旅行帰りの臀部の腫れ―APTTだけが延びた高齢者に潜む後天性血友病
第119回医師国家試験 F問題 第43問
国試問題にチャレンジ
78歳の男性。右臀部周辺の痛みを主訴に来院した。1年前から前立腺癌に対しホルモン療法施行中である。3日前に旅行から帰宅後に右臀部の痛みと腫れを自覚した。痛みは徐々に右臀部全般に広がった。意識は清明。体温36.2℃。脈拍96/分,整。血圧102/68mmHg。呼吸数16/分。SpO2 98%(room air)。右大腿から腰部にかけて紫斑を認める。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。右臀部は硬く腫脹し,圧痛を認める。血液所見:赤血球391万,Hb 9.8g/dL,Ht 32%,白血球7,950(好中球72%,好酸球1%,単球9%,リンパ球18%),血小板35万。PT-INR 1.0(基準0.9~1.1),APTT 72.4秒(基準対照32.2),フィブリノゲン433mg/dL(基準186~355),FDP 14μg/mL(基準10以下)。血液生化学所見:総蛋白7.4g/dL,AST 24U/L,ALT 40U/L,LD 218U/L(基準124~222),尿素窒素10mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL。CRP 0.8mg/dL。 臀部痛の原因はどれか。
- a.筋肉内出血
- b.坐骨神経痛
- c.腸腰筋膿瘍
- d.大腿骨頭壊死症
- e.変形性股関節症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
出血歴のない高齢者に急な皮下出血や筋肉内出血が起こり、血小板数とPTが正常でAPTTだけが延長していれば、第Ⅷ因子に対する自己抗体による後天性血友病Aを考えます。本例の臀部の硬い腫脹・圧痛、周囲への紫斑、貧血は、臀部の筋肉内出血として一元的に説明でき、発熱や炎症反応がないことから腸腰筋膿瘍などの感染症は否定的です。先天性血友病と異なり関節内出血はまれで、悪性腫瘍や自己免疫疾患、分娩後などが背景となります。確定には第Ⅷ因子活性低下とインヒビターの検出、クロスミキシング試験でのインヒビター型パターンを確認し、治療はバイパス止血製剤による止血と免疫抑制療法が柱です。出血傾向を血小板数・PT・APTTのパターンで整理する習慣は、出血を伴うあらゆる症例で役立つ基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・78歳男性、前立腺癌でホルモン療法中 → 高齢かつ悪性腫瘍を有する(担癌状態)。 ・3日前、旅行から戻った後に右臀部の痛みと腫れが出現し、範囲が徐々に拡大 → 数日の経過で急速に進む局所の腫脹と疼痛。 ・右大腿から腰部にかけての紫斑 → 皮下出血。腫脹部位から離れた範囲にまで出血斑が広がっている。 ・右臀部は硬く腫れ、圧痛あり → 深部(筋肉内)の血腫を疑う所見。 ・Hb 9.8g/dL → 貧血。脈拍96/分とやや頻脈で、血圧102/68mmHgとやや低めであり、出血による循環血液量の減少も示唆される。 ・体温36.2℃、白血球7,950、CRP 0.8mg/dL → 発熱や強い炎症反応はなく、膿瘍などの感染症は考えにくい。 ・血小板35万 → 血小板数は正常で、血小板減少による出血ではない。 ・PT-INR 1.0(正常)、APTT 72.4秒(対照32.2秒の2倍以上に延長) → 内因系凝固因子(第Ⅷ・Ⅸ・Ⅺ・Ⅻ因子)の異常が考えられる。 ・フィブリノゲン433mg/dL(高値) → 急性期反応による上昇。消費されていないので播種性血管内凝固(DIC)は否定的。 ・FDP 14μg/mL(軽度上昇) → 大きな血腫が分解される過程で生じる程度の上昇として説明できる。
診断へのプロセス
出血傾向をみたら、まず血小板数・PT・APTTで原因を絞り込む。血小板数正常・PT正常・APTT単独延長のパターンで、これまで出血歴のない高齢者が突然、皮下出血や筋肉内出血といった大きな出血を起こした場合、第Ⅷ因子に対する自己抗体(インヒビター)が生じる後天性血友病Aを第一に考える。高齢であることと悪性腫瘍(前立腺癌)の存在は、後天性血友病の背景として典型的である。本問には記載がないが、確定には第Ⅷ因子活性の低下と第Ⅷ因子インヒビター(ベセスダ法)の検出、APTTクロスミキシング試験(交差混合試験)でのインヒビター型パターンの確認を行う。なお、ヘパリン投与などの薬剤性によるAPTT延長も鑑別となるが、本例ではその情報はない。
設問の考え方
後天性血友病の出血は、先天性血友病で典型的な関節内出血ではなく、皮下出血や筋肉内出血が中心である。本例の臀部の硬い腫脹・圧痛・広範な紫斑・貧血は、後天性血友病に伴う臀部の筋肉内出血(血腫)として一元的に説明できる。他の選択肢はいずれも、紫斑・貧血・APTT延長を説明できない。
選択肢考察
- ○a. 筋肉内出血
正しい。後天性血友病Aでは、皮膚・筋肉など軟部組織への出血が主体となる。臀部の筋肉内に血腫ができると、筋膜に囲まれた空間の内圧が上がって硬い腫脹と強い痛みを生じ、血液が皮下を伝わって周囲(大腿や腰部)に紫斑として広がる。貧血の進行や軽度の頻脈・血圧低下、血腫の分解を反映するFDPの軽度上昇も、筋肉内への大量出血で矛盾なく説明できる。旅行中の長時間の座位や軽い打撲など、普段なら問題にならない程度の負荷が出血の誘因となった可能性がある。
- ×b. 坐骨神経痛
誤り。坐骨神経痛は腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などで坐骨神経が刺激され、臀部から下肢後面に放散する痛みやしびれを生じる病態である。神経の症状であり、臀部が硬く腫れることや紫斑は生じない。貧血やAPTT延長とも関係がない。ただし、臀部の大きな血腫が坐骨神経を圧迫して二次的に神経症状を起こすことはありうる。
- ×c. 腸腰筋膿瘍
誤り。腸腰筋膿瘍は腸腰筋に生じる細菌感染による膿のたまりで、発熱、腰背部痛、股関節を伸ばすと痛む(股関節屈曲位をとる)といった症状を呈し、白血球増加やCRP高値を伴うことが多い。腸腰筋は腰椎から骨盤内を通り大腿骨小転子に付着する深部の筋であり、臀部の表在の腫脹とは部位が異なる。本例は発熱がなく炎症反応も乏しく、紫斑や凝固異常も説明できない。
- ×d. 大腿骨頭壊死症
誤り。大腿骨頭壊死症は大腿骨頭への血流が途絶えて骨が壊死する疾患で、副腎皮質ステロイドの大量投与やアルコール多飲が主な危険因子である。症状は股関節部(鼠径部)の痛みや可動域制限であり、臀部の硬い腫脹や皮下の紫斑は生じない。貧血やAPTT延長も説明できない。
- ×e. 変形性股関節症
誤り。変形性股関節症は関節軟骨の摩耗によって股関節が変形する疾患で、日本では臼蓋形成不全に続発するものが多い。歩き始めや長距離歩行での股関節痛、可動域制限が慢性的に進行するのが特徴で、3日間で急激に腫脹が広がる経過や紫斑・貧血・APTT延長とは合わない。
後天性血友病A
・病態:もともと凝固因子に異常のない人に、第Ⅷ因子に対する自己抗体(インヒビター)が出現し、第Ⅷ因子活性が低下して出血を起こす自己免疫疾患である。 ・背景:高齢者に多く、半数前後は基礎疾患が見つからない。基礎疾患としては悪性腫瘍、自己免疫疾患(関節リウマチ、SLEなど)、妊娠・分娩後、薬剤などが知られる。若年者では分娩後の女性に多い。 ・症状:皮下出血(広範な紫斑)、筋肉内出血、消化管出血、術後・処置後の止血困難など。先天性血友病で典型的な関節内出血はまれである。重篤な出血を起こすことが少なくない。 ・検査:PT正常、APTT延長、血小板数正常。第Ⅷ因子活性の低下と第Ⅷ因子インヒビターの検出(ベセスダ法で定量)。 ・クロスミキシング試験:患者血漿と正常血漿を段階的に混ぜてAPTTを測る。凝固因子欠乏では少量の正常血漿で補正されて下に凸のグラフになるが、インヒビターがあると補正されにくく上に凸(あるいは直線的)のパターンになる。第Ⅷ因子インヒビターは時間依存性に作用するため、混合後すぐの測定より37℃で2時間加温した後の測定で延長がより明らかになる。 ・治療: ①止血治療:インヒビターにより第Ⅷ因子製剤は効きにくいため、第Ⅷ因子を迂回して凝固を進めるバイパス止血製剤(遺伝子組換え活性型第Ⅶ因子製剤、活性型プロトロンビン複合体製剤、第Ⅹ因子加活性化第Ⅶ因子製剤)を用いる。第Ⅷ因子の機能を代替する二重特異性抗体エミシズマブも出血予防に用いられる(血友病A・後天性血友病Aに有効、第Ⅸ因子欠乏の血友病Bには無効)。 ②インヒビター除去:副腎皮質ステロイドを中心に、シクロホスファミドやリツキシマブを併用・追加する免疫抑制療法を行う。
出血傾向の鑑別(スクリーニング検査のパターン)
・血小板減少のみ:免疫性血小板減少症(ITP)など。 ・PT正常・APTT延長:血友病A/B、後天性血友病、フォン・ヴィレブランド病(第Ⅷ因子が低下する場合)、ヘパリン投与、ループスアンチコアグラント(ただし出血より血栓傾向)。 ・PT延長・APTT正常:第Ⅶ因子欠乏、ワルファリン投与初期、ビタミンK欠乏の初期。 ・PT・APTTともに延長:ビタミンK欠乏、肝不全、ワルファリン、DIC(血小板減少・フィブリノゲン低下・FDP著増を伴う)。 ・すべて正常:血管性紫斑病(IgA血管炎)、老人性紫斑、第XIII因子欠乏など。
POINT
・血小板正常・PT正常・APTT単独延長で、出血歴のない高齢者に突然の皮下・筋肉内出血 → 後天性血友病Aを考える。 ・後天性血友病の出血は皮下・筋肉内が主体で、関節内出血はまれ(先天性血友病との違い)。 ・確定は第Ⅷ因子活性低下と第Ⅷ因子インヒビター検出、クロスミキシング試験でインヒビター型(上に凸)。 ・治療はバイパス止血製剤(またはエミシズマブ)による止血と、ステロイドなどによる免疫抑制療法。
