StudyMed医師国家試験

術後3日目、洗面所での突然の息切れ―「聴診が正常なのに低酸素」が示す肺血栓塞栓症

第116回医師国家試験 B問題 第26問

国試問題にチャレンジ

第116回 B問題 第26問

54歳の女性。3日前に子宮筋腫のため子宮摘出術を受け入院中である。本日,洗面所で洗顔していたところ突然呼吸困難が生じ,持続している。咳嗽はない。胸痛はない。喫煙歴はない。意識は清明。体温36.4℃。脈拍112/分,整。血圧102/62mmHg。呼吸数24/分。SpO2 89%(room air)。呼吸音に異常を認めない。  最も可能性が高いのはどれか。

  1. a.気道異物
  2. b.気管支喘息
  3. c.急性左心不全
  4. d.肺血栓塞栓症
  5. e.特発性肺線維症

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、入院中の術後患者に突然起きた呼吸困難の原因を考える問題だ。注目してほしいのは3点。「どんな背景の人か」「どう始まったか」、そして「低酸素なのに聴診で何が聞こえないか」。まず、呼吸困難の鑑別で最初に押さえるべきことは何だと思う?
医学生医学生
原因の臓器、でしょうか。肺なのか心臓なのか。
ドクタードクター
それも大事だけど、その前に「発症様式」を確認したい。突然なのか、数時間〜数日の急性なのか、年単位の慢性なのか。突然発症の呼吸困難なら、まず肺血栓塞栓症と気胸を思い浮かべる。今回はまさに「突然」で、しかも続いている。
医学生医学生
気胸なら呼吸音に左右差が出るはずですよね。今回は呼吸音に異常がないので、気胸は考えにくいと思います。
ドクタードクター
その通り。そして「呼吸音が正常なのにSpO2が大きく下がっている」という組み合わせこそ、この問題の核心なんだ。気道にも肺胞にも異常がなさそうなのに酸素が取り込めない。どこに問題があると考えられる?
医学生医学生
空気の通り道ではなく……血液の通り道、つまり肺の血流側ですか。生理学の講義で習った換気血流比の不均衡ですね。
ドクタードクター
見事。換気はできていても、血栓で詰まった領域には血液が流れないから、ガス交換に使われない。頻脈や血圧がやや低めなのも、右心に負荷がかかって心拍出量が落ちかけているサインと読める。では背景はどうかな。
医学生医学生
子宮摘出術の3日後です。産婦人科の実習で、術後の患者さんが弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置を着けていたのを思い出しました。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。骨盤内の手術は深部静脈血栓症の代表的なリスクで、術後の安静臥床も加わる。Virchowの3徴、つまり血流のうっ滞、血管内皮の障害、凝固能の亢進がそろいやすい状況なんだ。そして洗面所で洗顔という場面は、離床して立位をとっているところ。下肢の筋収縮や体位変化で静脈還流が増え、静脈にできた血栓が遊離して肺動脈に飛ぶ、典型的なタイミングだよ。
医学生医学生
だから答えは肺血栓塞栓症ですね。でも胸痛がないのが少し引っかかりました。
ドクタードクター
その疑問は大切だ。肺血栓塞栓症の症状で最も多いのは呼吸困難で、胸痛は必発ではない。胸痛がないから否定、とはしないようにしよう。ほかの選択肢も確認しておこう。気道異物はどうかな。
医学生医学生
誤嚥のエピソードがあって、むせ込みや激しい咳が出るはずです。洗顔中で咳もないので合わないと思います。
ドクタードクター
そうだね。気道異物なら吸気性喘鳴(stridor)や局所的な呼吸音の減弱もみられることが多い。気管支喘息は?
医学生医学生
呼気延長と呼気性のwheezesが聞こえるはずです。ただ、重症だと喘鳴が消えるsilent chestがあると聞きました。
ドクタードクター
よく知っているね。でもsilent chestは呼吸音そのものが著しく減弱した状態だから、「呼吸音に異常なし」とはならない。喘息の既往の記載もない。急性左心不全はどう?
医学生医学生
肺うっ血でcoarse cracklesが聞こえたり、起坐呼吸やピンク色の泡沫状痰が出たりするはずなので、聴診正常とは合いません。
ドクタードクター
正解。原因になりうる心筋梗塞を示す胸痛もないし、脈も整だ。最後の特発性肺線維症は年単位で進む慢性の間質性肺炎で、両側下肺野背側のfine cracklesとばち指が特徴。急性増悪も通常は数日〜1か月かけて悪くなるから、突然発症とは違う。
医学生医学生
聴診所見で整理すると、喘息はwheezes、心不全はcoarse crackles、肺線維症はfine crackles、気胸は左右差、異物は誤嚥歴と咳。何も聞こえないのに低酸素、が肺血栓塞栓症なんですね。
ドクタードクター
まさにその整理が試験でも臨床でも役立つ。確定診断は造影CTで肺動脈内の造影欠損を確認する。動脈血ガスでは低酸素血症と過換気による低CO2血症、心電図では洞性頻脈が最も多く、右脚ブロックやSⅠQⅢTⅢがみられることもある。心エコーでは右室拡大や心室中隔の扁平化が手がかりになる。
医学生医学生
Dダイマーはどうですか。CBTの勉強では除外に使うと覚えました。
ドクタードクター
陰性的中率が高いので、陰性なら除外に役立つ。ただ術後や妊娠、悪性腫瘍では非特異的に上がるから、今回のような術後患者では陽性でも決め手にはならない。治療は抗凝固療法が基本で、ショックを伴う重症例では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除を検討する。そして何より大事なのは予防だ。早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬を周術期に組み合わせる。
医学生医学生
病棟で術後初めて歩く患者さんに付き添うときは、急な息切れやSpO2低下に注意しておきます。
ドクタードクター
その意識があれば十分だ。術後や長期臥床後の初回歩行、排便、体位変換のあとに起きた突然の呼吸困難は、まず肺血栓塞栓症を疑う。重症例では右心不全からショックや心停止に至りうる疾患だから、この連想は確実に身につけておこう。

まとめ

骨盤内手術後や長期臥床後の離床・初回歩行時に突然生じた呼吸困難は、深部静脈血栓が遊離して起こる肺血栓塞栓症を強く疑います。低酸素血症があるのに呼吸音が正常という組み合わせは、気道や肺胞ではなく肺血流側の障害を示す重要な手がかりで、胸痛は必発ではありません。喘息は呼気性wheezes、急性左心不全はcoarse crackles、特発性肺線維症はfine crackles、気胸は呼吸音の左右差、気道異物は誤嚥歴と咳嗽という病歴・聴診の違いで鑑別できます。確定診断は造影CTでの肺動脈の造影欠損で、Dダイマーは陰性時の除外に有用ですが術後には非特異的に上昇しやすい点に注意が必要です。Virchowの3徴に基づくリスク評価と周術期の予防は、どの診療科でも求められる基本的な臨床能力です。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・54歳女性、子宮筋腫に対する子宮摘出術の3日後で入院中:骨盤内手術後かつ術後の安静臥床期間を経ており、深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)とそれに続く肺血栓塞栓症の高リスク状態である。 ・洗面所で洗顔中に突然の呼吸困難が出現し、持続している:術後に離床して歩行・立位をとった場面での発症であり、下肢や骨盤内の静脈にできた血栓が、筋収縮や体位変化による静脈還流の増加をきっかけに遊離して肺動脈へ流れ込むという典型的な状況である。 ・咳嗽なし、胸痛なし、発熱なし(36.4℃):肺炎などの感染症や、胸痛を伴う急性冠症候群は考えにくい。ただし肺血栓塞栓症でも胸痛は必発ではない。 ・脈拍112/分(頻脈)、血圧102/62mmHg(やや低め)、呼吸数24/分(頻呼吸)、SpO2 89%(室内気):低酸素血症を伴う急性の呼吸不全であり、頻脈と血圧低下傾向は右心負荷・心拍出量低下を示唆する。 ・呼吸音に異常なし:喘鳴(wheezes)、断続性副雑音(crackles)、呼吸音の左右差がない。すなわち気道・肺胞・胸腔の異常による呼吸困難ではない可能性が高い。

診断へのプロセス

呼吸困難の鑑別では、発症様式(突然・急性・慢性・慢性の経過中の増悪)を最初に押さえることが重要である。「突然発症」の呼吸困難でまず想起すべきは肺血栓塞栓症と気胸である。本例では呼吸音に左右差がないため気胸は考えにくい。 さらに「強い低酸素血症があるのに聴診所見が正常」という組み合わせは、肺胞や気道には問題がなく、肺の血流側(換気血流比の不均衡)に障害があることを示唆する重要な手がかりである。術後3日目、初回の離床に近い時期という背景と合わせ、最も考えられるのは急性肺血栓塞栓症である。

確定診断と初期対応の考え方

実際の診療では、動脈血ガス分析(低O2血症と過換気による低CO2血症)、Dダイマー(陰性なら除外に有用だが術後は上昇しやすい)、心電図(洞性頻脈、右脚ブロック、SⅠQⅢTⅢなど)、心エコー(右室拡大、心室中隔の扁平化)を行い、造影CTで肺動脈内の血栓(造影欠損)を確認して確定する。治療は抗凝固療法(ヘパリンなど)が基本で、ショックを伴う重症例では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除を検討する。

選択肢考察

  1. ×a.  気道異物

    誤り。気道異物では、誤嚥のエピソード(食事中のむせ込みなど)に続いて激しい咳嗽が生じ、異物の部位に応じて吸気性喘鳴(stridor)、局所的な呼吸音減弱や wheezes を聴取することが多い。本例は洗顔中の発症で誤嚥の契機がなく、咳嗽もなく、呼吸音も正常であるため合致しない。

  2. ×b.  気管支喘息

    誤り。気管支喘息の発作では気道狭窄により呼気延長と呼気性の wheezes を聴取し、咳嗽を伴うことが多い。極めて重症の発作では気流が乏しく喘鳴が聞こえにくくなること(silent chest)があるが、その場合も呼吸音は著明に減弱するため「呼吸音に異常なし」とはならない。また喘息の既往や発作歴の記載もない。

  3. ×c.  急性左心不全

    誤り。急性左心不全では左房圧・肺静脈圧の上昇から肺うっ血・肺水腫をきたし、両側の coarse crackles(水泡音)、咳嗽、泡沫状のピンク色痰、起坐呼吸などがみられる。原因となる急性心筋梗塞を示唆する胸痛もなく、不整脈もなく(脈は整)、聴診所見が正常である点から否定的である。

  4. ○d.  肺血栓塞栓症

    正しい。骨盤内手術(子宮摘出術)後3日目という静脈血栓塞栓症の高リスク期に、離床して洗面所で立位をとった際に突然の呼吸困難が出現している。頻脈・頻呼吸・低酸素血症(SpO2 89%)を認める一方で、呼吸音が正常で発熱・咳嗽もないことは、肺実質や気道ではなく肺血流の障害を示唆し、肺血栓塞栓症に典型的である。造影CTで肺動脈内の血栓を確認して確定診断する。

  5. ×e.  特発性肺線維症

    誤り。特発性肺線維症(IPF:idiopathic pulmonary fibrosis)は数年単位で進行する慢性の間質性肺炎で、労作時呼吸困難と乾性咳嗽が緩徐に進み、両側下肺野背側で fine crackles(捻髪音)を聴取し、ばち指を伴うことが多い。急性増悪はあるが通常は数日〜1か月程度かけて悪化し、突然発症ではない。気胸を合併すれば突然の呼吸困難となりうるが、その場合は呼吸音に左右差が生じる。本例はいずれにも合致しない。

静脈血栓塞栓症(VTE)とは

深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PTE:pulmonary thromboembolism)は一連の病態であり、まとめて静脈血栓塞栓症(VTE:venous thromboembolism)と呼ぶ。急性PTEの塞栓源の大部分は下肢や骨盤内の深部静脈に生じた血栓である。

Virchowの3徴(血栓形成の3要因)

・血流の停滞:長期臥床、術後安静、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)、肥満、妊娠 ・血管内皮の障害:手術(特に骨盤・下肢の手術)、外傷、カテーテル留置 ・血液凝固能の亢進:悪性腫瘍、エストロゲン製剤・経口避妊薬、妊娠・産褥、抗リン脂質抗体症候群、先天性凝固阻止因子欠乏(アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSの欠乏)、脱水

発症の典型的な状況

術後や長期臥床後の初回歩行、排便・排尿、体位変換などをきっかけに突然発症することが多い。症状は呼吸困難が最も多く、胸痛(胸膜痛)、失神、頻呼吸、頻脈などがみられる。重症例では右心不全からショック・心停止に至る。

検査所見のポイント

・動脈血ガス:低O2血症と、過換気による低CO2血症(呼吸性アルカローシス)。肺胞気-動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の開大 ・胸部X線:異常所見に乏しいことが多い(低酸素血症の割にX線所見が乏しいことが手がかり) ・心電図:洞性頻脈が最多。右脚ブロック、右側胸部誘導の陰性T波、SⅠQⅢTⅢパターン ・心エコー:右室拡大、心室中隔の左室側への圧排(D-shape)、三尖弁逆流の増加 ・Dダイマー:陰性であればPTEの除外に有用(陰性的中率が高い)。術後・妊娠・悪性腫瘍などでは非特異的に上昇する ・造影CT:肺動脈内の造影欠損により確定診断。同時に下肢静脈も評価できる

予防

周術期には、早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬(低分子量ヘパリン、未分画ヘパリン、フォンダパリヌクスなど)による予防を行う。

POINT

・突然発症の呼吸困難では、まず肺血栓塞栓症と気胸を考える。 ・術後(特に骨盤内・下肢手術)、長期臥床後の初回歩行時の突然の呼吸困難は肺血栓塞栓症を強く疑う。 ・「低酸素血症があるのに呼吸音・胸部X線が正常」は肺血栓塞栓症を示唆する重要な手がかりである。 ・鑑別のポイント:喘息は呼気性wheezes、左心不全はcoarse crackles、IPFはfine crackles、気胸は呼吸音の左右差、気道異物は誤嚥歴と咳嗽・stridor。 ・確定診断は造影CTで肺動脈の造影欠損を確認する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。