字を書くときだけ指が曲がる―「動作特異性」が示す書痙の正体
第116回医師国家試験 A問題 第29問
国試問題にチャレンジ
40歳の男性。字がうまく書けないことを主訴に来院した。3年前から書類にサインするときに字がうまく書けないことに気づいていたが,徐々に仕事にも支障をきたすようになった。それ以外の日常生活に支障はない。神経診察では筋トーヌスは正常で不随意運動はみられない。四肢筋力低下はなく腱反射は正常である。協調運動障害と感覚障害は認めない。鉛筆で字を書くように指示すると,示指と中指の近位指節間関節と遠位指節間関節が強く屈曲し,歪んだ形の字となった。 考えられるのはどれか。
- a.書痙
- b.痙性斜頸
- c.本態性振戦
- d.ジスキネジア
- e.アステリキシス
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
一般的な神経診察で筋力・腱反射・筋トーヌス・協調運動・感覚に異常がなく、書字のときだけ指や手に過剰な筋収縮が生じて異常肢位をとる場合は、動作特異性の局所性ジストニアである書痙を考えます。痙性斜頸は頸部の局所性ジストニア、本態性振戦は姿勢時・動作時の規則的なふるえ、ジスキネジアは抗精神病薬やL-dopaによる薬剤性の不随意運動が代表的で、アステリキシスは代謝性脳症でみられる瞬間的な脱力であり、それぞれ部位や出現様式が異なります。書痙の治療はボツリヌス毒素の局所注射が中心で、重症例には定位脳手術も選択肢となります。不随意運動を「部位・出現する状況・持続性」で整理し、訴えのある動作を実際に再現してもらう姿勢は、神経診察全般の基本として役立ちます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・40歳男性。3年前から、サインをするときに字がうまく書けなくなり、徐々に悪化して仕事に支障が出ている。 ・書字以外の日常生活動作には問題がない。 ・神経診察:筋トーヌス正常、不随意運動なし、筋力低下なし、腱反射正常、協調運動障害なし、感覚障害なし。 ・実際に字を書かせると、示指と中指の近位指節間関節(PIP関節)と遠位指節間関節(DIP関節)が強く屈曲し、字の形が崩れる。
鑑別の考え方
「字がうまく書けない」原因は多岐にわたる。主なものとして、①筋力低下(脳卒中、末梢神経障害、筋疾患など)、②感覚障害、特に関節の位置覚の低下、③小脳失調による協調運動障害、④Parkinson病などの錐体外路障害(小字症、固縮、振戦)、⑤振戦などの不随意運動、⑥失語に伴う失書などの高次脳機能障害が挙げられる。 本例は通常の神経診察で筋力・腱反射・筋トーヌス・協調運動・感覚のいずれにも異常がなく、安静時・姿勢保持時にも不随意運動がみられない。これにより①〜⑤の多くは考えにくい。一方、書字という特定の動作を行ったときにだけ、指を強く曲げる異常な筋収縮が現れ、意図しない姿勢をとってしまっている。
診断
特定の動作(課題)に限って出現する局所性のジストニア(持続的・反復的な筋収縮により異常な姿勢や運動が生じる状態)であり、書字に特異的なものを書痙と呼ぶ。症状が緩徐に進行し、30〜50歳代に好発することも本例に合致する。設問はこの病態にあてはまる疾患名を問うている。
選択肢考察
- ○a. 書痙
書痙(writer's cramp)は、書字動作のときにだけ手や前腕の筋に過剰な収縮が起こり、指の過度な屈曲や手関節の異常肢位、ペンを握りしめるなどの症状のために字が書けなくなる局所性ジストニアである。動作特異性ジストニア(task-specific dystonia)の代表で、書字以外の動作や安静時には異常がみられず、一般的な神経診察では異常が見つからないことが多い。本例は書字に限って示指・中指のPIP・DIP関節が強く屈曲し、他の神経所見は正常であるため、書痙と考えられる。治療としてはボツリヌス毒素の局所注射が中心で、抗コリン薬などの内服、重症例には定位脳手術(視床の凝固術など)も行われる。
- ×b. 痙性斜頸
痙性斜頸は頸部ジストニアとも呼ばれ、胸鎖乳突筋・僧帽筋・頭板状筋などの頸部筋の異常な収縮により、頭頸部が回旋・側屈・前屈・後屈した姿勢をとる局所性ジストニアである。ジストニアである点は書痙と共通するが、症状の部位は頸部であり、書字障害を主訴とし頸部に異常のない本例とは合わない。
- ×c. 本態性振戦
本態性振戦は最も頻度の高い不随意運動の一つで、主に両上肢に、姿勢を保持したとき(姿勢時振戦)や動作中(運動時振戦)に4〜12Hz程度の規則的なふるえが出る。頭部のふるえや声のふるえを伴うこともあり、家族歴をもつことが多く、少量の飲酒で軽快する特徴がある。書字でも字が震えて乱れるが、上肢を前方に挙上させる姿勢保持や指鼻試験でも振戦が観察されるはずである。本例は診察で不随意運動がなく、症状も振戦ではなく指の持続的な屈曲であるため該当しない。
- ×d. ジスキネジア
ジスキネジアは広い意味では舞踏運動、アテトーゼ、ジストニア、バリスム、ミオクローヌスなど多様な不随意運動の総称である。臨床的には薬剤による不随意運動を指すことが多く、抗精神病薬の長期使用による遅発性ジスキネジア(口をもぐもぐさせる口舌ジスキネジアが典型)や、Parkinson病でL-dopa服用中にみられるジスキネジアが代表である。本例には服薬歴の記載がなく、診察上も不随意運動はみられないため否定的である。
- ×e. アステリキシス
アステリキシスは、姿勢を保っている筋の収縮が瞬間的に途切れるために起こる不随意運動で、陰性ミオクローヌスともいわれる。両上肢を前に伸ばし手関節を背屈させると、手が瞬間的にがくっと落ちてはまた戻る動きを繰り返し、羽ばたき振戦(flapping tremor)と呼ばれる。肝性脳症、尿毒症、CO2ナルコーシスなどの代謝性脳症でみられる。病態の本質は瞬間的な筋の脱力であり、本例のような過剰な筋収縮による異常肢位とは正反対である。また代謝異常を示す背景もない。
ジストニアとは
主動筋と拮抗筋が同時に、持続的または反復的に収縮することで、ねじれるような異常姿勢や運動が生じる状態である。大脳基底核を中心とした運動制御回路の機能異常が関与すると考えられている。分布によって次のように分けられる。 ・局所性ジストニア:体の一部に限局する。書痙(手)、痙性斜頸(頸部)、眼瞼痙攣(眼輪筋)、痙攣性発声障害(声帯)、口・顎のジストニアなど。 ・分節性ジストニア:隣接する複数部位に及ぶ(例:Meige症候群=眼瞼痙攣+口・顎のジストニア)。 ・全身性ジストニア:遺伝性のもの(DYT1など)、Wilson病などの代謝疾患によるものなど。
ジストニアの特徴
・動作特異性:特定の動作でのみ出現する(書痙、音楽家のジストニア、スポーツ選手の「イップス」の一部など)。 ・感覚トリック:特定の部位に軽く触れると症状が軽くなる現象。痙性斜頸で顎に手を添えると頸が正中に戻るのが典型である。 ・繰り返しの使用や精神的緊張で悪化し、睡眠中は消失する。
不随意運動の見分け方
診察では、①どこに出るか、②安静時・姿勢保持時・動作時のいつ出るか、③持続的か瞬間的か、④規則的か不規則か、⑤何で増悪・軽快するかを確認する。 ・Parkinson病の振戦:安静時に出現し、動作で軽減する(4〜6Hz程度)。 ・本態性振戦:姿勢時・運動時に出現する。 ・小脳性の振戦:目標に近づくほど大きくなる企図振戦。 ・舞踏運動:不規則で素早く、踊るような動き(Huntington病など)。 ・ミオクローヌス:瞬間的な筋収縮による素早いぴくつき。 ・アステリキシス:瞬間的な筋収縮の途絶による脱力(陰性ミオクローヌス)。 ・ジストニア:持続的な筋収縮による異常姿勢。
POINT
・書字のときだけ指や手に異常な筋収縮が生じ、他の神経所見が正常なら書痙(動作特異性の局所性ジストニア)。 ・書痙の治療はボツリヌス毒素の局所注射が中心で、重症例では定位脳手術も選択肢。 ・痙性斜頸は頸部の局所性ジストニア。 ・本態性振戦は姿勢時・運動時の振戦で、飲酒で軽快し家族歴が多い。 ・遅発性ジスキネジアは抗精神病薬の長期投与、L-dopa誘発性ジスキネジアはParkinson病治療中にみられる。 ・アステリキシス(羽ばたき振戦)は肝性脳症・尿毒症・CO2ナルコーシスなどの代謝性脳症の徴候。
