指が動かない―小児顆上骨折に潜むコンパートメント症候群と筋膜切開の決め手
第114回医師国家試験 A問題 第71問
国試問題にチャレンジ
9歳の男児。左肘痛を主訴に母親とともに来院した。自転車乗車中に転倒し,左手をついて受傷した。左肘関節エックス線写真(A)(B)を別に示す。徒手整復を行う準備をしていたところ,左前腕部にも疼痛が出現し,左手指の自動運動が不能となった。 緊急筋膜切開術を判断する指標として適切なのはどれか。2つ選べ。

- a.創の有無
- b.転位の程度
- c.橈骨動脈の拍動
- d.皮下出血の有無
- e.前腕筋区画内圧
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
小児が手をついて転倒した後の肘痛では、伸展型の上腕骨顆上骨折が代表的で、転位例では上腕動脈・正中神経の損傷や前腕のコンパートメント症候群を合併しやすくなります。前腕痛の増強や手指の運動麻痺はコンパートメント症候群を強く示唆し、放置すれば不可逆的なVolkmann拘縮に至るため緊急対応が必要です。筋膜切開の判断には、区画内圧の直接測定(30mmHg以上、または拡張期血圧との差30mmHg未満が目安)と、橈骨動脈拍動などの末梢循環の評価が指標となり、創の有無や皮下出血、転位の程度は直接の指標ではありません。脈が触れてもコンパートメント症候群は否定できず、手指の他動伸展時痛が早期の重要所見です。5Pがそろうのを待たずに疑い、圧迫解除から減張切開までを迅速に進める姿勢が、患児の手の機能を守ることにつながります。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・9歳男児。自転車で転倒し、手をついて受傷(肘関節伸展位での介達外力)。小児の上腕骨顆上骨折の典型的な受傷機転である。 ・左肘関節エックス線写真:正面像(A)で上腕骨遠位の骨幹端部、すなわち顆上部に骨折線を認める。側面像(B)では遠位骨片が後方へ転位・傾斜しており、伸展型の上腕骨顆上骨折と判断できる。 ・整復の準備中に前腕にも痛みが広がり、手指を自分で動かせなくなった → 前腕の筋が虚血に陥りつつあることを示す危険な徴候である。
病態の判断
転位のある上腕骨顆上骨折では、近位骨片の前方への突出により上腕動脈や正中神経が圧迫・損傷されやすく、さらに骨折部からの出血や腫脹によって前腕屈筋群の区画(コンパートメント)内圧が上昇しやすい。区画内圧が上昇すると毛細血管レベルの灌流が途絶え、筋・神経が虚血に陥る。これがコンパートメント症候群(区画症候群)であり、放置すると前腕屈筋群が壊死・線維化して手指の不可逆的な屈曲拘縮(Volkmann拘縮)に至る。本例の前腕痛と手指の自動運動不能は、疼痛(pain)と麻痺(paralysis)に相当し、コンパートメント症候群の発症を強く疑う。
設問の考え方
筋の不可逆的な壊死は虚血開始から数時間(おおむね6〜8時間)で起こりうるため、診断がつけば速やかな減張(筋膜切開)が必要になる。緊急筋膜切開の判断には、(1)区画内圧の直接測定による客観的な圧上昇の確認と、(2)橈骨動脈拍動など末梢循環の評価による阻血の程度の確認が指標となる。一方、開放創、皮下出血、骨折の転位の程度そのものは、筋膜切開の要否を直接決める指標ではない。
選択肢考察
- ×a. 創の有無
創の有無は開放骨折か閉鎖骨折かの判断、すなわち感染対策(洗浄・デブリドマン・抗菌薬投与)や破傷風予防の必要性に関わる所見である。区画内圧の上昇とは関係がなく、筋膜切開の判断指標にはならない。なお、開放創があっても筋膜が閉じていればコンパートメント症候群は起こりうる。
- ×b. 転位の程度
転位の程度は、保存療法か徒手整復・経皮的鋼線固定かといった骨折自体の治療方針を決める指標であり、転位が大きいほど神経血管損傷やコンパートメント症候群の危険が高まるという意味でリスク評価の参考にはなる。しかし実際に筋膜切開を行うかどうかは、区画内圧や末梢循環などの所見で判断するものであり、転位の程度そのものは直接の指標ではない。
- ○c. 橈骨動脈の拍動
橈骨動脈の拍動消失(pulselessness)は阻血の5Pの一つであり、前腕への血流が障害されていることを示す。上腕骨顆上骨折では上腕動脈の圧迫・損傷を合併することがあり、拍動の消失は前腕の阻血がすでに高度であることを意味するため、整復・血行再建とともに緊急筋膜切開を判断する重要な指標となる。ただし、コンパートメント症候群は主に毛細血管レベルの灌流障害であるため、橈骨動脈の拍動が触れていても否定はできない。拍動の確認は区画内圧測定や臨床症状と組み合わせて評価する。
- ×d. 皮下出血の有無
骨折では周囲に皮下出血を伴うことが多く、その存在自体は区画内圧の上昇を意味しない。皮下出血の有無は筋膜切開の判断指標とはならない。
- ○e. 前腕筋区画内圧
コンパートメント症候群の本態は区画内圧の上昇であり、針やカテーテルを筋区画に刺入して内圧を直接測定することは、客観的な診断と筋膜切開の判断に最も直接的な指標となる。一般に区画内圧が30mmHg以上、あるいは拡張期血圧と区画内圧の差(ΔP)が30mmHg未満を減張切開の目安とすることが多い(施設や文献により基準値には幅がある)。特に小児や意識障害のある患者のように症状の訴えが不確かな場合に有用である。
小児上腕骨顆上骨折
・小児の肘周辺骨折で最も頻度が高く、5〜10歳前後に多い。転倒して肘を伸ばしたまま手をつく受傷が大部分で、遠位骨片が後方に転位する伸展型が約95%を占める。 ・単純X線では、正面像・側面像に加え、側面像での前上腕骨線(anterior humeral line)と上腕骨小頭の位置関係、Baumann角(内反・外反変形の評価)、tilting angleなどで転位を評価する。転位が軽微なときは、関節内血腫を示すfat pad sign(後方脂肪体の描出)が手がかりになる。 ・小児の肘では骨端核の出現時期(おおむね小頭→橈骨頭→内側上顆→滑車→肘頭→外側上顆の順)を理解しておくと、骨端核と骨片を区別できる。 ・鑑別:上腕骨外側顆骨折、内側上顆骨折、上腕骨遠位骨端離開、肘関節脱臼、Monteggia骨折など。 ・合併症:神経損傷(伸展型では正中神経、特に前骨間神経麻痺が多い。橈骨神経、尺骨神経も起こりうる。尺骨神経は鋼線刺入による医原性損傷に注意)、上腕動脈損傷、コンパートメント症候群とVolkmann拘縮、内反肘(変形治癒)。 ・治療:転位が小さければギプス固定、転位があれば徒手整復と経皮的鋼線固定。高度の腫脹がある場合は垂直牽引などで腫脹を落ち着かせることもある。
コンパートメント症候群の5P
・疼痛(Pain):外傷の程度に見合わない強い痛み。手指の他動伸展で前腕の痛みが増強する(ストレッチテスト)のが早期で鋭敏な所見。 ・蒼白(Pallor) ・脈拍消失(Pulselessness) ・知覚異常(Paresthesia) ・運動麻痺(Paralysis) 脈拍消失や麻痺は進行してから現れることが多く、すべてがそろうのを待ってはならない。疑った時点で、ギプスや包帯による外的圧迫を解除し、患肢を心臓の高さに保ち(過度な挙上は灌流圧を下げる)、区画内圧を測定して、適応があれば速やかに筋膜切開を行う。
Volkmann拘縮
前腕屈筋群(特に深指屈筋・長母指屈筋)の阻血性壊死後の線維化・瘢痕化により、手関節屈曲、手指MP関節伸展・IP関節屈曲の拘縮をきたす不可逆的な後遺症である。予防には早期発見と早期の減張処置が欠かせない。
POINT
・小児が手をついて転倒 → 上腕骨顆上骨折(伸展型が大部分)。 ・顆上骨折後の前腕痛増強・手指の運動麻痺 → コンパートメント症候群を疑い、Volkmann拘縮を防ぐため緊急対応。 ・筋膜切開の判断指標:区画内圧(30mmHg以上、またはΔP 30mmHg未満が目安)と末梢循環(橈骨動脈拍動など)。 ・脈が触れてもコンパートメント症候群は否定できない。手指の他動伸展時痛が早期所見。 ・創の有無、皮下出血、転位の程度は筋膜切開の直接の指標ではない。
