)、本人へのソーシャルスキルトレーニングなどを行う。 ・効果が不十分な場合は薬物療法を併用する。中枢刺激薬のメチルフェニデート徐放錠、リスデキサンフェタミン、非刺激薬のアトモキセチン(選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、グアンファシン(α2A受容体作動薬)が用いられる。
POINT
・学童の落ち着きのなさ(着席困難、飛び出し)+忘れ物・紛失・注意の逸れやすさ → ADHDを考える。 ・ADHDは神経発達症であり、しつけや育て方が原因ではない。 ・対応の基本は、指示を短く具体的に一つずつ伝える、できたらすぐ褒める、環境を整えるといった特性に合わせた工夫である。 ・叱責・罰・放置は症状を改善せず、自己評価の低下などの二次障害を招くので不適切である。
