膵頭十二指腸切除の術後に血糖が上がる理由―ERASで読み解く周術期管理の新常識
第113回医師国家試験 C問題 第45問
国試問題にチャレンジ
68歳の男性。皮膚の黄染と食欲不振を主訴に来院した。精査の結果,閉塞性黄疸を合併する膵頭部癌と診断された。身長168cm,体重53kg(3か月間で5kgの体重減少)。体温36.6℃。脈拍76/分,整。血圧110/78mmHg。呼吸数16/分。血液所見:赤血球398万,Hb 11.9g/dL,Ht 39%,白血球7,400,血小板34万。血液生化学所見:総蛋白6.0g/dL,アルブミン3.4g/dL,総ビリルビン2.7mg/dL,AST 56U/L,ALT 48U/L,γ-GTP 76U/L(基準8~50),尿素窒素13mg/dL,クレアチニン0.4mg/dL,血糖84mg/dL,HbA1c 6.0%(基準4.6~6.2),総コレステロール194mg/dL,トリグリセリド78mg/dL,アミラーゼ96IU/L(基準37~160),CEA 7.5ng/mL(基準5以下),CA19-9 107 U/mL(基準37以下)。内視鏡的に閉塞部胆管にステントを留置し,黄疸の軽減を待って膵頭十二指腸切除術を施行することとなった。 この患者の周術期について正しいのはどれか。
- a.術前のサルコペニアは術後の経過に影響しない。
- b.術前1週間の絶飲食が必要である。
- c.術後早期は高血糖を呈しやすい。
- d.術後早期の疼痛緩和は回復を遅延する。
- e.術後1週間以内の経腸栄養は禁忌である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
膵頭十二指腸切除術の術後早期は、手術侵襲によるカテコールアミンやコルチゾールなどの分泌増加とインスリン抵抗性(外科的糖尿病)に、膵実質切除によるインスリン分泌低下が重なるため、術前に糖尿病がなくても高血糖を呈しやすく、インスリンによる血糖管理が必要です。現在の周術期管理はERASの考え方に基づき、術前の長期絶飲食を避け、十分な疼痛管理で早期離床を促し、腸管が使えれば術後早期から経腸栄養を開始して感染性合併症を減らします。術前のサルコペニアや低栄養は術後合併症や予後不良の因子であり、栄養療法や運動療法による術前介入が重視されています。長期的には膵性糖尿病(低血糖を起こしやすい)や外分泌不全にも注意が必要で、手術の前後を一連の流れとして管理する視点は、消化器外科診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・68歳男性。閉塞性黄疸を合併した膵頭部癌と診断済みで、胆管ステントで減黄した後に膵頭十二指腸切除術(PD:膵頭部・十二指腸・胆管下部・胆嚢などを一括切除し、膵・胆管・消化管を再建する手術)を行う予定である。 ・栄養状態:身長168cm、体重53kgでBMIは約18.8とやせ気味。3か月で5kg(元の体重の約9%)の体重減少があり、総蛋白6.0g/dL、アルブミン3.4g/dLと軽度の低下を認める。癌による食欲不振と消耗を反映した低栄養状態であり、筋肉量の減少(サルコペニア)も併存している可能性が高い。 ・血算:Hb 11.9g/dLの軽度貧血。MCV(平均赤血球容積)はHt÷赤血球数から約98fLで正球性である。 ・肝胆道系:総ビリルビン2.7mg/dL、AST・ALT・γ-GTPの軽度上昇は、癌による下部胆管の狭窄(閉塞性黄疸)を反映する。 ・腫瘍マーカー:CEA、CA19-9の上昇は膵癌として矛盾しない。なおCA19-9は胆汁うっ滞そのものでも上昇するため、減黄後の値も参考にする。 ・糖代謝:血糖84mg/dL、HbA1c 6.0%で、現時点で糖尿病はない。
設問の考え方
本問は膵頭十二指腸切除術を受ける患者の周術期管理の原則を問うている。現在の周術期管理は、ERAS(Enhanced Recovery After Surgery:術後回復強化)の考え方に基づき、術前の栄養状態を評価・改善し、不必要な絶飲食を避け、十分な疼痛管理を行い、術後早期から経口摂取・経腸栄養と離床を進めることで、合併症を減らし回復を早めることを目指す。 これに加えて膵切除に特有の問題として、手術侵襲によるストレス性の高血糖と、膵実質の切除によるインスリン分泌能の低下が重なるため、術後早期は高血糖をきたしやすい。各選択肢は、この原則に照らして判断する。
選択肢考察
- ×a. 術前のサルコペニアは術後の経過に影響しない。
サルコペニアとは、加齢や疾患に伴って骨格筋量と筋力・身体機能が低下した状態である。術前にサルコペニアがある患者では、術後合併症(感染、膵液瘻など)の増加、入院期間の延長、長期予後の悪化と関連することが多くの研究で示されており、術後経過に大きく影響する。本例は高齢で体重減少と低栄養があり、サルコペニアの評価と術前の栄養・運動介入が重要となる。
- ×b. 術前1週間の絶飲食が必要である。
消化管閉塞などの理由がなければ、術前に長期間の絶飲食を行う必要はない。長期の絶食は栄養状態と免疫能を悪化させ、腸管粘膜の萎縮や術後のインスリン抵抗性を助長する。現在は、麻酔導入の6時間前まで固形物、2時間前まで清澄水の摂取が許容され、術前の炭水化物含有飲料の摂取が勧められることもある。本例のように低栄養の患者では、むしろ術前から積極的な栄養療法が推奨される。
- ○c. 術後早期は高血糖を呈しやすい。
手術侵襲が加わると、カテコールアミン、コルチゾール、グルカゴン、成長ホルモンなどインスリンと逆の作用をもつホルモンの分泌が増え、さらに炎症性サイトカインの作用でインスリン抵抗性が生じるため、手術後は糖尿病の既往がなくても高血糖になりやすい(外科的糖尿病)。加えて、膵頭十二指腸切除術ではインスリンを分泌する膵島を含む膵実質の一部が切除されるため、インスリン分泌能も低下する。この二つが重なり、術後早期は高血糖を呈しやすい。高血糖は創感染などの合併症を増やすため、インスリンを用いた血糖管理が必要となる。
- ×d. 術後早期の疼痛緩和は回復を遅延する。
術後の痛みが十分に抑えられないと、深呼吸や咳による喀痰排出ができず無気肺・肺炎を起こしやすくなり、離床も遅れて深部静脈血栓症や筋力低下の原因となる。また痛みそのものが交感神経を緊張させ、ストレス反応を強める。硬膜外麻酔や鎮痛薬を組み合わせた積極的な疼痛管理は早期離床を可能にし、回復を促進するため、記述は誤りである。
- ×e. 術後1週間以内の経腸栄養は禁忌である。
腸管が使える状態であれば、術後早期から経口摂取や経腸栄養(腸瘻・経鼻チューブなどからの栄養投与)を開始することが推奨される。早期の経腸栄養は腸管粘膜の萎縮を防いでバリア機能を保ち、腸内細菌が体内に侵入するバクテリアル・トランスロケーションを抑えて感染性合併症を減らす。膵頭十二指腸切除術後でも、縫合不全や腸閉塞などがなければ早期に開始され、禁忌ではない。
ERAS(術後回復強化)プロトコルの主な要素
・術前:患者への十分な説明、栄養評価と栄養療法、禁煙・禁酒、長時間の絶飲食の回避(固形物は麻酔6時間前まで、清澄水は2時間前まで)、炭水化物負荷、腸管前処置の省略。 ・術中:低侵襲手術、体温維持、過剰輸液の回避、ドレーン・胃管の必要最小限の使用。 ・術後:硬膜外鎮痛やオピオイドを節約する多角的鎮痛、早期離床、早期の経口摂取・経腸栄養、早期のカテーテル抜去、術後悪心・嘔吐の予防、血糖管理。
外科的糖尿病(手術侵襲による高血糖)
手術侵襲や外傷、感染などのストレス下では、カテコールアミン・コルチゾール・グルカゴンなどの分泌が増え、肝臓での糖新生とグリコーゲン分解が亢進する一方、骨格筋などでのインスリン抵抗性が高まる。その結果、糖尿病のない人でも一過性の高血糖が生じる。術後の高血糖は創感染などの合併症を増やすため、術後は血糖をモニタリングし、必要に応じてインスリンで管理する。
膵切除と糖代謝
膵頭十二指腸切除術や膵体尾部切除術では、切除される膵実質の量に応じて内分泌能が低下し、術後に新たな糖尿病(膵性糖尿病)を発症することがある。膵性糖尿病ではインスリンだけでなくグルカゴンの分泌も低下しうるため、インスリン治療中に低血糖を起こしやすい点にも注意する。外分泌能低下による消化吸収障害に対しては消化酵素薬を補充する。
サルコペニア
加齢や疾患により骨格筋量と筋力・身体機能が低下した状態で、握力、歩行速度、CTやBIA(生体電気インピーダンス法)での筋肉量測定などで評価する。消化器癌手術では術後合併症や予後不良と関連し、術前からの栄養療法と運動療法(プレハビリテーション)が試みられている。
膵頭部癌と閉塞性黄疸
膵頭部の癌は下部胆管を圧排・浸潤して閉塞性黄疸をきたしやすい。黄疸がある状態での手術は合併症が増えうるため、内視鏡的胆管ステント留置などで減黄してから手術を行うことが多い。
POINT
・手術侵襲は外科的糖尿病(ストレス性高血糖)を起こし、膵切除ではインスリン分泌低下も加わるため、術後早期は高血糖を呈しやすい。 ・術前サルコペニア・低栄養は術後合併症や予後不良の因子である。 ・ERASでは術前の長期絶飲食を避け、十分な疼痛管理、早期離床、早期経口摂取・経腸栄養を行う。 ・早期の経腸栄養は腸管粘膜を保ち、感染性合併症を減らす。
