「次の一段」を登るリハビリ―座れるようになったら、立つ練習へ
第118回医師国家試験 A問題 第65問
国試問題にチャレンジ
82歳の男性。転倒して頭部を受傷し脳挫傷と診断された。急性期治療後,回復期リハビリテーション病棟に入院した。現在,発症後30日目である。意識レベルはJCSⅠ-2。血圧120/78mmHg。利き手は右。徒手筋力テストで左上下肢は4,右上肢は肘屈曲1,手指屈曲1,手指伸展0,右下肢は股関節屈曲1,膝伸展2,足関節背屈0であった。右上下肢に中等度の感覚障害を認める。端座位はほぼ自立。立ち上がり・立位保持には中等度の介助を要する。 現時点で行うべきリハビリテーションはどれか。
- a.歩行訓練
- b.座位訓練
- c.階段昇降訓練
- d.右手での書字訓練
- e.立ち上がり・立位保持訓練
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
脳挫傷など外傷性脳損傷後のリハビリテーションは脳卒中後に準じて考え、廃用症候群を防ぐ早期離床と段階的な動作訓練が原則です。基本動作は座位保持、立ち上がり、立位保持、歩行、階段昇降の順に難易度が上がり、訓練の対象は「介助があればできる」到達段階の一つ上の動作とします。端座位がほぼ自立し、立ち上がり・立位保持に中等度の介助を要する段階では、長下肢装具なども活用しながら立ち上がり・立位保持訓練を行うのが適切です。歩行や階段昇降は立位が安定してから、書字などの巧緻動作は手指の分離運動が出てから行い、利き手の重度麻痺が残る場合は利き手交換も検討します。患者の現在の動作段階を正確に評価して次の目標を設定する考え方は、あらゆる疾患のリハビリテーション処方に共通する土台です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・82歳男性。転倒による頭部外傷で脳挫傷を生じ、急性期治療を終えて回復期リハビリテーション病棟に入院している。発症後30日目であり、急性期を脱した亜急性期〜回復期にあたる。 ・意識レベルはJCS(Japan Coma Scale)Ⅰ-2(刺激しなくても覚醒しているが、見当識障害がある)と軽度の意識障害が残るが、血圧120/78mmHgとバイタルサインは安定している。 ・徒手筋力テスト(MMT:0=筋収縮なし、1=収縮はあるが関節は動かない、2=重力を除けば動く、3=重力に抗して動く、4=ある程度の抵抗に抗する、5=正常)で、右上肢は肘屈曲1・手指屈曲1・手指伸展0、右下肢は股関節屈曲1・膝伸展2・足関節背屈0と、右上下肢は0〜2の重度麻痺である。右上下肢には中等度の感覚障害も伴う。左上下肢はMMT4で、高齢や臥床による筋力低下はあるが実用的な筋力は保たれている。 ・利き手は右であり、麻痺側が利き手側にあたる。 ・動作能力:端座位はほぼ自立、立ち上がりと立位保持には中等度の介助を要する。
病態の解釈
右上下肢の運動麻痺と感覚障害がそろっていることから、左大脳半球の脳挫傷による右片麻痺と考えられる。頭部外傷後の運動障害は脳卒中後の片麻痺と同じ枠組みでリハビリテーションを組み立てればよい。高齢者の脳挫傷では回復に時間がかかるが、数か月かけて緩やかな改善が期待できる。
設問への考え方
リハビリテーションの動作訓練は、寝返り・起き上がり → 座位保持 → 立ち上がり → 立位保持 → 歩行 → 応用歩行(階段昇降など)という順に、難易度の低い動作から段階的に進めるのが原則である。訓練の対象として最も効果的なのは、「すでに自立している動作」でも「まだ到底できない動作」でもなく、「介助があれば行える、現在まさに獲得途上の動作」である。本例では端座位はほぼ自立しているので、次の段階である立ち上がり・立位保持(現在中等度介助)が訓練の中心となる。麻痺側下肢の支持性を補うために長下肢装具などを用いながら立位をとらせ、麻痺肢への荷重・随意運動を促すことで、立位バランスの改善と介助量の軽減を目指す。
選択肢考察
- ×a. 歩行訓練
歩行は立ち上がり・立位保持が安定した後に進む段階である。本例は立位保持に中等度介助を要し、右股関節屈曲MMT1で麻痺側下肢を前に振り出すこともほとんどできないため、現時点で歩行訓練を主に行う段階ではない。立位が安定し、装具などで下肢の支持性が得られてから導入する。
- ×b. 座位訓練
端座位はほぼ自立しており、座位保持の獲得はすでに達成されつつある。座位で上肢の訓練を行うことには意味があるが、動作能力を一段階引き上げるという観点からは、座位そのものを目標とした訓練は優先度が低い。訓練の主眼は次の段階である立ち上がり・立位保持に移すべきである。
- ×c. 階段昇降訓練
階段昇降は片脚での支持や大きな股・膝関節の運動を必要とし、平地歩行よりもさらに難易度の高い応用動作である。立位保持にも介助を要し歩行が困難な現段階で行うのは不適切であり、転倒の危険も大きい。
- ×d. 右手での書字訓練
右手指は屈曲MMT1、伸展MMT0と随意的にほとんど動かず、中等度の感覚障害も伴うため、ペンを把持して操作する書字は現時点で不可能である。書字のような巧緻動作の訓練は、手指の麻痺が軽度で指の分離運動(各指を個別に動かす運動)が可能になってから行う。利き手の麻痺が重度で回復が見込みにくい場合には、非麻痺側である左手での書字練習(利き手交換)を検討することになる。
- ○e. 立ち上がり・立位保持訓練
端座位はほぼ自立しており、立ち上がり・立位保持は中等度介助で可能という、まさに獲得途上の動作である。動作訓練は段階的に進めるのが原則であり、座位の次の段階であるこの動作を訓練するのが現時点で最も適切である。長下肢装具などで麻痺側下肢を支えながら立位をとることで、麻痺肢への荷重刺激による随意性・筋緊張の向上、体幹・立位バランスの改善が得られ、将来の歩行訓練につながる。介助量を減らして移乗動作(ベッドから車椅子への乗り移りなど)の自立を目指すうえでも重要である。
脳損傷後リハビリテーションの進め方
・脳挫傷など外傷性脳損傷後のリハビリテーションは、脳卒中後のリハビリテーションに準じて考える。 ・廃用症候群(筋萎縮、関節拘縮、起立性低血圧、深部静脈血栓症、誤嚥性肺炎など)を防ぐため、できるだけ早期に離床(座位姿勢への移行)を進めることが重要である。 ・脳卒中で一般に用いられる離床開始の目安は、①意識障害がJCS 1桁以内、②運動麻痺など神経症候の増悪がないこと、③バイタルサインが安定していること、である。外傷性脳損傷では意識障害が長引くことがあるため、受傷後しばらくして神経症候の増悪がなく全身状態が安定していれば、意識障害が残っていても離床を始めることが多い。
基本動作訓練の順序
寝返り → 起き上がり → 座位保持 → 立ち上がり → 立位保持 → 歩行(平行棒内 → 杖・装具歩行)→ 階段昇降などの応用動作。 現在の到達段階を評価し、その一つ上の「介助があればできる」動作を訓練するのが基本である。
装具の活用
重度の下肢麻痺では膝折れを防ぐために長下肢装具を用いて早期から立位・歩行訓練を行い、膝の支持性が得られてきたら短下肢装具に移行する。足関節背屈が弱い(下垂足)場合は短下肢装具で尖足(つま先が下がった状態)を防ぐ。
上肢機能と利き手交換
手指の分離運動が可能になれば、書字や箸操作などの巧緻動作訓練に進む。利き手の重度麻痺が残る場合は、非麻痺側による利き手交換の訓練を行う。
POINT
・脳挫傷後のリハビリテーションは脳卒中後に準じ、早期離床と段階的な動作訓練が原則である。 ・訓練の順序:座位 → 立ち上がり → 立位保持 → 歩行 → 階段昇降。 ・訓練対象は「現在介助を要するが可能な動作」、すなわち到達段階の一つ上の動作である。 ・端座位自立・立位に中等度介助なら、立ち上がり・立位保持訓練(必要に応じ長下肢装具使用)を行う。 ・手指の随意運動がない段階で書字などの巧緻動作訓練は行わない。
