転んで手をついたら、親指がしびれた―Colles骨折に潜む正中神経障害
第119回医師国家試験 F問題 第36問
国試問題にチャレンジ
73歳の女性。左手関節痛を主訴に来院した。2時間前に自宅の玄関で転倒し,左手をついた際に痛みが出現した。左手関節に腫脹と圧痛を認める。左母指と示指の掌側にしびれと知覚鈍麻を認める。左手関節のエックス線写真を下に示す。 障害されている神経はどれか。

- a.筋皮神経
- b.後骨間神経
- c.尺骨神経
- d.正中神経
- e.橈骨神経
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
骨粗鬆症のある高齢女性が転倒して手をつくと橈骨遠位端骨折を生じやすく、遠位骨片が背側に転位してフォーク状変形を呈するものをColles骨折、掌側に転位するものをSmith骨折と呼びます。正中神経は手関節掌側の手根管を通るため、骨片の転位や血腫・腫脹で圧迫されやすく、Colles骨折で最も合併しやすい神経障害となり、母指〜環指橈側の掌側の感覚障害を生じます。感覚障害の分布から、手掌橈側は正中神経、小指側は尺骨神経、手背橈側は橈骨神経、感覚障害のない下垂指は後骨間神経と神経を同定できます。治療は徒手整復と外固定が基本で、不安定型には掌側ロッキングプレート固定が行われ、長母指伸筋腱断裂やCRPSなどの合併症、骨粗鬆症治療による再骨折予防にも注意が必要です。手関節外傷では必ず手指の神経所見を確認する習慣が、見逃しを防ぐ臨床の基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・73歳の女性:閉経後で骨粗鬆症の頻度が高い年代である。 ・自宅の玄関で転倒して左手をついた:手関節が背屈した状態で手掌から着地する、典型的な受傷機転である。立った高さからの転倒という軽微な外力での骨折は脆弱性骨折を示唆する。 ・左手関節の腫脹と圧痛:手関節部の骨折を強く疑う。 ・左母指と示指の掌側のしびれと知覚鈍麻:手掌橈側の感覚障害であり、正中神経の支配領域に一致する。 ・手関節エックス線写真:橈骨遠位端に骨折線があり、遠位骨片が背側へ転位している(側面像で遠位骨片が手背側へずれ、橈骨遠位関節面が背側を向く)。
診断に至るプロセス
高齢女性が手をついて転倒し手関節を痛めた場合、まず橈骨遠位端骨折を考える。エックス線で遠位骨片の背側転位を認めることから、背側転位型の橈骨遠位端骨折、すなわちColles骨折と診断できる。側面からみたときの変形がフォークを伏せた形に似ることから、フォーク状変形(銀フォーク変形)と呼ばれる。
設問の考え方
感覚障害の分布から障害神経を推定する。母指・示指の掌側は正中神経の固有感覚域に含まれる。正中神経は手関節の掌側中央で手根管を通って手掌に入るため、橈骨遠位端の骨折では、骨片の転位、血腫、腫脹による圧迫や牽引を受けやすい。したがって、本症例ではColles骨折に正中神経障害を合併していると考えられる。
選択肢考察
- ×a. 筋皮神経
筋皮神経は腕神経叢の外側神経束から出て、上腕二頭筋・上腕筋・烏口腕筋を支配し、終枝の外側前腕皮神経が前腕外側(橈側)の皮膚感覚を担う。障害されると肘関節の屈曲力低下と前腕外側の感覚障害が生じる。手指の感覚には関与せず、手関節部も走行しないため本症例には当てはまらない。
- ×b. 後骨間神経
後骨間神経は、肘付近で橈骨神経から分かれる深枝で、回外筋を貫いて前腕伸筋群(総指伸筋、長母指伸筋など)を支配する運動枝である。皮膚感覚の枝をもたないため、障害されても感覚障害はなく、MP関節での手指伸展ができない下垂指(drop finger)を呈する。手関節の背屈は長・短橈側手根伸筋が保たれるため可能である。本症例の母指・示指掌側の感覚障害は説明できない。
- ×c. 尺骨神経
尺骨神経は、小指全体と環指の尺側半分、および手掌・手背の尺側の感覚を担い、骨間筋、小指球筋、母指内転筋などの手内在筋の多くを支配する。障害されると小指側の感覚障害、指の内転・外転障害、Froment徴候、鷲手(かぎ爪変形)などがみられる。母指・示指の掌側は支配領域外であり、本症例の所見に合わない。
- ○d. 正中神経
正中神経は、手掌の母指から環指橈側半分までの掌側(および示指〜環指橈側の指先背側)の感覚を担い、運動では母指対立筋・短母指外転筋などの母指球筋や前腕屈筋群の多くを支配する。手関節では手根管を通過するため、橈骨遠位端骨折に伴う骨片の転位、血腫、腫脹によって圧迫されやすく、Colles骨折で最も合併しやすい神経障害である。母指・示指の掌側のしびれと知覚鈍麻はこの神経の障害で説明できる。症状が強い・進行する場合は、整復や手根管開放を急ぐ必要がある(急性手根管症候群)。
- ×e. 橈骨神経
橈骨神経は上腕骨の後面(橈骨神経溝)を回って前腕へ向かい、手関節・手指の伸筋群を支配する。感覚枝(浅枝)は手背の橈側(母指と示指の間の背側など)を支配する。障害されると手関節と手指の伸展ができない下垂手(drop hand)と手背橈側の感覚障害を生じ、上腕骨骨幹部骨折での合併が代表的である。本症例の障害部位は母指・示指の「掌側」であり、橈骨神経の支配領域ではない。
橈骨遠位端骨折の概要
・骨粗鬆症を背景とした高齢女性に多く、大腿骨近位部骨折、脊椎椎体骨折、上腕骨近位端骨折と並ぶ代表的な脆弱性骨折である。転倒して手をついた際の軽微な外力で生じる。 ・遠位骨片の転位方向で分類される。 Colles骨折:遠位骨片が背側へ転位。手関節背屈位で手をついて受傷することが多く、最も頻度が高い。フォーク状変形を呈する。 Smith骨折:遠位骨片が掌側へ転位(逆Colles骨折)。手関節掌屈位で手背をついて受傷する。 Barton骨折:関節面を含む辺縁の骨折で、手根骨とともに骨片が転位する(背側型・掌側型)。 ・診断は手関節2方向のエックス線で行い、関節内骨折の評価にはCTが有用である。 ・治療は徒手整復とギプスなどによる外固定が基本であるが、整復位が保てない不安定型や関節内骨折では手術を行う。現在は掌側ロッキングプレートによる固定が主流であり、早期のリハビリテーションが可能となるため手術例が増えている。
主な合併症
・正中神経障害(急性手根管症候群、あるいは遅発性の手根管症候群) ・長母指伸筋腱の断裂(受傷後数週〜数か月で生じることがある) ・複合性局所疼痛症候群(CRPS) ・変形癒合、手関節の可動域制限、尺骨突き上げ症候群
上肢の主な末梢神経と感覚・運動障害の整理
・正中神経:母指〜環指橈側の掌側の感覚。母指対立障害、猿手。手根管症候群。 ・尺骨神経:小指・環指尺側の感覚。骨間筋萎縮、鷲手、Froment徴候。肘部管症候群、Guyon管症候群。 ・橈骨神経:手背橈側の感覚。下垂手。 ・後骨間神経:感覚障害なし。下垂指。 ・筋皮神経:前腕外側の感覚。肘屈曲力低下。
POINT
・高齢女性が転倒して手をつき手関節を受傷→橈骨遠位端骨折を考える。 ・遠位骨片が背側に転位するのがColles骨折(フォーク状変形)、掌側転位はSmith骨折。 ・Colles骨折で合併しやすい神経障害は正中神経障害(母指〜環指橈側の掌側の感覚障害、母指対立障害)。 ・感覚障害の分布で神経を同定する:手掌橈側=正中神経、小指側=尺骨神経、手背橈側=橈骨神経、感覚障害なしの下垂指=後骨間神経。
