「立つ・歩く」が要介護を分ける―ロコモティブシンドロームを他の“シンドローム”と見分ける
第114回医師国家試験 C問題 第17問
国試問題にチャレンジ
加齢に伴う筋力の低下,関節や脊椎の病気および骨粗鬆症などによる運動器の障害のため移動機能の低下をきたし,要介護となる状態やそのリスクの高い状態を表す概念はどれか。
- a.クラッシュシンドローム
- b.ダンピングシンドローム
- c.メタボリックシンドローム
- d.ロコモティブシンドローム
- e.コンパートメントシンドローム
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、加齢による筋力低下、関節・脊椎疾患、骨粗鬆症などの運動器の障害によって移動機能が低下し、要介護またはそのリスクが高い状態を指す概念で、日本整形外科学会が2007年に提唱しました。クラッシュシンドロームは圧迫解除後の高カリウム血症や急性腎障害、コンパートメントシンドロームは区画内圧上昇で緊急筋膜切開を要する外傷性病態、ダンピングシンドロームは胃切除後の症候群、メタボリックシンドロームは内臓脂肪を基盤とした動脈硬化リスクの集積であり、いずれも本問の定義とは異なります。ロコモはロコチェックやロコモ度テスト(立ち上がりテスト、2ステップテスト、ロコモ25)で評価し、筋肉に注目するサルコペニアや心身・社会面を含むフレイルとは重なりつつも区別されます。超高齢社会では運動器の健康維持が要介護予防の要であり、運動・栄養・骨粗鬆症治療を通じた介入の意義を理解しておくことが臨床でも重要です。
解答・解説
正解はdです
本問は「〜シンドローム」という名前の付いた概念を、定義から一つ選ばせる知識問題である。 問題文の要素を分解すると、(1) 原因として加齢による筋力低下、変形性関節症や脊柱管狭窄症などの関節・脊椎疾患、骨粗鬆症といった「運動器」の障害が挙げられている、(2) その結果として「移動機能」(立つ・歩くといった能力)が低下する、(3) 最終的に要介護状態、あるいはそのリスクが高い状態を指す、という3点になる。 運動器(骨・関節・筋肉・神経など、体を動かす仕組み)に着目し、要介護の予防という視点を含む概念は、日本整形外科学会が2007年に提唱したロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称ロコモ)である。他の選択肢はいずれも外傷・術後合併症・代謝異常など別の領域の病態であり、定義を正確に覚えていれば迷わず区別できる。
選択肢考察
- ×a. クラッシュシンドローム
クラッシュシンドローム(挫滅症候群)は、地震で倒壊した建物の下敷きになるなどして四肢や体幹の筋肉が長時間圧迫され、その圧迫が解除されたときに起こる全身性の病態である。圧迫で壊死・融解した筋肉からカリウム、ミオグロビン、乳酸などが解放と同時に全身循環へ流れ込み、高カリウム血症による致死的不整脈・心停止、ミオグロビンによる急性腎障害、代謝性(乳酸)アシドーシス、さらに損傷部への体液移動による循環血液量減少性ショックを引き起こす。外傷に伴う急性病態であり、加齢による移動機能低下の概念ではない。
- ×b. ダンピングシンドローム
ダンピングシンドローム(ダンピング症候群)は胃切除後症候群の一つで、胃の貯留機能や幽門の調節機能が失われた結果、食物が小腸へ急速に流れ込むことで生じる。食後30分以内に起こる早期ダンピングは、高浸透圧の内容物が小腸に入ることで腸管内へ水分が移動し循環血液量が減ることや、消化管ホルモンなどの血管作動性物質の放出により、動悸、めまい、冷汗、顔面紅潮、腹痛・下痢などを呈する。食後2〜3時間で起こる後期ダンピングは、糖の急速な吸収による高血糖に続くインスリン過剰分泌の結果として生じる反応性低血糖で、脱力感、冷汗、手指振戦などがみられる。消化器外科領域の病態であり、本問の定義には当たらない。
- ×c. メタボリックシンドローム
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は、内臓脂肪の蓄積を基盤として、脂質異常、血圧高値、高血糖が重なり、動脈硬化性疾患(心筋梗塞・脳梗塞など)のリスクが高まった状態である。日本の診断基準では、ウエスト周囲径が男性85cm以上・女性90cm以上(内臓脂肪面積100cm²以上に相当)を必須とし、これに加えて(1) 中性脂肪150mg/dL以上かつ/またはHDLコレステロール40mg/dL未満、(2) 収縮期血圧130mmHg以上かつ/または拡張期血圧85mmHg以上、(3) 空腹時血糖110mg/dL以上、のうち2項目以上を満たすものとする。代謝・循環器領域の概念であり、運動器障害による移動機能低下を表すものではない。
- ○d. ロコモティブシンドローム
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、運動器の障害によって移動機能が低下した状態を指し、進行すると要介護になるリスクが高くなる。日本整形外科学会が2007年に提唱した日本発の概念(和製英語)で、超高齢社会において運動器の健康を保ち要介護状態を予防することを国民に啓発する目的で作られた。原因として、加齢に伴う筋力・バランス能力の低下、変形性膝関節症・変形性脊椎症・腰部脊柱管狭窄症などの関節・脊椎疾患、骨粗鬆症とそれに伴う脆弱性骨折が代表的である。問題文の定義(運動器の障害→移動機能の低下→要介護またはそのリスクが高い状態)と完全に一致する。
- ×e. コンパートメントシンドローム
コンパートメントシンドローム(区画症候群)は、骨と筋膜で囲まれた閉鎖空間(コンパートメント)の内圧が上昇し、その中の筋肉や神経の血流が障害される病態である。骨折(特に下腿骨・前腕骨骨折)、打撲などによる出血や浮腫、きついギプスや包帯による外からの圧迫などが誘因となる。初期症状は損傷の程度に比べて強すぎる疼痛と、その区画の筋肉を他動的に伸ばしたときの疼痛増強(他動伸展時痛)であり、進行すると知覚障害・運動麻痺をきたす。放置すると筋壊死や神経障害が不可逆となり、前腕ではフォルクマン拘縮を残すため、緊急の筋膜切開が必要になる。急性の外傷性病態であり、本問の概念ではない。
ロコモティブシンドロームの評価
ロコモかどうかを自分で気づくための「ロコチェック」として、片脚立ちで靴下がはけない、家の中でつまずいたり滑ったりする、階段を上るのに手すりが必要、横断歩道を青信号で渡りきれない、15分くらい続けて歩けない、などの7項目がある。より客観的に移動機能を評価する「ロコモ度テスト」は、立ち上がりテスト(片脚または両脚で決められた高さの台から立ち上がれるか)、2ステップテスト(できるだけ大股で2歩歩いた距離を身長で割った値)、ロコモ25(身体状態や生活状況についての25項目の質問票)の3つで構成され、結果に応じてロコモ度1〜3に判定される(ロコモ度3は2020年に追加された、身体的フレイルに相当する段階)。
関連する概念との違い
ロコモと同様に高齢者の要介護予防に関わる概念として、サルコペニアとフレイルがある。これらは重なり合う部分が大きいが、同じ意味ではない。 ・サルコペニア:加齢や疾患に伴って骨格筋量が減少し、筋力または身体機能(歩行速度など)が低下した状態。筋肉そのものに焦点を当てた概念である。アジアの診断基準(AWGS)では、握力・歩行速度などの筋力・身体機能と、DXA法(二重エネルギーX線吸収測定法)や生体電気インピーダンス法で測る骨格筋量を組み合わせて判定する。 ・フレイル:加齢により心身の予備能力が低下し、ストレスに対する脆弱性が高まった状態で、健常と要介護の中間に位置する。身体的側面だけでなく、認知機能低下などの精神・心理的側面や、閉じこもり・孤立などの社会的側面も含む広い概念である。身体的フレイルの代表的な評価基準(Friedの基準)は、体重減少、疲労感、筋力(握力)低下、歩行速度低下、身体活動量低下の5項目で、3項目以上でフレイル、1〜2項目でプレフレイルとされる。適切な介入により健常な状態へ戻りうる(可逆性がある)点が重要である。 ・ロコモティブシンドローム:筋肉だけでなく骨・関節・脊椎・神経を含めた「運動器全体」の障害による移動機能の低下に着目した概念である。 つまり、サルコペニアはロコモの原因の一つであり、ロコモは身体的フレイルの重要な構成要素である、という関係で整理するとよい。
予防
ロコモの予防・改善には、片脚立ちやスクワットなどの「ロコトレ」による筋力・バランス訓練、適切な栄養(十分なたんぱく質、カルシウム、ビタミンD)、骨粗鬆症の早期発見と治療が勧められている。
POINT
・ロコモティブシンドローム(運動器症候群)=運動器の障害による移動機能の低下で、要介護またはそのリスクが高い状態。日本整形外科学会が2007年に提唱。 ・原因は加齢による筋力低下、関節・脊椎疾患、骨粗鬆症など。評価はロコモ度テスト(立ち上がりテスト、2ステップテスト、ロコモ25)。 ・サルコペニア(筋量・筋力の低下)、フレイル(心身・社会面を含む予備能低下で可逆的)とは重なるが別の概念。 ・クラッシュ症候群=圧迫解除後の高K血症・急性腎障害、ダンピング症候群=胃切除後、メタボリックシンドローム=内臓脂肪と動脈硬化リスク、コンパートメント症候群=区画内圧上昇で緊急筋膜切開。
