夜中に家具を倒す夫―運動症状より5年早く現れたParkinson病のサイン
第119回医師国家試験 D問題 第48問
国試問題にチャレンジ
52歳の男性。疲れやすく,仕事中に頭が回らないことを主訴に妻とともに来院した。5年前から,週に数回,就寝後約2時間すると大声をあげるようになり,起き上がって家具を倒すこともあった。3年前から疲れやすくなり,気分が憂うつになった。2年前から仕事中に頭が回らず,集中できなくなり,職場の上司から仕事のミスを指摘されるようになった。1年前から右手の震えに妻が気付いていた。日中に行動異常はない。薬は服用していない。身長163cm,体重56kg。Mini-Mental State Examination〈MMSE〉は29点(30点満点)。嗅覚が低下している。表情は乏しく,小声で,前傾姿勢が強い。右上肢に静止時振戦と筋強剛を認める。血液所見,血液生化学所見,脳波検査および頭部単純MRIに異常を認めない。 この患者にみられるのはどれか。
- a.チック
- b.常同行動
- c.舞踏運動
- d.複雑部分発作
- e.レム〈REM〉睡眠行動障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
入眠からしばらく経ってから大声をあげたり暴れたりする睡眠中だけの異常行動は、レム睡眠中の筋緊張低下が失われ、夢の内容が行動として現れるレム睡眠行動障害(RBD)に一致し、睡眠ポリグラフ検査で筋活動低下を伴わないレム睡眠を確認して診断します。RBDは嗅覚低下、便秘、うつと並ぶParkinson病の代表的な前駆症状で、Braak仮説ではα-シヌクレイン病理が黒質より先に脳幹下部や嗅球を侵すためと説明されます。チック、常同行動、舞踏運動は原則として覚醒中の症状であり、複雑部分発作(焦点意識減損発作)は自動症が典型で脳波異常を伴うことが鑑別点です。特発性RBDは長期的にParkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症などのシヌクレイノパチーへ移行しやすいため、睡眠中の異常行動を認めたら神経変性疾患の早期徴候として注意深く経過をみることが重要です。家族からの病歴聴取で非運動症状を拾い上げる力は、神経変性疾患の早期発見に直結します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・52歳の男性。経過は5年に及び、症状が段階的に加わっている。 ・5年前〜:週に数回、入眠から約2時間後に大声をあげ、起き上がって家具を倒す。日中には行動異常がない。→ 睡眠中に限った異常行動である。 ・3年前〜:易疲労感と抑うつ気分。2年前〜:集中力低下、仕事のミス。→ 抑うつ・意欲低下などの精神症状(非運動症状)。 ・1年前〜:右手の震え。 ・身体所見:嗅覚低下、仮面様顔貌(表情が乏しい)、小声(小声症)、強い前傾姿勢、右上肢の静止時振戦と筋強剛(片側優位)。 ・MMSE(Mini-Mental State Examination:30点満点の簡易認知機能検査)29点で、明らかな認知症はない。 ・服薬歴なし → 薬剤性パーキンソニズムは考えにくい。 ・血液検査、脳波、頭部MRIに異常なし → 脳血管障害・腫瘍・水頭症などの二次性パーキンソニズムや、てんかんを示唆する所見はない。
診断へのプロセス
静止時振戦・筋強剛・仮面様顔貌・小声・前傾姿勢といった運動症状が片側優位に出現しており、パーキンソニズムがある。薬剤歴がなく、MRIも正常で、二次性パーキンソニズムを示唆する所見はない。さらに運動症状に先立って、睡眠中の異常行動、抑うつ、嗅覚低下といった非運動症状が出そろっている。これはParkinson病の典型的な経過である。認知機能は保たれており、Lewy小体型認知症(認知機能障害が前景に立つ)とは考えにくい。また、MRI正常で小脳症状や著明な自律神経不全の記載もないため、多系統萎縮症も積極的には疑わない。以上からParkinson病と診断する。
設問の考え方
「この患者にみられるのはどれか」は、病歴中の症状を医学用語に置き換えられるかを問うている。注目すべきは、運動症状より5年先行した「入眠後しばらくしてから大声をあげ、起き上がって家具を倒す」という睡眠中だけの行動異常である。これはレム(REM:rapid eye movement、急速眼球運動)睡眠中に本来起こる骨格筋の脱力が失われ、夢の内容がそのまま行動に出るレム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder:RBD)に一致する。RBDはParkinson病の代表的な前駆症状である。
選択肢考察
- ×a. チック
チックは、突発的・急速・反復性で、律動性のない運動(まばたき、首振り、肩すくめなど:運動チック)や発声(咳払い、鼻鳴らし、単語の発声など:音声チック)である。同じ患者ではほぼ同じ動きが繰り返され、一時的には意思で抑えられ、睡眠中は消失・減弱する。大半は小児期に発症する(Tourette症候群など)。本例の異常行動は睡眠中に限られ、日中に反復性の運動・発声の記載はなく、該当しない。
- ×b. 常同行動
常同行動は、目的のない同じ動作・姿勢・発声を繰り返したり、毎日同じ行動パターンに固執したりすることを指す。自閉スペクトラム症で代表的にみられ、前頭側頭型認知症(同じ時刻に同じ道を歩く「時刻表的生活」など)や、抗精神病薬による遅発性ジスキネジアでもみられる。覚醒中の症状であり、睡眠中の異常行動である本例には当てはまらない。日中の行動異常がないことも否定の根拠となる。
- ×c. 舞踏運動
舞踏運動(chorea)は、不規則で非律動的、比較的すばやく、身体の部位から部位へ流れるように移っていく不随意運動である。顔をしかめる、舌を出し入れする、手指を曲げ伸ばしするなどの動きがみられ、軽症では「落ち着きがない」と誤解されやすい。Huntington病、Sydenham舞踏病、脳血管障害(片側バリズム)、Parkinson病治療薬(L-ドパ)によるジスキネジアなどで生じ、睡眠中は消失する。本例は未治療のParkinson病であり、みられる不随意運動は律動的な静止時振戦である。
- ×d. 複雑部分発作
複雑部分発作は、現在の国際抗てんかん連盟(ILAE)分類では「焦点意識減損発作」と呼ばれる。意識が減損し、動作が止まって呼びかけに応じなくなり、口をもぐもぐさせる、手で衣服をまさぐるといった自動症を伴うことが多い。発作は通常数十秒〜数分で、発作後にもうろう状態が残り、本人は発作を覚えていない。成人てんかんで最も多い発作型である。睡眠中に起こることもあるが、家具を倒すような粗大で暴力的な行動は典型的ではなく、本例では脳波も正常である。病歴全体はParkinson病の経過に合っており、てんかんを考える根拠に乏しい。
- ○e. レム〈REM〉睡眠行動障害
本例の異常行動には、レム睡眠行動障害(RBD)の特徴がそろっている。①入眠後約2時間で出現している:最初のレム睡眠は入眠後60〜90分ごろに現れ、睡眠の後半ほどレム睡眠が多くなるため、RBDの行動は入眠からしばらく経ってから起こる。②大声、起き上がる、家具を倒すといった激しい行動:追いかけられる・襲われるといった夢の内容を行動に移すため、寝言・叫び声・殴る・蹴るなどが出て、ベッドからの転落や同床者のけがにつながることもある。③日中は異常がない。④中高年男性に多い。正常のレム睡眠では骨格筋の緊張が消失しているが、RBDではこの筋緊張の抑制が障害される。睡眠ポリグラフ検査で「筋活動低下を伴わないレム睡眠(REM sleep without atonia)」を確認すれば診断が確定する。RBDはα-シヌクレインが蓄積する疾患群(シヌクレイノパチー:Parkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症)の前駆症状として重要であり、本例のように運動症状より数年先行することが多い。
Parkinson病の症状
・運動症状(四大症状):静止時振戦、筋強剛(歯車様・鉛管様)、無動・寡動、姿勢保持障害(姿勢反射障害)。片側から始まり、左右差が残るのが特徴。仮面様顔貌、小声、小字症、前傾姿勢、小刻み歩行、すくみ足もみられる。 ・非運動症状:嗅覚低下、便秘・起立性低血圧・排尿障害などの自律神経症状、睡眠障害(RBD、むずむず脚症候群、日中過眠)、うつ・不安・アパシー(意欲低下)、認知機能障害、幻視、痛みなど。嗅覚低下・便秘・RBD・うつは、運動症状より数年〜十数年先行しうる「前駆症状」である。
Braak仮説と前駆症状
α-シヌクレインの病理は、延髄の迷走神経背側核や嗅球から始まり、脳幹を下から上へと進み、中脳黒質に及んだ段階で運動症状が出現すると考えられている(Braak仮説)。RBDに関わるレム睡眠時の筋緊張抑制の回路は橋の青斑下核付近にあり、黒質より早く障害されるため、RBDが運動症状に先行すると説明される。嗅覚低下も嗅球病変による早期症状と考えられる。病理がさらに大脳辺縁系や皮質へ進むと、認知症や精神症状が目立つようになる。
RBDの予後
神経症状を伴わない特発性RBDの患者は、長期経過で高率にシヌクレイノパチーを発症し、10年でおよそ半数以上、さらに長期では大多数が発症すると報告されている。
睡眠中の異常行動の鑑別
・ノンレム睡眠からの覚醒障害(睡眠時遊行症、夜驚症):小児に多く、睡眠前半の深いノンレム睡眠から生じる。覚醒させにくく、本人は出来事を覚えておらず、夢体験を伴わない。多くは思春期までに自然に消える。 ・RBD:中高年男性に多く、レム睡眠が増える睡眠後半に多い。声をかけると比較的容易に目覚め、夢の内容をはっきり語れる。 ・夜間てんかん発作:常同的な発作パターンを示し、脳波でてんかん性放電を認める。
RBDの治療
寝室の安全確保(家具の配置、ベッドの高さを下げるなど)が基本である。薬物療法ではクロナゼパムがよく用いられ、メラトニン受容体作動薬などが使われることもある。
POINT
・入眠後しばらく経ってからの大声、暴力的な行動、夢の内容に一致する行動 → レム睡眠行動障害(RBD)。 ・RBDはレム睡眠中の筋緊張低下が失われた状態であり、睡眠ポリグラフ検査で筋活動低下を伴わないレム睡眠を確認して診断する。 ・RBDはParkinson病、Lewy小体型認知症、多系統萎縮症(シヌクレイノパチー)の前駆症状である。 ・Parkinson病の非運動症状(RBD、嗅覚低下、便秘、うつ)は運動症状に先行しうる。 ・チック、常同行動、舞踏運動は原則として覚醒中の症状であり、睡眠中には消失する。
