薬もワクチンもない冬の大敵―ノロウイルスは「加熱」と「次亜塩素酸」で防ぐ
第113回医師国家試験 F問題 第12問
国試問題にチャレンジ
ノロウイルス感染症について正しいのはどれか。
- a.食前加熱が有効である。
- b.抗ウイルス薬が有効である。
- c.生体内でベロトキシンを産生する。
- d.ワクチンが定期接種に位置付けられている。
- e.原因が判明した食中毒の中での患者数は第3位である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ノロウイルスはエンベロープをもたない小型の一本鎖RNAウイルスで、二枚貝の生食や感染者を介した食品汚染、吐物・便からのヒト‐ヒト感染によって冬季に集団発生を起こしやすい感染症です。熱で不活化されるため食前の十分な加熱(中心部85〜90℃で90秒以上)が有効で、特異的な抗ウイルス薬やワクチンはなく、治療は補液を中心とした対症療法となります。病因物質が判明した食中毒の中で患者数は例年第1位であり、事件数ではアニサキスやカンピロバクターが上位となる年もあるため両者の区別が必要です。ベロトキシンは腸管出血性大腸菌の毒素であり、定期接種があるのはロタウイルスである点も混同しやすいポイントです。アルコールが効きにくく次亜塩素酸ナトリウムでの消毒が必要という知識は、院内感染や集団発生を防ぐ臨床現場で直接役立ちます。
解答・解説
正解はaです
ノロウイルス感染症の基本的な性質(病原体の特徴、感染経路、治療、予防、疫学)を問う一般問題である。 ノロウイルスはカリシウイルス科に属する小型(直径約30〜40nm)の一本鎖RNAウイルスで、エンベロープ(脂質の外膜)をもたない。ヒトの小腸上皮で増殖し、潜伏期は24〜48時間程度、主症状は悪心・嘔吐、下痢、腹痛で、発熱は軽度にとどまることが多い。多くは1〜3日で自然軽快する。感染経路は、ウイルスに汚染された二枚貝(カキなど)の生食や加熱不十分な摂食、感染した調理従事者を介した食品汚染といった経口感染に加え、患者の吐物・便からのヒト‐ヒト感染、乾燥した吐物が舞い上がることによる飛沫・塵埃感染がある。10〜100個程度のごく少量のウイルスで感染が成立するため、集団発生を起こしやすい。 設問を解く考え方としては、「特異的な治療薬もワクチンもないため、予防(加熱と手洗い・消毒)が対策の中心となる」「食中毒の病因物質として患者数が最も多い」という2点を押さえておけばよい。ベロトキシンは腸管出血性大腸菌の毒素であり、ウイルスであるノロウイルスとは無関係である。
選択肢考察
- ○a. 食前加熱が有効である。
正しい。ノロウイルスは熱で不活化されるため、食品を十分に加熱してから食べることが最も確実な予防法の一つである。特にウイルスを中腸腺に濃縮しやすいカキなどの二枚貝では、食品の中心温度85〜90℃で90秒以上の加熱が推奨されている。生食用の二枚貝や、加熱後に感染者の手を介して汚染された食品は感染源となりうる。なお、エンベロープをもたないためアルコールや逆性石けんが効きにくく、調理器具や吐物の処理には加熱(熱湯)または次亜塩素酸ナトリウムによる消毒が推奨される。
- ×b. 抗ウイルス薬が有効である。
誤り。ノロウイルスに対して臨床的に使用できる抗ウイルス薬は存在しない。治療は対症療法が基本で、嘔吐や下痢で失われた水分と電解質を経口補水液や輸液で補うことが中心となる。止痢薬(腸管運動抑制薬)はウイルスの排出を遅らせ、回復を長引かせるおそれがあるため、通常は使用を避ける。乳幼児や高齢者では脱水の進行や吐物の誤嚥による肺炎・窒息に注意が必要である。
- ×c. 生体内でベロトキシンを産生する。
誤り。ベロトキシン(志賀毒素様毒素)を産生するのは、O157などの腸管出血性大腸菌(EHEC)である。ベロトキシンは血管内皮細胞を障害し、血便を伴う出血性大腸炎や、溶血性貧血・血小板減少・急性腎障害を三徴とする溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こす。ノロウイルスは毒素を産生する細菌ではなく、小腸上皮細胞に感染して絨毛を障害することで下痢を起こすウイルスである。
- ×d. ワクチンが定期接種に位置付けられている。
誤り。ノロウイルスに対するワクチンは研究・開発段階にあり、実用化されていないため、定期接種にも任意接種にも含まれていない。遺伝子型が多様で変異しやすく、感染後の免疫も長続きしないことが開発の障壁となっている。同じく小児の急性胃腸炎の原因となるロタウイルスには経口生ワクチンがあり、2020年10月から定期接種に組み込まれているので、混同しないようにする。
- ×e. 原因が判明した食中毒の中での患者数は第3位である。
誤り。病因物質が判明した食中毒のうち、ノロウイルスによるものは患者数で例年第1位であり、食中毒患者全体の半数前後を占める年も多い。1件あたりの患者数が多い大規模な集団発生(給食施設、飲食店、宿泊施設など)を起こしやすいことがその理由である。事件数(発生件数)でみると、近年はアニサキスやカンピロバクターが上位となる年もあるため、「患者数」と「事件数」を区別して覚える必要がある。発生は冬季(11月〜翌年4月ごろ)に多い。
ノロウイルスの特徴
・カリシウイルス科、エンベロープのない一本鎖RNAウイルス。培養が難しく、診断は便の抗原検査やPCRなどの遺伝子検査で行う。迅速抗原検査の保険適用は3歳未満、65歳以上、悪性腫瘍・臓器移植後・免疫抑制状態の患者などに限られる。 ・潜伏期24〜48時間。嘔吐・下痢・腹痛が主で、発熱は軽度。通常1〜3日で回復するが、症状消失後も1週間から1か月程度ウイルスを便中に排出することがある。 ・感染性胃腸炎として感染症法の5類感染症(小児科定点把握)。食中毒が疑われる場合は食品衛生法に基づき医師は直ちに保健所長へ届け出る。
予防と消毒
・食品は中心部85〜90℃で90秒以上の加熱。 ・調理前・食事前・トイレ後の石けんと流水による手洗いが基本。 ・吐物・便の処理は使い捨て手袋・マスク・エプロンを着用し、次亜塩素酸ナトリウムで消毒する(吐物などの汚染物には約1,000ppm、器具や床などの拭き取りには約200ppmが目安)。アルコール消毒は効果が不十分。 ・感染した調理従事者は症状が消えても一定期間は直接食品を扱う作業を控える。
主な食中毒の病因物質の比較
・ノロウイルス:患者数第1位、冬季に多い、二枚貝・調理者を介した汚染。 ・カンピロバクター:細菌性食中毒で事件数上位、鶏肉の生食・加熱不足、潜伏期2〜5日、後遺症としてGuillain-Barré症候群。 ・腸管出血性大腸菌:ベロトキシン産生、牛肉など、HUSの合併。 ・アニサキス:寄生虫、サバ・イカなどの生食、近年事件数で上位。
POINT
・ノロウイルスは熱で不活化:二枚貝は中心部85〜90℃・90秒以上の加熱で予防 ・特異的な抗ウイルス薬・ワクチンはなく、治療は補液などの対症療法 ・病因物質の判明した食中毒で患者数第1位、冬季に多発 ・エンベロープがないためアルコールが効きにくく、消毒は次亜塩素酸ナトリウムか加熱 ・ベロトキシンは腸管出血性大腸菌(O157など)の毒素
