膿は低いところへ流れる―S状結腸切除術後にDouglas窩膿瘍ができる理由
第114回医師国家試験 D問題 第5問
国試問題にチャレンジ
68歳の女性がS状結腸切除術を受けた。 合併症として膿瘍形成が最も起こりやすいのはどれか。
- a.右横隔膜下
- b.左横隔膜下
- c.右傍結腸溝
- d.左傍結腸溝
- e.直腸子宮窩
対話形式の解説
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ドクターまとめ
術後の腹腔内膿瘍は、術野の血液・滲出液や縫合不全による腸内容の漏出に細菌が増殖して生じ、「手術・吻合部位の近く」かつ「重力で液体が溜まる低い場所」にできやすいです。S状結腸切除術では下行結腸と直腸を骨盤腔の入口付近で吻合するため、女性で腹膜腔の最下部にあたる直腸子宮窩(Douglas窩)が膿瘍の好発部位となり、男性では直腸膀胱窩がこれに相当します。一方、上腹部手術では左右の横隔膜下腔やMorison窩、右側結腸の手術では右傍結腸溝が問題となり、左傍結腸溝は授動操作が及ぶものの骨盤腔より高位です。骨盤内膿瘍は弛張熱や下腹部痛に加え、テネスムスや頻尿などの直腸・膀胱刺激症状を伴うことがあり、造影CTで確認して抗菌薬とドレナージで治療します。術式と腹腔内の解剖・体位を結びつけて考える習慣は、術後合併症の早期発見に直結します。
解答・解説
正解はeです
腹部手術後の腹腔内膿瘍は、手術操作によって汚染された腹腔内の液体(血液、滲出液、漏れ出た腸内容など)が、重力に従って低い位置に溜まり、そこに細菌が増殖することで形成される。とくに吻合部の縫合不全が起こると、腸内容が漏出して膿瘍の原因となる。したがって「どこに膿瘍ができやすいか」は、(1) 手術操作・吻合が行われた場所の近く、(2) 体位をとったときに腹腔内で最も低くなる場所、の二つの観点で考える。 S状結腸切除術では、S状結腸を切除して下行結腸と直腸(上部直腸)を吻合するため、吻合部は骨盤腔の入口付近に位置する。術後の患者は仰臥位あるいはセミファウラー位(上半身を少し起こした体位)で過ごす時間が長く、立位・座位では骨盤腔が腹膜腔の最下部となる。女性では、腹膜腔の最も低い部分は直腸と子宮の間にある直腸子宮窩(Douglas窩)である。手術部位に近く、しかも液体が最も溜まりやすい場所である直腸子宮窩が、S状結腸切除術後の膿瘍の好発部位となる。
選択肢考察
- ×a. 右横隔膜下
右横隔膜下腔(肝臓と横隔膜の間)は、胃・十二指腸・肝胆道系など上腹部の手術後に液体が貯留して膿瘍を作りやすい部位である。仰臥位では右横隔膜下腔や肝下面(Morison窩)が上腹部で低い位置になるため液が流れ込む。S状結腸切除術では手術操作は及ばず、吻合部からも遠いため、最も起こりやすい部位ではない。
- ×b. 左横隔膜下
左横隔膜下腔(脾臓・胃底部と横隔膜の間)は、胃切除術・脾臓摘出術・膵体尾部切除術などの上腹部手術後に膿瘍を作りやすい部位である。S状結腸切除術の吻合部は骨盤腔にあり、左横隔膜下は手術操作の範囲外であるため、膿瘍形成の頻度は低い。
- ×c. 右傍結腸溝
右傍結腸溝は上行結腸の外側にある腹膜のくぼみで、回盲部切除術や右半結腸切除術など右側結腸の手術後に液体が溜まりやすい。S状結腸切除術では右側の結腸周囲に操作を加えないため、この部位に膿瘍ができることは少ない。
- ×d. 左傍結腸溝
左傍結腸溝は下行結腸の外側にある腹膜のくぼみで、S状結腸切除術では下行結腸の授動(後腹膜から剝がして動かせるようにする操作)を行うため、手術操作が及ぶ部位である。直腸子宮窩に次いで膿瘍が起こりうる部位ではあるが、骨盤腔より高い位置にあり液体は下方へ流れるため、最も起こりやすい部位とはいえない。
- ○e. 直腸子宮窩
直腸子宮窩(Douglas窩)は、女性の腹膜腔で最も低い位置にあるくぼみである。S状結腸切除術の吻合部(下行結腸−直腸吻合)はこのすぐ近くの骨盤腔に位置し、縫合不全による腸内容の漏出や術野の滲出液が重力で流れ込んで溜まりやすい。手術部位に近く、液体が最も貯留しやすいという二つの条件がそろうため、膿瘍形成が最も起こりやすい部位である。術後に発熱、下腹部痛、テネスムス(しぶり腹)、頻回の粘液便などがみられたら本部位の膿瘍を疑い、CTで確認する。
腹腔内で液体が貯留しやすい部位
上腹部: 右横隔膜下腔、左横隔膜下腔、肝下面(Morison窩、肝腎陥凹)、網嚢(Winslow孔の奥)。胃・十二指腸、肝胆膵、脾臓の手術後に問題となる。 下腹部: 直腸子宮窩(女性)または直腸膀胱窩(男性)、左右の傍結腸溝。大腸・直腸の手術、虫垂炎、婦人科手術などの後に問題となる。
Douglas窩
女性では直腸と子宮の間の直腸子宮窩、男性では直腸と膀胱の間の直腸膀胱窩が、立位・座位で腹膜腔の最下部となる。腹水や出血、膿もここに溜まりやすく、超音波検査(FASTなど)で液体貯留を確認する部位でもある。膿瘍は直腸診で前壁の圧痛・波動として触れることがあり、経直腸的・経腟的・経皮的にドレナージできる。
術後腹腔内膿瘍
原因: 縫合不全、術野の汚染、遺残した血腫や滲出液への感染。 症状: 術後数日〜1週間前後に出現する弛張熱、局所の腹痛、白血球増加・CRP上昇。骨盤内膿瘍では下痢・テネスムス・頻尿などの直腸・膀胱刺激症状を伴うことがある。 診断: 造影CT、超音波検査。 治療: 抗菌薬投与と、ドレナージ(経皮的、経直腸的など)。 予防: 大腸手術では吻合部の近くやDouglas窩にドレーンを留置することがある。
POINT
・術後膿瘍は「手術・吻合部位の近く」かつ「重力で液体が溜まる低い場所」にできやすい。 ・S状結腸切除術の吻合部は骨盤腔にあり、膿瘍の好発部位はDouglas窩(女性では直腸子宮窩)である。 ・上腹部手術では左右横隔膜下腔・肝下面、右側結腸手術では右傍結腸溝、左側結腸手術では左傍結腸溝にも注意する。
