白い網膜に浮かぶ赤い点―「眼の脳梗塞」網膜中心動脈閉塞症を見抜く
第118回医師国家試験 A問題 第18問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。突然の左眼の視力低下を主訴に来院した。テレビを見ていたところ左眼が急に見えなくなり,改善しないため受診した。喫煙は20本/日を50年間,血圧170/96 mmHg。視力は右眼0.3(1.0),左眼手動弁(矯正不能)。左眼の眼底写真を示す。 診断はどれか。

- a.硝子体出血
- b.加齢黄斑変性
- c.Vogt-小柳-原田病
- d.網膜静脈分枝閉塞症
- e.網膜中心動脈閉塞症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
血管危険因子をもつ高齢者に片眼の突然・無痛・高度の視力低下が起これば、網膜血管閉塞を疑い、眼底所見で動脈か静脈かを見分けます。網膜中心動脈閉塞症では、出血を伴わず後極部の網膜が白く濁り、内層を欠く中心窩だけ脈絡膜の赤みが透けるcherry-red spotが特徴です。出血が主体なら網膜静脈閉塞症、眼底が透見できなければ硝子体出血、両眼性の漿液性網膜剝離ならVogt-小柳-原田病と鑑別します。本症は「眼の脳梗塞」ともいえる眼科救急で、早期の眼圧下降などが試みられますが視力予後は不良なことが多く、塞栓源の検索と脳梗塞予防という全身管理の視点が欠かせません。網膜の血管支配から所見を理解しておくことは、眼底読影全般の基礎になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・72歳の男性。テレビを見ている最中に左眼が「急に」見えなくなり、その後も回復しない。発症は秒〜分単位の突発性で、片眼性である。 ・喫煙20本/日×50年(ブリンクマン指数1,000)、血圧170/96 mmHg と、動脈硬化を進める危険因子を複数もつ。 ・視力は右眼0.3(矯正1.0)で正常範囲だが、左眼は手動弁(眼前で手を振ると動きがわかる程度)で、眼鏡でも改善しない。屈折異常ではなく、網膜や視神経そのものの急性障害を示す。 ・左眼底写真:後極部(黄斑を中心とした領域)の網膜が広く白く濁って(蒼白混濁)おり、その中心の中心窩だけが赤く浮かび上がる桜実紅斑(cherry-red spot)がみられる。網膜動脈は細く、一部が白線化して血流が途絶し、血管内に塞栓物と思われる像もみられる。一方、網膜出血や硝子体の混濁は目立たない。
診断に至る考え方
高齢・喫煙・高血圧という血管閉塞の危険因子をもつ人に、片眼の突然かつ高度の無痛性視力低下が起こった場合、まず血管閉塞性の疾患(網膜動脈閉塞症、網膜静脈閉塞症、虚血性視神経症など)を考える。 眼底で出血が主体であれば静脈閉塞を、出血がなく網膜が白く濁り cherry-red spot を伴えば動脈閉塞を考える。本例は後極部全体の蒼白混濁と cherry-red spot が明瞭で、出血はみられないことから、網膜中心動脈閉塞症(central retinal artery occlusion:CRAO)と診断できる。視力が手動弁まで落ちている点も、網膜内層が広く虚血に陥る中心動脈本幹の閉塞に合致する。
cherry-red spot の成り立ち
網膜の内層(神経線維層〜内顆粒層)は網膜中心動脈から、外層(視細胞〜網膜色素上皮)は脈絡膜血管から栄養を受ける。中心動脈が詰まると内層が虚血性浮腫を起こして白く濁り、その下の脈絡膜の赤色が透けて見えなくなる。ところが中心窩は網膜内層をほとんど欠き、もともと網膜血管もない(中心窩無血管域)ため浮腫が起こらず、血流の保たれた脈絡膜の赤みがそのまま透見される。こうして白い背景の中に中心窩だけが赤く見えるのが cherry-red spot である。 CRAO は「眼の脳梗塞」ともいわれ、網膜は虚血に非常に弱いため、発症から短時間のうちに治療を始める必要がある眼科救急疾患である。
選択肢考察
- ×a. 硝子体出血
硝子体出血も突然の視力低下を起こすが、硝子体腔に血液が広がるため眼底の透見性が落ち、眼底写真はぼやけたり赤黒い混濁で網膜が見えにくくなったりする。本例では網膜血管や黄斑部が鮮明に写っており、硝子体の混濁はない。また硝子体出血の多くは糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症の新生血管、網膜裂孔などを背景に生じるが、本例の写真にそうした所見はない。
- ×b. 加齢黄斑変性
加齢黄斑変性(特に滲出型)は、脈絡膜新生血管による黄斑部の出血、漿液性網膜剝離、網膜下の滲出物(硬性白斑)などを特徴とする。症状は変視症(ゆがんで見える)や中心暗点で、多くは数日〜数週の経過で進む。本例の黄斑部には出血や滲出性変化がなく、所見は後極部の網膜全体の蒼白混濁であり、黄斑部に限局した病変ではない。
- ×c. Vogt-小柳-原田病
Vogt-小柳-原田病はメラノサイトを標的とする自己免疫性の汎ぶどう膜炎で、通常は両眼性に発症する。前駆症状として頭痛・感冒様症状・耳鳴りや難聴がみられ、眼底には後極部を中心とした多発性の漿液性網膜剝離(胞状に盛り上がる網膜剝離)、視神経乳頭の発赤腫脹がみられる。本例は片眼性で、眼底に漿液性網膜剝離はなく、高齢者で血管危険因子をもつ点も合わない(好発は20〜50歳代)。
- ×d. 網膜静脈分枝閉塞症
網膜静脈分枝閉塞症は、高血圧や動脈硬化を背景に、動静脈交叉部で静脈が圧迫されて閉塞する疾患で、危険因子は本例と共通する。しかし眼底では閉塞した静脈の流域に一致して、神経線維の走行に沿った刷毛状・火炎状の網膜出血が扇形に広がり、軟性白斑や黄斑浮腫を伴う。出血は分枝の灌流域に限局する。本例には網膜出血がなく、後極部全体の蒼白混濁と cherry-red spot という動脈閉塞の所見であるため否定的である。
- ○e. 網膜中心動脈閉塞症
高齢で喫煙・高血圧の危険因子をもつ患者に、片眼の突然の無痛性・高度の視力低下(手動弁)が起こっている。眼底は後極部が広く白く濁り、中心窩に cherry-red spot がみられ、網膜動脈は狭細化・白線化して血流が途絶し、血管内に塞栓物と考えられる像もある。出血がないことも静脈閉塞との区別点になる。これらは網膜中心動脈閉塞症の典型的所見であり、診断として正しい。
網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の概要
・原因:頸動脈のアテローム性プラークや心臓(心房細動、弁膜症など)からの塞栓が多く、動脈硬化による血栓、巨細胞性動脈炎などの血管炎も原因となる。高齢者、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、不整脈が危険因子である。 ・症状:片眼の突然の無痛性視力低下(指数弁〜光覚弁に及ぶことも多い)。発症前に一過性黒内障(数分で回復する片眼の視力消失)を前駆することがある。 ・所見:患眼の相対的瞳孔求心路障害(RAPD:患眼に光を当てると両眼の縮瞳が弱くなる)がみられる。眼底は後極部の網膜の乳白色混濁、cherry-red spot、動脈の狭細化、血柱の分節化、塞栓物(コレステロール塞栓など)。毛様網膜動脈(脈絡膜系から黄斑に向かう動脈)をもつ人では、その灌流域だけ混濁を免れ、中心視力が比較的保たれることがある。 ・経過:数週で網膜混濁は消退し、網膜は萎縮して視神経乳頭は蒼白化(視神経萎縮)する。視力予後は不良なことが多い。
治療と全身管理
・発症早期に、眼球マッサージ、前房穿刺、炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド)投与などで眼圧を下げ、塞栓を末梢へ流して再灌流を図る。血管拡張薬の投与、高圧酸素療法、線溶療法が行われることもある。ただし、いずれも有効性が確立した標準治療はない。 ・CRAO は全身の塞栓症の一表現であり、脳梗塞の発症リスクが高い。頸動脈超音波、心電図・心エコー、頭部MRIなどで塞栓源と脳梗塞の有無を評価する。高齢者では巨細胞性動脈炎を見逃さないよう、赤沈・CRPの確認も重要である。
片眼の急激な視力低下の鑑別
・網膜動脈閉塞症:出血なし、網膜の白濁、cherry-red spot ・網膜静脈閉塞症:火炎状出血、静脈の拡張・蛇行、軟性白斑 ・硝子体出血:眼底透見不良 ・網膜剝離:飛蚊症・光視症が先行、視野欠損が進行 ・虚血性視神経症:視神経乳頭の蒼白浮腫 ・急性緑内障発作:眼痛・頭痛・悪心、角膜浮腫、散瞳、高眼圧
cherry-red spot がみられる他の疾患
Tay-Sachs病、Niemann-Pick病などのスフィンゴリピドーシスでは、網膜神経節細胞に脂質が蓄積して黄斑周囲が白く見え、神経節細胞のない中心窩が赤く見えるため、同様の所見を呈する。
POINT
・高齢・血管危険因子あり+片眼の突然の無痛性高度視力低下→網膜中心動脈閉塞症を想起する。 ・眼底:後極部の網膜蒼白混濁、cherry-red spot、動脈の狭細化・白線化、出血はない。 ・cherry-red spot:網膜内層が虚血で白濁する中、内層を欠く中心窩だけ脈絡膜の赤みが透けて見える。 ・出血が主体なら網膜静脈閉塞症、眼底が見えなければ硝子体出血、両眼性の漿液性網膜剝離なら Vogt-小柳-原田病。 ・眼科救急疾患であり、早期の眼圧下降・眼球マッサージなどを行うとともに、塞栓源検索と脳梗塞リスクの評価を行う。
