StudyMed医師国家試験

バスで一人来院、身だしなみは整然―「できていること」を見抜く高齢者機能評価

第117回医師国家試験 F問題 第44問

国試問題にチャレンジ

第117回 F問題 第44問

79歳の女性。脂質異常症と2型糖尿病のため定期的に通院中である。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以前は外出を好み活動的であったが,ここ3年間は家で過ごすことが増えている。本日バスを利用して予約どおりに来院した。身だしなみは整っている。顔面に擦過傷を認めたため原因を質問したところ「最近よくつまずくようになり,3日前に玄関先で転び顔をぶつけてしまいました」と話した。約1か月前から,好きだった花の手入れや食事の準備が億劫になり,寝付きが悪く熟睡できないという。また,時折食事中にむせるようになり,食欲が低下して食事量も減少傾向であるという。  この患者で保たれていると考えられるのはどれか。

  1. a.意欲
  2. b.運動機能
  3. c.栄養状態
  4. d.嚥下機能
  5. e.日常生活動作〈ADL〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者の病歴に散りばめられたエピソードから「低下している機能」と「保たれている機能」を読み分ける問題だよ。設問は「保たれている」ものを問うているから、ひとつひとつのエピソードがどの機能の話なのかを対応づけていくのがコツなんだ。まず全体を眺めて、どんな印象を持ったかな。
医学生医学生
コロナ禍で家にこもるようになってから、転倒やむせ、食欲低下と、いろいろ弱ってきている感じがします。老年医学の講義で習ったフレイルという言葉が浮かびました。
ドクタードクター
いい着眼点だね。フレイルは、加齢で心身の予備能力が落ちてストレスに弱くなった状態で、元気な状態と要介護状態の中間に位置する。大事なのは、適切に介入すれば元に戻りうる、つまり可逆性があることなんだ。では、選択肢の機能を一つずつ病歴と照らし合わせてみよう。まず運動機能はどうかな。
医学生医学生
「最近よくつまずく」「玄関先で転んだ」とあるので、下肢の筋力やバランスが落ちていると思います。
ドクタードクター
その通り。3年間活動量が減ったことで筋肉量が落ちる、いわゆるサルコペニアが背景にあると考えられる。転倒は骨折、さらには寝たきりへの入口になるから、運動機能は明らかに低下していると判断できるね。次に嚥下機能は?
医学生医学生
食事中にむせるのは、食べ物が気管に入りかけているサインですよね。摂食嚥下の実習で、反復唾液嚥下テストをお互いにやったのを思い出しました。
ドクタードクター
よく覚えているね。むせは誤嚥やその一歩手前を示していて、加齢やフレイルに伴う嚥下機能の低下、いわゆるオーラルフレイルが考えられる。放置すると誤嚥性肺炎の危険があるから、反復唾液嚥下テストや改訂水飲みテストで評価したいところだ。では栄養状態はどうだろう。
医学生医学生
食欲が落ちて食事量も減っているので、保たれているとは言えないですね。むせて食べにくいことや、食事の準備が億劫なことも影響していそうです。
ドクタードクター
まさに悪循環だね。食べられない、作る気が起きない、だから摂取量が減る。低栄養は筋力低下や転倒をさらに悪化させる。体重の推移や血清アルブミンで評価が必要だ。そして意欲については?
医学生医学生
好きだった花の手入れが億劫になっているので、意欲は落ちています。ただ、年齢的なものかなとも思ってしまいました。
ドクタードクター
そこは見逃してほしくないポイントなんだ。約1か月前からの興味の喪失、億劫さ、不眠、食欲低下がそろっている。高齢者のうつ病では、気分の落ち込みよりも意欲低下や食欲不振、不眠、身体の不調の訴えが前面に出やすいから、「年のせい」で片づけず、老年期うつ病を評価する必要がある。甲状腺機能低下症や、転倒後なら慢性硬膜下血腫も鑑別に挙げておきたいね。
医学生医学生
精神科実習で、高齢の方のうつ病が最初は認知症と区別しにくいと教わりました。となると、残る日常生活動作〈ADL〉が保たれている、ということでしょうか。
ドクタードクター
正解。この患者さんは一人でバスに乗って予約どおりに来院し、身だしなみも整っている。整容や更衣が自分でできていて、移動も自立しているということだね。病歴に介助が必要になった動作の記載もないから、ADLは自立して保たれていると判断できる。
医学生医学生
でも、食事の準備が億劫になっているのは、ADLの低下に入らないんですか。
ドクタードクター
鋭い質問だね。ADLは二つに分けて考えるといい。食事、整容、更衣、排泄、入浴、移動などの基本的ADLと、買い物、食事の準備、家事、金銭管理、服薬管理、交通機関の利用などの手段的ADL、つまりIADLだ。食事の準備はIADLに含まれる。一般に高齢者の機能低下はIADLから先に現れ、その後に基本的ADLへ進むことが多いんだ。
医学生医学生
なるほど、この方は基本的ADLは保たれていて、IADLの一部にほころびが出始めている段階なんですね。評価法はBarthel指数とLawtonの尺度でしたっけ。
ドクタードクター
その通り。基本的ADLはBarthel指数やFIM、IADLはLawtonの尺度が代表的だ。さらにこの方のように複数の問題が重なる高齢者では、高齢者総合機能評価、CGAで多面的に整理するのが有用だよ。ADL・IADLに加えて、認知機能、抑うつの評価尺度であるGDS、栄養評価のMNA、家族や介護環境といった社会的背景までまとめて見ていく。
医学生医学生
フレイルの診断基準もありましたよね。体重減少とか握力とか。
ドクタードクター
日本版CHS基準では、体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度の低下、身体活動の低下の5項目のうち、3項目以上でフレイル、1〜2項目でプレフレイルとする。フレイルには身体的な側面だけでなく、抑うつや認知機能低下といった精神・心理的フレイル、閉じこもりや孤立といった社会的フレイルもある。この方はその三つすべての兆しがあると言えるね。臨床では、できなくなったことだけでなく、できていることをしっかり拾い上げることが、介入の方針を立てるうえで重要なんだ。
医学生医学生
外来で身だしなみや来院手段を観察するだけでも、大事な情報になるんですね。
ドクタードクター
そう、診察室に入ってくる瞬間から評価は始まっている。保たれている機能を足がかりに、運動や栄養、社会参加への介入を早めに行えば、要介護への移行を防げる可能性がある。それがフレイル対策の目標なんだ。

まとめ

高齢者の病歴では、各エピソードがどの機能の低下を示すかを対応づけて読むことが重要です。つまずき・転倒は運動機能、むせは嚥下機能、億劫さは意欲、食欲低下と食事量の減少は栄養状態の低下を示す一方、一人でバスを使って予約どおりに来院し身だしなみも整っていることから、基本的ADLは自立して保たれていると判断できます。高齢者の機能低下は一般にIADLから先に現れ、食事の準備のような家事が億劫になるのはその初期の兆しとなりえます。また、興味の喪失・不眠・食欲低下がそろう場合は老年期うつ病の評価も欠かせず、身体・精神心理・社会の多面的なフレイルを高齢者総合機能評価で整理します。フレイルは可逆的な段階であり、保たれている機能を見極めて早期に介入することが、要介護化を防ぎ健康寿命を延ばすことにつながります。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・79歳の女性。脂質異常症と2型糖尿病で通院中 ・COVID-19の流行以降の3年間、外出が減り、家で過ごすことが多くなった → 活動量の低下、社会的な交流の減少 ・本日はバスを使い、予約どおりに一人で来院した。身だしなみも整っている → 交通機関の利用、予定の管理、整容などは自分でできている ・最近よくつまずき、3日前に転倒して顔をぶつけた → 下肢筋力やバランス能力など運動機能の低下 ・約1か月前から、好きだった花の手入れや食事の準備が億劫になった → 興味・意欲の低下 ・寝付きが悪く、熟睡できない → 睡眠障害 ・時折、食事中にむせる → 嚥下機能の低下(誤嚥のリスク) ・食欲が低下し、食事量も減っている → 低栄養のリスク

病態の考え方

外出・活動量の減少、転倒、意欲の低下、食欲低下、むせが重なっており、加齢を基盤とした身体的フレイル(虚弱)が進みつつある状態と考えられる。さらに、約1か月前からの興味・関心の低下、億劫感、不眠、食欲低下は、うつ病(老年期うつ病)の症状とも重なるため、抑うつ状態の有無を評価する必要がある。ほかに、全身の活動性が低下する甲状腺機能低下症や、転倒・頭部打撲後に起こりうる慢性硬膜下血腫なども鑑別に挙げて検査で確認する。

設問の考え方

問われているのは、病歴から「まだ保たれている機能」はどれかである。むせ(嚥下)、つまずき・転倒(運動機能)、億劫さ(意欲)、食欲低下・食事量減少(栄養)は、いずれも低下を示すエピソードとして書かれている。一方、一人でバスを使って予約どおりに受診でき、身だしなみも整っていることから、身の回りの動作(日常生活動作〈ADL〉)は自立して保たれていると判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  意欲

    誤り。以前は好きだった花の手入れや、日課だった食事の準備が「億劫」になっており、物事に取り組もうとする気持ち(意欲)が低下している。外出が減っていること、不眠や食欲低下を伴うことも合わせると、抑うつ状態を疑う所見であり、意欲は保たれているとはいえない。

  2. ×b.  運動機能

    誤り。「最近よくつまずく」「玄関先で転んだ」というエピソードは、下肢筋力・バランス能力・歩行能力の低下を示している。3年間の活動量の減少による筋力低下(サルコペニア)も背景にあると考えられ、運動機能は低下している。今後の転倒・骨折を防ぐため、評価と介入が必要である。

  3. ×c.  栄養状態

    誤り。食欲が低下し食事量も減っていることから、摂取エネルギーや蛋白質が不足し、栄養状態は悪化していく途中にあると考えられる。食事の準備が億劫になっていることや、むせによる食べにくさも摂取量の減少を後押ししている。低栄養は筋力低下や転倒をさらに悪化させるため、体重の推移や血清アルブミンなどで評価する必要がある。

  4. ×d.  嚥下機能

    誤り。食事中に時々むせるのは、飲み込みの際に食物や水分が気管に入りかけていること(誤嚥やその一歩手前)を示す。加齢やフレイルによる嚥下機能低下(オーラルフレイル)が考えられる。誤嚥性肺炎の危険もあるため、反復唾液嚥下テストや改訂水飲みテストなどで評価する。

  5. ○e.  日常生活動作〈ADL〉

    正しい。日常生活動作〈ADL〉とは、食事・整容・更衣・排泄・入浴・移動など、毎日の生活で繰り返し行う基本的な身の回りの動作をいう。本例は身だしなみが整っており、整容や更衣を自分で行えている。また、一人でバスに乗り予約どおりに来院できているので、屋外の移動や交通機関の利用、予定の管理といったより複雑な動作(手段的日常生活動作〈IADL〉)もある程度保たれている。病歴には介助が必要になった動作についての記載はなく、ADLは自立して保たれていると考えられる。

フレイル(虚弱)

加齢に伴って心身の予備能力が低下し、ストレスに弱くなった状態をいう。健康で自立した状態(頑健)と要介護状態の中間に位置する。適切に介入すれば頑健な状態へ戻りうる(可逆性がある)のが特徴で、早期発見と介入で要介護化を防ぎ、健康寿命を延ばすことが目標となる。身体的フレイルだけでなく、精神・心理的フレイル(抑うつ・認知機能低下)、社会的フレイル(閉じこもり・孤立)という側面もある。

身体的フレイルの評価(日本版CHS基準:J-CHS基準)

次の5項目のうち3項目以上でフレイル、1〜2項目でプレフレイルとする。 (1) 体重減少:6か月で2kg以上の意図しない減少 (2) 筋力低下:握力が男性28kg未満、女性18kg未満 (3) 疲労感:ここ2週間、わけもなく疲れたような感じがする (4) 歩行速度の低下:通常の歩行速度が1.0m/秒未満 (5) 身体活動の低下:軽い運動・体操や定期的な運動・スポーツをいずれも週1回もしていない

ADLとIADL

・基本的ADL(BADL):食事、整容、更衣、排泄、入浴、移乗・移動、階段昇降など。代表的な評価法はBarthel指数、FIM(機能的自立度評価法) ・手段的ADL(IADL):買い物、食事の準備、家事、金銭管理、服薬管理、電話の使用、交通機関の利用など、より高度な判断や段取りを要する動作。代表的な評価法はLawtonの尺度 ・一般に、高齢者の機能低下はIADLから先に現れ、その後BADLへと進むことが多い。本例でも、食事の準備という家事(IADLの一部)が億劫になり始めている点に注意が必要である

高齢者総合機能評価(CGA)

高齢者を、疾患だけでなく、ADL・IADL、認知機能、気分(抑うつ。老年期うつ病評価尺度〈GDS〉など)、栄養(MNAなど)、社会的背景(家族・介護環境)などから多面的に評価する方法である。本例のように複数の機能低下が重なる高齢者では、CGAで問題点を整理することが有用である。

老年期うつ病

高齢者では、気分の落ち込みよりも、意欲低下、食欲不振、不眠、身体の不調の訴えが前面に出やすい。認知症と区別しにくいこともある。外出の減少や社会的孤立は危険因子となる。

POINT

・病歴の各エピソードから、低下している機能と保たれている機能を読み分ける。 ・つまずき・転倒 → 運動機能の低下、むせ → 嚥下機能の低下、億劫 → 意欲の低下、食欲低下・食事量減少 → 栄養状態の悪化。 ・身だしなみが整っている、一人で交通機関を使って予約どおりに受診できる → ADL(さらにIADLの一部)は保たれている。 ・フレイルは頑健と要介護の中間で、可逆性がある。早期の介入が重要である。 ・高齢者の意欲低下・不眠・食欲低下では、老年期うつ病も評価する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。