84歳で初めての大出血―APTTだけが語る「後天性血友病」という落とし穴
第116回医師国家試験 D問題 第25問
国試問題にチャレンジ
84歳の男性。胃癌の精査のため入院中である。入院時に左前腕に皮下血腫を認めていたが,その後血腫は左の側胸部,側腹部から大腿部にまで拡大した。これまでに出血症状の既往はなく,家族歴に特記すべきことはない。意識は清明。体温36.8℃。脈拍110/分,整。血圧100/60mmHg。眼瞼結膜は貧血様で,眼球結膜に黄染を認めない。胸骨右縁第2肋間を最強点とするLevine 2/6の収縮期駆出性雑音を聴取する。呼吸音に異常を認めない。腹部は平坦で,心窩部に圧痛を認める。肝・脾を触知しない。四肢等体幹に皮下血腫と紫斑を散在性に認める。血液所見:赤血球298万,Hb 7.2g/dL,Ht 23%,白血球7,400,血小板33万,出血時間3分30秒(基準7分以下),PT-INR 1.0(基準0.9~1.1),APTT 70.4秒(基準対照32.2),血漿フィブリノゲン398mg/dL(基準186~355),血清FDP 5 μg/mL(基準10以下)。 最も考えられる疾患はどれか。
- a.後天性血友病
- b.ビタミンK欠乏症
- c.von Willebrand病
- d.抗リン脂質抗体症候群
- e.播種性血管内凝固〈DIC〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
出血の既往や家族歴のない高齢者に突然広範な皮下・筋肉内出血が生じ、血小板数・出血時間・PTが正常でAPTTだけが延長していれば、第Ⅷ因子に対する自己抗体による後天性血友病Aを考えます。悪性腫瘍、自己免疫疾患、分娩後などが背景となりますが、約半数は特発性です。診断にはクロスミキシング試験でのインヒビター型の確認、第Ⅷ因子活性の低下、Bethesda法によるインヒビター検出を用い、治療はバイパス止血製剤による止血と免疫抑制療法が柱です。ビタミンK欠乏ではまずPTが延び、von Willebrand病では出血時間も延長し、抗リン脂質抗体症候群は血栓傾向を示し、DICではFDPが上昇する点で鑑別できます。PT・APTT・出血時間・FDPの組み合わせで出血性疾患を系統的に絞り込む力は、日常診療の止血異常の評価に直結します。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・84歳の男性で、胃癌の精査のため入院中である。悪性腫瘍をもつ高齢者という背景がある。 ・入院時に左前腕にあった皮下血腫が、左側胸部・側腹部から大腿部まで広がった。さらに四肢・体幹に皮下血腫と紫斑が散在している。外傷の記載がないのに広範囲の深部の皮下出血が進行しており、強い出血傾向がある。 ・これまで出血症状はなく、家族歴にも特記すべきことはない。高齢になって初めて出血傾向が現れているので、先天性ではなく後天性の出血性疾患が考えられる。 ・脈拍110/分、血圧100/60mmHg、眼瞼結膜の貧血、Hb 7.2g/dLは、出血による貧血とそれに伴う頻脈を示す。胸骨右縁第2肋間のLevine 2/6収縮期駆出性雑音は、貧血で血流が速くなったために生じる機能性雑音と考えられる(大動脈弁狭窄症を否定するものではないが、本問の主題には関係しない)。 ・心窩部の圧痛は胃癌によるものと考えられる。
止血検査の読み方
・血小板33万、出血時間3分30秒は正常である。血小板の数と機能(一次止血)は保たれている。 ・PT-INR 1.0は正常で、外因系と共通系の凝固因子(Ⅶ、Ⅹ、Ⅴ、Ⅱ、フィブリノゲン)は保たれている。 ・APTT 70.4秒(対照32.2秒)と、APTTだけが著しく延長している。内因系凝固因子(Ⅻ、Ⅺ、Ⅸ、Ⅷ)のどれかの低下、またはそれを抑える物質(インヒビター)の存在が考えられる。 ・フィブリノゲンは軽度高値で、FDPは正常である。凝固因子の消費や線溶の亢進はなく、DICは否定的である。
診断
出血傾向の原因は、①血小板数の減少、②血小板機能の異常、③凝固因子の異常、④線溶の過剰な亢進、⑤血管壁の異常に大きく分けられる。本例は血小板数・出血時間・FDPが正常で、APTT単独の延長があるので③にあたる。 高齢者が出血の既往なく突然、広範な皮下出血・筋肉内出血をきたし、APTTだけが延長している場合は、まず後天性血友病(第Ⅷ因子に対する自己抗体による後天性血友病A)を考える。後天性血友病は高齢者に多く、悪性腫瘍、自己免疫疾患、妊娠・分娩後、薬剤などが背景になる。約半数は基礎疾患がはっきりしない。本例では胃癌がその背景と考えられる。
選択肢考察
- ○a. 後天性血友病
正しい。後天性血友病(後天性血友病A)は、凝固第Ⅷ因子に対する自己抗体(インヒビター)が生じて第Ⅷ因子活性が低下する疾患である。出血の既往も家族歴もない高齢者に、突然広範な皮下出血や筋肉内出血が現れる。高度の貧血をきたすことも多い。検査では血小板数、出血時間、PTは正常で、APTTだけが延長する。これらはすべて本例に合致する。悪性腫瘍(本例では胃癌)は基礎疾患の一つである。確定診断には、第Ⅷ因子活性の低下と第Ⅷ因子インヒビター(Bethesda法で測定)の存在を確認する。APTTクロスミキシング試験(正常血漿と混ぜて測る試験)では、混ぜてもAPTTが正常化しない「インヒビター型」を示す。
- ×b. ビタミンK欠乏症
誤り。ビタミンKが必要な凝固因子は、第Ⅱ(プロトロンビン)、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ因子である。そのうち半減期が最も短い第Ⅶ因子(約4〜6時間)が最初に低下するので、まずPTが延長し、進行するとAPTTも延長する。PT-INRが正常でAPTTだけが延長している本例とは合わない。ビタミンK欠乏は、長期の絶食、抗菌薬の投与、閉塞性黄疸による吸収障害、ワルファリンの服用などで生じる。本例は眼球結膜の黄染もなく、PTも正常である。
- ×c. von Willebrand病
誤り。von Willebrand病(VWD)は、von Willebrand因子(VWF)の量的・質的異常による先天性の出血性疾患で、多くは常染色体顕性(優性)遺伝である。VWFは血小板を血管内皮下に粘着させる働き(一次止血)と、第Ⅷ因子を血中で安定させる働きをもつ。そのため出血時間の延長とAPTTの延長がみられ、鼻出血・歯肉出血・過多月経などの皮膚粘膜出血が中心となる。本例は出血時間が正常で、出血の既往も家族歴もなく、深部の広範な皮下血腫が主体であるため合わない。なお、悪性腫瘍や大動脈弁狭窄症などに伴う後天性von Willebrand症候群もあるが、この場合も出血時間の延長や粘膜出血が目立つ。
- ×d. 抗リン脂質抗体症候群
誤り。抗リン脂質抗体症候群(APS)は、抗リン脂質抗体(ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体、抗β2グリコプロテインⅠ抗体)が持続的に陽性で、動脈・静脈の血栓症や妊娠合併症(習慣流産など)をきたす疾患である。ループスアンチコアグラントは試験管内でリン脂質に依存する凝固反応を妨げるため、APTTが延長する。しかし、体内では出血ではなく血栓傾向を示すのが特徴である。広範な出血をきたしている本例とは合わない。
- ×e. 播種性血管内凝固〈DIC〉
誤り。DICは、悪性腫瘍、敗血症、産科疾患などを基礎に全身の細い血管で凝固が活性化し、微小血栓ができる病態である。凝固因子と血小板が消費され、二次的に線溶も亢進する。検査ではFDP・Dダイマーの上昇がほぼ必ずみられ、血小板数減少、PT延長、フィブリノゲン低下を伴う。本例も胃癌という基礎疾患はあるが、FDPは正常、血小板数とPTも正常で、フィブリノゲンはむしろ高値である。DICは否定的である。
スクリーニング検査からの出血性疾患の鑑別
・PT正常、APTT延長:血友病A・B、後天性血友病、von Willebrand病(出血時間も延長することが多い)、ヘパリン投与。ループスアンチコアグラントもAPTTを延長させるが、臨床的には血栓傾向を示す。 ・PT延長、APTT正常:第Ⅶ因子欠乏、ビタミンK欠乏やワルファリン投与の初期。 ・PT・APTTともに延長:ビタミンK欠乏の進行例、ワルファリン投与、肝硬変などの肝障害、DIC、共通系因子(Ⅹ、Ⅴ、Ⅱ、フィブリノゲン)の欠乏。 ・PT・APTT正常で出血時間延長:血小板減少、血小板機能異常症(血小板無力症など)、抗血小板薬の服用。
APTTクロスミキシング試験
患者血漿と正常血漿を様々な比率で混ぜてAPTTを測る。 ・凝固因子が欠乏しているだけなら、正常血漿で因子が補われてAPTTが短縮し、グラフは下に凸になる(欠乏型)。 ・インヒビターがあると、正常血漿の因子も抑えられるためAPTTが十分に短縮せず、グラフは上に凸または直線状になる(インヒビター型)。 ・第Ⅷ因子インヒビターは時間依存性に作用するため、混合直後よりも37℃で2時間温めた後の測定で異常がはっきりする(遅延型)。
後天性血友病Aの特徴
・頻度はまれだが、高齢者に多い。分娩後の若年女性にもみられる。男女差は小さい。 ・基礎疾患:悪性腫瘍、自己免疫疾患(関節リウマチ、SLEなど)、妊娠・分娩、薬剤など。約半数は特発性である。 ・症状:広範な皮下出血、筋肉内出血、消化管出血、術後・処置後の止血困難などがみられる。先天性血友病で典型的な関節内出血はまれである。出血は重症化しやすく、致死的になることもある。 ・診断:APTT単独延長、クロスミキシング試験でインヒビター型、第Ⅷ因子活性低下、Bethesda法で第Ⅷ因子インヒビターを検出する。 ・治療:①止血治療として、インヒビターの影響を受けにくいバイパス止血製剤(遺伝子組換え活性型第Ⅶ因子製剤、活性型プロトロンビン複合体製剤など)を用いる。第Ⅷ因子製剤の補充は抗体で中和されやすく、効果が乏しい。近年は第Ⅷ因子機能を代替する二重特異性抗体(エミシズマブ)も出血予防に使われる。②インヒビターを消すための免疫抑制療法として、副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)を単独で、またはシクロホスファミドと併用して用いる。リツキシマブを使うこともある。 ・筋肉内注射や不必要な観血的処置は出血を招くため避ける。
POINT
・出血の既往がない高齢者の広範な皮下・筋肉内出血で、APTTだけが延長し、血小板数・出血時間・PTが正常なら、後天性血友病を考える。 ・後天性血友病Aは第Ⅷ因子に対する自己抗体による。悪性腫瘍、自己免疫疾患、分娩後などが背景となる。 ・クロスミキシング試験でインヒビター型を示し、Bethesda法でインヒビターを確認する。 ・先天性血友病と異なり、関節内出血はまれである。 ・ビタミンK欠乏はまずPTが延長し、DICではFDP・Dダイマーが上昇する。VWDでは出血時間も延長し、APSは血栓症をきたす。
