「食べたこと」ごと忘れる物忘れ―認知症の評価に使える検査を見極める
第116回医師国家試験 C問題 第39問
国試問題にチャレンジ
64歳の女性。1年前から徐々に物忘れがひどくなってきていることを心配した家族に伴われて来院した。最近は財布をしまったことや食事をしたことを思い出せないこともあるという。 この患者の診断に有用な検査はどれか。
- a.Rorschachテスト
- b.田中・Binet知能検査
- c.津守・稲毛式発達検査
- d.Wechsler成人知能検査
- e.簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
体験したことそのものを忘れるエピソード記憶障害が年単位で緩徐に進行する場合は、認知症、とくにAlzheimer型認知症を考え、うつ病による仮性認知症や甲状腺機能低下症、正常圧水頭症など治療可能な原因も鑑別します。認知症は獲得した知的機能の後天的な低下であるため、成人の知的機能を多面的に定量評価できるWechsler成人知能検査(WAIS)が診断・評価に有用です。田中・Binet知能検査は主に小児の知的発達の評価、津守・稲毛式発達検査は乳幼児の発達検査、Rorschachテストは投影法の人格検査、BPRSは統合失調症などの精神病症状の評価尺度であり、認知症の診断目的には適しません。実臨床ではまずHDS-RやMMSEでスクリーニングし、MRIや脳血流SPECTなどの画像所見と合わせて診断を進めます。心理検査を「対象年齢」と「何を測るか」で整理しておくことは、精神科・神経内科の診療で適切な検査を選ぶうえでの基礎になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・64歳女性。1年前から物忘れが徐々に進行している。 ・財布をしまったこと、食事をしたことといった、出来事の体験そのものを思い出せない(エピソード記憶の障害)。 ・本人よりも家族が心配して受診している(病識の低下を思わせる)。
診断へのプロセス
加齢による生理的な物忘れでは、体験の一部(何を食べたか)を忘れても体験したこと自体(食事をしたこと)は覚えているのが普通である。本例のように体験全体が抜け落ち、それが年単位で緩徐に進行している場合は、認知症、とくにAlzheimer型認知症を第一に考える。発症が65歳未満であれば若年性認知症に分類される。鑑別としては、うつ病による仮性認知症、甲状腺機能低下症やビタミンB12欠乏症、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫など治療可能な認知機能低下も念頭に置く。
設問への考え方
認知症は、いったん正常に発達した知的機能(記憶、判断、言語、遂行機能など)が後天的に低下し、日常生活に支障をきたした状態である。したがって、成人の知的機能を客観的・多面的に評価できる検査が診断に役立つ。選択肢の中で成人の知能を評価できるのはWechsler成人知能検査(Wechsler Adult Intelligence Scale:WAIS)のみである。ほかは、小児の知能・発達検査(田中・Binet知能検査、津守・稲毛式発達検査)、人格検査(Rorschachテスト)、精神病症状の評価尺度(BPRS)であり、認知症の診断目的には適さない。 なお実臨床では、認知症のスクリーニングにまず改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)を用いる。WAISは施行に60〜90分以上を要し、進行した認知症の患者には負担が大きいため、軽度の段階での詳しい認知プロフィールの評価などに用いられることが多い。
選択肢考察
- ×a. Rorschachテスト
左右対称のインクの染みの図版を見せ、何に見えるかを自由に答えてもらう投影法の人格検査である。反応から、思考の特徴、情緒、対人関係のもち方、防衛機制などパーソナリティの特徴を評価する。統合失調症などでの思考障害の評価の参考にされることはあるが、記憶や知的機能の低下を測る検査ではなく、認知症の診断には用いない。
- ×b. 田中・Binet知能検査
Binetが考案した知能検査を田中寛一が日本向けに標準化したもので、現行版(田中ビネー知能検査V)の対象は2歳から成人までである。年齢ごとに配列された課題を解かせて精神年齢を求める方式で、主に子どもの知的発達の評価(知的障害の判定など)に用いられる。成人の後天的な知能低下である認知症の評価には通常用いない。
- ×c. 津守・稲毛式発達検査
乳幼児精神発達診断法とも呼ばれ、0歳から7歳ごろまでの乳幼児を対象とする。母親など主な養育者への質問から、運動、探索・操作、社会、食事・生活習慣、言語の5領域の発達状況を評価する。乳幼児の発達検査であり、成人の認知症の診断には使えない。
- ○d. Wechsler成人知能検査
WAISは成人(日本版WAIS-IVでは16〜90歳)を対象とする個別式知能検査である。WAIS-IVでは、全検査IQ(FSIQ)に加えて、言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の4つの指標得点を、いずれも平均100・標準偏差15で算出する(旧版のWAIS-IIIまでは言語性IQと動作性IQを算出していた)。成人の知的機能を多面的に定量評価でき、後天的な知能低下である認知症の診断・評価に有用である。選択肢の中で成人の知的機能を評価できるのは本検査のみである。
- ×e. 簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
統合失調症などの精神病の症状の重症度を、面接と観察に基づき評価者が評価する尺度である。心気的訴え、不安、情動的引きこもり、概念の統合障害、幻覚による行動、不自然な思考内容、情動の平板化、興奮、見当識障害など18項目を、1(症状なし)〜7(最重度)の7段階で評価する。精神症状の重症度や治療経過を追うためのもので、認知症の診断には用いない。
精神科・心理領域の主な検査の整理
1. 知能検査・発達検査 ・Wechsler成人知能検査(WAIS):16〜90歳。 ・Wechsler児童用知能検査(WISC):5歳0か月〜16歳11か月。 ・Wechsler幼児用知能検査(WPPSI):幼児向け。 ・田中・Binet知能検査:2歳〜成人。精神年齢を算出。 ・津守・稲毛式発達検査、遠城寺式乳幼児分析的発達検査、新版K式発達検査:乳幼児の発達評価。 2. 人格検査 ・投影法:Rorschachテスト、TAT(主題統覚検査)、バウムテスト、SCT(文章完成法)、P-Fスタディ。 ・質問紙法:MMPI(ミネソタ多面人格目録)、Y-G性格検査、エゴグラム。 3. 症状評価尺度 ・認知症のスクリーニング:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R、30点満点、20点以下で認知症を疑う)、MMSE(30点満点、23点以下で認知症を疑う)。 ・認知症の評価:ADAS(Alzheimer's Disease Assessment Scale)、CDR(Clinical Dementia Rating)、時計描画テスト。 ・うつ病:Hamiltonうつ病評価尺度(HAM-D)、Beckうつ病調査票(BDI)。 ・統合失調症:BPRS、PANSS(陽性・陰性症状評価尺度)。
Alzheimer型認知症の特徴
・近時記憶(エピソード記憶)障害で始まり、見当識障害、遂行機能障害、視空間認知障害などが加わる。 ・取り繕い反応、病識の低下がみられやすい。 ・画像:MRIで海馬・側頭葉内側の萎縮、脳血流SPECTで後部帯状回・楔前部・側頭頭頂葉の血流低下。
POINT
・認知症=獲得した知的機能の後天的な低下。成人の知能検査であるWAIS(16〜90歳)が評価に使える。 ・田中・Binet知能検査(2歳〜成人、主に小児)、津守・稲毛式発達検査(乳幼児)は小児の発達・知能評価。 ・Rorschachテストは投影法の人格検査、BPRSは統合失調症などの精神病症状の評価尺度。 ・臨床での認知症スクリーニングはHDS-R、MMSE。
