StudyMed医師国家試験

最期の時間を誰と過ごすか―非がん疾患の緩和ケアで「してはいけないこと」

第116回医師国家試験 B問題 第35問

国試問題にチャレンジ

第116回 B問題 第35問

88歳の男性。長年の喫煙に起因する慢性閉塞性肺疾患と弁膜症による重症の呼吸不全および心不全のため入院した。疾患自体の改善は難しく,呼吸の苦しさや体幹のだるさなどの苦痛の訴えが強く,本人は緩和ケアを望んでいる。妻と二人暮らしで長男が近所に住んでおり家族関係は良好である。  この患者に緩和ケアを行うにあたり,対応として誤っているのはどれか。

  1. a.酸素投与の継続
  2. b.病室の環境調整
  3. c.オピオイド投与
  4. d.家族の面会制限
  5. e.苦痛を訴える部位のマッサージ

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、改善が見込めない重症の呼吸不全と心不全を抱えた高齢患者さんに、緩和ケアとして何をすべきかを問う問題だ。「誤っているもの」を選ぶ形式だから、緩和ケアの目的と対象をしっかり押さえておくことがカギになる。まず、緩和ケアと聞いて、どんな場面を思い浮かべるかな。
医学生医学生
正直、がん患者さんの終末期のイメージが強いです。COPDや心不全も対象になるんでしょうか。
ドクタードクター
そこが最初のポイントだね。WHOの定義では、緩和ケアは「生命を脅かす疾患に直面している患者とその家族」のQOLを改善するアプローチとされている。がんに限らず、末期心不全、COPD、間質性肺炎、神経難病、腎不全なども対象なんだ。日本でも2018年の診療報酬改定で、末期心不全が緩和ケア診療加算の対象に加わった。
医学生医学生
定義に「家族」も入っているんですね。患者さんだけが対象だと思っていました。
ドクタードクター
そう、そこが今回の問題の核心でもある。では対応を順に見ていこう。まず酸素投与の継続。緩和ケアに切り替えたら、酸素はやめるべきだと思う?
医学生医学生
治すための治療をやめるのが緩和ケア、と考えると中止しそうになります。でも、低酸素なら息苦しさは続きますよね。
ドクタードクター
その通り。緩和ケアは「治療をやめること」ではなく「苦痛を和らげること」が目的だ。低酸素血症があれば、酸素は呼吸困難の軽減に役立つから継続してよい。ただし目標は検査値の正常化ではなく本人の楽さ。そしてCOPDでは高濃度酸素でCO2が蓄積し、CO2ナルコーシスを起こすおそれがあるから、SpO2を88〜92%程度に保つなど流量には注意が必要だ。
医学生医学生
呼吸器内科を回ったとき、COPDの患者さんの酸素流量を上げすぎないよう指導医の先生に何度も言われました。
ドクタードクター
大事な経験だね。次はオピオイド。呼吸不全の患者さんにモルヒネと聞くと、ちょっと怖くないかな。
医学生医学生
はい、薬理学の講義で呼吸抑制が副作用だと習ったので、呼吸不全の人に使っていいのか迷いました。
ドクタードクター
多くの人がそこで引っかかる。実はモルヒネは、がんだけでなく末期COPDや心不全の呼吸困難に対しても、最も根拠が蓄積している薬剤なんだ。呼吸中枢のCO2への反応を鈍らせて、息苦しさの知覚を和らげると考えられている。低用量から始めて少しずつ増やせば、臨床上問題になる呼吸抑制はまれだ。便秘や悪心への対策、腎機能低下時の代謝産物の蓄積には注意しよう。
医学生医学生
病室の環境調整やマッサージは、薬ほどの効果はなさそうに思えますが、それでも大事なんですか。
ドクタードクター
非薬物療法は緩和ケアの重要な柱だよ。室温や湿度の調整、換気、扇風機やうちわで顔に風を当てることは呼吸困難感を和らげる方法として知られているし、起座位など楽な姿勢をとれるベッドの調整も効果的だ。マッサージや温罨法は筋緊張をほぐしてだるさや痛みを軽くし、触れられることそのものが安心感につながる。家族がマッサージをすれば、患者さんとの大切な交流の時間にもなる。
医学生医学生
となると、残る家族の面会制限が誤りですね。家族関係が良好で、近くに住んでいるという情報がヒントだったんですね。
ドクタードクター
正解。緩和ケアは患者さんと家族を一つの単位として支えるもの。人生の最終段階で大切な人と過ごす時間は、精神的な苦痛を和らげる大きな支えになる。この患者さんではむしろ面会や付き添いを積極的に勧めるべきだ。感染症の流行時などやむを得ない理由で面会方法を調整することはあり得るけれど、合理的な理由なく制限するのは緩和ケアの理念に反する。
医学生医学生
問題文の家族構成の記述は、単なる背景ではなく解答の根拠だったんですね。
ドクタードクター
そういうこと。社会歴や家族歴は、国試でも臨床でも判断材料になる。最後に発展知識を押さえておこう。緩和ケアでは、患者さんの苦しみを身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4つの側面から捉える「全人的苦痛(トータルペイン)」という考え方が基本だ。今回の対応も、身体的苦痛へのケアと家族を含めた支援に整理できる。
医学生医学生
心不全やCOPDは、がんと違って経過が読みにくいと聞いたことがあります。
ドクタードクター
その通り。増悪と寛解を繰り返しながら徐々に悪化するので、予後の予測が難しい。だからこそ、意思を表明できるうちから、本人・家族・医療者で今後の医療やケアについて繰り返し話し合うアドバンス・ケア・プランニング、いわゆる人生会議を早めに始めることが大切なんだ。
医学生医学生
患者さんの希望を確認して、家族も一緒に支える――緩和ケアは医療者だけで完結するものではないんですね。
ドクタードクター
まさにそう。医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、医療ソーシャルワーカーなど多職種で、患者さんと家族の「その人らしい時間」を支えていこう。

まとめ

緩和ケアはがんに限らず、末期の心不全やCOPDなど生命を脅かす非がん疾患も対象とし、患者本人だけでなく家族も支援の対象とするアプローチです。呼吸困難に対しては、低酸素血症があれば酸素療法を継続し(COPDではCO2ナルコーシスに注意)、モルヒネを中心とするオピオイドを低用量から用いるほか、送風や体位・室温の調整、マッサージや温罨法といった非薬物療法も有効です。家族関係が良好な患者では家族と過ごす時間が大きな支えになるため、合理的な理由のない面会制限は緩和ケアの理念に反します。苦しみを身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面から捉えるトータルペインの視点や、予後予測が難しい非がん疾患での早期のアドバンス・ケア・プランニングも重要です。治すことが難しい患者に何ができるかを考える力は、どの診療科に進んでも求められる臨床の基本です。

解答・解説

正解はdです

症例の整理

・88歳の高齢男性 ・長期喫煙による慢性閉塞性肺疾患(COPD)と弁膜症を背景に、重症の呼吸不全と心不全が併存している ・原疾患の改善は見込めず、呼吸困難感や全身(体幹)の倦怠感といった苦痛が強い ・本人が緩和ケアを希望している ・妻と同居し、長男も近所に住み、家族関係は良好

考え方

緩和ケアは、がんに限らず、生命を脅かす疾患に直面する患者とその家族を対象に、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛を早期から評価し和らげることで、生活の質(QOL)を高めるアプローチである。末期の心不全やCOPDなどの非がん疾患も対象であり、本例は本人の希望もあって緩和ケアのよい適応となる。 本例で行うべきことは大きく二つに分けられる。一つは身体的苦痛の緩和で、呼吸困難に対する酸素療法やオピオイド、倦怠感や疼痛に対するマッサージ・体位の工夫、そして過ごしやすい療養環境づくりがこれに当たる。もう一つは、患者本人と家族を一つの単位として支えることである。家族関係が良好で、家族が身近にいるという情報は、家族と過ごす時間を確保することが患者の精神的な支えになることを示唆している。したがって、合理的な理由(感染対策など)もなく家族の面会を制限することは、緩和ケアの理念に反する対応である。 設問は「誤っているもの」を選ぶ形式であるため、緩和ケアとして適切な対応を除外していき、患者・家族の意向に沿わない対応を選ぶ。

選択肢考察

  1. ×a.  酸素投与の継続

    適切な対応である。重症の呼吸不全があり、低酸素血症の是正は呼吸困難の軽減にも寄与するため、緩和ケアに移行しても酸素療法は継続してよい。苦痛緩和が目的なので、検査値の正常化よりも本人の楽さを重視して流量や投与方法(鼻カニュラなど)を調整する。なお、COPDでは高濃度酸素により二酸化炭素(CO2)が蓄積しCO2ナルコーシス(意識障害)を来すおそれがあるため、目標SpO2を88〜92%程度に設定するなど流量に注意する。

  2. ×b.  病室の環境調整

    適切な対応である。室温・湿度の調節、換気、窓を開けたり扇風機やうちわで顔に風を当てたりする工夫は呼吸困難感を和らげる非薬物療法として知られる。起座位など楽な姿勢を保てるベッドの調整、明るく落ち着ける雰囲気づくり、家族が付き添いやすい空間の確保なども、苦痛の軽減とQOLの向上に役立つ。

  3. ×c.  オピオイド投与

    適切な対応である。オピオイド、特にモルヒネは、がんだけでなく末期のCOPDや心不全に伴う呼吸困難の緩和にも有効で、最も根拠の蓄積がある薬剤である。呼吸中枢の二酸化炭素への反応を鈍らせ、呼吸困難の知覚を和らげると考えられている。低用量から開始して漸増すれば、臨床上問題となる呼吸抑制はまれである。腎機能低下例では代謝産物が蓄積しやすいため、用量や薬剤の選択に注意する。便秘や悪心などの副作用への対策も併せて行う。

  4. ○d.  家族の面会制限

    誤った対応であり、これが正解である。緩和ケアは患者だけでなく家族も支援の対象とし、人生の最終段階にある患者が大切な人と過ごす時間を尊重する。本例は家族関係が良好で、妻や長男が面会しやすい環境にあるため、むしろ積極的な面会や付き添いを勧めるべきである。感染症の流行時など、やむを得ない理由で個別に面会の方法や時間を調整することはあり得るが、患者・家族の希望に反して一律に制限するのは原則として不適切である。

  5. ×e.  苦痛を訴える部位のマッサージ

    適切な対応である。苦痛のある部位へのマッサージや温罨法(温めること)は、局所の血流改善や筋緊張の緩和により痛みやだるさを和らげる。身体に触れるケアには安心感をもたらす効果もある。薬物療法の補助となる非薬物的介入として緩和ケアで広く用いられ、家族が行えば患者との交流の機会にもなる。

緩和ケアの定義(WHO、2002年)

生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族のQOLを改善するアプローチである。痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価・対処することで苦しみを予防し和らげる。疾患の早期から治療と並行して提供されるべきものであり、終末期だけのものではない。

非がん疾患の緩和ケア

・末期心不全、COPD、間質性肺炎、神経難病、腎不全、認知症なども緩和ケアの対象となる。 ・心不全やCOPDは増悪と寛解を繰り返しながら徐々に悪化する経過をとり、予後の予測が難しい。そのため、早めにアドバンス・ケア・プランニング(ACP、人生会議:今後の医療・ケアについて本人・家族・医療者が繰り返し話し合うプロセス)を行うことが重要である。 ・日本では2018年の診療報酬改定で、末期心不全患者が緩和ケア診療加算の対象に加えられた。

呼吸困難への対応

・原因治療:心不全に対する利尿薬などの標準治療や、COPDに対する気管支拡張薬を、苦痛緩和に役立つ範囲で継続する。 ・薬物療法:オピオイド(モルヒネが代表)。不安の強い場合には抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)を併用することがある。 ・酸素療法:低酸素血症があれば行う。COPDでは高CO2血症に注意する。 ・非薬物療法:顔への送風、室温・湿度の調整、体位の工夫(起座位)、呼吸法の指導、不安の軽減。

全人的苦痛(トータルペイン)

身体的苦痛、精神的苦痛(不安・抑うつ)、社会的苦痛(家族・経済・仕事の問題)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味への問い)の4側面から患者の苦しみを捉え、多職種で対応する。

POINT

・緩和ケアはがんに限らず、末期心不全やCOPDなどの非がん疾患も対象となる。 ・緩和ケアの対象は患者本人とその家族であり、家族と過ごす時間を尊重する。正当な理由のない面会制限は行わない。 ・呼吸困難には酸素療法(低酸素血症がある場合)、オピオイド(モルヒネ)、送風や体位などの環境調整が有効である。 ・マッサージや温罨法などの非薬物療法も苦痛緩和に役立つ。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。