「5分の無記名アンケートだから」は通用しない―臨床研究の倫理と倫理審査委員会の役割
第116回医師国家試験 E問題 第5問
国試問題にチャレンジ
外来を受診する全身性エリテマトーデス患者を対象に,診療内容と生活の質〈QOL〉の関係を明らかにするための研究を行いたい。患者が外来を受診する際,5分程度で回答できる無記名アンケートの実施を考えている。採血など侵襲のある行為は伴わない。 誤っているのはどれか。
- a.個人情報の保護に注意を払う。
- b.ヘルシンキ宣言に則って行う。
- c.患者の診療に関与しない看護師がアンケートを回収する。
- d.所属長の了承を得れば,倫理審査委員会への申請は不要である。
- e.患者が協力を拒否しても不利益を被ることがないよう配慮する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
人を対象とする医学研究は、侵襲がなく無記名・短時間のアンケートであっても、研究計画書を作成して倫理審査委員会の審査を受ける必要があり、所属長の了承だけで審査を省略することはできません。倫理審査委員会は外部委員や一般の立場の委員も含む独立した合議体で、その意見を踏まえて研究機関の長が実施を許可するという手順が、国内の倫理指針で定められています。研究はヘルシンキ宣言に則り、参加の拒否や同意の撤回で不利益を受けないことの保証、無記名でも配慮すべき個人情報の保護、診療に関与しない者による回収など心理的圧力や回答の偏りを避ける工夫が求められます。侵襲のない研究では迅速審査や回答提出をもって同意とみなす運用など手続きが簡略化されることはありますが、審査そのものは省略されません。「手続き・参加者の権利・情報の保護」という枠組みで整理しておくと、研究倫理に関する問題に幅広く対応でき、将来臨床研究に携わる際の基本姿勢にもなります。
解答・解説
正解はdです
本問は、外来の全身性エリテマトーデス(SLE)患者に無記名アンケートを行う臨床研究を計画する場面で、研究倫理の基本ルールを問う問題である。「誤っているのはどれか」と問われている点に注意する。
研究の性質を整理する
・対象: 外来通院中のSLE患者(人を対象とする研究) ・目的: 診療内容とQOL(quality of life、生活の質)の関係を明らかにすること ・方法: 5分程度で回答できる無記名アンケート。採血などの侵襲はない 侵襲がなく、無記名で、短時間で済む研究であっても、「人を対象とする医学研究」であることに変わりはない。わが国では「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年に旧来の2つの指針を統合して制定)がこの種の研究に適用され、研究責任者は研究計画書を作成し、倫理審査委員会の審査・意見を経たうえで研究機関の長の許可を得てから研究を始めなければならない。
考え方
倫理的に求められる配慮は、大きく次の3点に整理できる。 ①手続き: 倫理審査委員会による第三者的な審査を受けること(研究者や上司の判断だけで済ませない) ②参加者の権利: 自由意思による参加、拒否・撤回による不利益の排除、強制や心理的圧力の回避 ③情報の保護: 個人情報・回答内容の適切な管理 この枠組みに照らすと、「所属長の了承さえあれば倫理審査は不要」とする記述は①に反し、誤りである。侵襲の有無や研究の規模によって審査の方法(迅速審査など)が簡略化されることはあっても、審査そのものが省略されるわけではない。
選択肢考察
- ×a. 個人情報の保護に注意を払う。
正しい記述である。医療機関は個人情報保護法上、個人情報を取り扱う事業者として保護義務を負う。無記名であっても、回答内容(年齢、病歴、治療内容、受診日など)の組み合わせから個人が推定される可能性があり、紙のアンケートであれば回収後の保管・廃棄の方法にも配慮が必要である。研究倫理指針でも個人情報等の適切な管理は研究者の責務とされている。
- ×b. ヘルシンキ宣言に則って行う。
正しい記述である。ヘルシンキ宣言は1964年に世界医師会(WMA)が採択した、人を対象とする医学研究の倫理的原則であり、数度の改訂を重ねて現在も研究倫理の国際的な基本文書となっている。被験者の福利の優先、研究計画書の作成、研究倫理委員会による事前審査、インフォームド・コンセント、プライバシーと秘密の保護、参加拒否・同意撤回の自由などが定められている。侵襲のないアンケート研究であっても当然その原則に従う。
- ×c. 患者の診療に関与しない看護師がアンケートを回収する。
適切な配慮であり、正しい記述である。主治医やその診療に直接かかわるスタッフが回収すると、患者は「正直に書くと診療に影響するのではないか」と感じ、本音を書きにくくなったり、参加を断りにくくなったりする。これは参加者への心理的圧力(事実上の強制)という倫理的問題であると同時に、回答が好意的な方向へ偏る情報バイアス(社会的望ましさバイアスなど)の原因にもなる。診療に関与しない者が回収すれば、こうした影響を減らせる。回収者は回答の取り扱いに十分配慮できる者であれば、看護師以外の職員でもよい。
- ○d. 所属長の了承を得れば,倫理審査委員会への申請は不要である。
誤った記述であり、これが正解である。人を対象とする医学研究は、侵襲がなく無記名のアンケートであっても、研究計画書を倫理審査委員会に提出して審査を受ける必要がある。倫理審査委員会は、研究者と利害関係のない外部委員や一般の立場の委員も含めて構成され、研究の科学的妥当性と倫理的妥当性を第三者の視点から評価する仕組みである。所属長(研究機関の長)の許可は、倫理審査委員会の意見を踏まえたうえで別途必要となる手続きであり、審査の代わりにはならない。侵襲や介入のない研究では迅速審査など手続きが簡略化される場合はあるが、審査の省略が認められるわけではない。
- ×e. 患者が協力を拒否しても不利益を被ることがないよう配慮する。
正しい記述である。研究参加は本人の自由意思に基づくべきであり(自己決定権の尊重)、参加を断ったり、いったん同意した後に撤回したりしても、その後の診療などで不利益を受けないことを保証しなければならない。ヘルシンキ宣言にも、参加拒否や同意撤回が不利益なくいつでも可能であることを説明すべきことが明記されている。研究説明の際にもこの点を伝える必要がある。
人を対象とする医学研究の主な倫理的枠組み
・ニュルンベルク綱領(1947年): ナチスの人体実験への反省から生まれ、被験者の自発的同意の必要性を明示した。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会): 人を対象とする医学研究の倫理原則。被験者の福利を科学や社会の利益より優先すること、倫理委員会による事前審査、インフォームド・コンセントなどを定める。 ・ベルモント・レポート(1979年、米国): 人格の尊重、善行、正義の3原則を示した。 ・わが国の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年施行、旧「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」と「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を統合): 研究計画書の作成、倫理審査委員会の審査、研究機関の長の許可、インフォームド・コンセントの手続き、個人情報等の保護などを規定している。
倫理審査委員会
研究計画の科学的・倫理的妥当性を審査する合議体である。医学・医療の専門家だけでなく、倫理学・法律の専門家や一般の立場の者、研究機関外部の者を含めるなど、多様な立場の委員で構成し、研究者から独立した判断ができるようにする。
医学研究におけるインフォームド・コンセントで説明すべき主な事項
①研究の目的・意義・方法・期間 ②参加によって期待される利益と、起こりうる負担・リスク ③参加は任意であり、同意しなくても不利益を受けないこと ④同意はいつでも撤回でき、撤回しても不利益を受けないこと ⑤個人情報の保護の方法 ⑥研究の資金源や利益相反、問い合わせ先 など なお、侵襲を伴わない研究では、文書による同意に代えて口頭同意や、研究の情報を公開して拒否の機会を保障する方法(オプトアウト)などが認められる場合がある。無記名アンケートでは、説明文書を示したうえで回答・提出をもって同意とみなす運用が一般的である。
POINT
・人を対象とする医学研究は、侵襲がなく無記名のアンケートでも倫理審査委員会の審査が必要である。所属長の了承は審査の代わりにならない。 ・ヘルシンキ宣言は人を対象とする医学研究の基本的な倫理原則である。 ・参加の拒否や同意の撤回で不利益を受けないことを保証する。 ・診療担当者以外が回収するなど、参加者への心理的圧力や回答の偏りを避ける工夫をする。 ・無記名であっても個人情報・回答の管理に配慮する。
