StudyMed医師国家試験

転ばないための3つのセンサーと1つのエンジン―高齢者の転倒リスクを「姿勢制御」から読み解く

第114回医師国家試験 B問題 第25問

国試問題にチャレンジ

第114回 B問題 第25問

高齢者の転倒のリスクファクターでないのはどれか。

  1. a.嗅覚障害
  2. b.筋力低下
  3. c.視覚障害
  4. d.深部知覚低下
  5. e.前庭機能障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は高齢者の転倒リスク因子を問う問題だ。ただ丸暗記するのではなく、「人はどうやって転ばずに立っていられるのか」という姿勢制御の仕組みから考えると、答えが自然に見えてくるよ。まず、立ったり歩いたりするときにバランスを保つには何が必要だと思う?
医学生医学生
筋力でしょうか。足腰が弱ると踏ん張れないイメージがあります。
ドクタードクター
それも大事な要素だね。ただ、筋肉はいわば「エンジン」で、その前に「体が今どう傾いているか」「足元がどうなっているか」を知るセンサーが必要なんだ。姿勢制御のための感覚入力は、大きく3つの系統に分けられる。
医学生医学生
生理学の講義で習いました。視覚と前庭感覚と、あとは体性感覚でしたっけ。
ドクタードクター
その通り。視覚は周囲の環境や段差、自分の位置を教えてくれる。前庭は内耳の半規管と耳石器で、頭の傾きや加速度を感じ取る。そして体性感覚のうち深部感覚、つまり関節の位置覚や運動覚が、脊髄後索を通って足や体幹の状態を伝える。これらを小脳・脳幹・大脳で統合して、筋肉が姿勢を修正するわけだ。
医学生医学生
なるほど、センサーが3つあって、中枢で統合して、筋肉で出力する、という流れですね。
ドクタードクター
そう。だから転倒リスクは「感覚入力の低下」「統合する中枢の障害」「筋力など運動出力の低下」のどこに当たるかで整理できる。この視点で選択肢を見ていこう。まず視覚障害はどうかな。
医学生医学生
白内障の患者さんが段差に気づかずつまずいた、という話を眼科の実習で聞きました。リスク因子だと思います。
ドクタードクター
そうだね。白内障、緑内障、加齢黄斑変性などで視力や視野が落ちると、障害物に気づきにくくなる。閉眼で片脚立ちをすると開眼時よりぐっと不安定になることからも、視覚がバランスに寄与しているのがわかる。次に前庭機能障害。
医学生医学生
前庭が障害されると、めまいやふらつきが出るので、これも転びやすくなりますね。
ドクタードクター
正解。良性発作性頭位めまい症やMénière病、前庭神経炎、それに加齢による前庭機能の低下も原因になる。前庭脊髄反射を介した姿勢保持がうまく働かなくなるんだ。では深部知覚低下は?
医学生医学生
OSCEで練習したRomberg試験が思い浮かびます。閉眼で大きく揺れるのは深部感覚の障害でしたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。深部感覚が落ちると、視覚で代償している間はなんとか立てても、閉眼時や暗い場所では姿勢を保てなくなる。原因としては糖尿病性などの末梢神経障害、ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症などがある。高齢者が夜間にトイレへ行く途中で転ぶ、というのはまさにこの状況だ。
医学生医学生
筋力低下は、最初に言った「エンジン」の話ですね。
ドクタードクター
そう。大腿四頭筋や中殿筋、下腿三頭筋といった抗重力筋は、体重を支え、重心を足底の支持基底面の中に保つために不可欠だ。下肢筋力低下は転倒リスク因子の中でも特に影響が大きいものの一つとされ、加齢による筋量・筋力の低下、つまりサルコペニアが高齢者では大きな問題になる。
医学生医学生
そうすると、残る嗅覚障害だけが姿勢制御のどこにも当てはまらないですね。においは体の傾きや足元の情報を伝えないので。
ドクタードクター
その通り、正解は嗅覚障害だ。ただ一つ注意点がある。嗅覚低下はParkinson病やAlzheimer型認知症の早い段階でみられることがあって、これらの疾患自体は転倒と関係が深い。でも、それは疾患による歩行障害や認知機能低下のせいであって、嗅覚障害そのものが転ぶ原因になるわけではない。この区別は押さえておこう。
医学生医学生
神経内科の実習で、Parkinson病の患者さんが以前からにおいがわかりにくかったと話していたのを思い出しました。関連はあっても因果は別、ということですね。
ドクタードクター
いい理解だ。最後に臨床的な話をしておこう。高齢者の転倒は大腿骨近位部骨折や橈骨遠位端骨折、慢性硬膜下血腫などにつながり、寝たきりや要介護のきっかけになりやすい。さらに一度転ぶと怖くて動かなくなり、筋力がもっと落ちる悪循環に陥ることもある。
医学生医学生
感覚や筋力以外に、気をつけるべきリスクはありますか。
ドクタードクター
転倒の既往は強い予測因子だし、睡眠薬や抗不安薬、降圧薬などの薬剤、多剤併用も重要だ。起立性低血圧や夜間頻尿、認知機能障害も関わる。さらに段差や暗い照明、滑りやすい床といった環境要因もある。評価にはTimed Up and Go testや開眼片脚起立時間などを使い、予防として筋力・バランス訓練、環境整備、薬の見直し、白内障手術などの視力矯正を組み合わせていくんだ。
医学生医学生
本人の体の要因と、薬や環境の要因の両面から見る必要があるんですね。

まとめ

立位や歩行のバランスは、視覚・前庭感覚・深部感覚という3つの感覚入力を中枢で統合し、下肢や体幹の筋力で姿勢を修正することで保たれています。そのため視覚障害、前庭機能障害、深部知覚低下、筋力低下はいずれも高齢者の転倒リスク因子であり、姿勢制御に関与しない嗅覚障害は転倒のリスク因子とはいえません。嗅覚低下はParkinson病などの早期にみられることがありますが、転倒の原因は疾患そのものにある点を区別しておきましょう。臨床では転倒の既往、薬剤(睡眠薬・降圧薬・多剤併用)、起立性低血圧、環境要因なども含めて評価し、運動療法や環境整備で予防につなげます。転倒は骨折や寝たきりの入口となるため、姿勢制御の仕組みから原因を整理できることは高齢者診療の基本となります。

解答・解説

正解はaです

立位や歩行の姿勢を保つには、身体の傾きや足元の状況を知らせる感覚入力と、それをもとに姿勢を立て直す運動出力の両方が必要である。感覚入力は主に3系統からなる。①視覚(周囲の環境・足場・自分の位置)、②前庭感覚(内耳の半規管・耳石器が感知する頭部の傾きと加速度)、③体性感覚のうち深部感覚(関節の位置覚・運動覚など。脊髄後索を上行する)である。これらの情報は小脳・脳幹・大脳で統合され、下肢や体幹の筋が姿勢を修正する。 したがって、高齢者の転倒リスクを考えるときは「平衡に関わる感覚入力の低下」「統合する中枢の障害」「実際に体を支える筋力・関節機能の低下」のいずれに当たるかを考えるとよい。視覚障害、前庭機能障害、深部知覚低下は感覚入力の低下にあたり、筋力低下は運動出力の低下にあたるため、いずれも転倒のリスク因子である。一方、嗅覚はにおいを感じる感覚であり、姿勢制御やバランス保持には関わらない。よって転倒のリスク因子でないものは嗅覚障害である。

選択肢考察

  1. ○a.  嗅覚障害

    嗅覚は体の傾きや足場の情報を伝える感覚ではなく、姿勢制御やバランス機能には関与しないため、転倒のリスク因子とはされない。したがって本問の正解である。なお嗅覚低下はParkinson病やAlzheimer型認知症の早期にみられることがあり、これらの疾患そのものは転倒と関係するが、嗅覚障害自体が転ぶ原因になるわけではない点を区別しておく。

  2. ×b.  筋力低下

    下肢や体幹の抗重力筋(大腿四頭筋、中殿筋、下腿三頭筋、脊柱起立筋など)は、体重を支え、姿勢を保ち、重心を移動させ、重心線を支持基底面(足底で囲まれた範囲)の内側に保つために不可欠である。筋力が落ちると、つまずいたときに踏みとどまれず転倒しやすい。下肢筋力低下は転倒リスク因子の中でも最も影響の大きいものの一つとして知られ、加齢に伴う筋量・筋力低下(サルコペニア)は高齢者で特に問題となる。したがって転倒のリスク因子である。

  3. ×c.  視覚障害

    視覚は周囲の環境、段差や障害物、自分の体の空間的な位置を脳に伝え、姿勢の調整を助ける。視力低下や視野障害(白内障、緑内障、加齢黄斑変性など)があると段差や障害物に気づかずつまずきやすい。閉眼で片脚立ちをすると開眼時より不安定で保持時間が短くなることからも、視覚がバランス保持に寄与していることがわかる。したがって転倒のリスク因子である。

  4. ×d.  深部知覚低下

    深部知覚(位置覚・運動覚・振動覚など)は、末梢神経から脊髄後索を上行し、延髄で交叉して内側毛帯を経て視床へ伝わり、関節の位置や体の傾きを知らせる。これが低下すると、特に視覚で代償できない閉眼時や暗い場所で姿勢を保てなくなる。閉眼で著しく動揺するRomberg徴候陽性はこの状態(脊髄性運動失調)を示す。原因として糖尿病性などの末梢神経障害、亜急性連合性脊髄変性症(ビタミンB12欠乏)、脊髄癆などがある。したがって転倒のリスク因子である。

  5. ×e.  前庭機能障害

    内耳の前庭(三半規管・耳石器)は頭部の回転や傾き、直線加速度を感知し、前庭脊髄反射を介して姿勢を保つ。前庭機能が障害されると平衡感覚が低下し、めまいやふらつきを生じる。良性発作性頭位めまい症、Ménière病、前庭神経炎、加齢による前庭機能の低下などが原因となる。したがって転倒のリスク因子である。

高齢者の転倒が重要な理由

高齢者の転倒は大腿骨近位部骨折、橈骨遠位端骨折、脊椎椎体骨折、頭部外傷(慢性硬膜下血腫など)の原因となる。骨折を契機に寝たきりや要介護状態となることが多く、一度転倒すると再び転ぶことへの恐怖から活動を控え、さらに筋力が落ちる悪循環(転倒後症候群)に陥ることもある。

転倒のリスク因子

内的因子(本人の要因) ・下肢筋力低下:最も強い因子の一つ(相対リスク約4.4と報告されている) ・転倒の既往:過去1年以内の転倒歴(約3.0) ・歩行障害:すり足歩行、片麻痺、パーキンソニズムなど(約2.9) ・バランス機能低下(約2.9) ・補助具(杖・歩行器)の使用(約2.6) ・視覚障害(約2.5) ・関節炎、ADL低下、うつ、認知機能障害(約1.8)、80歳以上の高齢など ・感覚障害:前庭機能障害、深部感覚低下 ・起立性低血圧、尿失禁・頻尿(夜間トイレ) ・薬剤:睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)、抗精神病薬、抗うつ薬、降圧薬、多剤併用(ポリファーマシー) 外的因子(環境要因) ・段差、滑りやすい床、暗い照明、散らかった床、合わない履物など

評価法の例

Timed Up and Go test(椅子から立ち上がり3m歩いて戻り座るまでの時間)、開眼片脚起立時間、Functional Reach Testなどでバランスや歩行能力を評価する。

予防

筋力・バランス訓練(運動療法)、環境整備(手すり、段差解消、照明)、不要な薬剤の見直し、視力の矯正(白内障手術など)、骨粗鬆症の治療、ヒッププロテクターの使用などが行われる。

POINT

・姿勢保持には視覚・前庭感覚・深部感覚の3つの感覚入力と、筋力による運動出力が必要であり、そのいずれの障害も転倒リスクとなる。 ・嗅覚は姿勢制御に関与せず、転倒のリスク因子ではない。 ・下肢筋力低下と転倒の既往は特に重要なリスク因子である。 ・薬剤(睡眠薬・降圧薬など)や環境要因も転倒リスクとなる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。