酒と煙草を切り分けろ―飲酒が危険因子にならない疾患を見抜く
第118回医師国家試験 B問題 第14問
国試問題にチャレンジ
飲酒がリスクファクターとならないのはどれか。
- a.食道癌
- b.認知症
- c.骨粗鬆症
- d.Wernicke脳症
- e.慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
飲酒はアセトアルデヒドの発がん性、ビタミンB1欠乏、神経毒性、骨代謝異常などを通じて多くの疾患の危険因子となり、食道癌、Wernicke脳症、認知症、骨粗鬆症はいずれも飲酒との関連が知られています。一方、COPDはタバコ煙などの有害物質の長期吸入による肺の慢性炎症で生じ、最大の危険因子は喫煙であって、飲酒は確立した危険因子ではありません。食道扁平上皮癌は飲酒と喫煙の両方が関与し、特にALDH2低活性者でリスクが高いことも重要です。飲酒と喫煙を漫然とひとまとめにせず、疾患ごとに機序から危険因子を整理しておくことは、国試対策だけでなく、外来での生活指導や予防医学の実践にも直結します。
解答・解説
正解はeです
飲酒(アルコール摂取)が発症リスクを高める疾患を整理しておく必要がある公衆衛生の問題である。 アルコール(エタノール)は体内でアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに、さらにアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)により酢酸に代謝される。エタノール自体とアセトアルデヒドはいずれも組織傷害性を持ち、アセトアルデヒドは国際がん研究機関(IARC)によって飲酒に関連するヒトへの発がん物質(グループ1)と位置づけられている。また大量飲酒は、栄養摂取の偏り(特にビタミンB1などの欠乏)、肝障害、内分泌・骨代謝の異常、脳への直接的な神経毒性などを通じて全身の多様な疾患の危険因子となる。 一方、慢性閉塞性肺疾患(COPD)は有害物質の長期吸入による肺の慢性炎症で生じる疾患であり、最大の危険因子は喫煙である。飲酒は確立したCOPDの危険因子とはされていない。選択肢の中では、飲酒と喫煙の両方が関与するもの(食道癌、認知症、骨粗鬆症)と、喫煙のみが主因となるもの(COPD)を区別できるかがポイントである。
選択肢考察
- ×a. 食道癌
飲酒は食道癌の代表的な危険因子である。日本の食道癌の大部分を占める扁平上皮癌は、飲酒と喫煙が二大危険因子であり、両者が重なると相乗的にリスクが高まる。特にALDH2の働きが弱い体質(少量の飲酒で顔が赤くなるフラッシャー)の人はアセトアルデヒドが蓄積しやすく、飲酒によるリスク上昇が大きい。熱い飲食物の摂取や野菜・果物の摂取不足も危険因子とされる。
- ×b. 認知症
大量・長期の飲酒は認知症の危険因子である。アルコールの神経毒性による脳萎縮(前頭葉優位)、ビタミンB1欠乏によるWernicke脳症からKorsakoff症候群への移行、頭部外傷や脳血管障害の増加などを介して認知機能を低下させる。アルコール関連認知症と呼ばれる病態があり、また過量飲酒は修正可能な認知症の危険因子の一つとして国際的にも挙げられている。喫煙も同様に認知症の危険因子である。
- ×c. 骨粗鬆症
過度の飲酒は骨粗鬆症の危険因子である。アルコールは骨芽細胞の働きを抑えて骨形成を低下させるほか、栄養状態の悪化(カルシウム・ビタミンDの不足)、肝障害によるビタミンD代謝の障害、性腺機能の低下などを通じて骨量を減らす。さらに酩酊による転倒が骨折リスクを高める。骨折リスク評価ツール(FRAX)でも、アルコール多飲(1日3単位以上)が評価項目に含まれている。
- ×d. Wernicke脳症
大量飲酒はWernicke脳症の最も重要な原因である。アルコール多飲者では食事摂取量の減少、腸管からの吸収障害、肝での貯蔵低下などによりビタミンB1(チアミン)が欠乏し、眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、小脳性運動失調、意識障害(せん妄・意識混濁)を三徴とするWernicke脳症を発症する。治療が遅れると健忘・作話を特徴とするKorsakoff症候群に移行しやすい。飲酒以外では妊娠悪阻、胃切除後、長期の経静脈栄養などでも起こる。
- ○e. 慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉
COPDの危険因子として飲酒は挙げられていないため、これが正解である。COPDは主にタバコ煙などの有害物質を長期に吸入することで気道と肺胞に慢性炎症が起こり、気流閉塞が進行する疾患で、患者の大多数に喫煙歴がある。そのほかの危険因子には受動喫煙、大気汚染、職業性の粉じん・化学物質曝露、バイオマス燃料の煙、遺伝的素因(α1-アンチトリプシン欠乏症)、小児期の呼吸器感染などがある。
飲酒が危険因子となる主な疾患
・悪性腫瘍:口腔・咽頭・喉頭癌、食道癌、肝細胞癌、大腸癌、乳癌など(IARCはアルコール飲料をグループ1の発がん物質に分類) ・消化器疾患:アルコール性肝障害(脂肪肝→アルコール性肝炎→肝硬変)、急性・慢性膵炎、Mallory-Weiss症候群 ・循環器疾患:高血圧、心房細動、アルコール性心筋症、脳出血、脳梗塞(大量飲酒) ・代謝・内分泌:高尿酸血症・痛風、脂質異常症(高トリグリセリド血症)、骨粗鬆症 ・神経・精神疾患:アルコール使用障害(依存症)、Wernicke脳症・Korsakoff症候群、アルコール関連認知症、小脳変性症、末梢神経障害、うつ病 ・その他:胎児性アルコール・スペクトラム障害(妊娠中の飲酒)、外傷・事故
飲酒と喫煙の関係
食道扁平上皮癌や頭頸部癌では飲酒と喫煙の両方が危険因子で、両者の併用でリスクが相乗的に高まる。一方、COPDや肺癌は喫煙が主因であり、飲酒の関与は確立していない。
アルコールの代謝と体質
エタノール→(ADH)→アセトアルデヒド→(ALDH2)→酢酸。日本人を含む東アジア人には、ALDH2の活性が低い遺伝子多型をもつ人が多く、こうした人が習慣的に飲酒すると食道癌のリスクが特に高くなる。
生活習慣病のリスクを高める飲酒量
厚生労働省は、1日あたりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上を生活習慣病のリスクを高める飲酒量としている。
POINT
・COPDの最大の危険因子は喫煙であり、飲酒は危険因子ではない。 ・食道癌(扁平上皮癌)は飲酒と喫煙が二大危険因子で、ALDH2低活性者で特にリスクが高い。 ・飲酒はビタミンB1欠乏を介してWernicke脳症を起こし、Korsakoff症候群に移行しうる。 ・過量飲酒は認知症・骨粗鬆症の危険因子でもある。
