「億劫で仕方ない」―患者の言葉を症状名に翻訳して抑うつ状態を見抜く
第117回医師国家試験 B問題 第11問
国試問題にチャレンジ
患者の訴えのうち,抑うつ状態が最も考えられるのはどれか。
- a.「すぐにかっとなってしまいます」
- b.「何をするのも億劫で仕方ありません」
- c.「なんとなく落ち着かない気持ちになります」
- d.「昼間にうとうとすることが多くなりました」
- e.「外に出ると誰かに見られているような気がします」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
抑うつ状態の中核は抑うつ気分と興味・喜びの喪失で、これに意欲低下、易疲労感、思考制止、自責感、不眠(特に早朝覚醒)、食欲低下などが加わります。「何をするのも億劫」は意欲低下(精神運動抑制)の典型的な表現であり、抑うつ状態を最も示唆する訴えです。一方、「すぐにかっとなる」は易怒性で躁状態や前頭葉障害、「落ち着かない」は不安・焦燥で不安症やアカシジア、「昼間にうとうとする」は睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシー、「見られている気がする」は注察念慮・注察妄想で統合失調症をより示唆します。うつ病の妄想は罪業・貧困・心気の微小妄想が中心である点も鑑別に役立ちます。患者の言葉を症状名に翻訳する力は、精神科面接や医療面接の基本であり、見逃しやすい抑うつ状態を早期に捉えることにつながります。
解答・解説
正解はbです
テーマ
患者の言葉(主訴)から、それがどの精神症状を表しているかを読み取る問題である。精神科の診察では、患者自身の言葉を専門的な症状名に置き換えて捉える力が求められる。
抑うつ状態の中核症状
抑うつ状態は、気分・意欲・思考・身体の各面にわたる症状の組み合わせとして現れる。 ・気分の障害:抑うつ気分(気分が沈む、悲しい、むなしい)。 ・意欲・興味の障害:興味・喜びの喪失、意欲低下(億劫、何もする気が起きない)、易疲労感。 ・思考の障害:思考制止(考えが進まない)、集中力・決断力の低下、自責感・無価値感、希死念慮。重症では微小妄想(罪業・貧困・心気妄想)を伴うこともある。 ・身体症状:不眠(特に早朝覚醒)または過眠、食欲低下と体重減少、日内変動(朝に悪く夕方に軽くなる)、性欲低下、頭重感など。 このうち「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」はDSM-5(米国精神医学会の診断基準)のうつ病の診断に必須の中核症状で、少なくとも一方が2週間以上ほぼ毎日続くことが求められる。
本問の考え方
選択肢の言葉をそれぞれ症状名に置き換えると、a=易怒性、b=意欲低下(億劫感)、c=不安・焦燥感、d=日中の過度の眠気、e=注察念慮(注察妄想)となる。このうち抑うつ状態に最も特徴的なのは、意欲・活動性の低下を表すbである。他の症状はうつ病でみられることがあっても、それ単独では抑うつ状態に特異的とはいえず、他の疾患・状態でより典型的にみられる。
選択肢考察
- ×a. 「すぐにかっとなってしまいます」
些細なことで怒りが爆発する状態は易怒性(いらだちやすさ)を表す。躁状態(気分の高揚とともに、思い通りにならないと激しく怒る)、認知症(特に前頭側頭型認知症の脱抑制)、頭部外傷後や前頭葉障害、パーソナリティ障害、間欠爆発症などで目立つ。うつ病でも不機嫌・いらだちがみられることがあり、小児・青年では抑うつ気分の代わりにいらだたしい気分として現れうるが、本問の選択肢の中で抑うつ状態を最も示す訴えとはいえない。
- ○b. 「何をするのも億劫で仕方ありません」
「億劫」は、行動を起こすのに大きな努力を要し、何事にも取りかかれない状態を表す言葉であり、意欲低下(精神運動抑制)の典型的な表現である。興味・喜びの喪失や易疲労感とも重なり、抑うつ状態の中核をなす症状である。うつ病の患者は「面倒で身だしなみも整えられない」「以前は楽しかった趣味もやる気が出ない」などと訴えることが多い。したがって選択肢の中で抑うつ状態を最も示唆する訴えである。
- ×c. 「なんとなく落ち着かない気持ちになります」
落ち着かない気持ちは不安や焦燥感(いらいらしてじっとしていられない感じ)を表す。全般不安症などの不安症、甲状腺機能亢進症、カフェインや薬物の影響、抗精神病薬の副作用であるアカシジア(静座不能)などでも生じる非特異的な症状である。うつ病でも焦燥感が強く現れることがあり(特に高齢者の焦燥型うつ病)、DSM-5でも精神運動焦燥が診断項目に含まれるが、それ単独で抑うつ状態を最も示すとはいえない。
- ×d. 「昼間にうとうとすることが多くなりました」
日中の過度の眠気は、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、睡眠不足、睡眠薬・抗ヒスタミン薬などの薬剤の影響、甲状腺機能低下症などでみられる。また高齢者の傾眠は軽度の意識障害(せん妄など)の徴候であることもある。うつ病では不眠(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒)が典型的で、過眠を呈する例(非定型の特徴を伴う場合など)もあるが、日中にうとうとするという訴えは抑うつ状態に特徴的とはいえない。
- ×e. 「外に出ると誰かに見られているような気がします」
根拠なく他人から見られていると感じるのは注察念慮であり、それを確信して訂正できなくなれば注察妄想となる。いずれも被害関係妄想の一種で、統合失調症で典型的にみられる。そのほか、社交不安症(他人の視線を過度に気にする)でも類似の訴えがみられる。抑うつ状態でみられる妄想は自己を卑下する微小妄想(罪業妄想・貧困妄想・心気妄想)が中心であり、本訴えは抑うつ状態を示す代表的な症状ではない。
DSM-5のうつ病(大うつ病性障害)の診断基準の要点
以下の9項目のうち5つ以上が同じ2週間の間に存在し、そのうち少なくとも1つは①または②であること。 ①抑うつ気分 ②興味または喜びの著しい減退 ③食欲・体重の著しい増減 ④不眠または過眠 ⑤精神運動焦燥または制止 ⑥疲労感または気力の減退 ⑦無価値感または過剰な罪責感 ⑧思考力・集中力の減退、決断困難 ⑨死についての反復思考、希死念慮、自殺企図 さらに、症状により著しい苦痛や社会的・職業的機能の障害があり、物質や他の医学的疾患によるものではないことが必要である。
抑うつ状態をきたす主な病態(鑑別)
うつ病のほか、双極性障害の抑うつエピソード、適応障害、統合失調症の陰性症状や回復期、認知症(特にレビー小体型、血管性)、身体疾患(甲状腺機能低下症、クッシング症候群、パーキンソン病、脳卒中後など)、薬剤(副腎皮質ステロイド、インターフェロンなど)が挙げられる。
患者の言葉と精神症状の対応例
・「億劫」「何もする気が起きない」→意欲低下 ・「楽しいと思えない」→興味・喜びの喪失(アンヘドニア) ・「頭が働かない」「考えがまとまらない」→思考制止 ・「自分が悪い」「迷惑をかけている」→自責感(強まると罪業妄想) ・「考えが次々に湧く」「眠らなくても平気」→観念奔逸、睡眠欲求の減少(躁状態) ・「見張られている」「悪口を言われている」→注察妄想、被害妄想、幻聴(統合失調症など)
POINT
・抑うつ状態の中核は抑うつ気分と興味・喜びの喪失、および意欲低下(億劫感)・易疲労感。 ・「億劫」は意欲低下の代表的な表現である。 ・易怒性→躁状態・認知症、焦燥感→非特異的(不安症・アカシジアなど)、日中の眠気→睡眠時無呼吸症候群・ナルコレプシーなど、注察念慮・注察妄想→統合失調症。 ・うつ病でみられる妄想は微小妄想(罪業・貧困・心気)。
