見えているのに実感がない―離人症は「自我意識」の障害
第117回医師国家試験 F問題 第17問
国試問題にチャレンジ
「周りの景色を見ても生き生きと感じられない。感情がわいてこない」と訴える患者にはどの異常があるか。
- a.意識
- b.気分
- c.知覚
- d.見当識
- e.自我意識
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
「景色に実感がない」という外界の実在感の喪失を現実感消失、「感情がわかない」という自己の体験の実感の喪失を離人感とよび、両者を合わせて離人症といいます。知覚・意識・見当識は保たれ、本人も異常を自覚していて現実検討能力が保たれる点が特徴で、体験が自分に属するという実感(能動性意識)が損なわれるため、自我意識の障害に分類されます。自我意識にはJaspersの4標識(能動性・単一性・同一性・限界性)があり、統合失調症のさせられ体験も同じ自我意識の障害ですが、こちらは現実検討が失われる点で離人症と異なります。離人体験はうつ病、不安症、統合失調症、PTSD、てんかんなど多くの病態で出現し、DSM-5では解離症群の離人感・現実感消失症として位置づけられています。訴えを精神機能ごとに切り分けて解釈する姿勢は、精神症候学全般を理解する基礎になります。
解答・解説
正解はeです
本問の訴えは2つの要素からなる。 (1)「周りの景色を見ても生き生きと感じられない」:外界の物事は見えているし、それが何であるかも正しく分かっているのに、現実のものとしての実感が伴わない、という体験である。これは現実感消失(外界についての離人体験)にあたる。 (2)「感情がわいてこない」:自分の内面の感情や心の動きが、自分のものとして生き生きと感じられない、という体験である。これは離人感(自己についての離人体験)にあたる。 これらをまとめて離人症(離人体験)とよぶ。重要なのは、知覚そのもの(見える・聞こえる)は保たれ、意識や見当識にも問題はなく、本人も「実感がない」ことを異常と自覚している(現実検討能力が保たれている)点である。障害されているのは「自分が見ている」「自分が感じている」という、体験が自分に属しているという感覚や、自分と外界の実在感であり、これは精神症候学上、自我意識の障害に分類される。 設問を解く際には、患者の訴えがどの精神機能の異常を表しているかを、意識・気分・知覚・見当識・自我意識それぞれの定義と照らし合わせて考えるとよい。
選択肢考察
- ×a. 意識
意識とは、覚醒していて自分自身と周囲の状況をはっきり認識できている状態をいう。意識障害には、覚醒度が低下する意識混濁(傾眠〜昏睡)と、意識の質が変化するせん妄・もうろう状態などがあり、評価にはJapan Coma Scale(JCS)やGlasgow Coma Scale(GCS)が用いられる。本問の患者は周囲の景色を見て、自分の体験を言葉で的確に表現できており、意識は清明と考えられる。
- ×b. 気分
気分とは、快・不快、喜び・悲しみなどの感情が比較的長く持続する状態をいい、その異常には抑うつ気分や爽快気分(躁状態)がある。うつ病では興味・喜びの喪失や「何をしても楽しくない」という訴えがみられ、離人体験を伴うこともある。しかし本問の訴えの核心は、気分が沈んでいることではなく、外界や自分の感情に実感が伴わないという体験の質の変化であり、これを最も適切に表すのは自我意識の障害である。
- ×c. 知覚
知覚とは、視覚・聴覚・触覚などの感覚を通して外界や身体の状態を捉えることである。その異常には、対象がないのに知覚する幻覚、実在する対象を誤って知覚する錯覚、感覚の強さが変化する知覚過敏・知覚鈍麻などがある。本問の患者は景色を正しく見ており、見え方そのものに異常はない。対象の知覚は正常で、それに伴う実感だけが欠けている点が離人症の特徴である。
- ×d. 見当識
見当識とは、現在の時間、自分のいる場所、周囲の人物など、自分の置かれた状況を正しく把握する能力である。見当識障害は、せん妄などの意識障害や認知症でみられ、一般に時間→場所→人物の順に障害されやすい。本問の訴えには、日時や場所、人物の認識の誤りは含まれていない。
- ○e. 自我意識
自我意識とは、自分自身についての意識であり、Jaspersは、(1) 自分が考え行動しているという能動性、(2) 自分は一人であるという単一性、(3) 過去から現在まで同じ自分であるという同一性、(4) 自分と外界・他者とは区別されるという限界性、の4つの側面を挙げた。離人症では、自分の感情や体験が自分のものとして感じられず(離人感)、外界も生き生きとした現実味を失う(現実感消失)。これは体験が自分に属しているという実感、すなわち能動性意識の障害として、自我意識の障害に位置づけられる。なお、統合失調症でみられるさせられ体験や思考吹入なども自我意識の障害(自我障害)である。
離人症の3つの側面
・外界についての離人症(現実感消失):周囲の風景や物がよそよそしく、膜を隔てたように、あるいは作り物のように感じられる。 ・身体についての離人症:自分の身体が自分のものでないように感じる。 ・自己(内界)についての離人症(離人感):感情がわかない、自分の考えや行動が自分のものと感じられない、自分を外から眺めているように感じる。 いずれの場合も、患者はそれが実際には事実ではないと分かっており(現実検討能力が保たれている)、妄想とは区別される。
離人感・現実感消失症
DSM-5では解離症群の一つとして「離人感・現実感消失症」が位置づけられ、離人感と現実感消失の一方または両方が持続的または反復的にみられ、その間も現実検討が保たれていること、物質や他の医学的疾患・精神疾患では説明できないこと、などが要件となる。離人体験は単独の疾患としてだけでなく、うつ病、不安症、統合失調症(特に初期)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、てんかん、薬物使用などでも症状として出現し、健常者でも強い疲労や睡眠不足、ストレス下で一時的に体験されることがある。
精神機能の基本用語
・思考:言語を用いて論理的に考えを進める精神活動。 ・感情:快・不快や喜怒哀楽などの主観的な心の状態。短時間で反応的なものを情動、比較的長く持続するものを気分という。 ・意欲:行動を起こし方向づける意志や欲動。 ・記憶:情報を記銘・保持・想起する精神活動。 ・自我意識:自分が自分であるという意識(能動性・単一性・同一性・限界性)。
POINT
・「景色に実感がない」=現実感消失、「感情がわかない・自分のものと感じられない」=離人感。両者を合わせて離人症という。 ・離人症は自我意識(特に能動性意識)の障害に分類される。 ・知覚・意識・見当識は保たれ、現実検討能力も保たれる(妄想ではない)。 ・自我意識の4標識(Jaspers):能動性、単一性、同一性、限界性。
