腕は挙がらないのに、動かせば動く―自動と他動の解離が示す肩腱板断裂
第120回医師国家試験 D問題 第45問
国試問題にチャレンジ
63歳の男性。右上肢の挙上困難を主訴に来院した。4週間前に農作業中に転倒した際,右手をついた。その後右肩の動作時や夜間の疼痛が続くため,市販の鎮痛薬を内服していた。自動的には右上肢の挙上はできないが,右肩関節の他動的な可動域は正常であった。肩関節エックス線写真を下に示す。 右上肢の挙上障害の原因で考えられるのはどれか。

- a.鎖骨骨折
- b.肩関節脱臼
- c.肩腱板断裂
- d.上腕骨骨折
- e.変形性肩関節症
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
自分では腕を挙げられないのに他動的な可動域が正常という解離は、関節や骨ではなく、筋・腱の断裂や神経麻痺による障害を示唆します。中高年の転倒後に動作時痛・夜間痛があり、自動挙上不能、他動可動域正常、エックス線で骨傷なしという組み合わせは肩腱板断裂に典型的で、加齢変性を基盤に棘上筋腱が最も断裂しやすいとされます。骨折、脱臼、変形性肩関節症、凍結肩では他動運動も制限される点が鑑別の鍵であり、同様の受傷機転で起こる腋窩神経麻痺は肩外側の感覚障害で見分けます。腱板はエックス線に写らないため、診断にはMRIや超音波検査を用います。自動運動と他動運動を分けて評価する考え方は、肩に限らずあらゆる関節の運動障害を診るうえでの基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・63歳男性。4週間前に農作業中に転倒し、右手をついた。中高年の上肢外傷のなかで、手をついて肩に介達外力(離れた部位を通して伝わる力)が加わる受傷機転である。 ・その後、右肩の動作時痛と夜間痛が続き、市販の鎮痛薬でしのいでいた。夜間痛は腱板断裂の代表的な症状である。 ・自分の力で腕を挙げること(自動挙上)はできない。一方、検者が腕を持って動かすと(他動運動)、肩関節の可動域は正常である。 ・肩関節エックス線写真では、鎖骨・上腕骨近位部・肩甲骨に骨折線はない。上腕骨頭は関節窩と正しく向き合っており、脱臼はない。関節裂隙の狭小化や骨棘など、変形性変化もみられない。
診断へのプロセス
「自動運動はできないが、他動運動は正常」という解離が最大の手がかりである。他動的に動かせることから、関節そのものの構造(関節面、関節包、骨)には動きを妨げる異常がないとわかる。拘縮、骨折による転位、脱臼などは否定的である。したがって、挙上障害の原因は「腕を動かす力が骨に伝わらない」こと、つまり筋・腱の断裂か神経麻痺にある。 肩の挙上は、三角筋と腱板(棘上筋など)が協調して行う。腱板が上腕骨頭を関節窩に押しつけて支点をつくることで、三角筋の力が効率よく挙上に変わる。中高年では腱板がもともと加齢で変性しているため、転倒など比較的軽い外傷でも断裂しやすい。外傷を契機とした動作時痛・夜間痛、自動挙上不能、他動可動域正常、エックス線で骨傷なし、という組み合わせは外傷性肩腱板断裂に典型的である。 なお、同様の受傷機転では腋窩神経麻痺(三角筋の麻痺)も自動挙上障害をきたしうるため、肩外側の感覚障害の有無を確認しておくとよい。ただし選択肢の中では肩腱板断裂が最も考えられる。腱板はエックス線に写らないため、確定診断にはMRIや超音波検査を用いる。
選択肢考察
- ×a. 鎖骨骨折
鎖骨骨折は手や肩をついて転倒したときに起こりやすい骨折である。しかし、エックス線写真で鎖骨に骨折線や転位はなく否定的である。また鎖骨骨折では、骨折部の局所的な圧痛・腫脹・変形があり、疼痛のために肩を他動的に動かすことも難しくなるのが普通である。他動可動域が正常である本例の所見とは合わない。
- ×b. 肩関節脱臼
エックス線写真では上腕骨頭と肩甲骨関節窩の位置関係が保たれており、脱臼はない。肩関節脱臼(多くは前方脱臼)では、肩の丸みが失われ肩峰が突出し、関節は弾発性固定となる。弾発性固定とは、関節を動かそうとしてもばねのように元の位置へ戻される状態であり、他動運動も強く制限される。他動可動域が正常である点からも否定的である。なお、高齢者では肩関節脱臼に腱板断裂を合併することがあるが、本例ではそもそも脱臼の所見がない。
- ○c. 肩腱板断裂
肩腱板断裂が最も考えられる。腱板は肩甲下筋・棘上筋・棘下筋・小円筋の腱からなり、中高年では加齢による変性を基盤に、転倒などの外傷で断裂しやすい(最も多いのは棘上筋腱)。腱板が切れると上腕骨頭を関節窩に引きつける支点が失われ、三角筋が収縮しても腕を挙げられなくなる。一方で関節自体は傷んでいないため、他動的には正常に動く。動作時痛に加えて夜間痛を訴えることも特徴であり、本例の経過と一致する。腱は軟部組織であるため、エックス線写真で直接確認することはできない。慢性期の広範な断裂では、上腕骨頭が上方へ移動して肩峰と骨頭の間隔(肩峰骨頭間距離)が狭くなる所見が出ることがある。しかし受傷後4週程度の本例ではそうした変化ははっきりしない。診断はMRIや超音波検査で行う。
- ×d. 上腕骨骨折
高齢者が手をついて転倒すると上腕骨近位端骨折(外科頸骨折など)を起こしやすく、受傷機転としては鑑別に入る。しかし、エックス線写真で上腕骨に骨折線や転位はみられない。また骨折があれば、受傷後4週の時点でも骨折部の痛みのために他動運動も制限されるはずである。他動可動域が正常である本例とは合わない。
- ×e. 変形性肩関節症
変形性肩関節症は関節軟骨のすり減りによる慢性疾患である。エックス線写真で関節裂隙の狭小化、骨棘形成、軟骨下骨硬化などがみられ、自動運動だけでなく他動運動の可動域も制限されるのが特徴である。本例は転倒を契機に発症した外傷性の経過である。またエックス線写真で変形性変化がなく、他動可動域も正常であることから否定的である。
肩腱板の構造と働き
・腱板(回旋筋腱板、rotator cuff)は、肩甲骨から起こって上腕骨頭を包むように付着する4つの筋の腱の総称である。 肩甲下筋:前方、小結節に付着、内旋 棘上筋:上方、大結節に付着、外転(挙上の初動) 棘下筋:後方、大結節に付着、外旋 小円筋:後方、大結節に付着、外旋 ・腱板は上腕骨頭を関節窩に引きつけて安定させ、三角筋が働くための支点をつくる。
肩腱板断裂
・好発:40歳以上、特に60歳代以降。加齢による腱の変性が基盤にあり、転倒や重い物を持つなどの外傷を契機に断裂することが多い。明らかな外傷なく断裂していることもある。利き腕側に多い。 ・好発部位:棘上筋腱。肩峰の下を通るため、肩峰との衝突(インピンジメント)で傷みやすい。 ・症状:動作時痛、夜間痛、挙上時の脱力感、挙上途中で引っかかる感じや轢音(ゴリゴリした音)。拘縮は少なく、他動可動域は比較的保たれる。この点が、自動・他動ともに可動域が制限される凍結肩(いわゆる五十肩)との鑑別点になる。 ・身体所見:有痛弧徴候(外転60〜120°の範囲で痛む)、drop arm sign(他動的に90°外転させた腕を保持できず落ちてしまう)、棘上筋テスト、外旋筋力低下、棘上筋・棘下筋の萎縮(慢性例)。 ・画像:エックス線は骨折・脱臼・石灰沈着の除外に用いる。慢性の広範囲断裂では骨頭の上方化(肩峰骨頭間距離の短縮)がみられることがある。MRI、超音波検査で断裂の有無・大きさを評価する。 ・治療:まず保存療法(安静、NSAIDs、ステロイドやヒアルロン酸の関節内注射、腱板機能訓練などの運動療法)を行う。若年〜活動性の高い例の外傷性断裂や、保存療法で改善しない例では、手術(関節鏡視下腱板修復術など)を検討する。修復困難な広範囲断裂には、上方関節包再建術やリバース型人工肩関節置換術が選択されることもある。
自動運動と他動運動の解離の考え方
・自動運動のみ障害され、他動運動は正常:筋・腱の断裂(腱板断裂など)、神経麻痺(腋窩神経麻痺、肩甲上神経障害、頸椎症性筋萎縮症など)。 ・自動・他動ともに障害:関節の構造的異常や拘縮(凍結肩、変形性関節症、骨折、脱臼)、強い疼痛。
POINT
・自動挙上はできないが他動可動域が正常であれば、関節そのものではなく、腱・筋または神経の障害を考える。 ・中高年の転倒後の肩痛、夜間痛、自動挙上不能、他動可動域正常、エックス線で骨傷なし、とくれば肩腱板断裂である。 ・腱板は肩甲下筋・棘上筋・棘下筋・小円筋からなり、断裂は棘上筋腱に最も多い。 ・腱板はエックス線に写らないため、診断にはMRIや超音波を用いる。慢性期には上腕骨頭の上方化がみられることがある。 ・凍結肩、変形性肩関節症、骨折、脱臼では他動可動域も制限される。
