ベルトがきつい1か月―波動と濁音界の移動が教える「腹水」の見つけ方
第120回医師国家試験 B問題 第47問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,47,48の問いに答えよ。 64歳の男性。腹部膨満を主訴に来院した。 現病歴:1か月前から腹部膨満が出現した。2週間前からズボンのベルトがきつくなるのを自覚し,症状が徐々に増悪するため受診した。排便回数は1回/日,普通便で,特に変化を認めない。 既往歴:40歳時から高血圧症のため内服治療中。食物や薬物のアレルギー歴はない。 生活歴:食品会社の事務職。喫煙は10本/日を10年間。飲酒は日本酒1合/日を30年間。妻と2人暮らし。3か月前から猫を飼っている。6か月前に東南アジアに出張した。 家族歴:父が70歳時に大腸癌のため手術。 現症:意識は清明。身長164cm,体重64kg。体温36.8℃。脈拍72/分,整。血圧136/78mmHg。呼吸数12/分。SpO2 97%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張を認めない。甲状腺と頸部リンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は膨隆。腸雑音はやや亢進。血管雑音を聴取しない。圧痛はなく,筋性防御を認めない。明らかな腫瘤を認めない。波動を認める。Traube三角の打診は鼓音である。体位変換によりshifting dullnessを認める。肋骨脊柱角の叩打痛を認めない。四肢に浮腫を認めない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-)。血液所見:赤血球436万,Hb 13.7g/dL,Ht 41%,白血球5,400,血小板18万,PT-INR 1.0(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白7.6g/dL,アルブミン3.8g/dL,総ビリルビン1.8mg/dL,直接ビリルビン0.9mg/dL,AST 42U/L,ALT 46U/L,LD 256U/L(基準124~222),ALP 126U/L(基準38~113),γ-GT 108U/L(基準13~64),アミラーゼ94U/L(基準44~132),尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,尿酸6.9mg/dL,血糖102mg/dL,HbA1c 6.0%(基準4.9~6.0),総コレステロール180mg/dL,トリグリセリド108mg/dL,Na 131mEq/L,K 4.4mEq/L,Cl 97mEq/L。CRP 1.0mg/dL。
身体診察から予想されるのはどれか。
- a.脾腫
- b.腹水
- c.腹膜炎
- d.イレウス
- e.尿路結石
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
腹部膨満は脂肪・液体・ガス・便・胎児・腫瘍の「6つのF」で整理すると考えやすく、波動とshifting dullnessは腹腔内を自由に動く液体、すなわち腹水を示す代表的な身体所見です。Traube三角が鼓音なら脾腫は否定的で、圧痛・筋性防御や炎症反応を欠けば腹膜炎、排便が保たれ腹痛・嘔吐がなければイレウス、CVA叩打痛や血尿がなければ尿路結石は考えにくくなります。腹水の原因には肝硬変、悪性腫瘍、心不全、低蛋白状態、結核などがあり、穿刺した腹水のSAAG(1.1g/dL以上なら門脈圧亢進関連)が鑑別に役立ちます。ただし身体診察は少量の腹水に対する感度が低いため、疑ったら画像で確認することが大切です。打診・触診の所見を病態と結びつけて解釈する力は、あらゆる腹部診察の基本になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
64歳の男性が、1か月かけて徐々に強くなる腹部膨満を訴えて受診した。ベルトがきつくなったとあるので、腹囲が実際に増えていると考えられる。身長164cm、体重64kgでBMIは約23.8と肥満はなく、皮下脂肪の増加だけで説明できる変化ではない。排便は1日1回の普通便で変化がなく、腹痛・嘔吐の記載もない。 身体診察の要点は次のとおりである。 ・腹部は膨隆し、波動を触れる。 ・体位変換で濁音界が移動する(shifting dullness)。 ・Traube三角の打診は鼓音である。 ・圧痛や筋性防御はない。 ・腸雑音はやや亢進しているが、明らかな腫瘤や血管雑音はない。 ・肋骨脊柱角(CVA)の叩打痛はない。 ・頸静脈の怒張、四肢の浮腫、心音・呼吸音の異常はない。 バイタルサインは安定し、体温36.8℃、白血球5,400、CRP 1.0mg/dLと、強い炎症を示す所見はない。
診断へのプロセス
腹部膨満の原因は古くから「6つのF」(fat 脂肪、fluid 液体、flatus ガス、feces 便、fetus 胎児、fatal growth 腫瘍)として整理される。本症例は以下のように絞り込める。 ・液体:波動とshifting dullnessという、腹腔内に自由に動く液体があることを示す典型的な身体所見がそろっている。 ・ガス・便:排便習慣に変化がなく、腹痛や嘔吐もないため、腸管内容の停滞は考えにくい。 ・腫瘍・臓器腫大:明らかな腫瘤を触れず、Traube三角も鼓音で、脾腫を示す所見はない。 ・脂肪:肥満はない。 したがって、身体診察から最も考えられるのは腹水の貯留である。
腹水の原因についての考え方
腹水の原因としては、肝硬変(門脈圧亢進症)、癌性腹膜炎(腹膜播種)、心不全、ネフローゼ症候群などの低蛋白状態、結核性腹膜炎、膵性腹水などが挙がる。本症例では頸静脈怒張や浮腫がなく心不全は考えにくい。尿蛋白は陰性で腎機能も正常であり、腎疾患も考えにくい。一方、γ-GT・ALPの軽度上昇、総ビリルビン1.8mg/dLの軽度上昇、アルブミン3.8g/dLのやや低い値、Na 131mEq/Lの低ナトリウム血症があり、肝臓・胆道系の異常は存在する。ただし血小板18万、PT-INR 1.0と肝合成能や門脈圧亢進を示す所見は目立たず、脾腫もないため、進行した肝硬変とは言い切れない。父に大腸癌の既往があることも踏まえると、悪性腫瘍による腹水も鑑別として残る。原因はこの時点では決められず、画像検査などで精査を進める段階である(次問)。 設問は「身体診察から予想されるもの」を問うているため、波動とshifting dullnessに注目すればよい。
選択肢考察
- ×a. 脾腫
Traube三角は左第6肋骨、左前腋窩線、左肋骨弓で囲まれる領域で、通常は直下の胃泡のため打診で鼓音となる。脾臓が腫大してこの領域まで広がると濁音に変わる。本症例では鼓音であり、脾腫を示す所見はない。また血小板数も18万と正常で、脾機能亢進を思わせる所見もない。
- ○b. 腹水
腹部の膨隆に加え、波動を触れること、体位変換で濁音界が移動すること(shifting dullness)は、腹腔内に自由に動く液体がたまっていることを示す代表的な所見である。仰臥位では液体が側腹部にたまり腸管は腹部中央に浮かぶため、側腹部が濁音、臍部が鼓音となる。側臥位にすると液体が下側に移るので、濁音の範囲が移動する。肥満がないのに1か月で腹囲が増えたという経過とも合い、腹水の貯留が最も考えられる。
- ×c. 腹膜炎
腹膜炎(特に細菌性腹膜炎)では、腹痛、圧痛、筋性防御や反跳痛などの腹膜刺激症状と、発熱や白血球増多などの炎症所見がみられるのが一般的である。本症例は圧痛も筋性防御もなく、体温36.8℃、白血球5,400、CRP 1.0mg/dLと炎症所見はごく軽度にとどまるので、身体診察から腹膜炎を予想することはできない。
- ×d. イレウス
イレウス(腸閉塞)では腹痛、嘔吐、排便・排ガスの停止が主な症状で、機械的な閉塞では金属音を伴う腸雑音の亢進、麻痺性では腸雑音の減弱がみられる。本症例は腸雑音がやや亢進しているものの、1日1回の普通便が続いており、腹痛や嘔吐もない。さらに波動やshifting dullnessは腸管内のガスではなく腹腔内の液体を示す所見であり、イレウスは考えにくい。
- ×e. 尿路結石
尿路結石では側腹部から背部にかけての激しい疝痛、CVA叩打痛、血尿(尿潜血陽性)が典型的である。本症例は腹痛の訴えがなく、CVA叩打痛もなく、尿潜血も陰性である。また尿路結石で腹部膨満や波動が起こることはなく、診察所見とは合わない。
腹水を見つける身体所見
・shifting dullness(濁音界移動):仰臥位で側腹部の濁音と臍周囲の鼓音の境界を確かめ、側臥位にしたときに境界が移動するかをみる。 ・波動(fluid wave):片方の側腹部を軽くたたき、反対側の手で液体の振動を感じとる。腹壁の脂肪を伝わる振動と区別するため、介助者に正中線上を手の尺側で押さえてもらう。中等量以上の腹水でないと陽性になりにくい。 ・側腹部の膨隆(蛙腹)、臍の突出なども参考になる。 少量の腹水は身体診察では見逃しやすく、腹部超音波検査なら100mL程度の少量でも検出できる。
腹水の主な原因
・門脈圧亢進によるもの:肝硬変、Budd-Chiari症候群など。 ・心疾患:右心不全、収縮性心膜炎。 ・低蛋白状態:ネフローゼ症候群、蛋白漏出性胃腸症、低栄養。 ・腹膜の病変:癌性腹膜炎、結核性腹膜炎、腹膜中皮腫。 ・その他:膵性腹水、乳び腹水、甲状腺機能低下症など。 腹水を穿刺したら、血清アルブミン値から腹水アルブミン値を引いた血清-腹水アルブミン濃度勾配(SAAG)を求める。SAAGが1.1g/dL以上なら門脈圧亢進に関連する腹水(肝硬変、心不全など)、1.1g/dL未満なら門脈圧亢進とは関係のない腹水(癌性腹膜炎、結核性腹膜炎、ネフローゼ症候群など)と考える。
Traube三角
左第6肋骨、左前腋窩線、左肋骨弓で囲まれる領域で、胃底部のガスのため通常は鼓音である。濁音になる場合は脾腫のほか、左胸水や食後の胃の充満なども考える。
POINT
・波動とshifting dullnessは腹水を示す身体所見である。 ・Traube三角の打診が鼓音なら脾腫は否定的、濁音なら脾腫を疑う。 ・圧痛・筋性防御がなく炎症反応も乏しければ腹膜炎は考えにくい。 ・排便習慣が保たれ腹痛・嘔吐がなければイレウスは考えにくい。 ・腹部膨満は「6つのF」(脂肪、液体、ガス、便、胎児、腫瘍)で整理する。
