「安定しているから酸素も吸わせよう」は正解か―間質性肺炎合併肺癌の周術期管理
第113回医師国家試験 D問題 第19問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。胸部エックス線写真で右中肺野に異常陰影を指摘されて受診した。5年前から間質性肺炎を指摘されている。1年前に急性増悪で入院し,その後,外来で副腎皮質ステロイドの内服治療を受けていたが,ここ1年は症状が安定していたため,自己判断で内服を中断し受診していなかった。喫煙は20本/日を40年間。5年前から禁煙していたが,6か月前から喫煙を再開していた。胸部単純CTで右肺上葉に腫瘤影を認め,経気管支肺生検で肺扁平上皮癌と診断された。全身検索の結果,右肺門部リンパ節転移を認めたが,それ以外には転移を認めなかった。体温36.6℃。脈拍76/分,整。血圧132/76mmHg。呼吸数12/分。SpO2 95%(room air)。両側胸部でfine cracklesを聴取する。呼吸機能検査:VC 3.5L,FEV1 2.2 L。心電図,心エコー検査で異常を認めない。胸部エックス線写真(A)及び胸部単純CT(B)を別に示す。患者に手術の選択肢もあることを説明したところ手術を希望した。 この患者の周術期について適切でないのはどれか。

- a.術後早期離床を行う。
- b.術前に禁煙指導を行う。
- c.術前から酸素療法を行う。
- d.術後間質性肺炎急性増悪のリスクがある。
- e.術後在宅酸素療法が必要になるリスクがある。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクター
医学生
ドクターまとめ
間質性肺炎を合併した肺癌の手術で最も重大な合併症は術後の間質性肺炎急性増悪であり、急性増悪の既往は最大の危険因子です。周術期には禁煙の徹底(4週間以上が望ましい)、術後の早期離床と呼吸リハビリテーションで呼吸器合併症を予防し、急性増悪や術後の在宅酸素療法の可能性も術前に説明しておきます。一方、酸素療法は低酸素血症に対する治療であり、SpO2が保たれている患者に術前から酸素を投与する根拠はありません。間質性肺炎合併肺癌では手術以外の治療も急性増悪の誘因になりうるため、リスク評価と説明の重要性はどの治療選択でも変わりません。「やるべき予防策」と「根拠のない介入」を区別する視点は、周術期管理全般に通じる基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・65歳男性。5年前から間質性肺炎があり、1年前に急性増悪で入院した既往がある。その後の副腎皮質ステロイド内服を自己判断で中断し、通院も途絶えていた。 ・喫煙指数(1日本数×年数)は20×40=800と重喫煙者であり、いったん禁煙したが6か月前から喫煙を再開している。 ・胸部単純CTで右肺上葉に腫瘤があり、経気管支肺生検(TBLB)で肺扁平上皮癌と確定。遠隔転移はなく、転移は右肺門部リンパ節(N1)にとどまる。手術適応となりうる病期である。 ・バイタルは安定し、SpO2 95%(room air:酸素投与なし)で安静時の低酸素血症はない。両側でfine crackles(捻髪音:間質性肺炎に特徴的な吸気終末の細かい断続性ラ音)を聴取する。 ・呼吸機能はVC 3.5L、FEV1(1秒量)2.2L。FEV1/VCはおよそ63%と70%を下回り、喫煙歴とあわせて慢性閉塞性肺疾患(COPD)の合併も考えられる。一方でVCは保たれ、FEV1の絶対値も肺葉切除を検討できる水準にある。心電図・心エコーにも異常はない。 ・画像では、腫瘤影に加えて両側のすりガラス影・網状影、胸膜直下優位の蜂巣肺がみられ、背景に線維化を伴う間質性肺炎が存在することが確認できる。
診断
間質性肺炎(治療中断中)とCOPDの合併が疑われる肺扁平上皮癌(N1M0)で、手術を希望している症例である。
設問の考え方
問われているのは周術期管理として「適切でない」ものである。間質性肺炎合併肺癌の手術で最も警戒すべきは術後の間質性肺炎急性増悪であり、本例は急性増悪の既往、男性、治療中断、喫煙再開など危険因子が重なっている。したがって、禁煙の徹底、術後の早期離床・呼吸リハビリテーション、急性増悪や術後呼吸不全(在宅酸素療法の必要性)についての十分な説明は、いずれも妥当な対応である。これに対し、SpO2 95%と酸素化が保たれている患者に術前から酸素療法を行う根拠はなく、これが不適切な選択肢となる。
選択肢考察
- ×a. 術後早期離床を行う。
適切な対応である。術後に早く体を起こして歩行させることで、横隔膜の動きが改善して換気量が増え、気道分泌物(痰)を出しやすくなる。その結果、無気肺や術後肺炎といった呼吸器合併症を減らせる。加えて、筋力低下などの廃用や、下肢深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症の予防にも役立つ。呼吸機能の予備力が乏しい本例では、呼吸リハビリテーションと組み合わせて積極的に行うべきである。
- ×b. 術前に禁煙指導を行う。
適切な対応であり、必須といってよい。喫煙は気道分泌物を増やし線毛運動を障害するため、術後の喀痰貯留、無気肺、肺炎の危険を高める。創傷治癒の遅れにもつながる。本例は重喫煙歴があり、6か月前から喫煙を再開しているため、必要なら禁煙補助薬も使って徹底的に禁煙させる。術前の禁煙期間は少なくとも4週間程度確保することが望ましいとされる。
- ○c. 術前から酸素療法を行う。
適切でない(本問の正解)。本例はSpO2 95%(room air)で、安静時の酸素化は保たれており、呼吸困難の訴えもない。酸素療法は低酸素血症を改善するための治療であり、慢性呼吸不全に対する在宅酸素療法の導入基準もPaO2 55Torr以下(または60Torr以下で睡眠時・運動時に著しい低酸素血症をきたすもの)などとされている。本例はこれに該当しない。また、低酸素血症のない患者に術前から酸素を投与しても、術後合併症や予後が改善するという根拠はない。術前に行うべきは、禁煙、呼吸訓練、間質性肺炎の評価などであって、酸素投与ではない。
- ×d. 術後間質性肺炎急性増悪のリスクがある。
正しい記述であり、術前に十分説明すべき事項である。間質性肺炎を合併した肺癌では、手術侵襲(麻酔中の高濃度酸素や陽圧換気による肺の伸展、手術操作など)を契機に術後に急性増悪をきたすことがあり、発症すると死亡率が高く、肺癌術後早期死亡の主要な原因の一つとなっている。急性増悪の既往は最も強い危険因子とされ、本例はそれに加えて男性であること、ステロイド治療の自己中断で間質性肺炎の管理がなされていないこと、画像上の蜂巣肺(通常型間質性肺炎〈UIP〉パターンを示唆)などのリスクを抱えており、術後急性増悪の危険は高い。
- ×e. 術後在宅酸素療法が必要になるリスクがある。
正しい記述である。肺葉切除では切除した分だけ肺機能が失われる。もともと間質性肺炎とCOPDの合併が疑われ予備力が少ないうえ、術後に間質性肺炎が増悪すれば、さらにガス交換能が落ちる。現在のSpO2 95%を術後も維持できるとは限らず、慢性呼吸不全となって在宅酸素療法(HOT)が必要になる可能性がある。手術を選択する際には、この可能性も含めて説明し同意を得ておく必要がある。
間質性肺炎合併肺癌の特徴
・特発性肺線維症(IPF)などの線維化性間質性肺炎は肺癌の高リスク状態であり、喫煙もその一因となる。癌は線維化の強い下葉・胸膜直下に発生しやすく、組織型では扁平上皮癌の割合が比較的高い。 ・治療のどの段階でも急性増悪が問題となる。手術だけでなく、一部の抗癌薬や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、放射線治療も急性増悪の誘因となりうるため、治療選択そのものが難しい。
術後急性増悪
・術後おおむね30日以内に、両側の新たなすりガラス影・浸潤影と急速な呼吸不全の進行としてみられることが多い。 ・危険因子として、急性増悪の既往、男性、UIPパターンの画像所見、術前のステロイド使用、KL-6高値、%VC低値、切除範囲が大きいこと(区域切除・肺葉切除以上)などが知られており、これらを組み合わせたリスクスコアが術前評価に用いられる。 ・治療はステロイドパルス療法などが行われるが効果は限られ、予後不良である。予防目的に抗線維化薬(ピルフェニドンなど)の周術期投与が試みられている。
肺切除術前の呼吸機能評価の考え方
・FEV1や肺拡散能(DLCO)の実測値と、切除する区域数から術後予測値を算出して手術の可否を判断する。予測値が低い場合には運動負荷試験などで追加評価する。 ・1秒率は本来FEV1/FVCで求めるが、本例のようにVCとFEV1から概算しても70%を下回り、閉塞性障害の合併が示唆される。
周術期の呼吸器合併症予防
・術前:禁煙(4週間以上が望ましい)、呼吸訓練(腹式呼吸、インセンティブスパイロメトリー)、喀痰排出訓練、口腔ケア。 ・術後:十分な鎮痛(痛みは咳と深呼吸を妨げる)、早期離床、呼吸リハビリテーション、喀痰の排出促進。
POINT
・間質性肺炎合併肺癌の手術では、術後の間質性肺炎急性増悪が最も重大な合併症であり、急性増悪の既往は最大の危険因子である。 ・術前には禁煙を徹底し、術後は早期離床・呼吸リハビリテーションで呼吸器合併症を予防する。 ・SpO2が保たれている患者に術前酸素療法を行う意義はない。 ・術後の呼吸機能低下により在宅酸素療法が必要になる可能性も、術前に説明しておく。
