StudyMed医師国家試験

血管の内か外か―Hesselbach三角で解く鼠径部ヘルニアの地図

第115回医師国家試験 A問題 第7問

国試問題にチャレンジ

第115回 A問題 第7問

 下腹壁動静脈,腹直筋外側縁および鼠径靱帯に囲まれたHesselbach三角をヘルニア門とするのはどれか。

  1. a.大腿ヘルニア
  2. b.外鼠径ヘルニア
  3. c.内鼠径ヘルニア
  4. d.閉鎖孔ヘルニア
  5. e.Bochdalek孔ヘルニア

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は鼠径部の解剖をもとに、ヘルニアがどこから脱出するか、つまりヘルニア門の位置で病型を見分ける問題だ。カギになる目印は下腹壁動静脈と鼠径靱帯の2つ。まずHesselbach三角がどこにあるか、イメージできるかな。
医学生医学生
解剖実習で鼠径管を剖出したときに出てきた気がします。下腹壁動静脈の内側でしたっけ。
ドクタードクター
その通り。外側を下腹壁動静脈、内側を腹直筋外側縁、下を鼠径靱帯で囲まれた領域で、ちょうど鼠径管の後壁にあたる。ここは腹横筋腱膜と横筋筋膜くらいしかなく、筋肉による補強が乏しい弱い部分なんだ。
医学生医学生
弱い壁なら、そこから腸がそのまま前に押し出されてくるということですか。
ドクタードクター
まさにそう。鼠径管を経由せず、後壁をまっすぐ前方へ突き破るように出てくるから直接ヘルニア、つまり内鼠径ヘルニアと呼ぶ。だから正解は内鼠径ヘルニアだ。
医学生医学生
名前に「内」が付くので、内鼠径輪から出るのが内鼠径ヘルニアだと勘違いしそうです。
ドクタードクター
そこは国試でも定番の落とし穴だね。内鼠径輪から出るのは実は外鼠径ヘルニアのほう。内鼠径輪は下腹壁動静脈の外側にあって、ヘルニア内容はそこから精索に沿って鼠径管を斜めに進み、外鼠径輪を出て、進行すると陰嚢まで達する。管を通って間接的に出るから間接ヘルニアだ。
医学生医学生
血管の外側から出るから外鼠径、内側から出るから内鼠径、と覚えればいいんですね。
ドクタードクター
いい整理だ。外鼠径ヘルニアは鼠径ヘルニアで最も多く、小児ではほぼすべてがこの型。腹膜鞘状突起が閉じずに残ることが原因なんだ。一方、内鼠径ヘルニアは加齢で横筋筋膜が弱くなって起こる後天性のもので、中高年以降の男性に多い。
医学生医学生
小児外科の実習で見た鼠径ヘルニアの子も、鞘状突起の開存と説明されていました。では大腿ヘルニアはどこから出るんでしょう。
ドクタードクター
大腿ヘルニアは鼠径靱帯の下、大腿静脈の内側にある大腿輪から大腿管を通って出てくる。Hesselbach三角は鼠径靱帯が下縁だから、それより下にある大腿ヘルニアは別物だね。中高年の女性、特に経産婦や痩せた高齢女性に多く、ヘルニア門が狭くて周りが硬いので嵌頓しやすいのが要注意点だ。
医学生医学生
閉鎖孔ヘルニアも高齢女性に多いと聞いたことがあります。
ドクタードクター
そう、痩せた高齢の経産婦が典型だ。骨盤の閉鎖管から大腿内側に脱出するので体表から膨らみを触れにくく、腸閉塞で見つかることが多い。閉鎖神経が圧迫されて大腿内側から膝に痛みが走るHowship-Romberg徴候が手がかりになる。
医学生医学生
Bochdalek孔ヘルニアは横隔膜のヘルニアなので、鼠径部とはまったく関係ないですね。
ドクタードクター
その通り。横隔膜後外側の胸腹膜裂孔が胎生期に閉じないことで起こる先天性横隔膜ヘルニアで、左側に多い。腹部臓器が胸腔に入り込み、肺低形成や肺高血圧から新生児の重い呼吸障害を起こす。ヘルニア門が横隔膜だから今回の候補からは外れるね。
医学生医学生
下腹壁動静脈の外か内か、鼠径靱帯の上か下か、の2軸で鼠径部の3病型が整理できるんですね。
ドクタードクター
完璧だ。臨床面も補足しておこう。成人の鼠径部ヘルニアは自然には治らないので、メッシュを使った修復術が標準で、前方から入る方法と腹腔鏡下手術がある。腹腔鏡では腹腔側から見ることになるから、外側鼠径窩・内側鼠径窩という腹膜のくぼみと、その境界の下腹壁動静脈の位置関係がそのまま手術の地図になるんだ。
医学生医学生
手術でも解剖の知識が直結するんですね。嵌頓したときはどうするんですか。
ドクタードクター
用手的に還納できない場合や腸管壊死が疑われる場合は緊急手術の適応だ。内鼠径ヘルニアはヘルニア門が広く嵌頓はまれだけど、大腿ヘルニアは嵌頓しやすい。高齢女性の原因不明の腸閉塞では、鼠径靱帯の下や大腿内側まで必ず診察する習慣をつけておこう。

まとめ

Hesselbach三角は下腹壁動静脈・腹直筋外側縁・鼠径靱帯に囲まれた鼠径管後壁の脆弱部で、ここから腹腔内容が直接前方へ脱出するのが内鼠径ヘルニア(直接ヘルニア)です。下腹壁動静脈の外側にある内鼠径輪から鼠径管を通るのが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)で、小児では腹膜鞘状突起の開存が原因となり、成人でも最も多い病型です。鼠径靱帯の下の大腿輪から出る大腿ヘルニアは中高年女性に多く嵌頓しやすく、閉鎖孔ヘルニアはHowship-Romberg徴候、Bochdalek孔ヘルニアは先天性横隔膜ヘルニアとして区別します。「下腹壁動静脈の内か外か」「鼠径靱帯の上か下か」の2軸で整理すると、鼠径部ヘルニアの病型を確実に見分けられ、腹腔鏡手術での解剖理解や嵌頓の見逃し防止にもつながります。

解答・解説

正解はcです

問われていること

鼠径部の解剖、とくに下腹壁動静脈(下腹壁動脈・静脈)を目印にしたヘルニアの分類を問う問題である。

鼠径部ヘルニアの位置関係

腹壁の内側(腹腔側)から鼠径部を見ると、腹膜のくぼみが外側から順に、外側鼠径窩・内側鼠径窩・膀胱上窩と並ぶ。外側鼠径窩と内側鼠径窩を分ける境界が下腹壁動静脈である。 ・下腹壁動静脈の外側:内鼠径輪(深鼠径輪)がある。ここから精索(女性では子宮円索)に沿って鼠径管に入り込むのが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)である。 ・下腹壁動静脈の内側:Hesselbach三角(鼠径三角)がある。下腹壁動静脈(外側縁)、腹直筋外側縁(内側縁)、鼠径靱帯(下縁)で囲まれ、鼠径管の後壁にあたる。この部分は腹横筋腱膜と横筋筋膜しかなく、筋層による補強が乏しいため、加齢などで脆弱化すると腹腔内容がまっすぐ前方へ押し出される。これが内鼠径ヘルニア(直接ヘルニア)である。 ・鼠径靱帯の下方:大腿輪から大腿管を通るのが大腿ヘルニアである。 したがって、Hesselbach三角をヘルニア門とするのは内鼠径ヘルニアである。 「下腹壁動静脈の外側か内側か」「鼠径靱帯の上か下か」の2軸で整理すると、鼠径部ヘルニアの3病型を確実に区別できる。

選択肢考察

  1. ×a.  大腿ヘルニア

    大腿ヘルニアは鼠径靱帯の下方にある大腿輪をヘルニア門とし、大腿静脈の内側を走る大腿管を通って大腿部(鼠径靱帯直下)に膨隆する。ヘルニア門は鼠径靱帯より下であり、鼠径靱帯を下縁とするHesselbach三角とは異なる。中高年の女性、とくに経産婦や痩せた高齢女性に多い。ヘルニア門が狭く周囲が硬い組織で囲まれるため、嵌頓(脱出した臓器が戻らなくなり血流障害をきたすこと)を起こしやすい。

  2. ×b.  外鼠径ヘルニア

    外鼠径ヘルニアのヘルニア門は下腹壁動静脈の外側にある内鼠径輪(外側鼠径窩)である。ヘルニア内容は内鼠径輪から鼠径管内を斜めに走行し、外鼠径輪から出て、進行すると陰嚢(女性では大陰唇)に達する。鼠径管を経由して間接的に脱出するため間接ヘルニアと呼ぶ。小児の鼠径ヘルニアはほぼすべてがこの型で、腹膜鞘状突起が閉じずに残ることが原因である。成人でも鼠径ヘルニアで最も多い病型である。Hesselbach三角の外側に位置するため誤りである。

  3. ○c.  内鼠径ヘルニア

    内鼠径ヘルニアは、下腹壁動静脈の内側にあるHesselbach三角(内側鼠径窩に相当)から、鼠径管後壁を直接前方へ押し出す形で脱出する。内鼠径輪を通らず、腹壁を直接貫くため直接ヘルニアと呼ばれる。鼠径管後壁を形成する横筋筋膜の脆弱化が主な原因で、中高年以降の男性に多く、先天性の要素はほとんどない。ヘルニア門が比較的広いため、嵌頓はまれである。

  4. ×d.  閉鎖孔ヘルニア

    閉鎖孔ヘルニアは、恥骨と坐骨に囲まれた閉鎖孔の外上方にある閉鎖管(閉鎖神経・閉鎖動静脈が通る)をヘルニア門とし、大腿内側へ脱出する。痩せた高齢の経産婦に多い。体表から膨隆を触れにくく、腸閉塞で発見されることが多い。閉鎖神経が圧迫されて大腿内側から膝にかけて痛みが生じる徴候(Howship-Romberg徴候)が知られる。ヘルニア門は骨盤にあり、Hesselbach三角とは無関係である。

  5. ×e.  Bochdalek孔ヘルニア

    Bochdalek孔ヘルニアは、胎生期に胸腔と腹腔を隔てる胸腹膜裂孔(横隔膜の後外側部)が閉鎖しないことで生じる先天性横隔膜ヘルニアである。先天性横隔膜ヘルニアの大部分(約90%)を占め、多くは左側に生じる。腹腔内臓器が胸腔内へ脱出し、肺低形成と肺高血圧をきたすため、新生児期の重篤な呼吸障害の原因となる。ヘルニア門は横隔膜にあり、鼠径部とは関係がない。

ヘルニアの基本用語

・ヘルニア門:臓器が脱出する出口となる腹壁などの欠損部・脆弱部。 ・ヘルニア嚢:脱出した臓器を包む腹膜。 ・ヘルニア内容:脱出する臓器(小腸、大網など)。 ・外ヘルニア:腹壁を越えて体表側へ脱出するもの(鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア、閉鎖孔ヘルニア、臍ヘルニアなど)。 ・内ヘルニア:腹腔内の陥凹や裂孔に臓器が入り込むもの。横隔膜ヘルニアも広義にはここに含めることがある。

鼠径部ヘルニアの比較

・外鼠径ヘルニア(間接):ヘルニア門は内鼠径輪(下腹壁動静脈の外側)。小児〜成人男性。陰嚢に達しうる。小児例は腹膜鞘状突起の開存による。 ・内鼠径ヘルニア(直接):ヘルニア門はHesselbach三角(下腹壁動静脈の内側)。中高年男性。後天性の腹壁脆弱化による。嵌頓はまれ。 ・大腿ヘルニア:ヘルニア門は大腿輪(鼠径靱帯の下方、大腿静脈の内側)。中高年女性。嵌頓しやすい。

Hesselbach三角の境界

・外側:下腹壁動静脈 ・内側:腹直筋外側縁 ・下方:鼠径靱帯 (教科書によっては下縁を腸恥靱帯とする記載もある。腹腔鏡下ヘルニア修復術では腹腔側から見た腸恥靱帯などの構造を目印とする。)

治療

成人の鼠径部ヘルニアは自然治癒しないため、メッシュを用いた修復術(前方アプローチまたは腹腔鏡下手術)が標準的である。嵌頓して用手還納できない場合や腸管壊死が疑われる場合は緊急手術の適応となる。

POINT

・Hesselbach三角=下腹壁動静脈・腹直筋外側縁・鼠径靱帯で囲まれる領域で、内鼠径ヘルニア(直接ヘルニア)のヘルニア門。 ・下腹壁動静脈の外側(内鼠径輪)から出るのが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)、内側から出るのが内鼠径ヘルニア。 ・鼠径靱帯の上が鼠径ヘルニア、下が大腿ヘルニア。大腿ヘルニアは中高年女性に多く嵌頓しやすい。 ・閉鎖孔ヘルニアは痩せた高齢女性、Howship-Romberg徴候。 ・Bochdalek孔ヘルニアは後外側の胸腹膜裂孔の閉鎖不全による先天性横隔膜ヘルニアで、左側に多い。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。