配置転換は誰のもの?―ICFで「会社の提案」を正しく分類する
第119回医師国家試験 C問題 第41問
国試問題にチャレンジ
55歳の男性。建設作業員として勤務中,高所から転落して頭部を強打したため救急車で搬入された。急性硬膜下血腫と診断され,血腫除去術を受けた。左下肢に麻痺があるが,高次脳機能に問題はなく,杖を使って歩行できるようになったため,退院後の復職を検討している。在籍している会社からは,資材管理部門への配置転換を提案されている。 この患者の生活機能に関する評価を国際生活機能分類〈ICF〉で行った場合,会社の提案はどれに相当するか。
- a.活動
- b.参加
- c.環境因子
- d.個人因子
- e.心身機能・身体構造
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ICFでは、生活機能を「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3レベルで捉え、それに影響する背景因子として「環境因子」と「個人因子」を位置づけます。本人の外側にあって生活機能を左右するもの、つまり杖などの用具、住環境、家族や雇用主の支援・態度、制度やサービスはすべて環境因子であり、会社による配置転換の提案は就労を後押しする促進因子にあたります。麻痺は心身機能・身体構造、杖での歩行は活動、年齢・職歴・復職意欲は個人因子、そして実際に職場で働くことが参加であり、「条件」と「結果」を区別することが正答の鍵です。ICFは一方向・マイナス面中心だったICIDHと異なり、要素間の相互作用とプラス面を重視するモデルです。機能障害が残っても環境を整えれば参加を広げられるという考え方は、リハビリテーションや就労支援の実践の土台になります。
解答・解説
正解はcです
症例の整理
建設作業員の男性が勤務中の転落事故で急性硬膜下血腫を生じ、血腫除去術を受けた。後遺症として左下肢の麻痺が残ったが、高次脳機能(記憶・注意・遂行機能・言語など、認知に関わる脳の働き)は保たれ、杖を使えば歩行できる。本人は復職を考えており、会社は高所作業を伴う建設現場ではなく資材管理部門への配置転換を提案している。
ICFの枠組み
国際生活機能分類(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)は、2001年に世界保健機関(WHO)が採択した、人の「生きることの全体像」を記述するための分類である。健康状態と、生活機能の3つのレベル(心身機能・身体構造、活動、参加)、およびそれらに影響する背景因子(環境因子、個人因子)が互いに影響し合うものとして捉える。
設問の考え方
本人の身体や能力、社会での役割そのものではなく、本人を取り巻く「外側」にあって生活機能を後押ししたり妨げたりするものが環境因子である。環境因子には、杖や車椅子などの用具、住宅や職場の物理的な構造だけでなく、家族・同僚・雇用主の支援や態度、制度・サービス・政策も含まれる。会社による配置転換の提案は、雇用主が職場の条件を本人に合わせて調整し、就労を可能にしようとする支援であり、本人の外側にある因子として「環境因子」に分類される。 症例文の他の要素をICFに当てはめると、次のようになる。 ・左下肢の麻痺、高次脳機能が保たれていること → 心身機能・身体構造 ・杖を使って歩行できる → 歩行は「活動」、杖は「環境因子」(用具) ・仕事に就いて職場で役割を果たすこと → 参加 ・55歳・男性・建設作業員としての職歴、復職への意欲 → 個人因子 ・会社の配置転換の提案 → 環境因子 配置転換の結果として本人が職場で働けるようになれば、それは「参加」が実現したことになる。しかし、問われているのは「会社の提案」そのものの位置づけであり、提案は参加を可能にする外的条件にあたる。
選択肢考察
- ×a. 活動
活動とは、個人が課題や行為を遂行することであり、歩く、食事をとる、着替える、物を持ち運ぶなどの日常生活動作(ADL)や家事、仕事上の作業動作が含まれる。本例では「杖を使って歩行できる」ことが活動にあたる。会社の提案は本人が遂行する行為ではないため、活動には該当しない。
- ×b. 参加
参加とは、生活・人生の場面に関わり、家庭や職場、地域社会の中で役割を果たすことである。本人が職場に戻って資材管理の仕事を担うことは参加にあたる。配置転換の提案は参加と深く関係するが、提案そのものは本人が社会で役割を果たしている状態ではなく、参加を可能にするために外部から与えられる条件である。そのため参加ではなく環境因子に分類される。
- ○c. 環境因子
環境因子とは、人々が生活し人生を送っている物理的・社会的環境や、人々の社会的な態度による環境を構成する因子である。用具・建物などの物的環境、家族・友人・雇用主などによる支援と関係、周囲の人の態度、サービス・制度・政策などが含まれる。会社(雇用主)が本人の麻痺に配慮して高所作業のない部門への異動を提案したことは、職場という社会的環境が本人の就労を後押しする「促進因子」として働いている例であり、環境因子に該当する。
- ×d. 個人因子
個人因子とは、年齢、性別、生活歴、職歴、教育歴、価値観、性格、困難への対処の仕方など、その人固有の特徴である。本例では55歳の男性であること、建設作業員として働いてきた経歴、復職への意欲などが個人因子にあたる。会社の提案は本人の内側にある特徴ではなく外部からの働きかけであるため、個人因子には該当しない。
- ×e. 心身機能・身体構造
心身機能は身体系の生理的機能(精神機能を含む)、身体構造は器官・肢体とその構成部分などの解剖学的部分を指す。本例では左下肢の麻痺(運動機能の障害)や、高次脳機能が保たれていることがこれにあたる。会社の提案は本人の身体の機能や構造ではないため、該当しない。
ICFの構成要素
・健康状態:病気、変調、傷害、妊娠、加齢、ストレスなど。本例では急性硬膜下血腫とその後遺症。 ・生活機能(3レベル) 心身機能・身体構造:生理的機能と解剖学的部分。問題が生じた状態を「機能障害(構造障害を含む)」という。 活動:課題や行為の個人による遂行。問題が生じた状態を「活動制限」という。 参加:生活・人生場面への関わり。問題が生じた状態を「参加制約」という。 ・背景因子 環境因子:物的環境・人的環境・社会的態度・制度やサービスなど。生活機能を高めるものは「促進因子」、妨げるものは「阻害因子」と呼ぶ。 個人因子:年齢、性別、ライフスタイル、職歴、価値観など。
ICIDHからICFへ
ICFの前身である国際障害分類(ICIDH、1980年)は、「疾患 → 機能・形態障害 → 能力障害 → 社会的不利」という一方向の流れで障害を捉え、マイナス面に注目するモデルであった。ICFでは、障害を健康状態と背景因子との相互作用の結果と捉え、すべての構成要素が双方向に影響し合う。また「できないこと」だけでなく「できること」(生活機能というプラス面)にも目を向け、中立的な用語を用いる点が大きな特徴である。
臨床での活用
リハビリテーションでは、機能障害そのものの回復に限界があっても、環境因子(用具、住環境の改修、職場の配慮、社会制度の利用など)を整えることで活動や参加を広げることができる。本例の配置転換は、心身機能の障害が残っていても環境を調整することで就労(参加)が可能になる好例である。なお、本例は業務中の負傷であり、労働者災害補償保険(労災保険)による療養や休業の補償の対象となる。
POINT
・ICFの生活機能は「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3レベル、背景因子は「環境因子」「個人因子」。 ・本人の外側にあるもの(用具、住環境、家族・雇用主の支援や態度、制度・サービス)は環境因子。 ・会社の配置転換の提案は環境因子(促進因子)であり、その結果として働けることが参加である。 ・杖は環境因子、杖での歩行は活動、麻痺は心身機能・身体構造、年齢・職歴・意欲は個人因子。 ・ICFは各要素の相互作用を重視し、プラス面にも注目する(ICIDHは一方向・マイナス面中心のモデル)。
