鍛えた筋肉がeGFRを下げる?―クレアチニンとシスタチンCが食い違うときの読み方
第120回医師国家試験 D問題 第40問
国試問題にチャレンジ
38歳の男性。人間ドックで腎機能の悪化を指摘されて受診した。5年前から週5回スポーツジムに通い筋力トレーニングをしている。昨年の人間ドックでも腎機能低下を指摘されたが,症状がないため受診はしなかった。喫煙歴はない。飲酒はビール350mL/日を18年間。身長175cm,体重72kg。血圧120/70mmHg。胸腹部に異常はない。皮下脂肪は少なく,全身の筋肉量が多い。尿所見:蛋白(-),潜血(-),尿蛋白/Cr比0.03g/gCr(基準0.15未満),沈渣に異常を認めない。血液所見:赤血球510万,Hb 15.3g/dL,Ht 45%,白血球6,700,血小板24万。血液生化学所見:総蛋白7.6g/dL,アルブミン4.6g/dL,AST 18U/L,ALT 23U/L,尿素窒素18mg/dL,クレアチニン1.2mg/dL(昨年のクレアチニン1.0 mg/dL),eGFR 55.9mL/分/1.73m2,シスタチンC 0.79mg/dL(基準0.63~0.95)(昨年のシスタチンC 0.78mg/dL),血糖96mg/dL,HbA1c 5.5%(基準4.9~6.0),シスタチンCから算出したeGFRは105.6mL/分/1.73m2である。腹部超音波検査で腎臓に異常を認めない。 適切な対応はどれか。
- a.腎生検を実施する。
- b.蛋白制限食を指導する。
- c.腹部単純CTを実施する。
- d.腎機能に異常はないと説明する。
- e.血液検査による腎機能評価を数か月ごとに実施する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
血清クレアチニンは筋肉で産生されるため、筋肉量の多い人ではクレアチニンが高く出て、クレアチニンに基づくeGFRが実際の腎機能より低く算出されます。筋肉量や食事の影響を受けにくいシスタチンCに基づくeGFRが正常で、蛋白尿・血尿がなく尿沈渣や腎画像も正常であれば、CKDの定義を満たさず、腎機能に異常はないと説明するのが適切です。腎生検、蛋白制限食、CT、頻回の経過観察はいずれも不要で、不要な制限はかえって本人の栄養状態を損ねかねません。逆に、やせた高齢者や長期臥床者ではクレアチニンが低く腎機能を過大評価しやすく、腎排泄型薬剤の投与量設定で特に注意が必要です。検査値の背景にある産生・排泄の仕組みを理解し、患者の体格と照らし合わせて解釈する姿勢は、日常診療のあらゆる場面で役立ちます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・38歳男性。人間ドックで2年続けて「腎機能低下」を指摘されたが自覚症状はない。 ・5年前から週5回の筋力トレーニングを続け、皮下脂肪が少なく全身の筋肉量が多い。身長175cm、体重72kgでBMIは約23.5と標準範囲である。 ・血圧120/70mmHgと正常、糖尿病もない(血糖96mg/dL、HbA1c 5.5%)。飲酒はビール350mL/日(純アルコール約14g/日)で、生活習慣病リスクを高める量(男性で1日平均40g以上)には達していない。 ・尿蛋白(-)、潜血(-)、尿蛋白/Cr比0.03g/gCr(正常は0.15未満)、尿沈渣にも異常はない。腹部超音波検査でも腎臓の形態異常はない。 ・血清クレアチニン(Cr)は1.0→1.2mg/dLと上昇し、Crから計算したeGFR(推算糸球体濾過量)は55.9mL/分/1.73m2で、数字だけ見ればCKD(慢性腎臓病)のG3a(45〜59)に該当する。 ・一方、シスタチンCは0.79mg/dLと基準範囲内で前年(0.78mg/dL)からほとんど変わらず、シスタチンCから計算したeGFR(eGFRcys)は105.6mL/分/1.73m2でG1(90以上)に相当する。
考え方
本症例の要点は、2種類のeGFRが大きく食い違っている理由を説明できるかどうかである。 クレアチニンは骨格筋のクレアチン(クレアチンリン酸)が非酵素的に分解されてできる代謝産物で、1日の産生量はおおむね筋肉量に比例する。Crに基づくeGFR計算式は年齢と性別だけで筋肉量を補正しているので、同じ年齢・性別の平均より筋肉量が多い人ではCrが高く出て、腎機能を実際より低く見積もってしまう。高蛋白食や肉類の多量摂取、クレアチンサプリメントの使用もCrを押し上げる因子であり、筋力トレーニング中の人ではこれらが重なりやすい。 これに対してシスタチンCは、全身の有核細胞がほぼ一定の速度で産生する低分子蛋白(分子量約13,000)である。糸球体で自由に濾過され、尿細管で再吸収・分解されて血中には戻らないため、血中濃度は糸球体濾過量(GFR)をよく反映し、筋肉量や食事の影響をほとんど受けない。したがって、筋肉量が多い本症例ではeGFRcysのほうが真の腎機能に近いと判断できる。 さらに、蛋白尿・血尿がなく、尿沈渣と腎画像も正常であるため、腎障害を示す所見も存在しない。CKDは「腎障害の所見(特に蛋白尿)」または「GFR 60mL/分/1.73m2未満」のいずれかが3か月以上続く状態と定義されるが、本症例はどちらにも該当しない。前年からのCr上昇も、シスタチンCが変化していないことからGFRの低下ではなく、筋肉量の増加など腎外の要因によるものと考えられる。 以上から、本症例の腎機能は正常であり、追加の検査や治療は不要で、その旨を本人に説明するのが適切な対応である。
選択肢考察
- ×a. 腎生検を実施する。
腎生検は出血などの合併症がありうる侵襲的な検査で、一定量以上の持続する蛋白尿、蛋白尿と血尿の合併、原因不明の急速な腎機能低下、ネフローゼ症候群など、組織診断が治療方針を左右する場合に行う。本症例は蛋白尿・血尿がなく、尿沈渣・腎超音波も正常で、シスタチンCで評価した腎機能も正常であり、腎生検を行う理由はない。
- ×b. 蛋白制限食を指導する。
蛋白質摂取の制限は、CKDの進行抑制を目的に、主にG3a以降の患者で病態に応じて検討される食事療法である。本症例はCrに基づくeGFRだけを見るとG3aに見えるが、それは筋肉量が多いためにCrが高く出た見かけ上の値であり、eGFRcysでは105.6mL/分/1.73m2と正常である。CKDではないので蛋白制限の対象にならない。むしろ不要な制限は、筋力トレーニングを続ける本人の筋肉量や栄養状態を損ねかねない。
- ×c. 腹部単純CTを実施する。
腎の大きさや形態、嚢胞・結石・水腎症などは腹部超音波検査ですでに評価されており、異常は認められていない。腎機能も正常と判断できるため、放射線被曝を伴うCTを追加で行う必要はない。
- ○d. 腎機能に異常はないと説明する。
Crに基づくeGFRの低値(55.9)は、筋肉量が多いことでCrの産生が増えた結果であり、筋肉量の影響を受けにくいシスタチンCに基づくeGFRは105.6mL/分/1.73m2と正常である。シスタチンCは前年から変化がなく、蛋白尿・血尿もなく、尿沈渣と腎超音波も正常であるから、腎障害もGFR低下もなくCKDの定義を満たさない。したがって「腎機能に異常はない」と説明し、今後の健診でもCrだけで判断せずシスタチンCを参考にするよう伝えるのが適切である。
- ×e. 血液検査による腎機能評価を数か月ごとに実施する。
数か月ごとの腎機能の経過観察は、CKDまたはその疑いがある患者に対して行うものである。本症例ではCrの高値は筋肉量によって説明でき、シスタチンCに基づく腎機能は正常で、尿所見も正常であるため、腎臓病として頻回に追跡する根拠はない。通常の年1回の健康診断で十分である。
クレアチニンとシスタチンCの比較
・クレアチニン:筋肉のクレアチンから生じる。産生量は筋肉量に比例する。糸球体で濾過されるほか、一部は尿細管から分泌される。筋肉量が多い人(アスリート、筋力トレーニング実施者)、高蛋白食・肉類の多量摂取後、クレアチンサプリメントの使用時、脱水時には高値になりやすい。逆に、筋肉量の少ない人(やせた高齢者、長期臥床者、四肢切断者、筋疾患患者)では低値となり、腎機能を過大評価しやすい。 ・シスタチンC:全身の有核細胞がほぼ一定量を産生する低分子蛋白。筋肉量・食事・性差の影響が小さく、GFRの比較的軽度の低下でも上昇しやすい。ただし甲状腺機能異常(機能亢進で高値、低下で低値)、副腎皮質ステロイドの使用、妊娠などの影響を受ける。また、GFRが高度に低下した段階では上昇が頭打ちとなるため、末期腎不全の評価には向かない。
eGFRの計算式(日本人向け)
・Crによる式:eGFRcreat = 194 × Cr^(−1.094) × 年齢^(−0.287)(女性は×0.739) ・シスタチンCによる式:eGFRcys = (104 × Cys-C^(−1.019) × 0.996^年齢(女性は×0.929)) − 8 いずれも筋肉量を直接補正していないが、eGFRcysは筋肉量の影響を受けにくいため、筋肉量が極端に多い・少ない人ではeGFRcysを用いるか、両者を併せて評価する。より正確な評価が必要なら、24時間蓄尿によるクレアチニンクリアランスやイヌリンクリアランスを用いる。
CKDの定義と重症度分類
①尿異常・画像診断・血液検査・病理所見で腎障害が明らか(特に蛋白尿の存在が重要)、②GFR 60mL/分/1.73m2未満、のいずれかまたは両方が3か月以上持続するものをCKDとする。 重症度は原因(C)、GFR区分(G)、蛋白尿区分(A)で評価する。GFR区分はG1(90以上)、G2(60〜89)、G3a(45〜59)、G3b(30〜44)、G4(15〜29)、G5(15未満)である。蛋白尿区分(糖尿病以外)は尿蛋白/Cr比でA1(0.15g/gCr未満)、A2(0.15〜0.49)、A3(0.50以上)に分ける。
本症例とは逆のパターン
やせた高齢者や長期臥床の患者では、Crが低いためにeGFRcreatは正常範囲でも、eGFRcysでは低下していることがある。腎排泄型薬剤の投与量を決める際に腎機能を過大評価する危険があり、臨床上より問題になりやすい。
POINT
・クレアチニンは筋肉量に比例して産生されるため、筋肉量の多い人ではCrが高く出て、eGFRcreatが実際の腎機能より低く算出される。 ・シスタチンCは筋肉量や食事の影響をほとんど受けないので、eGFRcreatとeGFRcysが食い違うときは体格・筋肉量を考慮してeGFRcysを重視する。 ・蛋白尿・血尿がなく、尿沈渣と腎画像も正常で、eGFRcysが正常であればCKDではない。腎生検・蛋白制限・頻回の経過観察はいずれも不要である。 ・逆に、やせた高齢者や長期臥床者ではCrが低くeGFRcreatが腎機能を過大評価することに注意する。
