煙と酒の通り道に癌は芽吹く―喉頭癌後の重複癌を「フィールド癌化」で読み解く
第117回医師国家試験 C問題 第57問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。2年前に喉頭癌に対して放射線治療を受け,その後再発を認めていない。喫煙は喉頭癌の診断まで20本/日を45年間。飲酒は焼酎200mL/日を40年間。 この患者で経過中に重複癌を生じる可能性が低い部位はどれか。
- a.口腔
- b.下咽頭
- c.肺
- d.食道
- e.陰茎
対話形式の解説
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ドクターまとめ
重複癌とは、同一患者の異なる臓器に独立して生じる原発癌のことで、頭頸部癌ではとくに頻度が高いことが知られています。その背景には、喫煙・飲酒に長期間さらされた粘膜全体に遺伝子異常が蓄積するフィールド癌化があり、煙と酒の通り道である口腔・咽頭・喉頭・食道・肺に癌が生じやすくなります。一方、陰茎癌の主な危険因子はHPV感染や包茎であり、喉頭とは発癌の場を共有しないため、重複癌の可能性は低いと考えられます。頭頸部癌の経過観察では上部消化管内視鏡や胸部画像による重複癌の検索と禁煙・禁酒の支援が重要です。発癌因子の曝露経路から重複癌の好発部位を推測する考え方は、癌患者の長期フォロー全般に応用できます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・72歳男性、2年前に喉頭癌の放射線治療を受け、再発はない。放射線治療単独で治療されていることから、比較的早期の喉頭癌であったと推測される。 ・喫煙20本/日×45年(ブリンクマン指数=1日本数×年数=900)、焼酎200mL/日×40年という長期の重喫煙・多量飲酒歴がある。
考え方
重複癌とは、同一患者の異なる臓器に、互いに転移ではない独立した癌が発生することをいう。頭頸部癌(口腔・咽頭・喉頭の癌)の患者では重複癌の頻度が高く、特に上気道・上部消化管(口腔、咽頭、喉頭、食道)と肺に生じやすい。 その背景にあるのが「フィールド癌化(field cancerization)」という概念である。喫煙やアルコールという発癌因子に長期間さらされた粘膜は、一部分だけでなく広い範囲で遺伝子異常が蓄積しており、どこから癌が生じてもおかしくない状態になっている。たばこの煙は口腔→咽頭→喉頭→気管・肺と通過し、アルコールは口腔→咽頭→食道と通過するため、これらの経路上の扁平上皮粘膜(肺は扁平上皮癌を含む)に癌が多発しやすい。 したがって、本問では喫煙・飲酒の曝露経路にない臓器、すなわち選択肢のうち唯一曝露経路から外れる陰茎を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 口腔
口腔は喫煙と飲酒の両方に直接さらされる部位であり、口腔癌(大部分が扁平上皮癌)の主要な危険因子は喫煙と飲酒である。喉頭癌と発癌因子が共通するため、重複癌を生じる可能性は高い。
- ×b. 下咽頭
下咽頭は喉頭の後方に位置し、食物の通り道であると同時に呼吸時の煙も通過する部位である。下咽頭癌は喫煙・飲酒との関連が強く、特に飲酒の影響が大きい。喉頭と解剖学的にも隣接しており、重複癌の頻度が高い部位である。
- ×c. 肺
肺は吸入されたたばこの煙が最終的に到達する臓器であり、喫煙は肺癌(特に扁平上皮癌と小細胞癌)の最大の危険因子である。喉頭癌患者では肺癌の合併が多く、喉頭癌の経過観察では胸部画像検査も重要である。なお肺病変を見つけた場合は、喉頭癌の肺転移か重複した原発性肺癌かの鑑別が必要になる。
- ×d. 食道
食道扁平上皮癌の危険因子は喫煙と飲酒であり、特に飲酒で顔が赤くなる体質(アルデヒド脱水素酵素2〈ALDH2〉の活性が低い人)では、発癌物質であるアセトアルデヒドが蓄積しやすくリスクが高い。頭頸部癌患者には食道癌の重複が多いことが知られており、上部消化管内視鏡による定期的な検索が推奨される。
- ○e. 陰茎
陰茎癌はまれな癌であり、主な危険因子はヒトパピローマウイルス(HPV)感染、包茎とそれに伴う恥垢の貯留・慢性炎症である。喫煙も危険因子の一つとして挙げられるが、陰茎は喫煙・飲酒による発癌物質に直接さらされる上気道・上部消化管の経路には含まれず、喉頭癌との間に共通の発癌の場(フィールド癌化)は成立しない。選択肢の中で重複癌を生じる可能性が最も低い部位である。
重複癌と多発癌・転移癌
・重複癌:異なる臓器に独立して発生した複数の原発癌。転移とは区別される。 ・多発癌:同一臓器内に独立した原発癌が複数発生するもの。 ・同時性重複癌:最初の癌の診断と同時期(一般に6か月以内などと定義される)に見つかるもの。異時性重複癌:一定期間を経て後から発生するもの。定義の期間は文献により異なる。
頭頸部癌と重複癌
・頭頸部癌の大部分は扁平上皮癌で、喫煙・飲酒が主要な危険因子である(上咽頭癌はEBウイルス、中咽頭癌の一部はHPVが関与)。 ・頭頸部癌の経過中には、局所再発や転移に加えて、口腔・咽頭・喉頭・食道・肺などの重複癌に注意する。治療後に禁煙・禁酒を継続することが、重複癌の予防の観点からも重要である。 ・喉頭癌の経過観察では、喉頭内視鏡に加えて上部消化管内視鏡や胸部CTを適宜行う。
喉頭癌の要点
・男性に多く、喫煙との関連が特に強い。 ・部位別では声門癌が最多で、早期から嗄声が出現するため早期発見されやすく、頸部リンパ節転移も少ない。声門上癌は咽頭違和感などで発見され、リンパ節転移を来しやすい。 ・早期癌では喉頭を温存できる放射線治療が選択されることが多い。進行癌では喉頭全摘出術や化学放射線療法が行われる。
陰茎癌の要点
・まれな癌で高齢者に多い。組織型の大部分は扁平上皮癌。 ・危険因子:HPV感染(16型・18型など)、包茎、慢性炎症、喫煙。新生児期の包皮切除が普及した地域では少ないとされる。
POINT
・頭頸部癌(口腔・咽頭・喉頭)では重複癌が多く、喫煙・飲酒の曝露経路にある口腔、咽頭、喉頭、食道、肺に生じやすい(フィールド癌化)。 ・頭頸部癌患者の経過観察では、上部消化管内視鏡と胸部画像検査で重複癌を検索する。 ・陰茎癌の危険因子はHPV感染と包茎であり、喉頭癌と発生の場を共有しない。
