妊婦のけいれん、最初の一手は?―子癇と硫酸マグネシウムの深い関係
第119回医師国家試験 E問題 第31問
国試問題にチャレンジ
38歳の初妊婦(1妊0産)。妊娠37週4日,家庭血圧で150/100mmHgを認めたため受診した。妊娠28週の妊婦健康診査で診察室血圧136/80mmHgであったため,家庭血圧測定が開始されていた。来院時,血圧160/110mmHg,随時尿で尿蛋白/Cr比は0.9g/gCrであったため入院管理となった。病棟到着時,意識消失とけいれんを認めた。 まず投与すべき薬剤はどれか。
- a.グルコン酸カルシウム
- b.ドパミン
- c.ニトログリセリン
- d.フロセミド
- e.硫酸マグネシウム
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠20週以降に高血圧と蛋白尿を認めれば妊娠高血圧腎症であり、血圧160/110 mmHg以上は重症に当たります。その妊婦に他の原因で説明しにくいけいれんが起これば子癇を考え、気道確保・酸素投与・側臥位・静脈路確保といった救命処置に続いて、再けいれん予防の第一選択薬である硫酸マグネシウムを静注します。投与中は膝蓋腱反射・呼吸数・尿量を監視し、マグネシウム中毒にはグルコン酸カルシウムで拮抗します。昇圧薬は病態を悪化させ、利尿薬は循環血漿量を減らして胎盤血流を損なうおそれがあるため、降圧にはニカルジピンなどを段階的に用い、根本治療は妊娠の終了です。子癇への初期対応の流れを理解しておくことは、母児の命を守る産科救急の基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・38歳の初妊婦(35歳以上の初産婦)で、妊娠37週4日である。高年初産は妊娠高血圧症候群(HDP:hypertensive disorders of pregnancy)の危険因子である。 ・妊娠28週の診察室血圧は136/80 mmHgで、正常高値に近かった。そのため家庭血圧の測定が始められていた。 ・家庭血圧150/100 mmHg、来院時血圧160/110 mmHg。妊娠20週以降に140/90 mmHg以上の高血圧が出ており、HDPに当たる。収縮期160 mmHg以上または拡張期110 mmHg以上は「重症」の血圧域である。 ・随時尿の尿蛋白/クレアチニン比(尿蛋白/Cr比)は0.9 g/gCr。0.3 g/gCr以上で蛋白尿陽性と判定するので、蛋白尿を伴う。 ・病棟に到着したとき、意識消失とけいれんが起こった。
診断へのプロセス
妊娠20週以降に初めて高血圧が現れ、蛋白尿を伴っているので、妊娠高血圧腎症である。血圧が重症域にあるため、重症の妊娠高血圧腎症と診断できる。この患者に起こった、ほかの原因(てんかん、脳出血、低血糖など)では説明しにくいけいれんは、子癇(eclampsia)と考える。子癇とは、妊娠20週以降の妊娠中・分娩中・産褥期に初めて起こったけいれん発作のうち、てんかんなど他の原因によらないものである。背景には脳血管の自己調節が破綻して起こる血管性浮腫(可逆性後頭葉白質脳症〈PRES〉)がある。
設問の考え方
妊産婦のけいれんでは、原因を確定する検査よりも、まず母体の救命処置と治療を優先する。具体的には、気道確保・酸素投与、転落と誤嚥の防止(側臥位)、静脈路確保を行う。子癇の初回けいれんは多くが1〜2分で自然に止まる。そのため薬物療法の主な目的は、けいれんを止めることよりも再発(再けいれん)を防ぐことにある。その第一選択薬が硫酸マグネシウム(MgSO4)の静注である。続いて、重症高血圧に対する降圧(ニカルジピン持続静注など)と胎児心拍数モニタリングを行う。母体の状態が安定したら、速やかに分娩(多くは帝王切開)を図る。脳出血などが疑われる場合は頭部CT・MRIで評価する。
選択肢考察
- ×a. グルコン酸カルシウム
誤り。カルシウム製剤は、硫酸マグネシウム投与中に起こる高マグネシウム血症(マグネシウム中毒)の拮抗薬である。マグネシウム中毒では膝蓋腱反射の消失、呼吸抑制、心伝導障害が起こる。ほかに高カリウム血症による心筋の興奮性異常への対処や、大量輸血に伴う低カルシウム血症の補正にも使われる。子癇発作そのものに最初に投与する薬ではない。
- ×b. ドパミン
誤り。ドパミンは強心・昇圧作用をもつカテコラミンで、心原性ショックなどの急性循環不全や低血圧に使う。本例は重症高血圧の状態であり、昇圧薬は病態を悪化させるため禁忌に近い。けいれんの抑制や再発予防の作用もない。
- ×c. ニトログリセリン
誤り。ニトログリセリンは硝酸薬で、静脈を中心に血管を拡張させる。狭心症、急性心不全、肺水腫などに使う。産科領域では、帝王切開時の児娩出や胎盤用手剝離の際に、子宮筋を一時的に弛緩させる目的で使われることがある。降圧作用はあるが、子癇のけいれんの抑制・再発予防の作用はない。まず投与すべき薬ではない。
- ×d. フロセミド
誤り。フロセミドはループ利尿薬である。妊娠高血圧腎症ではもともと循環血漿量が減っている。利尿薬を使うと血液濃縮と循環血漿量の低下がさらに進み、胎盤血流が減るおそれがあるため、降圧目的では使わない。使うとすれば肺水腫を合併した場合などに限られる。けいれんにも効果はない。
- ○e. 硫酸マグネシウム
正しい。硫酸マグネシウムは子癇の発作の予防と再発予防の第一選択薬である。ジアゼパムやフェニトインよりも再けいれんを防ぐ効果が高いことが、大規模臨床試験で示されている。作用機序として、脳血管の攣縮をやわらげること、NMDA受容体を遮断して神経の過剰興奮を抑えること、カルシウムに拮抗することなどが考えられている。通常は初回量を静注し(4 g程度を15〜20分かけて)、その後持続静注で維持する(1〜2 g/時程度)。投与中は、膝蓋腱反射・呼吸数・尿量・血中マグネシウム濃度を監視してマグネシウム中毒に注意する。腎機能障害や乏尿があると蓄積しやすい。
妊娠高血圧症候群(HDP)の病型
・妊娠高血圧腎症:妊娠20週以降に初めて高血圧(140/90 mmHg以上)が現れ、蛋白尿(1日0.3 g以上、または尿蛋白/Cr比0.3 g/gCr以上)を伴うもの。蛋白尿がなくても、肝機能障害、腎機能障害、神経障害(けいれん・視覚障害・頭痛など)、血液凝固障害、子宮胎盤機能不全(胎児発育不全など)を伴えば妊娠高血圧腎症とする。 ・妊娠高血圧:妊娠20週以降に初めて高血圧が現れ、妊娠高血圧腎症の基準を満たさないもの。 ・加重型妊娠高血圧腎症:妊娠前または妊娠20週未満からある高血圧や腎疾患に、蛋白尿や臓器障害が加わったもの。 ・高血圧合併妊娠:妊娠前または妊娠20週未満から高血圧があるもの。 ・重症:収縮期160 mmHg以上または拡張期110 mmHg以上。妊娠高血圧腎症で臓器障害を伴うものも重症として扱う。
HDPに関連する重大な合併症
・子癇:妊娠20週以降に初めて起こった、他の原因によらないけいれん。発症時期により妊娠子癇・分娩子癇・産褥子癇に分ける。前兆として頭痛、視覚異常(閃輝暗点など)、上腹部痛がみられることがある。 ・HELLP症候群:溶血(hemolysis)、肝酵素上昇(elevated liver enzymes)、血小板減少(low platelets)の三徴。心窩部痛・右季肋部痛で発症することが多い。 ・常位胎盤早期剝離、胎児発育不全、肺水腫、脳出血など。
子癇発作時の対応の流れ
1. 母体の救命処置:人を呼ぶ、気道確保・酸素投与、側臥位で誤嚥と転落を防ぐ、静脈路確保。 2. 硫酸マグネシウムの静注(初回量に続けて持続投与)で再けいれんを予防する。 3. 重症高血圧の降圧:ニカルジピン持続静注、ヒドララジン静注などを使う。急激に下げすぎると胎盤血流が低下するため、段階的に下げる。 4. 胎児心拍数モニタリングで胎児の健常性(well-being)を評価する。 5. 母体の状態が安定したら分娩とする。妊娠の終了が根本的な治療である。 6. 意識障害が遷延する、神経学的な局所症状があるなど脳卒中が疑われる場合は、頭部CT・MRIで評価する。
マグネシウム中毒の目安
血中濃度が上がるにつれて、膝蓋腱反射の消失→呼吸抑制→心伝導障害・心停止の順に進む。膝蓋腱反射の消失は中毒の早期徴候である。中毒時は投与を中止し、グルコン酸カルシウムを静注する。
ジアゼパムの位置づけ
かつてはけいれんを止める目的でジアゼパムの静注が第一に挙げられていた。現在の産婦人科診療ガイドライン(産科編2023)では、呼吸抑制や誤嚥の危険があるため、必要な場合に限って慎重に使う位置づけとなっている。子癇の再発予防の中心は硫酸マグネシウムである。
POINT
・妊娠20週以降に高血圧と蛋白尿(尿蛋白/Cr比0.3 g/gCr以上)があれば妊娠高血圧腎症、血圧160/110 mmHg以上は重症である。 ・妊娠高血圧腎症の妊婦がけいれんを起こしたら子癇を考える。まず気道確保などの救命処置を行い、硫酸マグネシウムを静注する。 ・硫酸マグネシウムの目的は主に再けいれんの予防である。投与中は膝蓋腱反射・呼吸数・尿量を監視し、中毒時の拮抗薬はグルコン酸カルシウムである。 ・降圧にはニカルジピン、ヒドララジン、ラベタロールなどを使う。利尿薬は循環血漿量を減らして胎盤血流を損なうため、降圧目的では使わない。 ・根本治療は妊娠の終了(児の娩出)である。
