声がかすれたら胸まで探せ―嗄声と反回神経の長い旅路
第120回医師国家試験 C問題 第31問
国試問題にチャレンジ
障害により嗄声を引き起こす神経はどれか。
- a.横隔神経
- b.顔面神経
- c.舌咽神経
- d.反回神経
- e.交感神経幹
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
嗄声は声の質の異常であり、神経障害による代表的な原因は迷走神経の枝である反回神経の麻痺です。反回神経は輪状甲状筋以外の内喉頭筋を支配し、障害されると同側の声帯が動かず声門が閉じきらないため、気息性嗄声や誤嚥を生じます。左反回神経は大動脈弓の下をくぐって胸腔内を長く走るため、肺癌や食道癌、胸部大動脈瘤で障害されやすく、甲状腺手術後の嗄声も重要な原因です。顔面神経障害による構音障害、横隔神経麻痺による横隔膜挙上、交感神経幹障害によるHorner症候群とは症状が異なり、両側反回神経麻痺では呼吸困難に注意が必要です。嗄声を「喉の症状」にとどめず、神経の走行に沿って首から胸まで原因を探す視点は、肺癌などの見逃しを防ぐ臨床の基本になります。
解答・解説
正解はdです
本問は、嗄声(させい:声がかれる、かすれる状態)がどの神経の障害で起こるかを問う一般問題である。 声は、閉じた左右の声帯の間を吐く息が通り抜け、声帯が振動することで生まれる。声帯を動かす筋(喉頭の内側にある筋)は、ほとんどが迷走神経の枝である反回神経(下喉頭神経)に支配されている。声帯を緊張させる輪状甲状筋だけは、同じく迷走神経の枝である上喉頭神経の外枝が支配する。 反回神経が障害されると、同じ側の声帯が動かなくなり(声帯麻痺)、発声時に声門(左右の声帯の間のすき間)が閉じきらなくなる。そのため、息が漏れたようなかすれ声(気息性嗄声)となる。 考え方のポイントは、「声の質の異常=嗄声」と「発音の異常=構音障害」を区別することである。唇・舌・咽頭の動きが悪くなって言葉がはっきりしなくなるのは構音障害であり、嗄声とは別の症状である。喉頭(声帯)を支配する神経を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 横隔神経
誤り。横隔神経は主に第3〜5頸神経(C3〜C5)から出る神経で、横隔膜を動かす。障害されると同じ側の横隔膜が動かなくなり、胸部X線写真で横隔膜が高い位置にみえる(横隔膜挙上)。片側だけなら症状が軽いこともあるが、両側では呼吸困難が強くなる。息の量が減って声が小さくなることはあっても、声帯そのものは正常に動くため嗄声は起こらない。
- ×b. 顔面神経
誤り。顔面神経は表情筋を動かす神経で、障害されると目を閉じにくい、口角が下がる、額にしわを寄せられないといった症状が出る。唇がうまく閉じないため、パ行・バ行・マ行などの唇を使う音が言いにくくなる構音障害を起こすことはあるが、声帯の動きには関わらないので嗄声は起こらない。そのほか、聴覚過敏(アブミ骨筋の麻痺による)、舌の前2/3の味覚障害、涙や唾液の分泌低下を伴うことがある。
- ×c. 舌咽神経
誤り。舌咽神経は主に、咽頭の感覚、舌の後ろ1/3の味覚と感覚、咽頭反射(のどの奥を刺激すると起こる反射)の求心路(感覚を伝える側)を担う。運動神経としては茎突咽頭筋を支配するだけである。障害されると咽頭の感覚が鈍くなり、咽頭反射が弱まって飲み込みにくさの一因となるが、声帯は動かせるため嗄声の原因にはならない。なお、頸静脈孔(頭蓋底の穴)の病変では舌咽神経と迷走神経が一緒に障害されて嗄声を伴うことがあるが、その場合の嗄声は迷走神経の障害による。
- ○d. 反回神経
正しい。反回神経は迷走神経の枝で、輪状甲状筋以外の喉頭の筋(内喉頭筋)をすべて支配し、声帯を開いたり閉じたりする。右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓の下をくぐって折り返し、気管と食道の間の溝を上って喉頭に入る。特に左は胸の中を長く通るため、障害を受けやすい。障害されると同じ側の声帯が動かなくなり、声門が閉じきらずに気息性嗄声を起こす。声門が閉じないことで誤嚥やむせ(嚥下障害)を伴うこともある。原因には甲状腺の手術や甲状腺癌、食道癌、肺癌(特に左肺門部)、大動脈瘤、縦隔の腫瘍などがある。
- ×e. 交感神経幹
誤り。頸部の交感神経幹が障害されると、同じ側にHorner症候群が起こる。症状は縮瞳(瞳が小さくなる)、眼瞼下垂(上まぶたが下がる、瞼板筋(Müller筋)の麻痺による)、顔面の発汗低下であり、目が奥に引っ込んだようにみえる眼球陥凹(見かけ上のもの)を伴うこともある。交感神経は声帯の筋を支配していないので嗄声は起こらない。肺尖部の肺癌(Pancoast腫瘍)では、Horner症候群と反回神経麻痺(嗄声)が一緒にみられることがある。
反回神経の走行と左右差
・右反回神経:右鎖骨下動脈の下をくぐって折り返し、上へ向かう。 ・左反回神経:大動脈弓の下(動脈管索の近く)をくぐって折り返し、上へ向かう。胸腔内を走る距離が長いため、胸部の病気で障害されやすい。 ・どちらも気管と食道の間の溝を上り、甲状腺の裏側を通って喉頭に入る。そのため甲状腺手術では損傷に注意が必要である。
反回神経麻痺の主な原因
・頸部:甲状腺の手術、甲状腺癌、頸部の手術・外傷 ・胸部:肺癌(特に左肺門部・縦隔のリンパ節転移)、食道癌、胸部大動脈瘤、縦隔腫瘍、心臓・大血管の手術 ・その他:気管挿管による圧迫、原因不明(特発性) ・迷走神経の中枢側の障害(延髄の病変、Wallenberg症候群、頸静脈孔の病変)でも声帯麻痺が起こる。
片側麻痺と両側麻痺
・片側麻痺:気息性嗄声、むせ・誤嚥、一息で話せる長さ(最長発声持続時間)が短くなる。 ・両側麻痺:声帯が正中付近で固定すると、声は比較的保たれるが、気道が狭くなって吸気時の喘鳴や呼吸困難が起こる。窒息の危険があり、気管切開が必要になることがある。
診断
喉頭内視鏡(喉頭ファイバースコープ)で、声帯の動きと発声時の声門の閉じ方を観察する。原因を探すため、頸部から胸部のCTなどで甲状腺・縦隔・肺・大動脈を調べる。
嗄声と構音障害の区別
・嗄声:声の質の異常(喉頭・声帯の問題)。反回神経麻痺、声帯ポリープ、喉頭癌などで起こる。 ・構音障害:音をつくる器官(唇・舌・軟口蓋など)の動きの異常で、言葉がはっきりしなくなる。顔面神経、舌下神経などの障害で起こる。
POINT
・嗄声を起こす神経障害の代表は反回神経麻痺(迷走神経の枝)である。 ・反回神経は輪状甲状筋以外の内喉頭筋を支配する。輪状甲状筋は上喉頭神経外枝の支配である。 ・左反回神経は大動脈弓の下をくぐるため長く、肺癌・食道癌・大動脈瘤などで障害されやすい。 ・甲状腺手術後の嗄声は反回神経麻痺を考える。 ・両側の反回神経麻痺では呼吸困難が起こり、気管切開が必要になることがある。 ・交感神経幹の障害はHorner症候群、顔面神経の障害は表情筋麻痺を起こす。
