「効く」が先、「安い」が次―脳卒中予防薬を費用対効果で選ぶ思考法
第119回医師国家試験 E問題 第37問
国試問題にチャレンジ
53歳の女性。脂質異常症と診断され,食事療法と運動療法を行っている。本日の外来までに2か月で体重は1kg減ったものの脂質異常は改善せず,担当医は患者と相談し脳血管障害を予防するために内服薬を開始することとした。患者は「脳卒中にはなりたくない。でも治療費はなるべく低く抑えたい。」と言っている。 脂質異常症に対する内服薬の脳血管障害発症予防効果および年間薬剤費の表を示す。なお,脂質異常症に対する効果はいずれの内服薬も同程度とする。 内服薬 脳血管障害の発症率 年間薬剤費 ① 10%減らす 20,000円 ② 10%減らす 12,000円 ③ 10%減らす 4,000円 ④ 不変 20,000円 ⑤ 不変 4,000円 費用対効果の視点を踏まえて,この患者に開始する内服薬はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
費用対効果の評価では、まず治療の目的である真のアウトカム(本問では脳血管障害の発症予防)に効果があるかを確認し、効果のない治療はどれほど安くても選ばないことが出発点です。効果が同等な選択肢どうしでは費用の安いものを選ぶ(費用最小化分析)ため、発症率を同じだけ下げる薬の中で最も安価な薬が最適となり、これは効果でも費用でも他に劣らない「優位」な選択肢です。医療経済評価には費用最小化分析・費用効果分析・費用効用分析(QALY)・費用便益分析があり、増分費用効果比(ICER)は費用の差を効果の差で割って追加費用に見合う価値があるかを判断する指標です。実臨床では後発医薬品が「同じ効果で安い」選択肢の代表であり、効果・安全性・費用・患者の希望を踏まえて共同で意思決定することが、限られた医療資源のもとでの診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
・53歳女性。脂質異常症に対して食事療法・運動療法を2か月行い、体重は1kg減ったが脂質の異常は改善しなかった。 ・担当医と患者は相談のうえ、脳血管障害(脳卒中)の予防を目的に薬物療法を始めることにした。 ・患者の希望は「脳卒中にはなりたくない(予防効果を重視)」と「治療費はなるべく低く抑えたい(費用を重視)」の二つである。 ・表の5剤は、脂質異常症に対する効果はいずれも同程度とされており、異なるのは脳血管障害の発症予防効果と年間薬剤費だけである。
費用対効果の考え方
費用対効果の評価では、治療の「効果(アウトカム)」と、それを得るための「費用」を組み合わせて比べる。基本となる考え方は次のとおりである。 ・効果が同じなら、費用の安いほうが優れる(費用最小化の考え方)。 ・費用が同じなら、効果の大きいほうが優れる。 ・効果が大きく、かつ費用が安い選択肢は、他を「優越(dominant)」しており、迷わず選ばれる。 ・効果がない(目的のアウトカムを改善しない)治療は、安くても費用対効果は成り立たない。
設問の考え方
まず治療の目的は脳血管障害の予防であるから、発症率を下げない④と⑤はこの目的を果たせず、候補から外れる。次に、発症率を同じく10%減らす①②③の中では、効果が同等なので費用が最も安い③(年間4,000円)が最も費用対効果に優れる。③は効果で④⑤を上回り、費用で①②を下回る(あるいは⑤と同額)ため、他のすべての選択肢に対して劣らない。これは「脳卒中を防ぎたい」「費用を抑えたい」という患者の二つの希望の両方を満たす選択でもある。
選択肢考察
- ×a. ①
①は脳血管障害の発症率を10%減らすが、年間薬剤費は20,000円で、5剤の中で最も高い部類である。同じ効果を持つ③(4,000円)と比べると、同じ効果を得るのに5倍の費用がかかり、費用対効果で劣る。費用を抑えたいという患者の希望にも合わない。
- ×b. ②
②は①より安い(年間12,000円)が、同じく発症率を10%減らす③(4,000円)と比べると3倍の費用がかかる。効果が同じである以上、より高価な②を選ぶ理由はなく、費用対効果で③に劣る。
- ○c. ③
③は脳血管障害の発症率を10%減らし、その効果は①②と同等でありながら、年間薬剤費は4,000円と最も安い。効果が同じなら費用の安いものが費用対効果に優れるため、③が最適である。目的である脳卒中予防を達成しつつ、費用を抑えたいという患者の希望も満たす。
- ×d. ④
④は脳血管障害の発症率を変えないうえに、年間薬剤費は20,000円と高い。脂質の値は改善しても、薬を始める目的である脳卒中予防の効果がなく、費用だけがかかる。効果で劣り費用も高いので、他の選択肢(特に③)に完全に劣る(劣位、dominated)。
- ×e. ⑤
⑤は年間薬剤費4,000円で③と同じく最安だが、脳血管障害の発症率を変えない。同じ費用で③は発症率を10%減らせるので、⑤は③より効果で劣る。脳卒中を予防するという治療目的を果たせないため、安くても選ぶべきではない。
医療経済評価の主な手法
・費用最小化分析(CMA):効果が同等であることが分かっている場合に、費用だけを比べる。本問の①②③の比較がこれにあたる。 ・費用効果分析(CEA):効果を「発症を1例防ぐ」「生存年数」などの自然単位で測り、費用と比べる。 ・費用効用分析(CUA):効果を質調整生存年(QALY:quality-adjusted life year、生存年数に生活の質の重みを掛けた指標)で測る。わが国の医薬品・医療機器の費用対効果評価制度(2019年度から本格導入)でもQALYが用いられる。 ・費用便益分析(CBA):効果も金額に換算して比べる。
増分費用効果比(ICER)
新しい治療を既存の治療と比べたとき、追加でかかる費用を、追加で得られる効果で割った値である(ICER=費用の差÷効果の差)。1QALYを得るための追加費用が一定の基準値以下であれば、費用対効果が良いと判断される。効果が高く費用も安い治療は「優位(dominant)」として、ICERを計算するまでもなく採用される。
後発医薬品(ジェネリック医薬品)
先発医薬品の特許期間が終了した後に、同じ有効成分で製造・販売される医薬品である。有効成分・用法・用量・効能は原則として先発医薬品と同じで、生物学的同等性試験などにより同等の効果と安全性が確認されている。開発費が抑えられるため薬価が安く、患者の自己負担の軽減と医療費全体の抑制につながる。本問の③のように「効果は同じで価格が安い」薬剤は、実臨床では後発医薬品がこれにあたることが多い。
脂質異常症の治療
・まず食事療法・運動療法などの生活習慣の改善を行い、効果が不十分な場合や、動脈硬化性疾患のリスクが高い場合に薬物療法を検討する。 ・LDLコレステロール低下の第一選択はスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)で、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患の予防効果が示されている。そのほかエゼチミブ(小腸コレステロールトランスポーター阻害薬)、PCSK9阻害薬、高トリグリセリド血症に対するフィブラート系薬などがある。 ・治療薬を選ぶ際には、効果・安全性に加え、費用や患者の価値観・希望も考慮し、患者と話し合って決める(共同意思決定)。
POINT
・費用対効果の判断では、まず目的のアウトカム(本問では脳血管障害の発症予防)に効果があるかを確認し、効果が同等なら費用の安いものを選ぶ。 ・効果がない治療は、どれほど安くても費用対効果は成り立たない。 ・効果が高く費用も安い選択肢は「優位(dominant)」である。 ・医療経済評価の手法:費用最小化分析、費用効果分析、費用効用分析(QALY)、費用便益分析。ICER=費用の差÷効果の差。 ・後発医薬品は先発医薬品と同等の効果・安全性で、薬価が安い。
