痛くない潰瘍こそ要注意―硬性下疳と無痛性横痃で見抜く第1期梅毒
第115回医師国家試験 D問題 第59問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。外陰潰瘍を主訴に来院した。10日前に潰瘍に気付いたが痛みがないので様子をみていた。身長164cm,体重58kg。体温36.5℃。脈拍72/分,整。血圧124/76 mmHg。呼吸数20/分。左小陰唇外側に径10mmの硬結を認め,中心に潰瘍を認める。自発痛と圧痛はない。両側鼠径部のリンパ節に径1cmの腫大を触知するが痛みはない。 可能性が高いのはどれか。
- a.梅毒
- b.淋菌感染症
- c.性器ヘルペス
- d.クラミジア感染症
- e.尖圭コンジローマ
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
外陰部潰瘍の鑑別では、痛みの有無と潰瘍の硬さが最大の手がかりになります。無痛性で硬い単発の潰瘍(硬性下疳)に無痛性の鼠径リンパ節腫脹(無痛性横痃)を伴えば第1期梅毒が典型的で、性器ヘルペス・軟性下疳・Behçet病のように強い痛みを伴う潰瘍とは対照的です。淋菌やクラミジアは女性では子宮頸管炎が主体で潰瘍はつくらず、尖圭コンジローマは乳頭状の疣贅を形成します。診断は非トレポネーマ検査とトレポネーマ検査を組み合わせ、感染初期の陰性に注意し、治療はペニシリン系が第一選択で、5類感染症として7日以内に届け出ます。痛みがなく自然に消える病変ほど見逃されやすいという視点は、増加する梅毒の早期発見と先天梅毒の予防に直結します。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・28歳の女性で、性活動の活発な年代である。 ・10日前に外陰部の潰瘍に気付いたが、痛みがないため放置していた。 ・発熱はなく、バイタルサインに大きな異常はない。 ・左小陰唇外側に直径10mmの硬いしこり(硬結)があり、その中心が潰瘍になっている。自発痛も圧痛もない。 ・両側の鼠径リンパ節が直径1cmに腫れているが、痛みはない。
鑑別のプロセス
外陰部に潰瘍をつくる疾患として、性感染症(STI:sexually transmitted infection)では梅毒、性器ヘルペス、軟性下疳、鼠径リンパ肉芽腫(性病性リンパ肉芽腫)が、性感染症以外ではBehçet病、外陰癌などが挙げられる。これらを見分ける最大の手がかりは「痛みの有無」と「潰瘍の硬さ」である。 ・性器ヘルペス、Behçet病の外陰部潰瘍、軟性下疳はいずれも強い痛みを伴う。 ・本例は潰瘍の基部が硬く触れ(硬結)、潰瘍もリンパ節も痛くない。 無痛性の硬い潰瘍(硬性下疳)と、無痛性の鼠径リンパ節腫脹(無痛性横痃)の組み合わせは、第1期梅毒の典型像である。感染から約3週間の潜伏期を経て、病原体の侵入部位に初期硬結が生じ、その中心が崩れて硬性下疳となる。痛みがないために本人が気付かなかったり放置したりしやすく、本例の経過もこれに合致する。 以上から、最も可能性の高い疾患は梅毒である。確定のためには、血清反応(脂質抗原を用いるRPR法などと、梅毒トレポネーマ抗原を用いるTP抗原法)を行う。感染初期は血清反応がまだ陽性化していないことがあるため、陰性でも疑いが強ければ数週間後に再検査する。
選択肢考察
- ○a. 梅毒
梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)による性感染症である。感染後約3週間で侵入部位(外陰部、口唇など)に軟骨のような硬さの小結節(初期硬結)ができ、やがて中心が潰瘍化して硬性下疳となる。同時に所属リンパ節である鼠径リンパ節が硬く腫れるが、痛みや発赤は伴わない(無痛性横痃)。これらは治療しなくても数週間で自然に消えるため、見逃されやすい。本例の「痛みのない硬結とその中心の潰瘍」と「無痛性の両側鼠径リンパ節腫大」は、第1期梅毒の所見にそのまま当てはまる。
- ×b. 淋菌感染症
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による性感染症で、女性では主に子宮頸管炎や尿道炎を起こし、膿性の帯下増加や排尿時痛がみられる。ただし女性では無症状のことも多い。上行感染すると卵管炎や骨盤腹膜炎の原因となり、不妊につながる。帯下による刺激で外陰部にびらんがみられることはあるが、本例のような硬結を伴う潰瘍や無痛性の鼠径リンパ節腫大は典型的ではない。
- ×c. 性器ヘルペス
主に単純ヘルペスウイルス2型(1型の場合もある)による性感染症である。外陰部に小水疱が多発し、それが破れて浅い潰瘍(びらん)が複数できる。特に初感染では強い痛みのために排尿や歩行が困難になることがあり、発熱や圧痛を伴う鼠径リンパ節腫脹もしばしば伴う。本例は単発の硬い潰瘍で痛みがなく、リンパ節も無痛であり、性器ヘルペスとは臨床像が合わない。
- ×d. クラミジア感染症
Chlamydia trachomatisによる性感染症で、国内で最も多い性感染症である。女性では子宮頸管炎を起こすが、多くは無症状か、軽い帯下増加や不正出血程度にとどまる。上行感染で卵管炎、骨盤内炎症性疾患、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)を起こし、卵管性不妊や異所性妊娠の原因となる。外陰部に硬結を伴う潰瘍をつくることは通常ない。なお特殊な血清型(L1〜L3)による鼠径リンパ肉芽腫では小さな潰瘍と有痛性の鼠径リンパ節腫脹がみられるが、日本ではまれである。
- ×e. 尖圭コンジローマ
ヒトパピローマウイルス(HPV)、主に低リスク型の6型・11型の感染による。外陰部、腟、子宮頸部、肛門周囲などに、表面がざらざらした乳頭状・鶏冠状のいぼ(疣贅)が多発する。基本的に痛みはないが、病変は隆起した疣贅であり、硬結を伴う潰瘍が単発するという本例の所見とは異なる。
梅毒の病期と症状
・第1期(感染後約3週〜):侵入部位の初期硬結→硬性下疳、無痛性横痃。いずれも無痛性で、数週間で自然消退する。 ・第2期(感染後おおむね3か月頃〜):病原体が血流にのって全身に広がる時期。手掌・足底を含む体幹・四肢のバラ疹や丘疹性梅毒疹、扁平コンジローマ(外陰部・肛囲の扁平に隆起する湿った丘疹で、感染力が強い)、梅毒性脱毛、粘膜疹、全身のリンパ節腫脹、発熱、倦怠感などがみられる。これらも自然に消えて潜伏期に入る。 ・第1期・第2期はまとめて早期顕症梅毒と呼ばれ、病変部に病原体が多く感染力が強い。 ・晩期(未治療で数年以上):ゴム腫、心血管梅毒(大動脈炎、大動脈瘤)、神経梅毒(脊髄癆、進行麻痺)など。なお神経梅毒は早期にも起こりうる。 ・症状がなく血清反応だけ陽性の時期を無症候梅毒という。
検査
・非トレポネーマ検査(RPR法など、カルジオリピンを抗原とする脂質抗原法):病勢を反映し、治療効果の判定に用いる。妊娠、膠原病(抗リン脂質抗体症候群など)、感染症などで偽陽性(生物学的偽陽性)となることがある。 ・トレポネーマ検査(TPHA法、TPLA法など):梅毒に特異的だが、治療後も陽性が続くことが多く、治療効果判定には向かない。 ・感染初期は両者とも陰性のことがあり、病変部からの病原体の検出(PCR法など)や、期間をおいた再検査を考慮する。
治療
ペニシリン系抗菌薬が第一選択である。日本ではアモキシシリン内服や、ベンジルペニシリンベンザチンの筋肉注射が用いられる。ペニシリンアレルギーの場合は代替薬を用いる。治療開始後24時間以内に、死滅した菌体成分に対する反応として発熱・悪寒・皮疹の増悪などが起こることがあり、Jarisch-Herxheimer反応と呼ばれる。
公衆衛生上の事項
梅毒は感染症法の5類感染症(全数把握)であり、診断した医師は7日以内に届け出る。近年、国内で報告数が増加しており、特に若い女性の増加が注目されている。妊婦が感染すると胎盤を通じて胎児に感染し、先天梅毒の原因となるため、妊婦健診で梅毒の血清検査が行われる。性的パートナーの検査・治療も重要である。
外陰部潰瘍の鑑別のまとめ
・梅毒(硬性下疳):単発、硬い、無痛性。鼠径リンパ節も無痛性。 ・性器ヘルペス:多発する小水疱・浅い潰瘍、強い痛み。 ・軟性下疳(Haemophilus ducreyi):柔らかく有痛性の潰瘍、有痛性で化膿しやすい鼠径リンパ節腫脹。 ・Behçet病:有痛性の外陰部潰瘍に、再発性口腔内アフタ、眼症状(ぶどう膜炎)、結節性紅斑などを伴う。 ・外陰癌:高齢女性に多く、難治性の潰瘍・腫瘤。
POINT
・無痛性の硬い潰瘍(硬性下疳)+無痛性の鼠径リンパ節腫脹(無痛性横痃)=第1期梅毒。 ・外陰潰瘍の鑑別は痛みの有無が鍵:性器ヘルペス・軟性下疳・Behçet病は有痛性、梅毒は無痛性。 ・梅毒の診断は非トレポネーマ検査(RPRなど)とトレポネーマ検査(TPHA・TPLAなど)を組み合わせて行う。感染初期は陰性のことがある。 ・治療はペニシリン系抗菌薬。治療後早期のJarisch-Herxheimer反応に注意。 ・5類感染症(全数把握)で7日以内に届出。 ・淋菌・クラミジアは女性では子宮頸管炎が主で無症状が多く、尖圭コンジローマ(HPV 6・11型)は疣贅を形成する。
