夜盲と姉の同じ悩み―網膜色素変性を見抜く視野検査とERG
第119回医師国家試験 A問題 第73問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。暗いところで見えにくいことを主訴に来院した。既往歴に特記すべきことはない。姉も同様の症状がある。視力は右0.3(1.0×-1.5D),左0.2(0.9×-2.0D)。両眼の眼底写真を下に示す。 診断に有用なのはどれか。2つ選べ。

- a.色覚検査
- b.視野検査
- c.調節検査
- d.両眼視機能検査
- e.網膜電図検査〈ERG〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
夜盲、家族内発症、周辺部網膜の骨小体様色素沈着と網膜血管の狭細化がそろえば網膜色素変性を考えます。網膜色素変性は杆体から障害が始まり、周辺から中心へ進むため、夜盲から輪状暗点・求心性視野狭窄を経て、末期に錐体が障害されて視力が低下します。診断には、視野狭窄をとらえる視野検査と、視細胞機能を客観的に評価し振幅低下や消失型を示すERGが有用で、ERGは眼底変化の乏しい早期例でも異常を検出できます。色覚は初期には保たれ、調節検査や両眼視機能検査は視細胞の障害とは関係がありません。視力が保たれていても進行しうる疾患であるため、白内障や黄斑浮腫などの合併症管理とロービジョンケアを含めて長期的に患者を支える視点が重要です。
解答・解説
正解はb, eです
所見の整理
・52歳女性。主訴は暗い場所で見えにくいこと、すなわち夜盲である。 ・姉にも同じ症状があり、遺伝性の網膜疾患が示唆される。 ・矯正視力は右1.0、左0.9と保たれている(裸眼視力の低下は軽度の近視による)。中心の錐体機能はまだ比較的残っていると考えられる。 ・眼底写真では、両眼とも血管アーケードより外側の周辺部網膜に、骨小体様(骨の小片のような黒い網目状・突起状)の色素沈着がみられ、網膜血管、特に動脈の狭細化を伴う。
診断へのプロセス
夜盲、両眼性、家族内発症、周辺部網膜の骨小体様色素沈着と網膜血管の狭細化という組み合わせは、網膜色素変性〈RP:retinitis pigmentosa〉の典型像である。RPは視細胞のうち暗所で働く杆体が先に障害され、病変が網膜の周辺から中心に向かって進むため、夜盲で始まり、求心性視野狭窄(輪状暗点を経て中心だけが残る)へと進行し、末期に中心の錐体も障害されて視力が低下する。 鑑別として、先天停止性夜盲(生まれつきの非進行性の夜盲で、眼底はほぼ正常)、ビタミンA欠乏による夜盲(後天性で、角結膜乾燥などを伴う)、コロイデレミア(X連鎖性で主に男性、脈絡膜萎縮が主体)、杆体錐体ジストロフィの一部などが挙がるが、眼底所見と家族歴からRPが最も考えやすい。
設問の考え方
RPの診断は、(1)夜盲・視野狭窄などの自覚症状、(2)特徴的な眼底所見、(3)視野検査での視野狭窄・輪状暗点、(4)網膜電図〈ERG〉での振幅の著しい低下または消失、の組み合わせで行う。したがって、本例の診断に有用な検査は視野検査とERGである。OCT(光干渉断層計)や眼底自発蛍光も補助的に用いられ、遺伝子検査で原因遺伝子が同定されることもある。
選択肢考察
- ×a. 色覚検査
色覚検査(石原色覚検査表、パネルD-15、アノマロスコープなど)は、先天色覚異常や、錐体・視神経の障害を評価する検査である。RPは杆体から障害が始まる疾患であり、初期には色覚はほぼ保たれる。進行して錐体や黄斑部まで障害が及ぶと、後天性の色覚異常(青黄異常が多い)を伴うことはあるが、RPに特有の所見ではなく、診断の決め手にはならない。本例の診断に有用な検査とはいえない。
- ○b. 視野検査
RPでは病変が周辺部網膜から始まるため、中間周辺部の輪状暗点や、周辺から狭くなる求心性視野狭窄が特徴的にみられる。Goldmann視野計による動的視野検査で視野全体の広がりを、Humphrey視野計などの静的視野検査で中心視野の感度を評価する。視野所見は診断の根拠となるだけでなく、進行の程度の把握や、身体障害者手帳(視覚障害)・指定難病の重症度判定にも用いられるため、必須の検査である。
- ×c. 調節検査
調節検査は、水晶体の厚みを変えて近くにピントを合わせる力(調節力)を測る検査で、老視や調節麻痺・調節けいれんなどの評価に用いる。調節は毛様体筋と水晶体の働きであり、網膜の視細胞が障害されるRPとは関係がないため、診断には役立たない。52歳では老視による調節力低下が当然みられるが、本例の主訴とは無関係である。
- ×d. 両眼視機能検査
両眼視機能検査は、同時視・融像・立体視など、左右の眼で得た像を一つにまとめる機能を調べる検査で、斜視や弱視の評価に用いる。RPは両眼の網膜視細胞が変性する疾患であり、眼位や両眼の協調の異常を診る本検査は診断に寄与しない。
- ○e. 網膜電図検査〈ERG〉
ERG〈electroretinogram〉は、光刺激に対する網膜全体の電気的反応を記録する検査で、視細胞の機能を客観的に評価できる。主な波形はa波(視細胞由来)とb波(双極細胞・Müller細胞由来)であり、暗順応下の弱い光で杆体応答を、明順応下や速いフリッカー刺激で錐体応答を分けて調べられる。RPでは杆体応答が先に強く低下し、進行とともに錐体応答も低下して、多くの例で早期から振幅が著しく低下するか記録できなくなる(消失型)。眼底所見がはっきりしない早期例や、色素沈着の乏しい病型でも異常がとらえられるため、RPの確定診断に最も重要な検査である。
網膜色素変性の概要
・視細胞や網膜色素上皮に関わる遺伝子の異常によって、視細胞が徐々に変性・脱落していく遺伝性・進行性の疾患である。わが国の中途失明原因の上位を占め、指定難病に含まれる。 ・遺伝形式は常染色体潜性(劣性)が最も多く、常染色体顕性(優性)、X連鎖性もある。家族歴のない孤発例も少なくない。原因遺伝子は数十種類以上が知られている。
症状の進み方
夜盲(杆体の障害)→ 輪状暗点・求心性視野狭窄 → 末期に中心視力低下・色覚異常(錐体の障害)。羞明(まぶしさ)を訴えることも多い。
眼底所見の三徴
・骨小体様色素沈着(中間周辺部から周辺部) ・網膜血管、とくに動脈の狭細化 ・視神経乳頭の蝋様(ろうよう)蒼白
合併症
後嚢下白内障、嚢胞様黄斑浮腫、黄斑上膜などを合併しやすい。白内障手術や黄斑浮腫の治療で視機能が改善する場合があるため、合併症の評価は重要である。
関連疾患
・Usher症候群:RPに感音難聴を伴う。 ・Bardet-Biedl症候群:RPに肥満、多指症、性腺機能低下、腎障害、知的障害などを伴う。 ・Kearns-Sayre症候群:ミトコンドリア病で、色素性網膜症、外眼筋麻痺、心伝導障害を伴う。
治療
根本的な治療は確立していない。遮光眼鏡、ロービジョンケア(拡大読書器などの補助具、歩行訓練)、合併症の治療が中心となる。RPE65遺伝子の両アレル変異による網膜ジストロフィに対しては、アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療薬(ボレチゲン ネパルボベク)がわが国でも承認されている。人工網膜や細胞移植なども研究されている。
POINT
・夜盲+家族歴+周辺部の骨小体様色素沈着・網膜血管狭細化 → 網膜色素変性 ・障害は杆体から始まり、周辺から中心へ進む:夜盲 → 輪状暗点・求心性視野狭窄 → 末期に視力低下 ・診断に有用:視野検査(求心性視野狭窄・輪状暗点)、ERG(振幅低下〜消失型) ・色覚は初期には保たれ、調節・両眼視機能はRPと無関係 ・白内障、嚢胞様黄斑浮腫の合併に注意
