「経験上こうだ」はEBMじゃない?―根拠に基づいた医療を実践する5つのステップ
第119回医師国家試験 B問題 第2問
国試問題にチャレンジ
根拠に基づいた医療〈EBM〉を実践する過程に含まれないのはどれか。
- a.患者への適用
- b.文献情報の収集
- c.文献の批判的吟味
- d.患者の問題の定式化
- e.個人の経験に依存した判断
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
根拠に基づいた医療(EBM)は、最良の研究エビデンス、医師の臨床的専門技能、患者の価値観・意向を統合して診療方針を決める考え方です。実践は、①患者の問題の定式化(PICO/PECO)、②文献情報の収集、③文献の批判的吟味、④患者への適用、⑤振り返りの5ステップで進みます。医師の経験もEBMの要素ですが、それはエビデンスを個々の患者に当てはめるために活用されるものであり、根拠を検討せずに個人の経験だけに依存した判断はEBMに含まれません。個人の経験や専門家の意見はエビデンスレベルで最も低く位置づけられ、診療ガイドラインもエビデンスの要約として活用しつつ、患者ごとの適用は医師が判断します。この流れを理解することは、日々の診療で情報を正しく選び、患者と納得できる意思決定を行うための土台になります。
解答・解説
正解はeです
EBMとは
根拠に基づいた医療〈evidence-based medicine:EBM〉は、目の前の患者の診療方針を決める際に、①現時点で入手できる最良の科学的根拠(臨床研究の結果など)、②医師の臨床的専門技能、③患者の価値観・意向、および患者の置かれた臨床状況、を統合して判断する考え方である。経験や慣習だけに頼った医療から脱却し、判断の客観性と再現性を高めることを目的としている。
EBMを実践する5つのステップ
1. 患者の問題の定式化:臨床上の疑問を、答えが探せる形に整理する(PICO/PECO) 2. 情報収集:疑問に答える文献・エビデンスを検索して集める 3. 批判的吟味:集めた文献の妥当性・信頼性・結果の大きさを評価する 4. 患者への適用:得られたエビデンスを、目の前の患者の状況や希望に照らして当てはめる 5. 振り返り(評価):1〜4の過程と、適用の結果を評価し次に生かす
解き方
選択肢のうち、定式化・情報収集・批判的吟味・患者への適用はいずれも上記のステップそのものである。一方、「個人の経験に依存した判断」は、EBMが乗り越えようとしてきた判断のあり方であり、EBMの過程には含まれない。なお、EBMでも医師の経験(臨床的専門技能)は重要な構成要素とされるが、それは科学的根拠を個々の患者に適切に当てはめるために活用されるものであり、経験「だけに依存」して判断することとは本質的に異なる。
選択肢考察
- ×a. 患者への適用
EBMの第4ステップにあたり、過程に含まれる。批判的吟味を経たエビデンスが、目の前の患者に当てはまるか(研究対象と患者の背景が似ているか、利益が害やコストを上回るか、患者の価値観や希望に合うか)を検討して診療に反映させる段階である。エビデンスを実際の患者に用いて初めてEBMを「実践」したことになるため、欠かすことのできないステップである。
- ×b. 文献情報の収集
EBMの第2ステップにあたり、過程に含まれる。定式化した臨床疑問に答えるため、PubMed(MEDLINE)や医中誌などの文献データベース、Cochrane Libraryのシステマティックレビュー、診療ガイドラインなどから、系統的かつ網羅的にエビデンスを探し出す。都合のよい文献だけを集めると結論が偏るため、網羅性が重視される。
- ×c. 文献の批判的吟味
EBMの第3ステップにあたり、過程に含まれる。批判的吟味(クリティカル・アプレイザル)とは、収集した論文について、研究デザインは適切か、バイアス(偏り)や交絡は制御されているか(内的妥当性)、結果の大きさと精度はどうか、患者に一般化できるか(外的妥当性)を自ら評価することである。システマティックレビューやメタアナリシスであっても、元となった個々の論文の質までさかのぼって確認することが望ましい。
- ×d. 患者の問題の定式化
EBMの第1ステップにあたり、過程に含まれる。漠然とした臨床上の疑問を、文献検索が可能な具体的な問い(クリニカルクエスチョン)に整理する段階である。代表的な枠組みがPICO(PECO)で、P:患者(patient)、I:介入(intervention)またはE:曝露(exposure)、C:比較対照(comparison)、O:結果・アウトカム(outcome)の4要素で疑問を表現する。例えば「70歳以下の進展型小細胞肺癌患者(P)で、ある化学療法(I)は別の化学療法(C)と比べて生存期間(O)を延長するか」のように定式化する。
- ○e. 個人の経験に依存した判断
EBMの過程に含まれない。個人の経験は症例数が限られ、印象に残った症例を過大評価するなど、さまざまなバイアスの影響を受けやすい。経験のみに依存した判断は客観性・一般性に乏しく、EBMとは相いれない。EBMでは臨床的専門技能も判断の要素の一つとされるが、それはあくまで科学的根拠と患者の価値観を統合する際に用いられるものであり、根拠を検討せずに経験だけで方針を決めることはEBMの実践とはいえない。
エビデンスレベル(一般的な序列)
治療効果に関するエビデンスの強さは、研究デザインによりおおむね次のように序列化される(上ほど強い)。 1. ランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビュー・メタアナリシス 2. 個々のランダム化比較試験 3. 非ランダム化比較試験 4. 分析疫学研究(コホート研究、症例対照研究) 5. 記述研究(症例報告、症例集積) 6. 患者データに基づかない専門家の意見 個人の経験や専門家の意見は最も低い位置づけとなる。
診療ガイドラインとEBM
近年の診療ガイドラインの多くは、クリニカルクエスチョン(CQ)を設定し、系統的な文献検索とエビデンスの評価(GRADEシステムなど)を行ったうえで、推奨の強さを決定する手法で作成されている。ガイドラインはEBMの第2・第3ステップの成果を要約したものとして活用できるが、最終的に個々の患者に適用するかどうかは、患者の状態や意向を踏まえて医師が判断する(第4ステップ)。ガイドラインに基づいて広く推奨される治療は、標準治療と呼ばれる。
EBMの3要素
・最良の研究エビデンス ・医師の臨床的専門技能(経験) ・患者の価値観・希望 これらを統合して意思決定を行う点がEBMの本質であり、エビデンスを機械的に当てはめることでも、経験だけで判断することでもない。
POINT
・EBMの5ステップ:①問題の定式化(PICO/PECO)→②情報収集→③批判的吟味→④患者への適用→⑤振り返り(評価) ・EBMはエビデンス・臨床的専門技能・患者の価値観の統合 ・個人の経験「だけ」に依存した判断はEBMに含まれない ・個人の経験・専門家の意見はエビデンスレベルが最も低い
