昇進後の「人が変わった」多弁―双極性障害の躁状態と、薬疹の既往が絞る一つの治療薬
第119回医師国家試験 A問題 第45問
国試問題にチャレンジ
37歳の男性。人が変わったように多弁になっていることを心配した妻に付き添われて来院した。既往歴にてんかんがあるが,最後のけいれん発作は18歳で以降の服薬歴はない。15歳時,カルバマゼピンを服用してから2週間後に40℃の発熱,体表面の30%以上の紅斑とびらん,及び口腔内全体と陰部にびらんを生じ,服用を中止したことがある。26歳時にうつ状態となり精神科の通院歴がある。大学卒業後に現在の会社に就職し,業績を評価され1か月前に課長に昇進した。その直後から,高級な服を複数新調し,次々と企画を立て,元々は無口であったが陽気に話し続けるようになった。意識は清明。身長172cm,体重54kg(1か月前は57kg)。バイタルサイン,血液検査,生化学検査および甲状腺機能検査に異常を認めない。 治療薬はどれか。
- a.ジアゼパム
- b.イミプラミン
- c.炭酸リチウム
- d.フェニトイン
- e.カルバマゼピン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
うつ状態の既往がある人に、気分の高揚・多弁・浪費・活動性の亢進が1週間以上続けば双極性障害(I型)の躁状態を考え、甲状腺機能亢進症などの身体疾患の除外も忘れずに行います。躁状態の治療の中心は炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンといった気分安定薬と非定型抗精神病薬で、抗うつ薬(特に三環系)は躁転を招くため避けます。カルバマゼピンはSJS/TENなど重症薬疹の代表的な原因薬であり、既往があれば再投与は禁忌のため、本症例では炭酸リチウムが適切です。炭酸リチウムは治療域が狭く、血中濃度のモニタリングと、腎排泄に影響する脱水や併用薬への注意が欠かせません。診断だけでなく、患者さん個々の薬歴を治療選択に反映させる姿勢は、あらゆる診療科に通じる臨床の基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・37歳男性。妻に連れられて受診しており、本人に病識が乏しい可能性がある。 ・26歳時にうつ状態で精神科通院歴がある(過去の抑うつエピソード)。 ・1か月前の昇進を契機に、高価な服を次々に買う(浪費)、次々と企画を立てる(目標指向性の活動の増加、観念奔逸を思わせる)、元来無口なのに陽気に話し続ける(気分の高揚・多弁)といった変化が1か月間続いている。体重も1か月で3kg減少しており、活動量の増加や食事・睡眠の乱れがうかがわれる。 ・意識清明で、バイタルサイン、血液・生化学検査、甲状腺機能に異常がない。甲状腺機能亢進症などの身体疾患や、意識障害を伴う器質性・中毒性の精神症状は考えにくい。 ・てんかんの既往はあるが、18歳以降は発作も服薬もない。 ・15歳時、カルバマゼピン開始2週間後に40℃の発熱、体表面積30%以上の紅斑・びらん、口腔全体と陰部の粘膜びらんを生じている。高熱と広範な皮膚・粘膜障害がそろっており、Stevens-Johnson症候群(SJS)から中毒性表皮壊死症(TEN)に相当する重症薬疹と考えられる。
診断
気分の高揚、多弁、浪費、活動性の亢進が1週間以上持続しており、躁病エピソードの基準を満たす。過去に抑うつエピソードもあることから、双極性障害(双極症)I型の躁状態と診断する。
設問の考え方
躁状態の薬物療法の中心は気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)と非定型抗精神病薬である。選択肢中の気分安定薬は炭酸リチウムとカルバマゼピンの2つだが、本症例はカルバマゼピンで重症薬疹を起こした既往があり、再投与は禁忌である。したがって炭酸リチウムを選ぶ。病歴にあえて詳しく書かれた薬疹の既往が、選択肢を一つに絞るための鍵になっている。
選択肢考察
- ×a. ジアゼパム
ジアゼパムはベンゾジアゼピン系の抗不安薬で、不安・緊張の緩和、けいれん重積の治療、アルコール離脱症状などに用いられる。躁状態の興奮や不眠に対して補助的に鎮静薬を併用することはあるが、気分の波そのものを抑える作用(気分安定作用)はなく、躁状態の治療の主体にはならない。
- ×b. イミプラミン
イミプラミンは三環系抗うつ薬で、うつ病の治療薬である。躁状態に投与すると症状を悪化させるおそれがあるうえ、双極性障害の患者に抗うつ薬を投与すると躁転(うつ状態から躁状態への急な移行)や病相の頻発化(ラピッドサイクリング化)を招くことがあり、特に三環系はその危険が高い。本症例には不適切である。
- ○c. 炭酸リチウム
炭酸リチウムは代表的な気分安定薬で、躁状態の治療と再発予防の双方に有効であり、双極性障害の躁状態に対する第一選択薬の一つである。自殺予防効果が示されている点も特徴である。本症例ではもう一つの気分安定薬であるカルバマゼピンに重症薬疹の既往があり使えないため、炭酸リチウムが最も適切となる。治療域と中毒域が近いため、血中濃度を測定しながら用量を調整し、腎機能・甲状腺機能もあわせて確認する。
- ×d. フェニトイン
フェニトインは抗てんかん薬であり、てんかん発作の抑制・予防に用いられる。同じ抗てんかん薬でもカルバマゼピンやバルプロ酸とは異なり気分安定作用は確立されておらず、双極性障害の治療薬としては用いられない。また本症例は18歳以降発作がなく、現時点で抗てんかん薬を再開する必要もない。
- ×e. カルバマゼピン
カルバマゼピンは抗てんかん薬であると同時に、躁状態に用いられる気分安定薬でもある。しかし本症例は15歳時に本剤でSJS/TENに相当する重症薬疹を起こしている。重症薬疹の原因薬の再投与は、より重篤な再発を招くおそれがあるため禁忌であり、本症例では使用できない。
双極性障害(双極症)
躁病エピソード(または軽躁病エピソード)と抑うつエピソードを繰り返す気分障害である。躁病エピソードを一度でも示せばI型、軽躁病エピソードと抑うつエピソードのみであればII型とされる。発症は10〜20歳代に多い。初発が抑うつエピソードの場合、当初はうつ病と診断され、後の躁状態で双極性障害と判明することも多い。
躁病エピソード(DSM-5)の要点
高揚した・開放的な・易怒的な気分と、活動・活力の亢進が1週間以上(入院を要する場合は期間を問わない)ほぼ毎日続く。そのうえで、自尊心の肥大・誇大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、目標指向性活動の増加や精神運動焦燥、困った結果につながる可能性の高い活動(浪費、無分別な投資、性的逸脱など)への熱中のうち3つ以上(気分が易怒的なだけの場合は4つ以上)を満たす。軽躁病エピソードは4日以上持続し、社会的・職業的機能の著しい障害や入院を要するほどではないものをいう。本症例のように、昇進など本人にとって良い出来事が誘因となることもある。
治療薬の整理
・気分安定薬:炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン(躁状態の治療・予防)。ラモトリギンは主にうつ病相の予防に用いられる。 ・非定型抗精神病薬:オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなど。躁状態、特に興奮の強い例で単剤または気分安定薬と併用する。 ・抗うつ薬:躁転やラピッドサイクリング化の危険があるため、単剤での使用は避ける。 ・電気けいれん療法:薬物抵抗性の例、自殺の危険が切迫した例、緊急に効果を要する例などで行う。効果の出現は速いが持続しにくいため、薬物療法による維持治療を並行して行う。
炭酸リチウムの注意点
治療域が狭く、血中濃度をモニタリングする(おおむね1.5 mEq/Lを超えると中毒症状が出やすい)。中毒では悪心・嘔吐・下痢、粗大な振戦、運動失調、構音障害、意識障害などをきたす。腎から排泄されるため、脱水、減塩、NSAIDs・利尿薬(チアジド系など)・ACE阻害薬の併用で血中濃度が上昇する。長期投与の副作用として甲状腺機能低下症、腎性尿崩症、副甲状腺機能亢進症(高カルシウム血症)があり、妊娠初期の使用では胎児の心奇形(Ebstein奇形)が問題となる。
カルバマゼピンと重症薬疹
カルバマゼピンはSJS/TENや薬剤性過敏症症候群(DIHS)の代表的な原因薬である。SJSは発熱とともに口唇・口腔・眼・外陰部などの粘膜にびらんを生じ、表皮の剥離が体表面積の10%未満のもの、TENは剥離が10%以上に及ぶ(日本の診断基準)ものをいう。服用開始から数日〜数週間後に発症することが多い。日本人ではHLA-A*31:01がカルバマゼピンによる重症薬疹と関連することが知られる。重症薬疹の原因薬の再投与は禁忌である。
POINT
・うつ状態の既往+気分高揚・多弁・浪費・活動性亢進の持続 → 双極性障害の躁状態。 ・躁状態の治療は気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)と非定型抗精神病薬が中心。 ・抗うつ薬(特に三環系)は躁転を招くため双極性障害では避ける。 ・カルバマゼピンでSJS/TENの既往があれば再投与は禁忌 → 炭酸リチウムを選ぶ。 ・炭酸リチウムは治療域が狭く、血中濃度モニタリングが必須。
